61 199?/??/?? ??? 二葉の教室:貴様はそのモップで何をするつもりなのかね?
「ぐあっ!」
佐藤の体が宙に舞う。
「ぐぼっ!」
続いて鈴木も。
「君達はなんてことをしでかしてくれたんだね」
「お、俺達は、華小路君の名誉のために──」
弁明しかけた佐藤の頭を踏みつぶす。
「余計なことなんだよ。君達は僕の顔に泥を塗ったんだ。この美しき僕の顔にね!」
「は、華小──」
何か言おうとしかけた鈴木の頭を踏みつぶす。
「君達が下賤相手に威張ろうとイジメようと、知ったことではない。僕の名を使いたいなら使えばいい。僕たる君達にその権利はある。もし華小路の名にたてつく者あらば、僕自ら動くこともあるだろう」
おい。
「だが女性には手を出すな。僕は女性が大好きだ。そして女性に対しては敬意を払う。仮に女性から刺されても、恨むことなく死んでゆくだろう。それこそが僕の誇りだ」
ここまで臆面も無く女好きを公言できるなんて大したものだ。
さすがに刺されたら恨んでいいと思いますけど。
「しかし君達がしでかしたおかげで、僕は女性に殴られて怒ったことになった。つまり君達は僕をそんな矮小な男に仕立て上げたんだよ。その罪は万死に値する」
華小路の声のトーンが上がり始めた。
「君達が君達自身の問題で二葉さんやアッコさんと揉めたのなら、僕も口出しするつもりはない。そこは当事者同士の問題だから。だが、僕の名を騙るな! 僕の代弁者として女性を傷つけるな!」
華小路が立ち上がり、再びこちらを向く。
「二葉さん、君の父上のことは心配いらない。身分の安全は保証しよう。ただ、それ以前の話だがね──」
華小路が指を鳴らす。
「──パーカー、説明してあげたまえ」
「かしこまりました、お坊ちゃま」
執事が返事をする。
白髪頭をオールバックにして口髭を蓄えた、いかにもな老紳士。
金ちゃんや同じくらいの背の華小路よりも背が高くて痩せている。
二人が一八〇センチ前後だから、一八五センチそれ以上か。
あたしからすると、まるで見上げるよう。
ただ、どうみても日本人なんですけど。
パーカーとはこれいかに?
執事が名刺を出してくる。
「パーカーと申します。以後お見知りおきを」
名刺には【羽緋 嗚呼】と書かれている。
なるほど……「パーカー」だ。
パーカーさんが説明を始めた。
「端的に申しますと最初からありえません。霞ヶ関ではメンツと縄張りが何より大事。他官庁が人事介入を試みたところで門前払いです」
「そういうものなんですか?」
「例えて言うなら、ヤクザが他の組から何の理由もなく『○○を破門にしろ』と言われれば戦争になるでしょう。あれと同じです」
どんな例えとも思うけどわかりやすい。
それも澄ました顔で真面目に話しているから、どこか笑えてしまう。
でも……。
「アッコのお父様は?」
パーカーさんが言い淀んだ。
「……現実としてありえますな」
「じゃあ、そっちも何とかしてください!」
アッコが巻き込まれる過程で華小路の名前は出ていない。
捉え方次第ではアッコは二人に逆らっただけと言える。
パーカーさんが華小路に目を向ける。
「ふむ。元を辿れば僕に原因があるということで同じく約束してもいいのだが……」
だが?
つかつかとアッコに歩み寄る──って!
華小路はアッコを抱きしめ、がばっと顔を寄せた。
アッコが目を見開く。
しかし段々とろ~んとしてきた。
目を瞑った。
うっとりしているのが傍目にもわかる。
続く。いつまで続く……華小路の顔が離れた。
アッコの体がへろへろと床に砕け落ちる。
目は虚ろ。
口元には涎。
完全に惚けてしまっている。
「アッコさん。もしよければ公麿組に入らないか。そうすれば確実にお父様を守れるよ。もちろん、今以上の快楽の泉へ誘うことも約束しよう」
「ふぁ……ふぁい……喜んで……」
「華小路!」
なんてことするの!
「本人が同意したのだから、これでいいだろう。君にはアッコさんが本心から同意している様に見えないか?」
そりゃ、そうにしか見えないけど。
ま、いっか。
アッコ自身がそれでいいのなら。
あれ?
金ちゃんがロッカーからモップを持ってきた。
「そっちの話終わったのなら、この二人への仕置きをさせてもらうぞ。構わないだろ?」
「貴様はそのモップで何をするつもりなのかね?」
「自分達がやろうとしたことは、身をもって体験してもらう」
「つまり?」
「このモップをこいつらのケツの穴にぶちこむ」
なんてことを!
華小路もそう思ったのか、金ちゃんからモップを奪い取る。
「ふんっ」
そして二本まとめてへし折った。
「パーカー、モップ代は後で学園に弁償しておいてくれ。それと二人の拘束を解いてやれ」
「かしこまりました、お坊ちゃま」
「なんだよ、やっぱり庇うのか?」
華小路が「ふっ」と小馬鹿にした様に笑ってみせる。
「そうではない。下賤の貴様に高貴なる者の愉しみというのを教えてやろうと思ってな」
「はあ?」
華小路が、パチンと指を鳴らす。
「パーカー、オリーブオイルを出したまえ」
「かしこまりました、お坊ちゃま」
どうしてそんなもの持ってるの?
そして何に使うの?
続いて、未だ倒れたままの二人に向き直る。
「さあ君達、立ち上がるんだ。そして自分の足で歩いて、掃除用具入れからモップを持ってきたまえ」
どういうこと?
そう思った時には金ちゃんが聞いていた。
「どういうことだよ」
「ふっ、想像力の働かない奴め。自らを裁くための準備を自らさせられる囚人の気持ちを考えてみろということだ。今、彼らの頭の中はやるせない思いに溢れているだろう。この後は互いに互いのを突っ込み合ってもらう」
「華小路……お前ってすっごい冷酷だよな……」
「『強者は弱者の痛みを知らなくてはいけない』とよく言うだろう。それは『弱者が叛意を示した時に、彼らの痛みを知っていれば最も効果的な処罰を与えられるから』という意味だ。貴様も下賤と言えど強者なのだから覚えておくといい」
全然違いますから!
「オリーブオイルは?」
「滑りやすくなるだろう。痛みを感じない様に、せめてもの慈悲だ」
「華小路……お前って案外優しいな……」
「ふっ」
金ちゃんもアホの一人だったか。
「まあ、こいつらはそれでも足りないくらいだし止める気はない。今はお前とも休戦して一緒に眺めさせてもらうよ」
「そうだな。僕と貴様がやり合うには、こんな下僕達の後始末より、もっと相応しい理由がある」
「ほう。それはどんな?」
「二つある。一つはどちらかが女性を泣かせた時」
「なるほどな。もう一つは?」
「二人が同じ女性を好きになった時だ」
「はは、違いない」
あの……。
「そこ! 妙な友情深め合わないで! もうやめて!」
「自業自得だろ。自己責任ってやつじゃね?」
「うむ、彼らは過ちを犯した。その責任をとるのはコドモと言えど当然のことだ」
なんであんたら仲悪いくせに、こういう時だけ仲がいい!
「そんな正論はどうでもいいから!」
金ちゃんが呆れた顔を見せる。
「お前、この二人を許してやるっての? 土下座させられて、アソコにモップまで突っ込まれそうになったのに。それは流石にお人好しすぎるだろう」
「確かにそうかもしれないけど!」
それ以上に、二人がお尻にモップを刺し合うという汚い光景なぞ目にしたくない!
華小路が目を険しくする。
「二葉さん、君は僕達にこの二人を許せと? これは僕自身の問題でもあるんだよ?」
「一番の被害者のはずのあたしが止めろって言ってるんだから、それでいいじゃない!」
金ちゃんと華小路が目を合わせ、溜息つきつつ頷き合った。
「ふう……二人とも二葉さんに感謝したまえ。今日のところはこれで見逃してあげよう。だがもし、今後同じ様な事があったら……」
言葉を溜める華小路に、鈴木がいかにも恐る恐る尋ねる。
「あったら?」
華小路が口の端をわずかにあげる。
「その時にわかるよ」
背筋にゾッとしたものが走る。
こ……怖い。
目が全く笑ってない分、余計に怖い。
華小路があたしに振り向く。
「では一件落着でいいかな。こんな奴等でも、僕の下僕なんでね。華小路邸に連れ帰って治療してやりたい」
「どうぞどうぞ」
華小路が指をパチンと鳴らす。
「パーカー」
「かしこまりました、お坊ちゃま」
パーカーさんが、へたりこんでしまっていた二人を両肩に担ぎ上げる。
なんて怪力、この人は一体何者なのだろうか。
「ではこれで失礼させてもらう。アッコさんもついてきたまえ。甘美の果実を食べさせてあげよう」
「ふ、ふぁい……」
教室の扉がぴしゃりと締まる。
その瞬間、周囲で見ていた女の子達が駆け寄ってきた。
「二葉ちゃん、大丈夫だった?」
「怖くて何も言えなかったけど心配してた!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「よく我慢したね!」
金ちゃんと顔を見合わせる。
なんだかなあと思うけど、やっぱり仕方ないとも思う。
「ありがと」
それだけ言って、エリカのところへ向かう。
華小路の台詞から察すれば、エリカはあたしの身を案じてくれたことになる。
「華小路君ならいいけど他の人なら」。
一見さりげなく聞こえるけど、実は華小路に対して余計な一言でしかない。
しかもベッドの中で。
何だかよくわからないけど、妙に本気度が伝わってきてならない。
「エリカ、ありがと。おかげで助かった」
「か、勘違いしないでよね。私はあなたに恩を売っておいた方が色々得すると思ってそうしただけなんだから」
エリカの頬が赤らむ。
それを見て、あたしはついクスっと笑ってしまう。
「はいはい」
腹芸はできるつもりだけど好きではない。
こうして素直に胸の内を明かしてくれる方が、あたしは好きだ。
「二葉が私のことをどう見てるかは薄々わかってるけど……私も失言とか失敗とか色々あったと思うし……また……ランチ御一緒してもらえるかしら?」
エリカに向けて右手をすっと差し出す。
「喜んで」
※※※
──数日後の昼休憩。
あたし達のグループとエリカのグループは屋上庭園でランチをしていた。
あたしだけではない、グループで。
なぜなら……。
「華小路君の指先ってふわふわつるるって感じでさ」
「うんうん、わかるわかる。まるで宙に浮いちゃうよね!」
エリカとアッコが仲良くなったから。
公麿組とはそういうところらしい。
全員が華小路に認められた女の子達なのだから尊重しあって当然なんだとか。
で、ずっとこんな感じで、聞きたくもない華小路談義が続いている。
あの純情だったアッコはどこへいった!
あたしの幸せだったまったりのんびりなランチタイムを返せ!
でも……クラスに漂っていた、変な淀んだ空気はなくなった。
この、あたし達の頭上に広がる青空みたいに。
これからはもっと素直に学園生活を楽しめそうだ。
ぼんやり空を眺めつつ気分に浸っていると、アッコが声をかけてきた。
「二葉も公麿組に入らない?」
「やなこった!」




