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キモオタでギャルゲー、それって何の罰ゲーム!?  作者: 天満川鈴
Chapter 2 回想その1(二葉視点)
52/178

52 1994/08/?? ??? 保健室:説明さ、三分バージョンと一〇分バージョンのどっちがいい?

「あはははは、それは災難だったな」


 ベッドの傍らに座る若杉先生がケラケラと笑う。


 バルサン炊いている間は家にいられない。

 というわけで、出雲学園の保健室に来た。

 ここにはベッドもあるしマンガもある。

 今日はさすがにする気力ないけど新旧交えたゲームまで揃っている。

 その上お金は掛からない。

 こう言ってはなんだけど最高の娯楽室だ。

 来る度に抱きつかれるのが難点だけど、そこは利用料と思って割り切るしかない。


 ただし今日は、真っ直ぐベッドに通された。

 そのまま診察が始まり、胃炎と脱水症状という診断結果に。

 牛のアレの一気食いで胃が弱っていたところに毒ピザがとどめをさしたらしい。

 というわけで若杉先生特製のトマトジュースブレンド経口補水液を飲みながら、ベッドで横になりつつグチをこぼしている。


「笑い事じゃないですよ」


 若杉先生は話しやすい。

 振る舞い的にはダメなオトナ。

 だけど人としては何でも受け止めてくれそうな雰囲気を持っている。

 それゆえ保健室には相談を持ち込む教師や生徒が後を絶たない。

 特に精神療法の心得があるわけじゃないらしいけど、人徳だろう。


 ただそれゆえ、本日の出来事について客観的な事実のみを話している。

 頭が切れる人だけに言葉を選ばないと。

 こんな目に遭わされても未だなお、どこかアニキに同情してしまっている自分を見透かされたくない。


「ごめんごめん。とりあえず帰宅したら、渡会兄に保健室へ来る様に言え」


「はい?」


「渡会兄が太腿をかいていたのは、恐らくインキンじゃなくて股ズレによる皮膚炎。おデブさん特有の立派な病気だよ」


「あの話の中で、そこからですか」


 若杉先生らしい反応ではあるけど。


「医者として当然だ。ただ、インキンが太腿まで広がってしまっているケースも考えられるからな。インキンと皮膚炎で薬を間違えるとえらいことになるから、直接診る必要がある」


 そんなにインキンインキンって連呼しなくても。

 そこも医者なんだから当然なんだろうけど。


「わかりました」


「渡会兄とは仲良くなりたいから、そのついでにゆっくり話したいし」


 …………は?


 はああああ?

 予想だにしなかった台詞に耳を疑う。


「若杉先生がなぜアニキと!?」


 ニヤリと笑う。


「熱きゲーマー同士、通じ合いそうなものがあるからに決まってるだろう。たまにマンガ読みに来るけど、それだけで帰ってしまうんでな」


 ダ、ダ、ダメだ、この人。

 あんなどうしようもないアニキでもゲーマーとして優秀ならそれでいいのか。


「渡会妹よ。そんな熱い目で見つめられると照れるじゃないか」


「呆れてるんです!」


 しかも言葉とは裏腹に、照れるどころか飄々ととぼけた顔をしている。


 若杉先生が立ち上がり、ベッド側の窓を開ける。

 外から吹き込む風が顔に当たって心地良い。

 さらに机側の窓も開け、扇風機を窓側に向ける。

 そして、机に寄りかかりつつ煙草に火を点けた。

 煙が窓の外へ緩やかに流れていく。

 若杉先生は横目でそれを見やると、真っ直ぐにあたしの目を見据えてきた。


「今日の話だけどさ。『バカだなあ、二葉』という兄の台詞、渡会妹はどう受け取ったんだ?」


「文字通りバカにしてると受け取りましたけど。どうしてあそこまで人をイラつかせる物言いをするのか」


 まったくもって理解できない。

 そうなってしまった経緯を知っている分、可哀相だとは思う。

 でも、それはそれ。

 普通にさえしてくれれば、あたしだって接しようがあるのに。


「そうか、でも私にはそう聞こえない」


 は?


「それってどういう意味ですか?」


 この人のことだから、何かしら思うところはあるはず。


 若杉先生が唇に指を当て、小考する。

 そして右手の指を二本立てて突きだしてきた。


「説明さ、三分バージョンと一〇分バージョンのどっちがいい?」


「三分で」


 若杉先生が突きだした手を引っ込める。


「私にはそう聞こえないからそうなんだ、以上」


 三分どころか三秒じゃないですか。


 このイラっとさせられるおちょくり具合。

 アニキと「通じ合いそうなものがある」が冗談に聞こえなくなった。

 でも、若杉先生はおちょくるにしても時と場合を選ぶ人。

 だとすれば、何か他の意味がある。

 これは恐らく一〇分バージョンへつなげるための前振りなはず。

 そうでなければ「説明めんどくさい」と遠回しに言われてるだけだ。


 というわけで聞いてみよう。


「一〇分で」


 若杉先生が澄ました表情で煙をくゆらす。


「今、『若杉先生とアニキって実は類友なんじゃなかろうか』と思っただろ?」


「い、いいえ。決してそんなことは」


 すかさず首をぶんぶん振る。

 でも、なぜわかるの!?


「で、『意味ありげにバージョンを分けているから、恐らくそのネタ振りなんだろう』とか深読みしただろ?」


「エスパーですか!」


「驚くことはない。渡会妹ならそう思うはずだし、私はそれを予定しながら発言したのだから」


「はあ?」


「要は『そいつが何者か』って話。そしてここまでが本当の三分バージョン」


 まるでわかんない。

 あたしってそんなに頭が悪いんだろうか。


「もっと具体的にお願いします」


「さっき私はわざとイラっとさせるべく発言した。もちろんそれができるのは、私がどういう物言いをすれば渡会妹がイラっとするかを知っているからに他ならない」


「そうですね」


 知らなくともイラっとさせることはできる。

 でも知らなければ狙ってそうすることはできない。


「では私から聞くが、どうして深読みした?」


「若杉先生は時も場合も考えずおちょくる人じゃないですから」


「つまり『若杉先生はこんな人』という渡会妹の認識が前提にあるわけだ。その認識と『私自身の認識する若杉先生』が一致するから、渡会妹は私の発言の真意に辿り着ける。その逆もまた然り」


「つまり若杉先生は、あたしならそこまで読むだろうと思って話した、だからあたしと先生の間にはコミュケーションが成立するということですね」


 若杉先生が頷いてから口を開く。


「では渡会兄はどうだろう。さっきの私と同様にお前をイラつかせているわけだが、渡会兄の方は『バカにして』で終わってしまう。どうしてだ?」


「そりゃアニキは拗くれてますもん。分別のある若杉先生とは違います」


 若杉先生がわずかに表情を緩め、首を傾げる。


「そうだろうか?」


「そうだろうか、って……誰が見ても拗くれてるじゃないですか」


「問題はその『拗くれてる』の中身だよ。渡会兄は発言全てがイラつかせる。それは分別を持ってる証明にならないかな?」


「理解不能なんですけど」


「さっきの話を思い出してみろ。いいか、『全部』だぞ」


「あっ」


 そうか。

 全部は大袈裟にしろ、アニキの発言は片っ端からあたしをイラつかせてくれる。

 そこまでくると、逆にあたしの反応をわかった上でやっていると考えた方が自然だ。


 でも……。


「だからこそ『拗くれてる』んじゃないですか。明確な悪意がある分、余計にタチ悪いと思いますけど」


「じゃあ渡会兄はどうしてそんなことをする? その『拗くれてる』という言葉の具体的な中身はなんなんだ?」


 具体的に、なんて言われると返答に詰まっちゃうな。


「……他人をバカにしたり見下すことで自分を上に置いて偉ぶりたいんじゃないかと」


 我ながら見も蓋もないと思う。

 でもアニキは父から罵倒されながら育った。

 その反動じゃないかと、あたしは考えている。


「当然それは一つの見方だし、そう見るならバカにされてるとしか思えなくなる」


「先生は違うと?」


 若杉先生が軽く頷く。


「あいつの発言はどれもこれも、言い負かそうと思えば『社会常識』で即座に潰せる代物ばかりだろう」


「そうですね」


 言っても聞かないし、言い負かしても可哀相だからそうしないだけで。


「優越感抱きたいのが目的なら、そんな穴だらけの自爆発言はしないんじゃないかな。相手に反論させないため、何かしらの権威に頼りそうなものだ」


「権威?」


「数字とか世論とか学説とか。子供で例えれば『ボクのパパはこう言ってたんだぞ~』みたいなさ」


「ぷっ」


 わざわざ子供口調にしながらの軽妙な言い回しに吹き出してしまう。

 やっぱりこの人は話していて楽しい。


 照れ隠しにか、若杉先生はコホンと一度咳払いしてから話を再開する。


「だったら一つの可能性として渡会妹が私に対して抱いたみたいに他の意味があるんじゃないかと思っただけさ。『私達の渡会兄に対する認識』と『渡会兄の自分自身に対する認識』が食い違ってるから、それに気づきづらいだけで」


「ふむふむ」


「結論として私が言いたいのは、表層に囚われず違う角度からも見てやれってこと。ここでこれだけ私にグチるくらい、渡会兄のことを気にかけてるならさ」


 何を言い出す。


「別に気にかけてませんから!」


「ふーん? じゃあ『私にはそう聞こえる』ということにしておくよ」


「ニヤニヤするのはやめてください! ついでに耳の掃除もしてください!」


「渡会妹が膝枕で掃除してくれるなら──よし、ちょうど一〇分」


 まったく……。

 「好きの反対は無関心」って言いたいんだろうけどさ。

 もっとも実際のところは反論できないわけで。

 あたしとしても見透かされたくないと思いつつ、心の奥底では「若杉先生ならいっか」くらいの気持ちがあるのかも。


 ただ一つ引っ掛かる。

 若杉先生の話し方は不自然。

 「そう聞こえない」ということは「○○と聞こえる」ということでもある。

 実際に今は「私にはそう聞こえる」と言ったし、それが自然な言い回しだ。

 どうしてさっきはわざわざ言い回しを変えたのか。


 やめておこう。

 若杉先生は「一〇分」と話を打ち切ってしまった。

 それは「そこまで話すつもりはない」という意思表示。

 自分の主観を先入観として与えたくなかったか、他の話しづらい理由があるのか。

 いずれにせよ、「お前自身で答えを見つけろ」ということだろう。

 きっとその裏には「お前なら気づける」という期待も込めてくれてるんだろうし。


 だったらあたしも、この話題は終わり。

 もっと実利のあることを相談しよう。


「とりあえず、薔薇庭園はなんとかならないですかね?」


 あたしとしては切実な問題。

 あんな光景二度と目にしたくない。


「いい方法があるぞ」


 若杉先生がニヤリとする。


「どんな方法ですか!」


「渡会兄がエロゲーやってる横に立って『ほーら、あたしの前で薔薇を植えてごらんなさい』とやってやればいい。肉親相手にそれをできる男はまずいないし、本当にやったら精神病院に通報して引き取ってもらえ」


「できますかっ!」


「そうか、残念だ」


 残念だ、じゃないでしょう。

 しかもそんなつまらなそうな顔して。

 でも、こんな無茶ぶりするからには絶対オチがあるはず。


「で、他の方法は?」


「常に渡会兄の部屋を片付けておけばいい」


 えっ?


「それだと片付ける前に薔薇庭園築かれちゃうじゃないですか」


「そんなことはない。渡会兄は完璧主義な傾向があるんだろ?」


「はい」


「完璧主義な人って白か黒かの発想をしがちなんだ。部屋の場合は綺麗か汚いかの二択となる」


「ふんふん」


「そして綺麗な状態なら綺麗なままにしておこうと努めるが、一旦なんかの弾みで散らかると際限なく散らかし始める。薔薇庭園はその過程の話だもの」


 なるほど。

 アニキの部屋をまめに掃除するのは面倒だけど、背に腹は変えられない。

 このままあの部屋をGの巣にしておくよりはマシだ。


「わかりました、やってみます」


「うむ」


 若杉先生が冷蔵庫へ向かう。

 喉が渇いたのかな?


 若杉先生は胸が大きい。

 牛みたいという表現じゃ足りない、まるで荒ぶるバッファロー。

 そうなるにはきっと食生活に何か秘訣があるはず。

 だからあたしは若杉先生の口にするものを絶えず観察している。

 前に相談したら「渡会妹はそのままでいい」と言って教えてくれなかったから。


 冷蔵庫から取りだしたのは……豆乳?

 「乳」とつくせいか、何となくバストアップには良さそう。

 帰りがけにスーパー寄って早速試してみよう。

 この夏こそユニフォームが破れるくらいパツンパツンになってみせる!

 

 そうだ、これも聞いておこう。


「一ついいですかね?」


 若杉先生は豆乳を注いだコップに口をあてていた。

 返事の代わりに、軽く頭を揺らしてくれる。


「芽生って処女なんですかね?」


「ゴホッ!」


 若杉先生がむせかえった。

 むせた勢いでコップの豆乳が顔にぶっかかる。


「い、いきなり何を言い出すんだ。そんなの知るわけないだろ。ゴホッゴホッ」


 若杉先生はすっかり涙目。

 咳き込みながら鼻を擦ったり摘んだり。

 聞くタイミングを完全に誤った。


「ごめんなさい。単純に疑問に思いまして。もし本当にそうだとしたら、アニキはどうやって知ったのかなあと」


「ちょ、ちょっと待て。顔を洗うから」


 若杉先生が慌てた様に洗面台へ向かう。

 普段が何事にも動じない印象あるだけに、取り乱した様が妙にかわいらしい。

 その原因作っちゃったのはあたしだけどね……。


 ──若杉先生がタオルで顔を拭きながら戻ってきた。


 化粧が落ちちゃってるけど、さっきまでと全然変わらない。

 元々派手な顔立ちだからか、薄化粧だったからか。

 美人はどうやっても美人なんだなあ。

 羨ましく思うと同時にずるいとも思う。


 若杉先生がメガネを掛ける。

 黒縁フレームが実に似合わない。


「目、悪かったんですか?」


「伊達だよ。ただのスッピン隠し」


 どう見ても今の顔より、メガネ外したスッピン顔の方が綺麗なんですが。

 オトナの価値基準はよくわからない。


 若杉先生が煙草に火を点ける。


「さっきの質問だけど、決めつけだよ。それ以外に考えられない」


「決めつけ、ですか」


「だって仮に田蒔本人から聞いたって真偽は判断できないんだから。婦人科のカルテがあれば別だけど、守秘義務破ってまで渡会兄に見せる医者なんてまずいない」


「ですよねえ」


 自分で聞いておいてマヌケだけど、確かにそうとしか考えようがない。


「それでもあえて理由をつけるなら……渡会兄としては『芽生と同じくらい二葉がかわいい』って言いたかったんじゃないか?」


 なっ!


「からかわないでください!」


「からかってるつもりはないよ。渡会兄が乱れた女子高生の指導に励んでいたってことは、処女の方がいいってことだし」


「それはそうですけど」


 さすがに無理があると思う。

 と言っても、とうの若杉先生すら首を傾げて自信なさげ。

 「あえて」と断った通り、本当に無理矢理とってつけただけなのだろう。


「話は変わるんだが。実は私も別のことで疑問がある」


「なんですか?」


「渡会兄がはまりこんでいたという用務員エロゲー、さっぱり思い当たる節がないんだよ」


 何かと思えば。

 この人は一体どれだけ守備範囲が広いのだろう。


「いくら若杉先生がゲーマーといっても、知らないゲームだってあるでしょう」


 若杉先生が首を振る。


「エロゲーはファムコンソフトに比べれば発売数が限られてるからさ、ある程度の良作なら殆ど漏れなくクチコミで内容と評判が伝わってくるんだ」


 ものすごくどうでもいい。


「アニキにタイトル聞いてみましょうか?」



「いや、それもゲーマーとして負けた気がする。黙って耳に入るのを待つよ」


 それ以前に教師として、女子生徒の前で一八禁ゲーの話をする行為を省みて下さい。

 そう言いたいけど、こんな話題をずるずる引き延ばしたくないのでやめておこう。


 壁の時計を見やる。

 そろそろ頃合いかな。


「グチ聞いていただいてありがとうございました。そろそろ失礼させていただきます」


「そうか。じゃあ車で家まで送ってやろう」


「いいんですか?」


「だいぶん顔色はよくなったけど、病人は病人だからな。これも仕事の内だ」


「いや、それもなんですけど……学校の外に出られるんですか?」


 若杉先生が一瞬目を丸くし、苦笑いを見せる。


「地縛霊じゃないんだから。夜は原則出られないけど、勤務時間中は学会だのセミナーだの外でやる仕事だって結構あるんだぞ」


 わかってはいるけど、それでも聞いてしまった。

 だってあたしにとっては地縛霊とさほど印象が変わらないんだもの。


「わかりました。それでは御言葉に甘えさせていただきます」


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