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54 1994/11/28 mon リビング:オニイチャン

「いい話じゃないか……」


 まるで一本の小説を聞かせる様な語り口。

 さり気なく妹を気遣う兄と、兄を思い続ける妹。

 ああ、義理と人情の物語。


「途中の話の記憶はどこへ消え失せたの?」


「読書感想文は終いの方だけ読んで書くのが基本だろう」


「ふーん……」


 そんなジト目で睨まなくてもわかってるわい!


 「よくもあたしが落ち込んでた隣で五発もいたしやがって」って言いたいんだろ。

 今の話の真の主題はそこ。

 小説みたいな語り口にすることで、夕べの日課と一樹の薔薇庭園を被らせたのだ。

 つまり話の中で実際に責めていたのは、一樹ではなく俺。

 よく言えば奥ゆかしいが、ハッキリ言えばイヤミたらしい。

 でも俺に叩く資格はまったくない。


 失敗だった。

 本当に失敗だった。

 昨夜は疲れ果てて、つい自宅にいる様な感覚に陥っていた。

 朝は朝で別のことで頭がいっぱいだったので、すっかり忘れてしまっていた。

 何より、独り暮らしで「隠れて日課」という発想がすっかり抜け落ちていた。

 あの火箸を見た時に気づくべきだった、俺としたことが……。


 それでも普通なら「兄妹と言えど、勝手に部屋に入るな」とか「ゴミの日なんか教えられてないのにわかるか」とか言い返しようもある。

 しかし現在は普通ではなく異常な状況。

 それも起きてこない俺を起こそうとしての話。

 これで反論したら、もう逆ギレでしかない。


「ごめんなさい……」


 俺の脳内選択肢は、


【1:謝る 2:頭を下げて謝る 3:土下座して謝る】。


 3は仰々しすぎて、かえって火に油を注ぎかねない。

 2を選び、深く頭を垂れる。


 二葉がにっこりと笑った。


「オニイチャン」


 この不自然なイントネーションはなんだ。

 思い返せば、二葉が俺に対して「お兄ちゃん」と呼んだのはシモが絡んだ話題の後。

 その際は自然な発音だったから、苛立ちだの軽蔑だのでつい口にしたんだろうけど。

 今回は明らかにわざとそう呼んでいる。

 ああ、もうその意味もわかりますとも。


 でも、とりあえずは普通に返事するしかない。


「なんだよ」


「今朝の薔薇は密封の上で保管してある。もし次に同じことしたら寝てる間に庭園築いて飾り立てるからね」


 なんてこと思いつきやがる。

 お前はそれでもギャルゲーのヒロインか。


「捨てろ!」


「ふん。そういう仕返しをされないように、普通は隠れていたすんだよ」


 二葉は言うだけ言って、憮然としながらリビングを出て行った。

 妹からそんな仕返しされる可能性なんて、世の中の兄はまず想像しねえよ。


 ぼやいてみても仕方ない。

 さっきの話で改めてわかったのは、二葉が物に釣られやすいということ。

 ゲームディスクはまだしも毒ピザにすら一旦は機嫌よくしているのだから。

 さて、うさまんを買いにオーマイゴッドへ行くか。


 うさまんは消費税込み三〇九円。

 財布のお金は八九円プラス到底使えそうもない一万マロ。

 全然足りないので、机の上にあった小銭の山から百円玉を三枚抜いていこう。

 中華まん一つ買うのすら事欠くとは、どこまで情けない。

 それも全ては華小路と鈴木と佐藤の三人組のせいだ。

 ド畜生……。


                  ※※※


 昨日も歩いた道筋を再び辿る。

 曇ってて星が見えないのと慣れたのとで、昨晩みたいな感動はさすがにない。

 ただ寒いだけだ。


 さっきの二葉の話には色々と気になる点がある。

 時間はムダにできないし、道中で検討しよう。


 まず、芽生が処女か否か。

 一見どうでもいいことに思えるが、実はそうではない。

 なぜなら芽生は本当に処女だから。

 ゲーム上、そういう設定なのだ。


 田蒔家には「女子、結婚するまで処女を守るべし」という家訓がある。

 しかもそのチェックのため、婦人科で定期検診まで受けさせられる。

 芽生はチア部だから激しい練習で膜が破れている可能性もあるのだが、そこはクリアしていたとかなんとか。

 以上は芽生攻略の際に判明する事実。

 開発者もインタビューで「芽生は処女」と言い切っていた。

 ここまで色んなキャラの裏側に驚かされてきたが、さすがに確定事項と言っていいだろう。


 もちろん「上級生」とこの世界は全く同じではない。

 異なることだってありうる。

 だけどこの世界でも恐らく、芽生は処女だ。

 なぜなら一樹は確証を抱いている。

 いくら一樹がぶっ飛んでいるとはいえ、あの発言は明らかにおかしい。

 「チア部の性は乱れきってるだろ」で済む会話なのに、どうしてわざわざ二葉と芽生を名指しで処女と摘示したのか。

 あれは「知ってるんだぞぉ~」と匂わせることで自分を大きく見せてるのだ。

 情報機関の常套手段だからよくわかる。

 一樹はきっと盗撮のための調査過程で知ったのだろう。

 何らかの手段でカルテを見たか、その内容を知る者から情報を得たのだ。

 盗み出したのか、それとも関係者を買収か脅迫でもしたのか。

 はたまた予知能力者が存在するくらいだから、何らかの非科学的手法を用いたことだって考えられる。

 と言っても、それを知ったところで実益はない。

 だからこそ二葉と若杉先生も「決めつけ」で流して終わらせたわけで。

 これ以上は考えるだけムダか。


 実益がある情報は「芽生は女子の前では非処女とウソをついている」こと。

 ウソをつく理由についてはすぐわかる。

 見栄を張っているのだ。

 出雲学園、特にチア部において「処女は生き恥」といった類の価値観が蔓延しているのは察しがつく。

 男同士の童貞と同じく非モテの証扱いなのだろう。

 まったくもってバカバカしいと思うけど、芽生はプライドの高いキャラ。

 しかもチア部においては外部生のリーダーで仕切りたがりとくる。

 きっと他人の風下に立つのは耐えられないのだ。

 うん、これは何かのネタに使えるかも。


 問題はどこまで二葉に話すべきかだが……。

 先に芽生がヒロインAであることを伝え、その後の反応を見てから考えよう。

 二葉が芽生を相当嫌っているのはよくわかった。

 まして二葉は処女であることをバカにされている当人。

 迂闊に真実を告げると暴走しかねない。


 次に一樹のやっていた用務員エロゲーがおかしい。

 俺もその用務員エロゲーはプレイしているし、ゲームに関する周辺知識もある。

 だからわかるのだが……一樹がプレイできるわけがないのだ。

 なぜなら今年夏時点で、この用務員エロゲーはまだ発売されてないから。

 発売時期がずれている可能性もない。

 用務員エロゲーはかなりの有名作、若杉先生が知らないのはおかしいから。

 つまり今年夏時点で発売されているはずのないゲームが存在し、なおかつ一樹がそれをプレイしている。

 この裏にはきっと何かある。


 次に一樹の金回りがおかしい。

 ピザLサイズは一枚四〇〇〇円近く。

 無料になったのを除いても二枚あるから八〇〇〇円になる。

 確かにピザはデブにとって欠かせないソウルフード。

 しかし盆に掃除して、さらに夏休み中ということは最長でも二週間。

 その間の小遣いが一万円ということを考えれば、さすがに無駄遣いしすぎだろう。


 エロゲー代だってそう。

 この時代のエロゲー買取事情は知らない。

 だけど常識的に考えて、買ってインストールして即座に売り飛ばしたとしても、いくらかの差損は出るはず。


 まして貯金どころか、一樹は小遣いをしばしば強奪されてる身。

 知っている俺とすれば二葉以上に不自然に思える。

 お年玉を切り崩して使ってるとかなら、二葉が既に推測してるはず。

 だったらバイトその他の収入源があると考えるのが自然だ。

 それを突き止めればこれから大分楽になるのだが。


 若杉先生の「私にはそう聞こえない」。

 この真意は俺にもわからない。

 いわゆるアイデンティティ論の観点から言ってるのであろうことはなんとなくわかるが。

 ただ話を聞く限り、一樹の根っこは相当に不器用で恥ずかしがり屋。

 そこは俺にもわかった。

 確かに発言はどれもこれもが身勝手で悪意の塊。

 それを聞く相手のことなど全然考えていない。

 でも恐らく毒ピザを差し出したことに悪気はない。

 だからこそ二葉の推測通り、埋め合わせとして手伝いをしたのだ。

 ゲームディスクもそうなのだろうけど、それだけではない。

 二葉の発言を覚えていて用意した。

 つまり、日頃から二葉のことを気にかけている証である。

 最後の二葉の呼びかけにしても、本当は「うん」と言いたかったのじゃないだろうか。

 恥ずかしいから言えなかっただけで。

 もし一樹に二葉を気遣う良心があるなら、自らの立場を自覚しているから遠慮したことだって考えられる。

 ここまで屈折した人間の頭の中なぞ常人以上にブラックボックス。

 いくら考えたってキリがない。

 ただ、一樹も人間。

 若杉先生の言葉からは、そのことを忘れちゃダメだと何となく思える。


 オーマイゴッドの灯りが見えてきた、もう少しだ。


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