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63 1994/11/28 mon 自室:同じヒロインなのに不公平だって言ったの

 さっきの二葉の話を踏まえた上で、若杉先生の推測を説明する。


 彼らにとっては恥をかかされたものの、二葉を土下座させたことは勲章だった。

 そのことによって自らのプライドを保っていた。

 しかし格下のはずの二葉が、一樹を土下座させてしまった。

 一樹が謝らないことは彼らにとっていじめる口実であったと同時に、クリアすべき目標だったのに。

 だから二葉より格上であることを示してプライドを維持し続けるために、二人はさらに上をいかなければならない。

 クラスの男子達も二人に同調するから、イジメが苛烈化しない理由がない。


 二葉が言葉を詰まらせる。


「……狂ってるね」


「人間の防衛本能ってヤツだよ」


 二葉の一件は、まともな人間なら自殺モノ。

 例えモップをケツに刺されなくともだ。

 そのくらいに勘違いしてしまわないと自我がぶっ壊れるだろう。


「でも苛烈になるって、どんな風にだろ? 現在でも大概だと思うんだけど」


 そこなんだよな。


「明日学校行ったら赤札でも置かれてるんじゃないの?」


「花瓶と黒縁枠の写真が飾られていたり?」

 二葉が溜息まじりに口を開く。


「続かないね……」


「続かないな……」


「あたし達って想像力ないね……」


「根が善人だからな……」


「別のことから考えようか……」


「そうだな……」


 何の対策にもなりやしない。

 ああ、元の世界のデスゲーム漫画や小説をもっと読んでおくべきだった。

 かなり陰惨なことが当たり前に書かれていたのに。

 どんどんインフレする描写に胸糞悪くなって読めなくなってしまったが、こうなってしまうともったいない。

 それが元の世界における、読者の求める水準ということなのだろう。

 残念ながら俺達二人は漫画家にも小説家にもなれそうにない。


「とりあえず対策として、金ちゃんを授業出る方向でそそのかしたら?」


「それはなあ……」


 正直言って抵抗がある。

 「たまには見せるとこ見せろ」。

 発言の主は一回り下の少年。

 しかもいざという時は手を貸すとまで言ってくれているのだから。

 安易に利用するのは男として気が引ける。

 仮に手を借りるなら、本当ににっちもさっちもいかなくなった時だ。

 その前に自分で何かを考えたい。


「何を迷ってるのさ。夕方さえフリーにすればBさん攻略には支障ないんでしょ? 頭下げるのがイヤって言うなら、あたしが頼んであげてもいいよ」


 方法論的には二葉の考え方で正解なんだけどな。

 だけど男のプライドどうこうという問題だけではない。

 もっと実質的な問題がある。


「出ろと言って出るヤツと思うか? だからこその金之助なんだし」


「ああ、ごもっとも……」


 金之助はとことん自由。

 だからこそ羨ましかったし共感できた。

 プレイした中学の頃、学校に管理された生活を息苦しく思っていた。

 だから規則や時間割に囚われず、気ままに町をうろつく生活に憧れたのだ。

 保健室から追い出すみたいに理由を消す場合は誘導しうるが、理由を作って誘導する分には本当に金之助の気の向くままだろう。


 ここは二葉を、安心だけはさせておくか。


「一樹らしく振る舞うって制約は取れたんだし、何があろうとのらりくらりとはぐらかしてみせるよ。だから、そこは心配するな」


 伊達に職場で何かにつけ「臨機応変」と指示されているわけじゃない。

 言い換えれば「行き当たりばったり」という、何の役にも立たないマジックワード。

 おかげさまで咄嗟の機転や判断力については鍛えられたつもりだ。


「うん」


 二葉が微笑んでくれる。

 信頼の笑みといったところかな。

 下手に世辞を言われるよりも、この方がよっぽど頼りにされてるって実感が持てる。


 それはいいとしてだ。


「アニキ、何を難しい顔してるの?」


「ああ……どこか引っ掛かるものがあってさ」


「何が?」


「若杉先生の予言。合ってはいるんだけど違う気がしてならない」


 正しくは見誤っているというか、見落としているというか。

 なんだろう?

 妙な座りの悪さがある。


「狂人の理屈だからじゃない?」


「狂人の理屈だからこそだよ。若杉先生はマトモだろう」


 狂人の行動は理屈よりも感情が優先される。

 加えてあの二人にはモラルまでない。

 まさに何をしでかすかわからない。

 そんな人間の思考を、いかな若杉先生とて読み切れるものだろうか?


「元々理解不能なものをムリヤリ理解してるんだから仕方ないんじゃないかな。何を見落としてるかのヒントでもあれば別だけど、これ以上は考えるだけムダだと思うよ?」


 そのヒントがあるような気がしてならないから気持ち悪いんだが……。 


 まあいい。

 確かに二葉の言うとおり。

 また、仮にわかったとて実益はない。

 せいぜい何かあるなら心の準備ができるというだけ。

 だったら何があっても動じないという覚悟をしておけば済む話だ。


「それもそうだな。じゃあ二人の話はこれで終わりか」


 緊張が解けたのか、二葉が足を伸ばしながら溜息をつく。


「はあーあ。でも不公平だよね」


「何が?」


「同じヒロインのはずなのに、芽生は学園男子の人気者。対するあたしは嫌われ者。一体この差はなんなんだろ?」


「そりゃお前──って、今何て言った?」


 二葉が口を尖らせる。


「こんなイヤな台詞、二度も言わせないでよ。同じヒロインなのに不公平だって言ったの」


 ……って。


「お前、芽生がヒロインって知ってたわけ?」


 俺はまだ教えてないはずだぞ?


「芽生がAさんでしょ? 最初に話聞いた時点ですぐわかったよ──」


 二葉はさもつまらなそうな表情で続けていく。


「──いかにもあたしと因縁ありそうなフラグの絡みでヒロイン。しかも取り合うのが華小路とくれば芽生しかありえないじゃん。あたしと犬猿の仲で二年男子人気ナンバーワンで公麿組なんだから」


 その通りだけど。

 気づいてるのかもと薄々は思っていたけど。


「じゃあどうして、これまで芽生について聞かなかった?」


「だって急ぐなら、昨晩アニキが自分から説明したはずでしょ」


「うん」


「だったら好きこのんで大っ嫌い(・・・・)な女の話もしたくないし名前も出したくないよ」


 うわ……。

 二葉がさらに仏頂面になる。

 もうホントに仲悪いのがありあり。


 二葉が足を曲げ、ぺたんとお尻を床に付けて座り直す。

 いわゆる女の子座り。


「それに念のため、芽生がヒロインってのは確かめたし」


「どうやって?」


「体育館で揉み合った時、思い切りほっぺた引っ張って八重歯確かめた」


 ああ、あの時の──って!


「あれって怒ってたのは演技なのかよ!」


「怒ってたのは本気だよ。『もうちょっと!』って思ったところで計画ぶち壊しにしてくれたんだから」


「やっぱり、芽生が飛び込んだのは計算外だったんだな」


「当たり前じゃん。何か茶々入れてくるかもくらいは考えてた。だけど、あんなバカなことしでかすなんて誰が想像するの?」


 そうだよなあ……。

 だからこそ俺も「男の願望」などと思ってしまったわけで。

 二葉の剣幕を見ると、間違っても口にできない。


 しかし二葉が続ける。


「アニキは『男の願望』と夢うつつだったみたいだけどね」

 

「お前はエスパーか!」


「だって芽生に思い切り見とれてたもの」


 えっ!

 そうだったの!?


 これは気まずい……。


「ごめんなさい」


 しかし二葉は首を振る。


「あれはさすがに仕方ないんじゃない?」


「別に気を使ってくれなくていいぞ?」


 状況が状況だけに、「何を呑気な」と叩かれたって仕方ない。


「本音だよ。女の子から、ましてや芽生みたいな美人から、あんな風にかばってもらえて喜ばない男なんていないでしょ」


「うん」


 ──ダンッと音が響く。 


「だからこそ、余計に芽生がムカつくんだけどね!」


 テーブルには二葉の拳が打ち付けられていた。

 空になったカップがカタカタと震えている。


 ただ二葉の気持ちは理解できなくもないもない。

 魂胆丸見えなのがうざいと思ったか。

 あざとすぎるのがムカついたか。

 はたまたその両方か。

 男性が気分良くなる女性の行動は、同性からすると胸糞悪い場合が多いらしいから。


「でも飛びかかったのは演技ってわけね」


 二葉がこくりと頷く。


「確かめるのにちょうどいいと思ったし、アニキの考える時間稼がなければだし。だからあえて挑発に乗った」


「なんであれだけ罵り合ってる状況でそこまで冷静になれるんだよ……」


 何気ない一言のつもりだった。

 しかし二葉の頬が膨れる。


「アニキって、あたしを化け物か何かと思ってない?」


「は?」


 そして一気にまくしたててきた。


「動揺しまくりに決まってるじゃん。動揺してるからこそ、俯瞰して場全体を見渡すんじゃん。こっちはあの時ホントにアニキ頼みだったんだからね!」


 そういう人のことを化け物というんですが。

 普通はやろうと思ってもできませんから。


 いや、きっとこれこそがチア部の部長ならではの舞台度胸なのか。

 ピンチの時に応援団が慌てても仕方ない。

 アクロバットするからアクシデントも付き物だろうし。


 そういえばアニキ頼みって……ああっ!

 ガバっと頭を下げる。


「二葉、どうかお許しを!」


「は?」


「事もあろうに俺自ら盗撮してしまいました!」


「いや、あれは名案だったでしょ。逆に心配なんだけど、アニキって一樹に呪われてない?」


「呪う?」


「だってあの時のシャッター切る動き、まんま一樹のそれだったよ」


 ああ……。

 運動場での一件も含めて、二葉に説明する。


「話はわかった。けど、信じられないなあ……」


「本当なんだから仕方ないだろ」


「ウソついてるとも思わないけど。ちょっと待ってて」


 二葉が一旦退室する。

 何だろう?


 ──戻ってきた。


 なぜか制服のスカートを履いている。

 手には一眼レフ、俺に渡してくる。


「肩に掛けてみて」


 言われた通りにする。


(ちゃあ~んす!)


 ──え!?


 俺は昼間と同じ様に、いつの間にかカメラを構え、シャッターを切っていた。

 そしてファインダーの向こう側には自らスカートを捲った二葉がいた。


「お、お、お前……」


 我に返った時、既に二葉は捲り上げたスカートから手を放していた。

 再びふぁさっと被さる布で、青いスポーツショーツが隠れていく。


「どうやら本当みたいね」


 恥ずかしがるでもなく、実にすました顔。


「いや、恥ずかしくないの?」


「恥ずかしいよ。でも、確かめるにはこれしかないもの。後ろめたいものがないなら男装と同じ。恥ずかしがったら面白がられるんだから毅然としなきゃ」


 だから昼間は堂々としてたのか。

 もっとも本音は恥ずかしいであろうことは昼間の置き手紙からもわかる。

 腹を括ったら割り切る、それだけの話か。


 二葉がぼそりと呟く。


「それよりもね」


「ん?」


「妹のパンツにまで見事に反応してみせる兄を持ったことが恥ずかしいわ!」


 ごもっとも……。

 ここで反応したのは俺ではない。

 あくまでも一樹の体だ。


「ちょっと待ってて」


 ──二葉が出て行き、また戻ってきた。


 今度は格好が変わらない。


「はい」


 二葉が声とともに再びスカートをめくる。

 しかし今度は反応しなかった。


「それはアンスコ?」


「本当に反応しないんだねえ。パンツと同じ青色なのに……うん、面白い」


「面白がってる場合じゃないだろ! 他人事と思ってニヤつくな!」


「ごめんごめん。でも、これは難儀だよねえ」


 盗撮を止めると約束させられたからと言って、写真部の活動まで止めるわけにいかない。

 しかしカメラを持ったが最後。

 俺の意思とは無関係にシャッターを切ってしまうのだから。


「だからといってどうにもならないだろ。解決法が見つかるまではできるだけカメラを持たない様にするしかない」


「そうだね……ふわぁーあ」


 二葉が手で口を抑えながら欠伸をする。

 もう三時回ってるじゃないか。


「芽生の話がまだ残ってるんだが……急ぐ話じゃないし後日でいいか?」


「うん。寝る前に不愉快な話はしたくないしね」


 不愉快と決めつけている。

 きっと芽生の話そのものをしたくないのだろう。

 グチ聞かされないだけマシと思うが、どれだけ犬猿の仲なんだ。


「それじゃ二葉、ノートありがと。助かったよ」


「いえいえ。あたしは風呂入って寝るわ。アニキはその体じゃ入れないよね?」


 あ、そうだ。


「二葉、忘れるとこだった」


「ん?」


「国家公務員共済組合員証の写しを出しておいてくれないか。若杉先生から明日の朝出雲病院に行けって言われてるんだ」


「ああ、それじゃあたしも付き合うよ。病院終わった後で学校行ったら、図書館案内しないといけないし」


「お前学校は?」


「一時間目数学。だからプリントは任せたよ」


「それはいいけど……図書館ってのは?」


「そのプリンターで印刷したら日が暮れちゃうもの。図書館に置いてあるレーザープリンターなら分速四ページの超スピードで打ち出してくれるからさ」


 分速四ページ? それで超スピード?


 元の世界のレーザープリンターは分速二〇ページ軽く越えていた。

 自宅の安プリンターですら分速一〇ページを超える。

 プリンターの進化って実はパソコン本体以上じゃなかろうか。


 でも、口にするのはやめておこう。

 元の世界は元の世界、ここはここ。

 ドヤ顔で話している二葉の気分を害することもない。


「わかった、明日はよろしく頼む」


「あいさ。おやすみ」


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