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46 1994/11/28 mon ゲームセンター:カッコいい人がカッコ悪い敵を倒すのはマンガで見飽きてるもん

 PF2に集まっていた小学生達がこちらへやってきて俺達を囲む。

 いや、正確には俺を囲んだ。

 金之助側には誰もいない。


 目上の人間を「クサイ」だの「デブ」だの「キモイ」だの。

 こいつらの親はどんな教育をしている。


 ただ……悪口で言ってるのではない。

 親しみを籠めてそう呼んでいる。

 こいつらは本気で一樹に懐いている。

 邪気のない笑顔から、それがわかる。

 ボロクソに言いながらも、ぴとぴとくっついてきてるし。


 とりあえず挨拶だけは返しておこう。


「こんばんは」


「いつもと違う~」


 へ?


「いつもは『無知無能なる哀れな子羊達よ。今宵も大魔法使いたるオレの背にて、呪文を入力する麗しき運指を堪能するがよい』とか言ってるのに!」


 ぶっ!

 一樹! お前は小学生にまで何て事を!

 イタイを通り越して、本気で涙出るわ!


 一人ポツンとたたずむ金之助が挨拶とともにぼそり呟く。


「こんばんは。クサイお兄ちゃんは天使に生まれ変わることにしたんだとよ」


 どんなフォローだよ。


「あ、目無し兄ちゃんもいたんだ」


「いたんだ、じゃねえよ。オマエら気づいてて無視したろうが」


 いかにも憮然とした口調。

 ただ本気で怒ってるわけじゃない。

 むしろ子供相手だからこそ、わざとらしく拗ねてやっているのだろう。


「だって目無し兄ちゃんはクサイお兄ちゃんの敵だもん」


「敵って……せめてその『目無し』ってのをやめろ。縁起悪い」


「なんで縁起悪いの?」


「目無しってのは『勝ち目がない』って意味があるからだよ」


「だったらいいじゃん。どうせ目無し兄ちゃん、クサイお兄ちゃんにいつも負けてるんだからさ」


 そこまで実力に開きがあるのかよ。

 こりゃ金之助の腕次第で、考えてある言い訳じゃ通用しないぞ。


「お前らってホント一樹のことが好きだよな。こんな臭いヤツによくくっつけるよ」


 お前だってさっき肩組んできたじゃないか。


「だって、クサイお兄ちゃんって、どうせ学校では嫌われてるんでしょ?」


「あ、ああ……」


 さしもの金之助も、さすがに答えづらそう。

 そりゃ本人目の前にして「そうだよ」とは言いづらいよな。

 かと言って、ウソついてもすぐバレるし。


「だからボク達が応援してあげるんだよ。誰も味方いないとかわいそうじゃんか」


 なんて嬉しいことを言ってくれるんだ。

 日本もまだ捨てたものじゃなかった。

 でも嬉しいには嬉しいけど、小学生に同情される身が悲しくて涙出るよ。


「それにこの臭さも嗅ぎ慣れると、なかなかオツなんだよ。目無し兄ちゃんって本当に美味しいチーズ食べたことないの?」


 お前は例の陶芸家さんかよ。

 いったいどんな小学生だ。


「一樹の臭いがするチーズなんて食べたくねーよ!」


 金之助が全力でツッコミを入れる。

 うん、俺も食べたくない。


「そう言えば、今日クサイお兄ちゃん臭くない……」


「クサイお兄ちゃんは風呂に入ることにしたんだとよ」


「えー、やだ。クサくないクサイお兄ちゃんなんてクサイお兄ちゃんじゃない!」


 日本語的には意味が通ってるんだけど、実にシュールな台詞だ。


 別の子供が金之助に話しかける。


「それじゃ、今日も目無し兄ちゃんは無様にクサイお兄ちゃんにやられてね」


「たまには俺を応援しろ!」 


 子供達がめいめいに口走る。


「カッコいい人がカッコ悪い敵を倒すのはマンガで見飽きてるもん」


「いかにもな悪役がゲーム上手いから、クサイお兄ちゃんはいいんだよ」


「ボク達はクサイお兄ちゃんのテク真似できないもん。だから憧れるんだよ」


 あー、なんとなく小学生達の気持ちがわかる気がする。

 何というか、これも一種の厨二病だよなあ。


「んじゃ、一樹。はじめっぞ」


「お、おおう」


                 ※※※

 勝負はついた。


「なんでこんなに強いんだよ! お前も若杉先生もおかしいだろ!」


 目の前の金之助は本気で悔しがっている。

 つまり……俺が勝ったのだ。


 さて、ゲーマーとしてお約束の台詞を吐かせてもらおう。


「ふん。二葉に踏まれた手が痛いから、これでも手加減してやったんだがな」


 始めるまではヒヤヒヤものだったけどな。


 さすがは業務用筐体。

 ポリゴン酔いすることもなければコマンド入力もしっくりくる。

 一方の金之助の腕は若杉先生と比較にもならない。

 初代でこれなら、やりこんでたPF2だとまず負けまい。

 心配していた特訓についてはセカサターンの操作に慣れるだけでいいだろう。

 家でだからお金も掛からないし、二葉という格好の練習相手もいる。

 これで悩みの種が一つ片付いた。


「いつもいつもイラっとさせる台詞吐きやがって! ド畜生があああああ!」


 金之助は本気で悔しがっている。

 なんだかんだ言って、こいつも子供だ。

 でも、それがいい。


「ふん。いつでも挑戦は受けて立ってやるよ」 


「ふん。次こそは絶対に俺が同じ台詞返してやるよ」


 あんまりムキになられても困るけどな。

 お前にはヒロイン達の攻略に励んでもらわないといけないんだから。


 終わったと見て取ったのだろう。

 小学生達はPF2の方へと戻っていった。

 まったく現金なものだ。


「んじゃ金之助、今日のところはもう遅いし帰るよ」


「おう。付き合ってくれてありがとな」


 当たり前の台詞が心にしみるなあ。

 本日の学園生活を振り返ると、こんな台詞を友人から聞けるなんて思えなかったから。


 ──あれ? 一人だけ、小学生がまだ残っている。


 まずPF2の方を見て、次に俺達を見る。

 その繰り返し。

 せわしないという程ではないが、どこか落ち着かずもじもじとしている。

 俺達に対しては、なんか言いたそうなのに言えない感じだ。

 だったらこっちから聞いてやろう。

 何となく用件はわかるし。


「坊主、どうした?」


「坊主じゃないやい、一郎って名前があるやい」


 一郎と名乗る小学生が頬を膨らます。

 そう言いながらも真っ直ぐ目を合わせてこない辺り、若干人見知りっぽい。

 頭の横と後ろを刈り上げて前髪を切り揃えた、いわゆる坊ちゃんカット。

 靴にかなり履き古した感があるから、本物のお坊ちゃまではなさそうだが。

 ただ丸めな輪郭につぶらな瞳も相まって、実に可愛らしく見える子供だ。


「んじゃ一郎。どうした? 言いたいことあるなら聞いてやるぞ」


 一郎は少しの間口をもごもごさせていたが、決心したかの様に開いた。


「あ、あの。ボクと初代で遊んでくれないかなって」


 やっぱりな。

 大層な口を叩いても小学生。

 高校生はオトナに見えるから、本気で頼むとなると言いづらいのだ。


 ただなあ……。

 普段なら二つ返事でOKするけど、今日は家に二葉を待たせてる。

 さすがにこれ以上は気が引ける。


 金之助が俺に向けて口角を上げた。

 察してくれたらしい。


「俺が付き合うよ。一郎、目無し兄ちゃんでもいいか?」


「うん!」


 一郎が喜び勇んで席に座り、対戦を始めた。


 金之助、後は任せた。

 そう思って振り向き掛ける──も何か引っ掛かる。

 歩を戻し、一郎側の方に立って観戦する。


 金之助が話しかけてきた。


「帰らないのか?」


「ああ、ちょっとな」


 俺達と遊んでみたいのは別におかしくない。

 でも友達がみんなPF2に行ってしまってるのに、一人だけ残るだろうか。

 初代がそれ程までに好きならわかる。

 しかし店に来たとき、初代には誰もいなかったから違う。

 それに一郎は俺達「だけ」を見ていたわけじゃない。

 明らかに友人達を気にする様な素振りを見せていた。


 ──もしかしたら。


 画面はちょうど一郎が負けたとこ。

 一郎が叫ぶ。


「もう一回!」


「いいぞ、いくらでも来い!」


 と金之助は答えるも、残念ながら二人の腕の釣り合いは全くとれてない。

 金之助も二本目は手加減していたが、それでも勝負になってない。

 一郎は金之助の腕を知っている。

 一回なら挑戦してみたいと思うかもしれない。

 しかしこうまで腕の差を見せつけられれば、普通二戦目は申し込まない。

 それでもここに座り続けるということは……多分間違いない。


「金之助、ちょっといいか?」


「どうした? 一郎、ちょっと待ってろ」


 金之助を外に連れ出す。


「一体なんだ──って、おい!」


 思い切り頭を下げる。


「頼む、百円貸してくれ。絶対返すから」


「百円くらい貸すけどさ。お前が頭下げるなんて初めて見たぞ。一体どうした?」


「理由は聞くな」


「まあいいけど。ほら、百円」


 金之助が俺の手に百円玉を手渡してくる。


「ありがとよ」


 そのまま再び店内に入って、一郎の元へ。


「一郎」


「何? クサイお兄ちゃん」


 一郎の手をとり、さっきの百円玉を置いて握らせる。


「これでPF2やってこい」


 恐らく、一郎はPF2で遊びたくても遊べないのだ。

 たかが百円だが、小学生の財力だと限界あるだろう。

 それも今日たまたま持ってないというだけなら、「今日は観戦でいいや」と割り切って向こうの輪に交じるはず。

 俺達と遊ぶにしても一戦だけだ。

 自分もプレイしたいのにできないほど苦痛なことはない。

 かと言って、一人で初代やり続けるのは友達の輪を乱すだろう。

 そもそも初代だろうと2だろうと他人と対戦してなんぼ。

 だから一郎は、俺達がいる今の内にお金の掛からない初代で遊ぼうとしたのだ。


 顔見知り程度の子供に百円と言えど奢るのは、教育上よろしくないと思う。

 だけど、形は違えど、一人集団から離れた様が今の俺と被って見てられない。


 しかし一郎は俺の手を取ると、百円玉を再び手の平へ戻した。


「ありがとう、クサイお兄ちゃん。でも『知らない人からお金もらっちゃダメ』ってお姉ちゃんから言われてるから」


 教育行き届いてるなあ。

 「お姉ちゃん」というのが引っ掛からなくもないが。

 普通は「お父さん」とか「お母さん」だろう。


「じゃあ貸すだけだ。お小遣いもらったときに返してくれればいいぞ」


 受け取るつもりはないけど。

 しかし、一郎の口からは予想外の答えが返ってきた。


「ボク、お小遣いもらってないんだ」


 えっ、ちょっと待て。

 今時そんな子供がいるのか?


 これはどう返せばいい。

 お小遣いが「少ない」とは想像した。

 しかし「ゼロ」とは思わなかった。

 下手な言葉を返したら傷つけてしまう。

 俺としたことが迂闊すぎた。


 返答に窮しかける。

 しかしその時、俺の手の平から百円玉が奪い取られた。

 その主たる金之助は、再び一郎に百円玉を握らせる。


「これは一郎がクサイお兄ちゃんを応援してあげた御礼だよ。理由もなくあげるってわけじゃないから遠慮せずに受け取りな」


「御礼?」


「みんなの言ってる通り、このお兄ちゃんはクサくてデブでキモくて学校でみんなから嫌われてる。だけどここでは、みんなが応援してあげてるだろ」


「うん、でも……」


「だから今日もクサイお兄ちゃんは目無し兄ちゃんに勝てたんだよ。一郎達の応援なかったら、こいつが俺に勝てるわけないんだから」


「ウソだ! それは絶対ウソだ!」


 そう叫びながらも一郎は笑っている。


 金之助が大口を開けて笑い返す。


「だったらそれを証明してやるからさ、今度は俺を応援してくれよ」


「うん、でも……」


「百円で俺に勝てるなら安いものだよな、一樹」


 こっちに話を振ってきた。


「ああ、そうだとも。わかったら、さっさとみんなの元へ行け」


 金之助が付け足す様に言う。


「でも俺達から奢ってもらったなんてみんなには言うなよ」


「うん。二人のお兄ちゃん、ありがとう」


 御礼を言う口元に八重歯が光る。

 そのせいもあってか、一郎が素直に喜んでいるのがひしひしと伝わってきた。

 やっぱり本音ではPF2やりたかったんだろうなあ。


 金之助め、強引に言いくるめやがった。

 「じゃあみんなにも百円あげるの?」と言われたら終いだったのだが、この押しの強さはさすがヒロインハンターと言う他ない。


 一郎はぺこっと軽く頭を下げてから踵を返し、PF2へと向かう。

 一郎が完全に離れてから、金之助がぼそりと呟いた。


「生まれ変わるとは聞いてたけど、まさかお前が他人のために頭下げるなんてな。随分とびっくりな変身ぶりじゃねえか」


「ふん」


 そんなこと言われても悪態つくしかできねえよ。


「褒めてるんだけどな。俺、一郎のフトコロ具合なんて全く想像しなかったし」


「ふん」


 褒められてもやっぱり悪態つくしかできない。

 俺のやったことは必ずしも褒められることではない。

 ある意味では一郎の家の教育方針を否定したにも等しいのだから。

 言ってしまえば俺のエゴを通しただけ。

 でも、それでも、見ていられなかったのだ。


「まあいいや。もう少しくらいいいだろ? 俺達もPF2やってこうぜ」


 へ?


「俺は金無いって言っただろうが!」


 だからこそ、頭を下げて百円借りたというのに。


「奢ってやるよ。その代わりさっきの百円はちゃんと返せ」


「へ?」


「一郎は家に帰って今日のことをお姉ちゃんに話すだろう。で、恐らく叱られる」


 金之助……。


「お前、さりげなくひどいヤツだな。それがわかってるならお姉ちゃんにも口止めしてやれよ」


「だって今日はいいとしてもクセになったら困るだろ。何となく一樹のキモチわかるから止めなかったってだけで」


「まあ……」


 こいつもしっかり考えてるんだな。


「んで、お前は俺に百円借りて一郎に奢った。俺はお前に百円奢る。全員損するんだから三方一両損ってことでいいだろ」


 まるで華小路みたいなことを。

 でも今回は素直に聞ける。


「ふん。それじゃゴチになってやろう。でも手は抜かないからな」


「ああ、望むところだぜ」

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