60 199?/??/?? ??? 二葉の教室:てめえの胸に聞いてみろや!
「いやぁ、『中学野球に怪童現る』とかってテレビ局が追っかけてきてさ……って」
「金之助君!」
アッコが金ちゃんの胸に飛び込む。
受け抱えた金ちゃんが辺りを見渡す。
「何があった……って、聞くまでもねえな」
あれ?
佐藤と鈴木が体を竦めながら、金ちゃんの横を通り過ぎようとする。
「じゃあ俺達はこれで」
「邪魔したな」
金ちゃんが腕を伸ばし、二人の進路を塞ぐ。
「それで通ると思ってんの?」
「思ってる。俺達は金之助に逆らうつもりはない。『強きにはへつらう』のが俺達のポリシーだからな」
おい。
「従って金之助は俺達と関係ない。ここを通してくれ」
おい。
金ちゃんがいかにも呆れた調子で問う。
「普通こういう場合は『俺達に手を出すと華小路君が黙ってないぞ』じゃないの?」
「そんなこと言ったら、すぐさま殴るだろ? 華小路君と互角とまで言われる金之助相手にケンカ売るほど俺達はバカじゃない」
「そうそう。いくら後で華小路君が仕返ししてくれたって関係ない。とにかく痛い目に合わされるのはゴメンだ」
ここまでクズっぷりが徹底していると逆に清々しさすら感じる。
金ちゃんも開いた口が塞がらない様子。
「……んでもって、後で『金之助にやられた』と華小路にチクって、俺を襲わせるわけね」
「わかってるじゃないか──はっ!」
鈴木が慌てて口を塞ぐ。
「本音を隠す必要はねえよ」
「えっ?」
「どっちみちブン殴るからなあ!」
金ちゃんの右拳が鈴木の顔面に飛んだ。
鈴木の後ろにいた佐藤ごと壁に叩きつけられ、崩れ落ちる……何の反応もない。
気を失ったらしい。
「ワンパンかよ、だらしない」
「金ちゃん、ありがと。助かった」
「おう」
金ちゃんが半透明で細長く柔らかいプラスチックを渡してくる。
「これは?」
「タイラップ。後ろ手にして、両方の親指をまとめて縛れ」
「なんでこんなもの持ってるのよ!」
「世の中物騒で何があるかわからないからさ。ああ、きつく縛りすぎたらダメだぞ。ちゃんと血行が届く程度にな」
金ちゃんが一番物騒な存在だと思う……。
「縛ったよ」
「んで、一体何があった?」
聞き終えた金ちゃんが呟く。
「こいつら、人間じゃねえな。全ての元凶の華小路は?」
「まだ来てない」
「こんなザコはいつでもシメ上げられる。とりあえず親玉来るのを待とうぜ」
「ザ、ザコで……」
「わ、悪かったな……」
二人が意識を取り戻したらしい。
「お前ら生きてたんだ?」
金ちゃんがいかにもバカにした薄ら笑いを浮かべる。
「俺達に手を出して、お前のオヤジがただですむと思ってるのか?」
「圧力かけて潰してやるぞ」
あんたら恥ずかしくないのか。
しかし金ちゃんは平然と返す。
「山のぼって駄文書き散らしてるだけのロクデナシをどうやって潰すの?」
金ちゃんの父親は登山家兼小説家。
ロクデナシじゃなくて売れっ子作家だけど、潰しようがないのはそう思う。
「国税庁動かすぞ」
「オヤジってカネに全く執着ないから、脱税どころか節税すらしてないよ。おかげで俺の小遣いも未だに毎月千円。これで中学生がどうやって暮らせっていうんだ……ハア」
金ちゃんが溜息ついてボヤく。
おちょくってるのかもしれないけど、あたしには区別がつかない。
とりあえず自分でバイトしてお小遣い稼いでいるのだけは事実だ。
「この暴力沙汰を表に出せば、野球部は全国大会出場停止喰らうよな?」
「勝手にすれば? 俺は野球部クビになっても全然困らない。元々水泳部に入りたかったのを学園から無理矢理やらされてただけだし」
「水泳部?」
そんなの初耳。
野球を無理矢理ってのはリトルリーグの超有名選手だったからって知ってるけど。
金ちゃんの口元がにへらと緩む。
「だって一年中、女の子の水着眺めてられるんだぜ? 男にとっては至福の部活じゃんか」
「あっきれた」
「二葉も俺と一緒に水泳部入らね? お前なら助っ人として歓迎されるだろ」
「やなこった」
むしろ逆。
確かに全国大会クラスのタイムは持っているけど、真剣に選手の座を争う部員達の間に割って入るつもりはない。
どう考えたって恨まれるじゃん。
「水泳部って胸大きくなるらしいぞ」
その瞬間、あたしの心は大きく揺れ動いた。
違う! そんなの話してる場合じゃない!
もっともあたしが省みる前に、金ちゃんが二人に話を続けていた。
「大体お前らのやってることすら隠そうとする学園が、そんなの表沙汰にするのを許すと思ってんの?」
「どういうことだよ」
「自分で口にするのはイヤだけど、学園の広告塔にされてる俺と学園に何も産み落とさない二人の違いってことだよ。下手すれば、お前らの方が学園追い出されるぞ」
金ちゃんの言う通りだ。
出雲学園の野球部は本来弱い、とにかく弱い。
全国大会どころか地区大会一回戦もムリ。
金ちゃんが全試合をノーヒットノーランで抑え込んで、全試合でホームランを打ったから勝ち抜けただけ。
だからこそ中学野球なのに全国区で「怪童」と呼ばれているわけで。
「くっ」
「そんなの自分でもわかってるよなあ。だからこそ華小路の下僕になりさがって、その威光で好き放題してるんだし。お前らなんて宿主いなければ何もできないサナダムシだよ」
「いけない! 金ちゃん、それ以上はダメ!」
小人達でもプライドはある。
これ以上追い詰めると、本気で何をしでかすかわからない。
それこそ夜の暗がりで闇討ちとか。
そんなの金ちゃんでも逃げられまい。
「てめえ! 華小路君に頼らずとも、オヤジに頼んで家庭裁判所に送ってやる! それなら学園がどう動こうが全国大会には出られまい!」
サナダムシ以下だった……ある意味安心したけど。
「いい加減うざいよ」
金ちゃんが佐藤の頭をぐしゃっと踏みつぶした。
「う、うう……」
「何しやがる!」
呻く佐藤の代わりに鈴木が叫んだ。
「お前らが二葉とアッコにやったことをやり返してるだけだ。華小路をぶちのめした後はこの程度で済むと思うな」
「二葉! アッコ! 今すぐやめさせろ! この言葉の意味がわかるな!」
「やなこった」
「い、い、嫌です……」
「二葉もアッコも関係ない。俺がお前らを気に入らないからやってるだけだ。次はお前の頭を踏みつぶす番だな」
「ひ、ひぃ……」
──背後でガラっと扉の開く音がした。
振り向いて目線をやる。
「坊ちゃま、どうぞ」
「うむ……ん? これは何事だ?」
華小路!
そして執事と、一緒に休んでいたエリカも!
「華小路! てめえええええええええええええ!」
「金ちゃん!」
金ちゃんがダッシュで駆け出し、華小路の顔面に向けて右ストレートを繰り出した。
不意をつかれたか。
まともに喰らった華小路は扉に叩きつけられる。
しかし流石と言うべきか、華小路は二人とは違った。
すぐさま立ち上がり、金ちゃんを睨み付ける。
「貴様、いきなり何のつもりだ」
「てめえの胸に聞いてみろや!」
金ちゃんの二発目の拳が唸りを上げる。
しかし華小路は、ひらりとかわした。
「生憎、全く心当たりがないんだがね」
返す刀で、片手で傍の机をつ……かみ?
振り上げて、金ちゃんめがけて振り下ろした!?
な、なんて怪力。
一見細身で華奢に見える体にまったく似合っていない。
「ちっ」
金ちゃんがバックステップを踏む様に、机をかわす。
「哈アアアアアアアアアアアアアア!」
華小路が気合とともに前へ踏み込み、両の手の平を金ちゃんの腹部へ当てた。
「ぐふっ!」
金ちゃんが吐血!
まさか発勁!?
だけど金ちゃんは踏みとどまる。
「ふっ、金之助。さすがは我が終生のライバル。そこいらの凡人ならこれで内蔵破裂なんだが」
「凡人は凡人でも鍛え方が違うんでね。ついでに言うと、お前のライバルになった覚えはない。男同士でそんな特別な関係、キモチ悪いだろうが」
もうこれ、中学生のケンカじゃないよ。
あと金ちゃん、あなたは絶対凡人じゃない。
「相変わらず口が減らないな。貴様とは決着もついてないし存分にやり合いたいところだが、その前にやらないといけないことがある。まず、それをさせてはもらえないか?」
「下僕を助けてやるってか?」
「下僕?」
「とぼけるな! あそこに転がってるだろうが!」
金ちゃんが指さした先を華小路が見る。
「ああ、佐藤君と鈴木君じゃないか。まったく気がつかなかったよ」
「華小路君、ひ……ひどすぎる……」
「華小路君、お……俺達のカタキを……」
「話は後で聞こう。僕は先にやらないといけないことがあるんでね」
やらないといけないこと?
一体何なんだろう?
華小路の動きを注視する。
こちらに向かって歩き始めた。
どんどん近づいてくる。
あたしの前で止まると、直立の姿勢をとる。
そして頭を……深々と下げた。
「二葉さん、すまなかった。一昨日の件は僕が悪かった」
えっ、えっ、ええええええええええええええええ!
一体何が起こってるの?
混乱する、何がなんだか訳わからない。
きっとあたしだけじゃない。
金ちゃんも、アッコも、佐藤と鈴木も、クラスのみんなも同じはずだ。
その証拠として、教室に静寂が流れる。
誰一人声を発さない。
これをやらせたのは華小路じゃないわけ?
何より、華小路が頭を下げるそのものが信じられない。
そんな光景、あたしは初めて見るし、初めて聞く。
何もかもが偉そうでキザたらしくて気位だけで生きてるヤツなのに。
華小路が続けるので、黙って聞く。
「僕は合理的な解決法を述べただけなのに、どうして君が怒ったのかわからなかった。でも、ベッドの中でエリカさんから言われた。『華小路君は何を言ってもやっても素敵。だけどさっきの発言は、華小路君以外なら私も二葉と同じことをする』と」
エリカが?
ちらっとエリカに目線を投げる。
それに気づいたらしいエリカは、ウィンクしながら舌をぺろりと出した。
というか、今『ベッドの中』とかって……今更か。
きっと「公麿組」に入ったんだろうな。
公麿組は学園の女子生徒で構成される華小路のハーレム。
メンバーは華小路に女としての魅力を認められたことになるから、学園内で一定のステイタスを得ることになる。
あたしには何がいいのかさっぱりだけど。
華小路がさらに続ける。
「僕はどうやら、下賤達と同じ過ちをしでかしたようだ。君はそんな僕を、身を呈して注意してくれたことになる。残念ながら高貴たる美しき僕には何が悪かったのか未だにわかっていないが、許してはくれないだろうか」
ああ……わかった……。
華小路はアホなんだ。
素でアホなんだ。
成績はいい。
英才教育を受けているだけあって、ずば抜けた学年トップ。
現時点でもT大に合格すると言われていて、高等部では他の活動にいそしみたいから、あえてA組以外に所属するというくらいに。
でも、アホなんだ。
この場合は悪口でも褒め言葉でもある。
育ちがよすぎて、もしかしたら頭もよすぎて、世間智というものが全くないのだ。
あたし達とは本当に住む世界の違う人種。
宇宙人か異次元人なのだ。
こんな相手に怒るだけ、心底バカらしくなった。
その一方で、あたしはどこまで恥ずかしい。
まさか先に謝るべき相手から謝られるとは。
二人の一件が華小路の策謀でないとわかったからには尚更だ。
深々と頭を下げる。
「あたしこそごめんなさい。殴って悪かったです」
「ふっ。女性に顔を撫でられて怒る男はいまい」
あ、あれを撫でられた?
気を使ってくれているのか、本気で言っているのか。
どこまでも理解不能だ。
金ちゃんも頭を下げた。
「華小路、すまん。どうやら行き違いだったようだ」
「行き違いで殴られたんじゃたまらないんだがな。今度は僕の番だ。そちらの話を聞かせてもらおうか」
「は、華小路君……」
「君達は黙っていたまえ。二葉さん、話してくれないか?」
これまでの経緯を包み隠さず話す。
「……というわけ」
「わかった」
華小路が二人の元へ行く。
そして足を振り抜くように佐藤の腹を蹴っぱぐった。




