57 1994/11/28 mon 自室:オマソウソウ?
ようやくパソコンも落ち着いてくれたので作業再開。
二葉は少し疲れたのか、伸びをしながら傍らに立つ。
「アニキ、打つの早いねえ……」
本気で感心してくれている様子。
しかし毎日の様に文書を作成しているのだから、これで当たり前だ。
いや、特に社会人だからというわけでもないか。
「元の世界だとこれが当たり前だよ。仕事や勉強はもちろん、チャットとかメールとかパソコンで文字を打つ機会多いから」
「なんだかホントに異世界の話聞いてるみたい」
俺からすれば、ここは正真正銘の異世界なのだが。
もう少しでキリのいいところまで打ち終わる。
そうしたら俺も一息つこう。
──よしっ!
終わった瞬間、二葉の声が聞こえた。
「あー、これかあ」
「ん?」
なんか妙に呆れた口調。
「アニキの右手を跳ね上げる癖。これは北条さんに『酔ってる』扱いされても仕方ないよ」
「笑うな! ついやってしまうだけだ!」
まったく……。
休憩ついでに、少し気になっていたことを質問する。
「二葉」
「ん?」
「佐藤と鈴木についてはかなり怒ってたけど、華小路はいいのか?」
あいつこそ諸悪の根源だと思うのだが。
しかし二葉の口からは意外な答えが返ってきた。
「華小路はホントに仲裁しようとしただけだもの。別に怒る理由はない」
「どこをどうとればそうなる! しかもマロ券なんて紙切れ寄越しやがって!」
だけど二葉は慌てず動じず。
「話聞いてて思ったけど、色々と行き違いあるみたいね。ややこしくなりそうだから黙ってたけど、一からちゃんと説明するよ」
「よろしく頼む」
「まずマロ券の説明から。あれは華小路が一七歳バースデー記念として勝手に刷った代物なんだ。一万枚も刷った上に肝心の華小路グループですら使えるところ限られるから、普通の店だとまずボッタくる」
「オーマイゴッドがそうだったよ。あんなレートなら、いっそ取り扱わなければいいのに」
「華小路の執事が『いくらでもいいですから』と頭下げて回ったんだよ。でも額面通り使えるところはちゃんとある。結論を言うと、アニキは五千円得した」
「そうなの!?」
だったら今日の一件も災い転じて何とやらと割り切れるのだが。
いや、ないと思っていた五千円札まで出てきたのだから一万円得したとすら言える。
「例えば遊園地。正確には『キミマロランド』だけど、入場券とアトラクションの回数券はマロ券が使える」
「ふむふむ」
遊園地に自分の名前をつける辺りが、どこまでもナルシスト。
「アニキの話によると、あたしがゲーム通りの運命辿るなら金ちゃんと遊園地に行くって言ってたよね?」
「そこで使おうって話?」
紙くずになるよりマシだから構わないけど。
「ううん。それで聞きたいんだけど……遊園地があるのは隣の天照町駅。ということは『上級生』の舞台は天照町も含まれてるってことでいいのかな?」
「合ってる。あっちはターミナル駅で繁華街だろ。だからイベントをこなしたりバイトしたりは天照町で、フラグの重なり具合によっては一日に何回も往復することになる」
「上級生」のフィールドは正確にいうと出雲町と天照町の二つ。
住宅街の出雲町と繁華街の天照町。
両町間を移動するのは電車なのだが、なんと片道五〇〇円。
たった一駅なのにぼったくりにも程がある。
キリのよさとゲームバランスを鑑みた結果だろうけど。
「だったらマロ券はまったくムダにならないよ。両駅区間の電車、正確には華小路鉄道公麿線の一ヶ月定期が五〇〇〇円で買えるから。お釣りは出ないけど、あたしとアニキのでちょうど一万円になるし」
「おおっ!」
それだと五往復で元が取れる!
「マロ券って、華小路の誕生日に五枚ずつ出雲学園の生徒に配られたんだけどさ、みんなどっちかで使ったよ」
「どっちもサービス業だな」
「電車にしろ遊園地にしろ常に動かさないといけないじゃん? だったら無料でもお客さんの数を増やせるだけいいってことじゃないかな」
ある意味、華小路は損しないわけか。
見かけ上の客を増やすのは株主対策としてよく使われる手だし。
「マロ券については納得した。どう見ても仲裁する人間の態度とは思えなかったけど、そこも納得した。でも、華小路はバカにする様に笑ってたぞ」
「笑ってはいたんだろうけど、その理由はきっと違うよ」
「へ?」
「単なる思い込み、アニキは最初から悪意の目で華小路を見てたからさ。言わば、自分で自分に一人称マジックかけちゃったんだよ」
ちょっと待て。
「そういう理屈だと、極論すれば全て『おまそうそう』じゃないか!」
「オマソウソウ?」
あー、もうっ!
「『お前がそう思うならそうなんだろうな』の略で、元ネタはバレーボール漫画の台詞なんだが……そんなことはどうでもいい。例えホントにイジメられてもケンカ売られても、それは全て俺の思いこみって結論になりかねないという話だ」
二葉が首を振る。
「それは相手がまともならって前提でしょ。華小路はまともじゃない。龍舞さんと一緒で、あたし達とは違う世界に住む住人だから」
龍舞さんを引き合いに出されると不思議に納得してしまう。
一応はゲームでどんなヤツか知ってるつもりではあるのだが。
まあいい、単刀直入に答えを聞こう。
「じゃあ、あの笑いの意味は?」
二葉が髪をかき上げ、何だかイッちゃった様な笑みを浮かべながら天を仰ぐ。
……お前、何やってるの?
そんな俺の思いなぞお構いなしに、二葉は華小路の口調を真似ながら台詞を発した。
「この美しき麗しき僕が卑しき下僕と醜いブタの争いを鎮めるなんて。ああ、神よ。見てくれましたか? 容姿のみならず心までもがこんなに美しいだなんて。あなたはどこまで罪作りな子をお産みになったのでしょうか」
そんなヤツいねえよ。
確かに華小路ってそういうヤツ。
納得もする。
だけど、それでもそう言わざるをえないよ。
「じゃあ二人に俺を殴らせたのは? 芝居は抜きで手短に」
二葉がわずかに頬を膨らますも、すぐさま答える。
「顔を潰されたと思ったから。それとアニキが自分に歯向かってきたように見えたから。直接殴らなかったのはアニキの顔に触りたくないからだと思うけど、もしかしたら『情け』かも」
普通に止めてくれれば全力で感謝したわい。
「ありがとう」とすら言えない身だったから結末は同じかもしれないが。
触りたくないのは、俺本人すらそう思うからいいとして……。
「情け?」
「華小路ってケンカ強いよ。護身のための格闘術仕込まれてるところにきて肉体スペックまでとびっきりだから手が付けられない。本気で殴られたらアニキ死ぬかも」
「まるで見たような言い方だな」
「見たんだよ……中等部一年の時に先輩達がクラスにやってきて、『生意気』ってことで華小路を公開リンチしようとしたことあるんだ。でも華小路は微笑を浮かべながら、まるで踊るように全員を半殺しにしちゃった」
「ちょっ!」
どんだけだ。
一昔前だと、ギャルゲーのライバルキャラは能力抜群がお約束。
もちろん華小路もその例に漏れないわけだが。
現実にすると、こんなに生々しく聞こえるとは。
「華小路なら例え一九九九年七の月にノストラダムスの大予言が的中して世界滅びても生き延びられるって噂になったよ」
また随分と懐かしい話だ。
仮に世の中リセットされたところで、勝ち組はどこまでいっても勝ち組らしい。
「その予言はもちろん外れるわけだが……ともかく、あの二人は華小路の下僕。そこは間違いないんだな」
二葉が頷いたので、問いを続ける。
「しかしどうして下僕なんかに? いわゆる虎の威を借りるってやつ?」
「半分当たってて半分違うって感じかなあ。華小路にとって自分以外の男が自分に服従するのは当たり前だからさ。加えて自分本位な上に気紛れ。後ろ盾になってもらうという点ではメリットないね」
二葉は「気が向けば味方もするんだろうけど」と自信なさげに付け加える。
なんせ相手は理解しがたい宇宙人だからなあ。
「半分当たってるってのは?」
「自らが一定の力を持っている場合は『敵に回さずに済む』ということだけで十分なメリットになるんだよ。華小路も自分に逆らわない限り、その辺の義理は立てるから」
「あの二人がそんなに学園で力あるわけ?」
「片や親が日本金融行政のトップ、片や親が日本刑事行政のトップ。こんなのがタッグ組めば、一般人に対してはやりたい放題じゃない?」
それもそうか。
一樹ですらこれだけ好き放題やってお咎め無しなのだから。
「と言っても、所詮は官僚。出雲学園なら上には上がいるだろう」
二人は「上級生」で名もないMOB。
なのに現実で見ればこんなとんでもない設定を持っているということは、他のMOBでも似たようなのがいくらでもいておかしくないはず。
「だからこその下僕なんだよ。『俺達に逆らうのは華小路君に逆らうも同じだぞ』って論理をすり替えるわけ」
「華小路は学園の中でそこまで格が違うわけ?」
そうじゃないと、その論理は成り立たない。
「出雲学園だと頭抜けた存在だよ。華小路の父親が財界と右翼を牛耳るフィクサーと呼ばれる存在で、一族内にも各界にトップと言いうる実力者がごろごろいるし」
二葉が「めんどくさいから以下略」と締め括る。
きっと漫画によくある設定がずらずらと並ぶんだろうな。
「例えば官界だと?」
「事務担当の官房副長官が華小路の叔父さん」
事務担当の官房副長官は霞ヶ関全ての官僚の実質的トップと言いうる存在。
そら二人も逆らえないわ。
「ただ」と二葉が前置く。
「あの二人組は相手が上と思えば逆らわない。典型的な『強きにへつらい弱きをくじく』タイプだから、学園全体で見れば割と普通の人達かな」
小さいなあ。
でも、言い換えれば現実的。
世の中上には上がいるのだから、そうでないと社会は生き抜けない。
そう言えば、若杉先生が二葉と二人の間には因縁があるとか言ってたよな。
それを聞いてみよう。
「なあ、二葉──」
若杉先生から聞いたことを話す。
二葉と二人組の間に因縁があるということ、そのせいでイジメが加速するかもしれないということ。
聞き終わった二葉が首を傾げる。
「因縁といえば因縁はあるけど、それって先方があたしを恨んでるって話だよね。攻撃されたのも恨みたいのもあたしの方なんですけど」
「その因縁とやらを話してくれないか?」
二葉がこくりと頷く。
「ついでだから、他の必要と思われる説明もやっちゃうね。だから前置き長くなるよ」
「わかった」
二葉がとつとつと語り始めた。
「あれはあたしが中等部の頃──」




