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キモオタでギャルゲー、それって何の罰ゲーム!?  作者: 天満川鈴
Chapter 2 回想その1(二葉視点)
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53 1994/08/?? ??? 自宅前:……足手まといだからいい

「顔色悪いな。車苦手だったか?」


「えと……いや……なんか……ぶり返したみたいで……」


「そうか、運転には気を使ったつもりだったんだけどすまなかったな」


 頭を下げないといけないのはあたしの方です、先生。

 ぶり返したというのはウソなので。


「いえ、送っていただいてありがとうございました」


「お大事に」


 重い排気音があがり、若杉先生の車が走り去る。

 若杉先生の車は薄く平べったく幅広なスポーツカー。

 加えて真っ黒。

 見送りながら眺める後ろ姿はどう見てもG様。

 おかげであたしはG様に食べられた気分になってしまった。


 しかし若杉先生は、そのデザインに魅入られて買ったとか。

 「いつかこの車が世代を超えて『悪魔』と呼ばれる車と対決するのが夢なんだ」と浮かれるように話していた。

 マンガの話らしいけど、そこまで愛車を気に入ってる人の前で本音を口にすることはできなかった。

 今日という日じゃなければこんなことも思わなかったろうに。


 中に入ると、アニキはまだ帰っていなかった。

 もっとも帰ってたって、あれ以上手伝ってくれるとはさすがに思わない。

 どうせゲームに耽るんだろうし、その姿が視界に入ればイラつくだけ。

 いっそ全部終わるまで出ててくれた方がありがたい。

 夕食に間に合うよう、大急ぎで片付けを始める。


〔TRRRRRRRRR〕 


 電話の音が鳴る、誰だろう?

 受話器を取る。


「はい、渡会でございます……あー、孝お兄ちゃん?……うん、こんにちは。どうしたの?……うんうん、じゃあFAXでアンケート用紙送って。またみんなに頼むから……うん、それじゃ」 


 電話を切る。

 孝お兄ちゃんは出版社に勤める親戚、正確に言うと又従兄弟。

 女性向けファッション誌の編集をしていて、時々こうしてアンケートを頼まれる。

 時々眉をひそめる内容もあるけど、雑誌自体が割と有名なおかげで友人達も割と気軽に引き受けてくれる。


 あたしにとって年上の男性はみんな「お兄ちゃん」。

 呼ばれる本人は喜んでくれるし、周囲からは親しみを籠めてそう呼んでいるように見えると思う。

 だけど実際の所はそうではない。

 むしろ他人だからこそ、そう呼んでいる。

 表向き愛想よくしておけば、それ以上「あたし」に踏み込まれることがないから。

 孝お兄ちゃんをはじめとして「お兄ちゃん」が嫌いなわけではないけど、そういった感情論とはまた別の話なのだ。


 それは「お兄ちゃん」に限らない。

 友人達にしたってそう。

 恐らくみんなはあたしのことを「お人好しで、元気で、親切で、人当たりよくて、つきあいよくて、話しやすい」と評価するはず。

 でもそれはあたしが学校生活でうまく立ち回るために生みだした擬態。

 どんなに自分を変えてみたところで、「人見知り」で「引っ込み思案」という根っこの部分はやっぱり変えられない。

 あたしが他人を応援するのが好きなのも、もしかしたら擬態で欺くことへの罪悪感を誤魔化したいというだけなのかもしれない。


 もっとも運動神経には恵まれたから、元気ってのは今だと素かな?

 あのバカアニキを未だに見捨てきれない辺り、お人好しもそうなのかも。


 「アニキ」はあたしにとって特別な呼称。

 双子だから本当は「一樹」でもいいし、むしろその方が一般的。

 だけどあたしは一樹を自分の上に置くため、あえて「アニキ」と呼び続けている。

 それは幼い頃あたしを助け続けてくれた一樹への感謝の証。

 そしてあたしが壁を作らない「家族」と思っている証。

 当時の一樹は本当に頼りがいのある、まさに「アニキ」だったから。

 現在だとむしろ「もっと兄らしくしてほしい」という願いを込めて、って感じになっちゃってるけど。

 あのおぞましい薔薇庭園を築き上げる愚者が、いつかあたしの思いに気づいて立ち直ってくれる日がくるといいんだけどな。


 ──はっ。


 いけない、いけない。

 掃除の途中にうだうだとこんなこと考えている場合じゃない。

 体調悪いとつい物思いに耽っちゃうからイヤなんだ。


                  ※※※


 ようやく掃除が終わった。


 シーツもパッドも交換完了、マットも殺菌した上で裏返した。

 G様から奪還したベッドの上で体を伸ばす。

 布団も干したから、ふかふかのぽっかぽか。

 うーん、なんていい気持ち。


 ドンドンドンと破裂音が響いてくる。

 花火大会が始まったらしい。

 ベッドから起き上がって窓の外を見る。

 次々と打ち上げられては真っ暗な空を彩っていく。

 やっぱり綺麗だなあ。


 でも体調が悪くなくても、あたしと一緒に行ってくれる友達がいたかは疑問。

 みんなカレシと行っちゃうし。

 そう思えばあの無様な一気食いも家で過ごすための口実になったかな。


 何はともあれ部屋から花火を眺められるのは幸い。

 せっかくだ、買ってきた豆乳を飲みながら鑑賞しよう。


 ──リビングに降りる。


「やぁ、二葉」


 アニキは帰っていた。

 しかし腰に手を当てながら煽っていた紙パックは……。


「『やぁ』じゃない! あたしの豆乳、勝手に飲まないで!」


「言われてもないのにわかるか」


「そうだけどさ」


 さすがにこれはアニキの方が正しい。

 でも正しいかどうかは問題ではない。

 普段豆乳なんて買ってこないんだから、冷蔵庫に入ってる時点で一言聞いてくれてもいいじゃんか。

 あたしの壮大な夏休みの計画が……。


「仕方ないなあ、ほら」


 さっきまで直接煽っていた紙パックを差し出してくる。


「飲めるか!」


 しかも一応受け取ってみれば中身はカラ。

 このアニキだけはどこまで人をバカにすれば気が済む。


 テーブルの上にはカメラ。


「出かけるの?」


「ああ、ちょっくら撮ってくる」


 ──再びあたしの中の何かが切れた。


「は、放せ! 首を絞めるな!」


「よくもいけしゃあしゃあと、あたしの前で盗撮宣言を!」


「ち、違う! 違うから放せ! 今日は部活だ!」


「部活?」


 「今日は」というのは置いておこう。

 首にかけていた両手を放す。


「花火大会にうちの生徒がいっぱい見に行くだろう。それを撮りにいくんだ」


 こりゃまたアニキにしては珍しい。


「パンツじゃなくて?」


「うまく浴衣がはだければチャンスはあるかもだが──放せ! だから放せ!」


「はあはあ」


「今日は本当にコンテスト用だ。パンツ以外を撮るのは主義じゃないが、そろそろ出しておかないと部費がやばい」


 この不満げな言い方。

 部費のためには入選までしないとダメだけど、アニキにとってそこは当たり前。

 つまりアニキの「出す」はイコール「入選」だし、実際にやってのけてしまう。

 なのに、こういう本当に自慢して然るべきところは自慢しないんだよな。

 謙虚なのではなく本心から価値を見出してないのも接しててわかる。

 アニキをよく知っているつもりの自分ですら不思議に思う。


「あと、二葉」


 アニキが紙袋を差し出してくる。

 受け取って中身を見ると「プリメ」とラベルが貼られた大量のフロッピーディスク。

 あたしがやりたがってたお姫様を育てるゲームだ。


「これは?」


「お前やりたがってたろ。だから外に出てた時に仕入れてきた」


「あ、ありがと……」


 これは本当に嬉しい。

 だけど、どういう風の吹き回し?


「俺はしばらく家を空けるから98は好きに使え」


 アニキが機材を担いでリビングを出て行こうとする。


「アニキ」


「なんだ?」


 アニキはあたしに背を向けたまま。


「部活ならあたしも手伝おうか?」


 あたしだって望んで入ったわけじゃないけど写真部員。

 元々カメラは父さんがあたし達兄妹に教えたもの。

 ある程度なら機材も扱える。

 例え本人の主義に沿わずとも、写真がアニキの数少ない取り柄には違いない。

 だったら真面目な写真を撮る分には応援してあげたい。


 しかしアニキは一拍ほどの間を置き、背を向けたまま告げてきた。


「……足手まといだからいい」


 それだけ言ってアニキはリビングから出て行った。


 何それ。

 どうせアニキから見たら、あたしは足手まといですよーだ!

 既に誰もいなくなったリビングの入口に、べえっと舌を出す。

 傍から見たらきっとマヌケだろうけど、そのくらいはやってやりたくなる。


 ──階段を上り、アニキの部屋へ。


 まあ、ゲームは本当に嬉しいな。

 アニキがあたしに何かしてくれたことって、ここ最近なかっただけに。

 もちろん今朝の毒ピザは論外として。


 やっぱり、これって心配してくれたんだよね?

 朝の態度からは全くそんな素振り見受けられなかったけど。

 確かに珍しく手伝ってくれはした。

 だけど、あれはあたしが命令したからだし。

 もしかしたら若杉先生の言うとおり……アニキはアニキなりに思うところがあって、何かを伝えようとしているのかな?

 ただ、あたしがそれを理解できないだけで。

 だったらもう少しアニキを理解すべく頑張ってみるかなあ。


 そんなことを思いつつ、フロッピーを98へ差し込んだ。


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