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62 1994/11/28 mon 自室:そ、そんなことないもん。

「……というわけ。攻撃されたのも恨みたいのもあたしの方ってのわかったでしょ?」


 ようやく二葉が話し終えた。

 おかげさまで、学園の色んな事情を把握できた。


 というか、あえて叫びたい。


「佐藤も鈴木もどこが普通だ! どうして学園中に名前知れ渡らない!」


「上には上がいるもの。金ちゃんや華小路の武勇伝にすらならない。その程度の話だよ」


 確かに地区大会決勝まで全試合ノーヒットノーランのホームランや、シメに来た先輩達を一人で殲滅って話に比べればスケールが小さすぎるが。

 どうせそんなレベルの話が、二人にはわんさかつきまとうのだろう。


「でも悪い意味で広まるだろ」


 二葉が溜息混じりに、こちらを指さす。


「下にも下がいるからねえ」


「ああ……そうだな……」


「目立つのは極端に上の場合か、極端に下の場合でしょ?」


 二葉の言い分に納得せざるをえない。

 一樹に勝てるとすれば、それは人間をやめた場合だけと言っても過言ですらない。


「じゃあそこはいい。どうして、とうのお前が恨んでない」


 話しぶりが過去形であり仮定形。 

 もう完全に他人事。

 俺ならそんなことさせられたら一生かけて恨みきるぞ。


「喉元過ぎればってやつだよ。学園生活にはもっと楽しいことがいっぱいあるんだし、そっちに目を向けた方がいいじゃん」


 実に模範生的な解答だ。

 しかも二葉は、それを素で言っている。

 さっき二人の家に向かって飛びだそうとしたのも、あくまでお金を盗られたから。

 この一件とは関係ない。


 ただ……。


「昼間話さなかったのは、それが原因じゃないよな」


「うん。下手に話すとアニキが動揺して計画に支障が出ると思ったから。ゴメンね」


「それで正解だから構わない」


 体育館では全神経を集中することで、ようやく切り抜けられたのだから。

 きっと話を聞いてしまっていたら、それどころではなかった。


 重要なのは、二葉が俺が動揺する程の話なのをハッキリ認識していること。

 それなのに、二葉の目には二人が映っていないこと。

 正確には見下しているのだが、二葉自身が表現した通り彼らは「小人」。

 小さすぎて姿が映らないから争いようもない。

 争いは同じレベルの者同士でしか生まれない、とはよく言ったものだ。


 さしあたって「因縁」をまとめてしまおう。


「ただの逆恨みじゃないか」


 二葉に恥をかかせようとして、逆に自分達がかかされた。

 しかし金之助や華小路に文句を言えないから二葉のせいにしてる。

 それだけの話だ。


「だよねえ……それで敵愾心や対抗心燃やされても迷惑なんですけど」


「イジメられる俺はもっと迷惑なんだが」


 二葉がガバっと頭を下げる。


「ごめん。あたしがちゃんと二人のお尻にモップ突っ込んでケジメとっておけば、こんなことにはならなかったんだ」


「お前は悪くないよ」


 しかも情けや慈悲をかけたわけじゃない。

 見たいか見たくないかの問題なのだから余計に責められない。

 野郎二人のそんな場面、俺だって目にしたくないもの。


 大体ケジメとったらとったで、もっと恨まれる。

 それこそ二葉が闇討ちされてもおかしくないくらいに。

 どっちに転んでも結論は変わらないのだから、嘆いたって仕方ない。


 問題はそこではない。

 一見すると「イイ話」。

 しかし実は二葉自身にまつわる深刻で大きな問題を含んでいる。

 しかも現在の状況を把握するにおいて、その問題を指摘しなくてはならない。


 正直気が重い。

 だけど恐らく二葉本人も気づいているはずだ。

 単に見ない振りをしているだけで。

 問題はどう指摘するか。

 単刀直入に切り出すべきか、婉曲に行くべきか。


 ……婉曲に行こう。

 道中で褒めまくることになるから、多少はショックが和らぐはず。


「二葉、さっきの話の中で訂正する部分がある」


「あたしの話、つまりあたしの思考や感覚を、アニキがどうやって訂正するのよ」


「他人の視点だからこそできるんだよ──」


 軽く息を吸って、ワンテンポ置く。


「──はっきり言おう。お前も金之助と同じく凡人じゃない」


「はいいいいいいいいい!?」


 こいつは何をそんなに驚いている。

 まあ、言われた当人としては自然な反応か。

 そうじゃなければナルシストかメンヘラさんだ。


「さらっと言ってたが、水泳で全国レベルの記録ってなんだよ。その時点で非凡だろ」


 うろ覚えだが、これは「上級生」内でも一言述べられていた気がする。

 シナリオ上さして重要ではないので読み流したけど。

 でもゲーム上ならその程度の話も、現実だとインパクトありあり。

 どうして運動神経いいという設定になると、ここまで極端になりがちなのだろう。


「運動神経が人並以上なのは自負してる。でも全中やインターハイではギリギリ入賞できない数字。選手としては明らかに一歩足りないよ」


 この見事な微妙ぶり。

 じゃなければ、チア部やめて転向しろって話になるからな。 


「加えて頭もいい。顔もかわいければ優しいし、気も利くし、真面目だし、人望あるし、話し上手の聞き上手だし、メシまでうまい」


「いやいや、そんなそんな……」


 二葉が真っ赤になって、はにかみながら手の平で扇ぐ。

 そんなに喜ばれると、この後の話が続けづらいじゃないか。


 次は欠点。

 しかしここで本当の欠点を指摘する必要はない。

 あくまで本題に流すためのつなぎだから。


「欠点は貧乳」


「ケンカ売ってる?」


 二葉の目が釣り上がる。

 すかさずフォローだ。


「だけど元の世界の調査によれば巨乳派と貧乳派は六分四分の勢力。貧乳に見せるためのブラまで発売されてるくらいだから、実は欠点にならない」


「貧乳に見せるブラ? 何を好きこのんで、そんな物を……」


 よし、興味が別の方向に向いた。


「元の世界ではジェンダーフリーが進んでいてな。オンナとしてではなく一個の人間として見て欲しいっていう女性が増えてるんだ。それでもって胸はオンナの象徴だから、薄い方がカッコイイとされてるんだよ」


「じゃあ、あたしも二〇年後にはカッコイイとか言われちゃうのかな?」


「もちろんだとも。俺はイジラッシと違ってウソつかない」


「おー!」


 はしゃぐ二葉。

 ああ、胸が痛む。

 実際はネットの普及によってロリの声が大きくなっただけだろうから。

 貧乳がいい理由で真っ先に上がるのは「恥ずかしがるから」だし。


 でも、まったくのウソというわけではない。

 北条から聞いた話をちょっとアレンジしただけ。

 あえてオンナらしさを放棄したがっている女性が増えているのは本当らしい。


「次に一樹というアニキの存在。でもこれはお前自身の欠点にあたるまい」


「まあね。リア充への道を歩くには十分なハンデだと思うけど」


 さて、ここからが本題だ。


「ごめん、二葉。最初に謝っておく」


「は?」


「残念ながら、お前は一樹がいなくともリア充への道を歩けない」


「はい?」


 二葉の目が丸くなる。


「将来はわからない。学園外でもわからない。しかし今現在、学園内に限ればハッキリと言い切れる」


「ちょっ、どういうこと!?」


 二葉はさらに慌てふためく。


 ああ、胸が痛む。

 紛う事なき褒め言葉ではあるんだけどな。


「お前は高校生にしては完璧すぎる、つまり欠点がないのが欠点だ」


「どこがよ!」


「全て。さすがはギャルゲーのヒロインってとこだよ。でもゲームではなく現実にこんな子を目にしたら、大抵の男子は好きになるどころかやってられなくなるぞ」


 もちろん二葉にも本当の欠点はある。

 それは微妙に抜けてるところ、底意地の悪いところ、短気なところ。

 しかし抜けてるのは一つの愛嬌。

 同級生程度なら、その抜けてるところすらわかるまい。

 底意地の悪さは多分俺相手だから。

 きっと少しでも早く打ち解けようとしてくれての、こいつなりの気遣い。

 短気なのは、この年頃だと至極普通。

 キレて刃物振り回すわけでなし。


 とどのつまり、二葉に真の意味での欠点は存在しない。

 同じ世代同士なら間違いなく完璧超人だ。

 二葉をかわいい一人の女の子として見ることができるのは、出雲学園だと金之助と華小路しかいないだろう。

 しかし二葉にとって、その二人と結ばれるのは実質バッドエンド。 

 どうあがいてもリア充になる道はない。


 二葉が口籠もる。


「そ、そんなことないもん。誰か一人くらい『二葉が好きだよ、俺には二葉しかいない』って優しく抱きしめてくれる男の子がいるはずだもん」


「『誰か一人』って言ってる時点で自覚してるよな?」


 しかし二葉は暴走を続ける。


「大人しそうで冴えない、だけど優しい文芸部の男の子が、小説の新人賞に頑張って応募し続けて、それをあたしが応援して励まし続けて、だけど落選続きで働いて養ってあげて、三〇歳になる頃に『期待の新人現る』って新聞に書かれて、二人抱き合いながら泣いて喜び合う未来だってあるはずだもん」


「お前はそういう妄想をしていたのかよ……」


「どんな妄想しようがあたしの自由だ!」


「いや、別に悪いとは言ってないが」


 もっと幸せな妄想があるだろってだけで。

 それはそれでリア充と程遠いじゃないか。 

 四〇でも五〇でもデビューできなかったらどうするつもりだ。

 こいつが根っから苦労性というか、お人好しなのはよくわかった。


 二葉が叫ぶ。


「ああもう! わかってるよ! 大団円の時、男子が誰一人あたしの元へ駆けつけてくれなかったってことでしょ! 男子全員が佐藤と鈴木に共感してたってことでしょ!」


「そういうことだ」


 もし心配していたなら、華小路の関与がないとわかった時点で安心して駆け寄る。

 女の子達がそうした様に。

 他の生徒が二葉を助けられない障害は二人の親よりも華小路だったはずなのだから。

 また本当に心配していなくとも、心配した素振りを見せた方が後々都合もいい。

 しかし男子達はそうしなかった。

 それが全てを物語っている。


「でもって、あたしがモップ突っ込まれて泣き叫ぶのを見たかったってことなんでしょ!」


「そこはちょっと違う」


「何が?」


「二人に本当に突き刺すつもりはなかったということだよ。多分パンツの上に柄の先端を押し当てた時点で終わり。もしかしたらスジをなぞるか食い込ませるかしたかもしれないけどさ。さすがのお前でもそこまでやられれば泣き叫ぶだろ」


 プライドを満たしたいだけならそれで十分だし、落としどころだ。

 同意傷害の話もハッタリにすぎない。

 「こうなったのは自業自得」と二葉に思わせ、心理的に追い込むための。

 そもそも当時の二人は一六歳未満。

 改正前の少年法で守られているから、不起訴云々を考える必要が最初からない。

 それなのにわざわざ口にしたのはそういうことだ。


 もちろん「本当にやったところで」とは思ってはいたろうが、目的を達するのにムダなリスクを負う必要はない。

 数尾先生もそのお膳立てを手伝っただけ。

 ちょっと空気読みすぎな気もするが、あの先生なら何を言っても不思議じゃない。


「話には納得だけど、ムダに生々しい表現はやめてくれないかな」


「みんながそれを求めてるってことだよ。中学生なら本当に突き刺すより、その程度で収めた方が興奮すると思う」


 そんなの陵辱系じゃなくても、ざらにあるシーンだから。

 今だと少年漫画でも普通に転がってそうだ。


 二葉が溜息をつく。


「はあ……みんな育ちいいし、恵まれてるはずなんだけどなあ。カノジョいる男子だっていっぱいいるし」


 普通ならな。

 自分が優れていると思えれば、心も広く持てる。

 だからお坊ちゃまにお嬢様は鷹揚な人が多い。

 そういうことが言いたいんだろう。


 だが、しかし。


「みんな育ちいいんだから、お坊ちゃまなのは取り柄にならないだろう」


「まあ、そうだね。仮にお家自慢したところで、華小路いる限りはドングリの背比べになっちゃうし」


「それに彼女がいるのと自己顕示欲はまた別物。『カノジョがいる学園のヒーロー』と『カノジョがいる平凡な一生徒』、カノジョが同じくらいにかわいいとすれば普通は前者になりたいと思うぞ」


 もっともフィクションだと大抵は後者のカノジョの方がかわいい。

 ずば抜けた学園のアイドルとか。

 そうじゃなければ何の夢もないから当たり前の話だが。


「そこは人によると思うけど……金ちゃんと華小路いる限り目立てないのは確かだよね」


「加えて、育ちがいいからこそだ。きっと出雲学園に入学する前は『あなたは特別』とチヤホヤされながら育てられてきたはず。でもあの二人の前では、それを全否定されるんだぞ。男子中にルサンチマンが渦巻いて当たり前だ」


 主人公にとって幸せな世界。

 それは名もない脇役にしてみれば地獄でしかない。

 逆に考えるべきだった。

 「どうして名もない脇役のくせに」ではない。

 「そんな人達でも名もない脇役」なのがこの世界なのだ。


「つまり出雲学園ではお坊ちゃまであっても小人になりさがるしかない。いわば男子みんながゲスでカス。しかも団結までしてしまってると」


 頷いてから二葉の言葉を継ぐ。


「人間なんて一皮剥けばそんなもんだ。その現状を把握した上で、若杉先生の言った『次のステップ』を検討したい」


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