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キモオタでギャルゲー、それって何の罰ゲーム!?  作者: 天満川鈴
Chapter 2 回想その1(二葉視点)
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51 1994/08/?? ??? 「アニキ」の部屋:〔てぃらりん りん りん り~ん♪ てぃらりん りん りん り~ん♪〕

 あ、だめだ。

 呆けた途端、頭痛がぶり返してきた。

 えーと……。

 あたしはそもそも、どうしてこんなゴミの海の中で突っ立ってるんだっけ?

 こんなに体調悪いのに……。


「二葉、顔色悪いぞ。これでも食べろ」


 机の上にあった薄く四角形の箱を差し出してきた。

 これは……ピザ?

 それもLサイズだ。

 しかも残り一切れしかない。

 こんなの一人で一枚丸ごと食べようとしていて、何がダイエット?


 でも、こういうところは昔と変わらないな。

 あたし達が小さい頃、アニキはこうして自分のおやつを差し出してくれた。

 あたしがおやつをもらってなかったわけじゃない。

 昔はあたしの方が食いしん坊だったから、アニキよりおやつを食べるのも早かっただけ。

 それで先に食べてしまってガックリしているあたしに、自分のおやつを分けてくれていたのだ。

 こんなこと思い出してしまうと、アニキに向かって「ダイエットしろ」などと言うのもおこがましく思えてしまう。

 ついでにその用務員さんが映る98も一緒に使わせてくれると嬉しいんだけどなあ。


 ま、いっか。

 久しぶりにアニキからいただくかしら。


「それじゃ、ありがたく」


 残った最後の一切れをつまむ。

 一口ぱくり。


 ──ん!?


 うげえええええええええええええええええええええ!


 外へ、外へ、外へ!


 歯を食い縛り、口を手で抑え、全力で階段を駆け下りる。

 トイレ、トイレ、トイレ!

 早く行かないと間に合わない!

 あたしまで乙女として終わってしまう!


 間に合った……。

 洗面所でうがいして、再びアニキの部屋へ。


「なんてもん食べさせてくれるのよ!」


「もぐもぐ」


「食べるなあああああああああ! そのピザ一体いつのなの!」


 考えてみれば今はまだ朝の九時。

 ピザ屋が開いてるわけもない。

 だから少なくとも昨日以前の代物。

 それくらい、いつもならすぐに気づくはずなのに……。


「二日前のだ」


「二日前ぇえ?」


「二日前って台風直撃したろ? だから注文した」


「言ってる意味が全然わかんないんですけど」


 アニキがニィッと口角を上げ、イヤったらしく不快としか感じられない笑みを浮かべる。


「バカだなあ、二葉は」


「それはもういい! さっさと理由を話しなさいよ!」


「ピザは三〇分以内に配達できなければタダになるだろ?」


「うん」


「あの暴風雨なら最寄りの営業所から三〇分で配達するのは無理だろう? だから、それを狙ってオーダーしたんだ」


「はあ……」


 あの日はテレビ局が出雲町周辺へ取材に来て、レポーターが強風で吹き飛ばされそうになりながら絶叫していた。

 だからほぼ間違いなくアニキの目論見通りになるだろうけど……開いた口がふさがらない。


 アニキは、あたしが呆れたのを感心したものと勘違いしたらしい。

 口を抑えながら、上目遣いで笑う。


「ぷっぷっぷ。愚かな妹には決してこんなこと思いつくまい。これぞ選ばれし賢者の知恵ってやつだ」


 ええ、愚かで結構。

 あたしには絶対に思いつきませんとも。

 こんな恥ずかしい知恵を得意げに披露する男があたしのアニキだなんて。


 これ以上付き合いきれない。

 とっとと、Gの駆除という本来の目的を果たさせてもらおう。


 淀んだ空気はあらかた抜けたな。

 窓を閉めて、エアコンのスイッチをオン。

 除湿機能を最大にする。

 G様が好むのは湿気。

 これでまずは第一段階完了。


 次はアニキの機嫌をとらないと。

 背を丸めて上目遣いで両手を揉みながら卑屈に見せる。

 かなりわざとらしいけど、アニキはこういうわかりやすいのを好むから。


「偉大なる強く賢きアニキ様、恐る恐るも愚かな妹からお願いがあるんですけど」


「この部屋を出るという頼みと風呂に入れという頼み以外なら何でも聞いてやろう」


 どうしてこの男は、こんなにイラつかせてくれる。


 はあ……。

 つい下を向き、溜息をついてしまう。


 あれ?

 ふとベッドの上に気づく。

 床が散らかってるのはわかる。

 だけどどうしてベッドの上まで散らかってるんだろう。

 ベッドの上に散らばっているのは丸まったティッシュ。

 風邪引いて鼻でもかんだ?

 だったら汗だくになりながらトランクス一枚で一八禁ゲーしてるわけないよね。


「アニキ、このベッドのティッシュは?」


「美しいだろう。俺が築き上げた薔薇の庭園だ」


「薔薇?」


 確かに丸まったティッシュはそう見えなくもないけど。


「女子高生を指導する度に一輪ずつ植えた」


 えっと……。

 一八禁ゲーで指導ってことは……。

 それでティッシュってことは……。


 さすがにわかった。

 理解した瞬間、頬にはほんのりと温かな液体が流れていた。


「お、おい、二葉。どうした? いきなり泣き出して」


「誰のせいで泣いてると思ってるの!」


 まさかホントにイカ臭いそのものだったとは。

 あたしも清純ぶるつもりはない。

 一通りの性知識は持っている。

 男の人はある程度自分で処理しないと仕方ない生き物らしいのはわかってる。

 だから「するな」とは言わない。


 だけど程度というものがある。

 行為に見合った振る舞いというものがある。

 こういうのは妹がいれば、バレない様にいたすものじゃないの?

 しかも、しかも、妹が具合悪くて寝てる、その隣の部屋でこんなにも。


 あたしもこんなクズ──いや、アニキに看病なんて期待はしていない。

 だけど、だけど、こんなに薔薇を植える体力と気力と時間があるなら、果物の一つくらい持ってきてくれてもいいんじゃないの?


 ──あたしの中の何かが切れた。


「アニキ!」


「な、な、なんだよ。いきなり大声なんか上げて」


「今すぐ風呂に入れ! そしてバルサン買ってこい!」


「お、お、お兄様に向かってその言葉遣いはなんだよ」


「黙れ! お兄様を名乗るならお兄様らしくしろ! あたしが親族殺人犯す前にとっとと行け!」


「わかった、わかったから腕を引っ張るな。痛い」


 やっとアニキが外へ出た。

 まずはこの不愉快なパソコンを消してと。

 武士の情けだ、セーブだけはしておいてあげよう。


 タンスから着替えを出して、まずは風呂場へ。

 アニキはちゃんと湯を張っていた。

 あたしが本気で怒っているのが伝わったらしい。

 これなら風呂にも入ってくれるし、お使いもしてくれるだろう。

 着替えとバルサンの代金を渡してから玄関へ。

 ゴミ袋と箒とチリトリと……あと、アレが欲しいんだけど……。

 あった、火箸!

 あんな薔薇、素手で触るなんて絶対イヤだ。


 ──再びアニキの部屋へ。


 まずは見苦しい薔薇を一つ一つ火箸で摘んではゴミ袋へ。

 兄のこういう行為の後始末をする妹なんて、あたしの他に存在するんだろうか。

 例え近親愛の関係にあったとしても、ここまではきっとしないと思う。

 空気が動く度に変な匂いが流れてくるのでマスクをする。

 イカの臭いというよりも変に青くさくて水っぽい臭い。

 これまた牛のアレに続いてトラウマになりそう。


 薔薇の次は明らかにゴミとわかるものを投げ込んでいく。

 あれ? またピザの箱。

 さっきのじゃない、あれは机の上に置いたままだし。

 また出てきた。

 母さんがK県に戻ってから、二日前以外は雨降ってないはずだけど。

 他にはカップ麺の容器がわんさか。

 あたしも母もインスタント食品はできるだけ避けるから買ってこない。

 だからアニキが自分で買ってきたんだろうけど。

 とりあえずGがこの部屋に湧く理由はわかった。


 ゴミはあらかた片付けた。

 次はマンガの整理。

 一冊一冊分類しながら重ねていく。


 さて次のマンガは──えっ!?

 タイトルは【愛兄妹】と書かれている。

 表紙は、頭でも言いたくない格好をした小学生。

 小柄で胸が薄い。

 あたしと同じくらい薄い、あくまでも同じくらい、決してあたしより大きくない。

 中身はいかがなものか。

 地雷とわかってはいても踏まずにいられない。


【らめぇえええ! お兄ちゃん、見ないでぇええええええええええええ】


【やめろぉおお! てめぇ、それでも小学校のセンセイかよ! この手錠を外せ! これ以上、オレの妹に変なことするんじゃねぇえええええええ!】


【ふっ。私にそんな口をきいていいんですか? 表沙汰にしますよ? クラスメイトの給食費を盗んだのはエリカちゃんなんですから。私は「指導」をしてさしあげてるんです】


【くっ】


【そうそう。私は見られるのが大好きなんです。お兄様は黙って私達の営みを眺めてなさい。そうすれば給食費の件はうまくごまかしてあげますよ】


【エリカ、すまない……うちが貧しいばっかりに……】


 「愛兄妹」をそっと閉じる。

 警察行けよ。

 そう思うのは、あたしだけじゃないはずだ。

 

 こんな兄妹モノの変態マンガを目の当たりにすると、さすがに鳥肌が立つ。

 せめてもの救いは、兄妹モノといってもあたし達と掛け離れていること。

 そしてツッコミ入れたくなるくらいに現実離れしていること。

 これで年が近かったり双子だったりすると、疑ってはならないことを疑わないといけなくなる。

 「三次な女に興味ない」と言ってた通り、現実の女性にパンツ以外の関心はないはずだから大丈夫とは思うんだけど……。


 さてと。

 二度とこの汚らわしい表紙があたしの目に触れない様に、父さんの書斎から適当な本のカバーを見繕ってこよう。

 本棚の隅っこにあった経済学関係の本とかちょうどいいかな。

 父は法学部で法律職だから使わないだろうし。


 ──廊下を歩きながら思う。


 どうもおかしい。

 小遣いの割にお金回りが良すぎる。

 ピザやカップ麺の残骸然り、散らばっていたマンガの数然り、一八禁ゲー代然り。

 トータルすれば結構な額になるはず。

 アニキのことだからゲーセンでもかなりのお金を使っているだろう。

 そのお金はどこから出ているのか。


 あたし達の小遣いは一週間で五千円。

 ただしそれは学園での昼食代五百円に六日分を含めた三千円を含むから、実質は一ヶ月で八千円。

 到底それでは賄えそうもない。


 まさか貯金してたとか?

 あたしは昼食をお弁当にすることで小遣いをへそくっている。

 だけど、あのアニキにそんな計画的なところがあるとは考えづらい。

 あるいは夏休みでも小遣いの額は変わらないからかな?

 お昼の分を自由に使える分、実質的に小遣い増えてるから。


 ……まあいいや。

 考えてもキリがないし、仕方ない。

 親からはバイト禁止されてるけど、もしかしたらこっそり何かやってるのかもだし。

 アニキがあたしのパンツをブルセラショップに売り飛ばす真似さえしてなければそれでいい。

 数はいつもチェックしているし、あたしの色気のないスポーツショーツなんてブルセラショップも引き取らないだろうけど。

 後は盗撮写真を売り飛ばさなければそれでいい。

 アニキ曰く「俺のパンツ写真に値をつけるなんて、芸術に対する冒涜」。

 被写体はともかく写真そのものについては真面目な人だから、ここは信じよう……というか信じたい。

 もしホントにやってたとしたら、さしもの出雲学園だってアニキを退学にする。

 妹としてはそんな場面見たくないもの。


                 ※※※


 よし、あらかた片付いた!


 これからバルサン炊くから、拭き掃除やシーツの交換はあとでいい。

 あとは家中を新聞紙やらビニールやらで覆いまくらないと。

 さっき戻ってきたアニキに頼んでおいたんだけど、どこまで進んでるかな?


 階段を降りてリビングへ。

 あれ? 今この場で聞こえてきてはいけないはずの音楽が聞こえてくる。


〔てぃらりん りん りん り~ん♪ てぃらりん りん りん り~ん♪〕


 この音楽は!

 足を早めてソファーに向かう。


 テレビの前ではアニキがどっかとあぐらをかいていた。

 そしてテレビの画面には大きな樹と一組の男女の影が映っていた。

 その大木には、高校卒業時に女の子から告白して生まれたカップルは幸せになれるという言い伝えがある。

 これはEDエンディングで目当てのヒロインから告白してもらうのを目指すゲーム「どぎまぎメモリアル」、通称「どぎメモ」。

 つまり……これは……ED画面なのだ……。


「うっ、うううううう……」


 涙まで流しちゃってる。

 どうやったらここまでゲームに感情移入できるのかしら?

 良くも悪くも芸術家気質ではあるんだろうけど。


 すぅ、と大きく息を吸い込む。


「アニキぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 アニキが特に動じた様子もなく、こちらへ顔を向ける。


「やぁ、二葉」


「『やぁ』じゃない! いったい何やってるのよ!」 


「バカだなあ、二葉は」


「その後に『見ればわかるだろう、どぎメモだよ』とか続けようものなら絞め殺すからね」


「そこにPCエンゾンがあればプレイするのがゲーマーだろう──うぇっ! 二葉! その手を放せ!」


「……ハアハア」


 危うく親族殺人を犯すところだった。

 本気で手をあげたことはこれまで一度もない。

 だけど、このアニキだけは時々本心でぶん殴りたくなる。

 このふてぶてしい表情を見てると、それくらいに殺意が湧く。


「早とちりすんな、気分転換にセーブポイントからED見てただけだ。台所回りはちゃんとやってある」


 画面には、いかにも大人しそうで気弱そうな女の子。

 わざわざこのヒロインを選んで見ていたということは、こういうのがアニキのタイプなのかな?

 さっき「愛兄妹」を発見した後だけに、なおさら胸を撫で下ろしてしまう。


 さて台所はと……うん。

 本人の言うとおり、ちゃんとやってある。

 調理器具の一つ一つをビニール袋でくるみ、食器棚にはぴっちりと目張り。

 これなら駆除が終わった後で洗い直す必要はない。

 アニキの妙なところで完璧主義なのがいい方向に出てくれた。


 普段なら頼んでもやってくれる人じゃないんだけど。

 もしかしたら毒ピザ食べさせたことに罪悪感でも抱いてくれたかな?


「アニキ、ありがとね」


「ふん」


「んじゃアニキは自分の部屋のマスキングしたら出ちゃっていいよ。後はやっておくから」


 アニキは二階に上がっていった。

 さてと、もう一頑張りしますか。


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