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56 1994/11/28 mon 自室:【このプログラムは不正な処理を行いました】

「で、どうしてパソコンで打ってるの? ぶっちゃけコピーでもいいと思うんだけど」


 確かにお金は掛かる。

 でも今はお金で時間を買ってもいい場面だ。

 土曜日と今日のノートの分を合わせてもせいぜい数百円程度。

 いかに節約の鬼の二葉といえどコスパの高さはわかるはず。


「あたしも一旦は考えたよ。でも、二つ引っ掛かることがあってね」


「引っ掛かる?」


「まず一つ目は、どうして一樹がそうしないのかということ。ちょっとこれ見て」


 二葉が一樹のノートの最初のページを開く。

 次に龍舞さんのノートをめくる。


「ここからが一樹にノートをとらせてるページで、一樹のノートの一ページ目と内容が一致している。つまり一樹がノートを取り始めたのは龍舞さんの命令で間違いない」


 さらに龍舞さんのノートの見開いた中央を指さす。


「破れた跡があるな」


「龍舞さんは一樹にコピーを禁止してる。これがその証拠」


「どういうこと?」


「一樹は最初コピーを貼って渡したんだと思う。あたし達でも絶対にそうするよね?」


「間違いない」


「で、龍舞さんが『手を抜くな』とか怒って、ページ破いて突き返したんだよ」


 ひ、ひどすぎる。

 でもどうしてコピー禁止?


「二つ目は、龍舞さんに一樹の字が読めるのかなと。妹のあたしや一樹並の悪筆なアニキすら解読に苦労するのに。読めたとしても、それで勉強捗ると思う?」


「大きなお世話だ」


 と言いつつも理解はできる。

 なぜなら俺自身、友達にノート貸して「ごめん、読めない」と返されたことあるから。


「でも、そもそもヤンキーな龍舞さんが勉強するのか?」


「じゃあそれが三つ目……って言いたいところだけど、多分最低限の勉強はしてる」


「どうして?」


「龍舞さん、学校ちょくちょくさぼってるくせして赤点一つもないもの」


「なんでお前がそんなの知ってる?」


 赤点者が張り出されるというのは聞いた。

 だけど赤の他人の龍舞さんの成績まで気にはすまい。


「悪目立ちしてるから噂になりやすいんだよ。それこそアニキのイメージ通り、勉強という単語とは縁遠そうじゃない」


「みんな暇なんだなあ」


「そう言われると返しようなくなっちゃう──」


 二葉が気まずそうに苦笑いを浮かべる。

 皮肉ったつもりはないが、そう聞こえたのだろう。

 他人の噂話なんて下世話には違いないから。


 でもわかってたところでしてしまう。

 これまた噂話の魅力。

 特に龍舞さんは出雲学園だと明らかに浮いた存在。

 さしづめ他の生徒にしてみれば珍獣を観察するようなもの。

 まったくもって二葉の言うとおりだと思う。


「──ただ勉強してるとしても、このノートは使ってない」


「どうして、そう断じられる?」


 二葉が自身のノートと龍舞さんのノートを並べる。


「例えば、こことここ比べてみて。明らかに空いてる箇所があるよね」


「単にさぼったから書いてないんだろ」


「でも勉強にノートを使う人なら、休んだとしても誰かに借りるなり自力なりで埋めるはずなんだ。そうじゃないとノートの意味がなくなるじゃん」


 勉強方法にも色々ある。

 教科書をノートに落として、問題集とノートを往復する派。

 教科書読んだら、すぐに問題集に行く派。

 恐らく龍舞さんは後者なのだろう。


 二葉の抱いた違和感は二つ。

 一つは一樹にコピーをさせないということ。

 一つは勉強にこのノートを使ってないということ。


 ……はて?


「じゃあ、何の目的でノートとらせてるんだ?」


「そこなんだよ。多分それ自体が目的なんじゃないかな」


「というと?」


「一樹に手間暇かけさせる。つまりイヤがらせのためだけにノートとらせてる」


「最悪じゃないか」


 確かにそうとしか思えないけど、性格悪いにも程がある。


「それが現実なんだから仕方ないでしょ。一つ目だけなら『コピーの字は掠れて読みにくいから』という理由も思い浮かぶけどさ」


「手書きでも多少マシなだけで読みにくいのは同じだしなあ」


「そういうこと。そこでワープロなら間違いなく手間暇かけてるし『自分で打った』って言い張れるじゃん。しかも、あたしが手伝ってもバレないしね」


 授業中は手書きでノートをとらざるをえない。

 つまりワープロのノートは打ち直す手間を掛けたのが自明。

 二葉も二葉で、よくそういう方向に頭が回るものだ。

 元の世界だとノートのファイルが出回るのが当たり前だけど、パソコンの普及してないこの世界では考えづらいしな。


「事情はわかった。とにかく打つわ。これの他にも三科目あるから、早くしないと寝る時間が取れない」


「じゃあ待って。他の科目はあたし打つからワープロ持ってくる」


 ワープロ持ってくる?

 二葉が再び部屋から出て行き、すぐに戻ってきた。


 片手にはバカでかい、一見ノートパソコンみたいな機械を持っている。

 ああ、ワープロ専用機か。

 大昔ってパソコンじゃなく専用機の方が主流だったんだっけ。

 知識としてはあるけど、実物見るのは初めてだ。

 もう一方の手には折り畳みテーブル。


 二葉がテーブルを開いてワープロを置く。

 背の印字機能部分が物々しい。

 極端に言っちゃえば、プリンタ一体型のノートパソコンだしな。


「父さんのお古もらったんだ」


 二葉の背に回って眺める。

 ぱっと見はモノクロ画面のノートパソコン。

 ある意味スマホのメニュー画面を思い起こさせる。

 画面横には「OASYS」と書いてある。


 ──ん?


「このキーボードの配列、パソコンのと全然違わないか?」


「ああ、これ『親指シフト』だよ」


「親指シフト?」


「あたしはこっちで慣れてるから、普通のキーボードだと打ちづらくてさ」


 そう言えばネットで読んだことある。

 一度は絶滅危惧種に指定されたが、いわゆるJIS配列のキーボードと比べて生産性が倍になるという話で再評価されているとか。

 IT関連で一周回って新しくなるのは珍しいから感心したものだった。


 二葉は既にノートを打ち始めている。

 確かに見ているだけでもJIS配列より早いのがわかる。

 普及しているからいい物とは限らない。

 この事実を改めて思い知らされる。


 俺も打とう、椅子に座る。


 ワープロソフトの使い勝手は元の世界とあまり変わらない。

 ウィンドウ枠には【一太郎】の表記。

 バージョン情報を見ると【Ver.5】。

 文字入力は当然ATOK。

 きっとATOKが偉大なのだろう。

 完全にWordが席巻している元の世界ですら、ATOKを使ってる人は多いから。


 ……仕事で使う分にはパソコンを買い換える必要なんてないんじゃなかろうか。


〔ジャン♪〕


 何だ? 画面にはダイアログ。


【このプログラムは不正な処理を行いました】


 一太郎が落ちる。

 仕方ないのでもう一度立ち上げる。


 ああああああああああああああああ!


「文章が飛んだああああああああああ!」


 二葉が駆け寄ってきた。


「落ち着いて。自動バックアップ機能あるから大丈夫」


 二葉が文章を修復する。

 幸い、打ち込んだ部分はほとんど残ってた。


 気を取り直してもう一度……。


〔ジャン♪〕


 再び警告音とともにダイアログ。


【このプログラムは不正な処理を行いました】


 ちょっ!

 なんだこれ!


 まあ、まだ大して打ってない。

 再び起動して……。


〔ジャン♪〕


【このプログラムは不正な処理を行いました】


「うがああああああああああああああああ!」


「WindowsってDOSより使いやすいけど、エラー頻発するのが難点だよね。すぐにフリーズするし、ブルースクリーンになるし」


「元の世界のWindows、エラーなんてほとんどないんだが」


 少なくとも俺が使ったXP以降は。


「何それ! そのWindowsすごくほしい!」


 そこ、驚くところなのか?


 そういえばXPより前は不安定でひどかったって聞いたような。

 職場の先輩が「だからXPは神なんだよ」と言ってたっけ。

 まさかここまでひどかったとは。

 なるほど、「神」の呼称は決して大袈裟ではない。


【後書き】

・『一太郎』、『ATOK』は株式会社ジャストシステムの登録商標(商標)です

・Wordは、米国 Microsoft Corporation の、米国およびその他の国における登録商標または商標です。


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