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45 1994/11/28 mon 出雲町内:スリーサイズで真ん中の数字が一番でかい男が言ってるんじゃねえ!

 学園を出ると、すっかり日が落ちていた。

 冷たい木枯らしが顔に吹き付ける。

 傷に触れて痛い。


 ……涙が出そうだ。


 でも傷ついただけの成果はあった。

 これからは異常者の振りをしなくてもすむ。

 一樹の個性をまったく無視するわけにはいかないが、その限りにおいては自分らしく振る舞うことも許される。

 そう思えるだけで気が楽になる。


 何より、敵だけじゃないと実感できた一日でもあった。

 二葉や若杉先生という味方がいる。

 そう実感できるだけで心が安まる。

 もし二人がいなければ、俺の心はとっくに折れていた。


 さて急ごう。

 二葉も待ってるし、寒い道を長々と歩きたくもない。

 足を早め──。


 なんだ!?

 いきなり後ろから誰かに飛びつかれた。

 首に腕を回してくる。


「よう、一樹」


「金之助!?」


 目が見えない程に伸びた前髪。

 口だけで笑うその顔は、紛う事なき金之助だった。


「すっげえツラだなあ。二葉からボコボコにされたんだって?」


「なんで知ってる!」


「さっき芽生に会って聞いた。真人間に生まれ変わるらしいじゃないか。『部長も大変だよね』って、くすくす笑ってたよ」


 ああ、そうか。

 保健室を追い出されたから、町内を徘徊してるんだ。

 そしてヒロイン芽生とも接触。

 早速、手を打った甲斐があったな。


 そして「上級生」で知ってる芽生もそんな感じ。

 ゲーム序盤だと、芽生はその程度でしか二葉のことを話していない。

 二人のフラグが絡み合えば別だが、それでも悪口は出てこない。


「他になんか言ってた?」


「ううん? 『これから楽しみだよね』ってくらいかな」


 他人事っぽい語り口もあわせると、他のことは一切話してないっぽい。

 芽生が俺を助けたことも、その後二葉と掴み合いになったことも。


 自分の口から語らない辺り、なるほど大した女狐だ。

 いずれは噂が金之助の耳に入るだろう。

 けど、事情を知らなければ「あの二人がケンカねえ」くらいにしか思わないはず。

 逆に助けたことが他人の口から伝われば「何ていいヤツ」になりそうだ。


 俺も若杉先生から話を聞いてなければ、こんな推測自体ができなかった。

 女は恐ろしい。

 げにまっこと恐ろしい。


「ふん。男にくっつかれてもキモチ悪いだけだから離れろ」


「つれねえなあ。『親友』とか言って、いつもまとわりついてくるのはオマエの方だろうがよ」


「どうせ心の中では『臭い』とか『汚い』とか思ってるんだろうが」


 ん?

 今自分で口にして、金之助の行動のおかしさに気づいた。


「そりゃ普段はホントに汚いから触るのもイヤだけどさ。昨日は風呂入ってたし、今日も多分大丈夫じゃないかって……まあ、そこまで深く考えなかったわ」


 金之助がハハッと笑う

 この辺りいかにもお調子者っぽい。


 ただ金之助にしてみれば、不潔でなければ構わないことになる。

 そもそも「カズキン」呼ばわりだってしてない。

 親友かどうかはともかく、やっぱり金之助にとって一樹は普通に友達なのだ。


「金之助えええええええええええええ!」


「だあっ! くっつくな! たぷたぷした脂肪の感触がキモイ!」


「女だって同じモノはついてるじゃないか!」


「スリーサイズで真ん中の数字が一番でかい男が言うんじゃねえ!」


 無理矢理引きはがされた。

 つい我を失ってしまった。

 しかし普通の人間扱いされるのが、まさかこんなに嬉しいことだとは。

 改めて今日一日の凄惨さを思い返した。


「でさ、一樹。ちょっとゲーセン付き合わないか?」


「ゲーセン?」


 家で二葉が待ってるから早く帰りたいのだが。


「若杉先生が『出雲町ジョッキーってのはあんなに弱いのか』とかぶつくさ言ってたからさ。いつも対戦している俺としては確認しておかないとって」


 うげっ。

 まだ全然練習してないぞ!?


 一樹は「出雲町ジョッキー」を名乗っている。

 ゲーマーの世界は、口だけでなく腕を示してなんぼの実力主義。

 強ければ、勝った後で「あなたもなかなか強かったですよ」などと慇懃無礼に言ってみせてコケにするのも許される世界。

 その代わりに一旦名を売ったら、自らが引退するまで頂点に君臨し続けないといけない修羅の世界でもある。

 よりによって一樹は二つ名が他人からも認められるレベルのゲーマー。

 しかも若杉先生によれば、一樹の方が金之助より格上。

 もし弱者からの挑戦を逃げれば「チキン」の烙印を押されて二度と浮上できなくなる。

 恐らくゲームは一樹の数少ない取り柄。

 ヤツが戻ってきた時のために、俺がその名を汚すわけにはいかない。


 しかしだ。

 今日に限っては最大最高の言い訳がある。


「挑戦受けてやりたいのは山々だが金がない。佐藤と鈴木に盗られた」


「またかよ。あの二人はしかたねえなあ」


 「また」ということは、やっぱり普段もか。

 これで二人の「いつも通り」という言葉のウラがとれた。

 いつも一樹の財布を抜き取っているからこそ、あの台詞が出たのだ。


 口ぶりから、金之助があの二人を嫌悪してるのはわかる。

 もっと念入りにスタンスを確認しておこう。

 再び金之助に抱きつく。


「金之助えええぇ、取り返してくれよ。親友じゃないかあああぁ」


「だあっ! くっつくなと何回言わせんだ!」


 再び引きはがされる。


「そりゃ現場見かければ止めてるけどさ。それはオレが見ててムカつくからなだけで、別にオマエを助けてるつもりじゃない」


 なるほど二葉の推測通りだ。

 やっぱり現場にいれば助けてくれてるんだな。

 さらに演技を続けてみよう。


「またまた~、照れちゃって~。もっと助けてくれてもいいんだぞ~」


「本音だよ。自分で取り返そうとしないヤツを助ける義理はない。その上でやられたって言うなら、ともかくさ」


 まずは自分で何とかするのが当たり前。

 そこは金之助の言い分が正しい。

 最悪、金之助にしてみれば「利用されている」と思ったとて不思議ではない。


 ……ただしそれは、本物の一樹に対してなら。


 オトナにもなって暴力に暴力をなんて考えるのはただのバカだ。

 自分が牙を抜かれたチワワなのは認めるが、それこそが社会で生きる者の姿だ。

 現在は高校生の身なれど、そこを曲げたら本当に俺が俺でなくなってしまう。


 どう返すべきか。


「ふん。金之助みたいなヤツに俺の気持ちがわかってたまるか」


 あれ?

 金之助の口がぽかんと開いてる。


「どうしたんだよ。いつもなら『ならば我が最強の黒魔術をもって、ヤツらを地獄の底に突き落としてくれよう』とか言うところなのに」


 そんなヤツとまともに友達づきあいしてるお前こそ最強だよ。


「ふん。色々あるものでな」


「ま、キモく強がるよりはいいんじゃねえの? その方が二葉も喜ぶだろうよ」


 あっ!


「金之助。盗られた金の件、二葉には……」


「わかってるよ」


 金之助がみなまで言うなとばかりに首を振る。

 やっぱりブチ切れるのは容易に想像つくのだろう。


「なあ一樹。話戻すけどさ」


「何だよ」


「お前って根っこは優しいヤツだから他人ブン殴れないのはわかるけどさ。それでもたまには見せるところ見せないと、いつまでも舐められ続けるぞ」


 元の一樹に聞かせてやりたい。

 お前のこと、ちゃんとわかってくれてるヤツがいるじゃないか。


「ふん。考えておくよ」


「それこそ俺がいる時にやんな。加勢くらいしてやっからさ──」


 金之助が再び肩を組んできた。


「──んじゃゲーセン行こうぜ」


「だから金無いと」


「何寝ぼけてるんだよ、あそこ金なんていらねーじゃん」


「へ?」


「決まりだな。とにかく行くぞ」


 仕方ないな。

 二葉、すまん。

 情報収集にもなるだろうし、ちょっくら付き合ってくるわ


                 ※※※


 ゲームセンター到着。

 場所は昨日来たイジラッシの家の近く。

 暗くてもわかる。

 やはりどことなく昭和を感じる街並みだ。


 建物がこれまた見事に昭和。

 完全に変色して真っ黒になった木造建築の平屋。

 安っぽいビニールのひさし。

 店の前に置かれた自動販売機だけが真新しい。

 まるでそれだけがタイムスリップしてきたかのような錯覚すらおぼえる。

 とどめに【駄菓子屋 桜樹商店】と書かれている錆びた鉄看板。


 そう、「上級生」におけるゲームセンターの正体は駄菓子屋である。

 父によると、昭和の頃は割とざらな営業形態だったらしい。

 つまり一九九四年でも既にノスタルジックな光景なのだが、恐らくシナリオライターの懐古趣味が反映されているのだろう。

 店名が当時人気だったAV女優にあやかってるのが、やはりエロゲー。

 これこそシナリオライターの趣味なのだとインタビューで読んだ。


 金之助が店内へつかつかと入っていくので、後をついていく。


 店内は、さほど広くもないコンクリートの空間にテレビゲームが四台。

 これでゲーセンだとかあったものじゃない。

 しかし……駄菓子が並ぶ向こう側へ座るおばあちゃんに目を向ける。

 ここは子供好きなおばあちゃんが「遊び場になれば」と趣味でやっている店。

 だから儲からなくてもいいんだと「上級生」内では述べられていた。


 【うまうま棒】と書かれたお菓子が目に入る。

 元の世界とは微妙に名前が違うけど、その名の通り棒状のスナック菓子。

 食べ応えもあるのに一〇円で買えるだなんて、開発した会社は偉大だ。

 時々無性に食べたくなるんだよな。


 一〇円くらいなら財布に入ってるはず、久しぶりに食べてみよう。

 これから勝負なんだし気合いが入るものがいいな。

 ピリ辛な【サラミ味】を抜き取る。


「おばあちゃん、これちょうだい」


「あいよ、一〇万両ね」


 おばあちゃんが顔をくしゃくしゃにして笑いながら、しわしわな手を差し出してくる。

 こんなジョークをリアルタイムで聞けるなんて。

 ああ、まさに駄菓子屋だ。

 しかし、このおばあちゃんの苗字が「桜樹」だなんて。

 決してバカにするわけじゃないがシュールであるには違いない。


 ビニールを裂いて、あんぐりと頬張る。

 うん、これだこれ。

 昔ながらの酸っぱ辛い、なんとなくのサラミ味。

 咥えたまま振り向くと、壁の貼り紙が目に入る。


【PF2入荷記念につき初代PFは無料開放!】


 「パ」ーチャファイターだからVFじゃなくてPFなのね。

 「金なんていらねー」というのはこのことか。

 太っ腹な店だなあ。


 金之助が指でつんつんしてくる。

 振り向くと、こいつも「うまうま棒」を囓っていた。

 ああ、同好の士よ。

 本音で親近感をおぼえてしまう。


「いつもはPF2だけど、今日は久々に初代でいいだろ。座れよ」


「あ、ああ……」


 目の前の初代に座る。


 あっち側のゲーム機には小学生達が群がっている。

 あれがPF2か。

 出たばかりだしなあ。

 例え有料でも、やっぱりやりたいのはあっちだろう。


 さて金之助の腕前はどんなもんか。

 せめてPF2以降ならゲーセンでもやりこんだ分マシなのだが。

 負けた時の言い訳は「二葉に手を踏まれてくじいた」でいいか。

 その後は「それでも俺は金之助の挑戦を受けてやったんだ」と、開き直って恩を着せてやれば誤魔化せるだろう──。


「あっ! クサイお兄ちゃんがきた!」


「ホントだ! デブ兄ちゃんだ!」


「こんばんは! キモイお兄ちゃん!」


 なんだなんだ!?

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