41 1994/11/28 mon 体育館:芽生のアンスコはもっと大好きだああああああああああああああああああ!
止めたい、しかし止めるわけにいかない。
二葉の策略は未だ完遂してないから。
計略の最終目的──一樹を真人間にすること──を実現するためには、一樹がチアリーダー達に「ごめんなさい」と謝らなければいけない。
そのためには二葉による「命令」が絶対に必要なのだ。
一樹は謝らない。
これは自分が一番偉いと思っているから。
ただし本心からそう思っているわけじゃない。
卑屈の裏返しなのだ。
二葉が先程説明した父からの罵倒と暴行。
昨日も屋上で「父さんの仕打ち」と話してはいたが、具体的に知ったことで確信した。
本来は無条件で味方となるはずの父親から自分を否定され続ければ、卑屈にならない方がおかしい。
そこで一樹は「自分が一番偉い」と思いこむことで自我を防衛したのだ。
だとすれば、一樹にとって「自発的に謝る」行為は精神的な自殺に等しい。
つまり正しくは「謝らない」のではない、「謝れない」のだ。
あれだけのイジメを喰らっても謝らないのだから、生半可なことで謝るわけがない。
ならば本人の意に反してでも力づくで謝らせるしかない。
制裁はその命令を行うための布石。
フルボッコにした流れで二葉が命令しても、そして一樹が従っても、誰も不思議に思わないはずだから。
ただ、タイミングは既に逸した。
その命令は盛り上がってる内にしなくてはいけなかったのだ。
アヘ顔をしていたチアリーダー達はトランス状態。
恐らく脳内にドーパミンにエンドルフィンやら出まくることによってセックスにも似た快楽を得ていたのだ。
そこに一樹の謝罪という究極の供物が捧げられれば、きっとチアリーダー達はオーガズムを迎えたはず。
精神的不満の解消と性的欲求の充足。
これが同時に達成されることによって、一樹が許される確率もまた最大となる。
イッてしまって放心状態のときに他人を責められる者などいようか。
しかし快楽には飽和点がある。
ピークを過ぎれば、あとはひたすら右下がり。
ましてや集団。
盛り上がるのも早ければ冷めるのも早い。
理性を取り戻してしまったら義憤や不快だって感じもしよう。
芽生みたいに「残虐ショー」と訴える部員が出てくるのは当然の流れなのだ。
二葉は意図して集団ヒステリック状態を作り出したほど。
そんなことがわからないはずないのだが。
謝罪シーンを披露できなければ先につながる成果は得られない。
このままだと単なる殴られ損、流れを引き戻さなければ。
もう一度チアリーダーを盛り上げるのはムリでも、とにかく一樹が変わる「転機」を作り出さなければ。
そういえば……若杉先生を視界に入れる。
若杉先生はおよそ三メートルほど先。
腕と足を組み、黙って二人を眺めている。
カメラは足元の床に置いていた。
さっきまでは手に持っていたはずだが、だるくなったのか。
慌てているようには見えない。
愉しんでいるようにも見えない。
まさに泰然自若。
教師として止めなくていいのか?
ただ若杉先生は人として真っ当すぎる程に真っ当。
止めないのは考えあってのことかもしれない。
ともかく今止められては困るから、これはチャンスだ。
何か手はないか。
具体的には、二葉に俺を再び制裁させて且つ芽生を黙らせる……。
二葉と芽生に目線を戻す。
相変わらず頬を引っ張りながらの罵り合戦。
二人とも足を踏ん張って、一歩も退かない構え。
涎まで垂らして……こんな姿見せられると百年の恋も冷めてしまう……。
──閃いた!
そうだ。
俺が芽生のアンスコをこの場で盗撮すればいいのだ。
そうすれば二葉がそのまま俺を殴ってもおかしくないし、その勢いで謝罪の流れに運ぶことができるはずだ。
失われた熱狂は戻らないだろうけど、とりあえずの格好はつく。
しかも芽生は被害者。
もはや俺の味方はできまい。
恩を踏みにじるのは心苦しいけど、そんなことを言ってる場合じゃない。
この目論見を成功させるためには説得が必要だ。
「一樹の体」に対して。
芽生のアンスコを撮影するには、若杉先生の足元にあるカメラを奪い取って、すぐさま斜め後ろに跳ね飛び、芽生が踏ん張る股の間に頭をくぐらせてシャッターを切らなければならない。
それには人並以上の運動神経と天才的な撮影技術が必要。
この体が再び覚醒してこそ初めて可能となるのだ。
そのためにはクリアしないといけない大問題がある。
一樹にとってアンスコはパンツじゃない。
外から眺めていたときだって反応しなかったのに、今どうして反応しようか。
制裁前に述べたアンスコを撮る理由は、あくまで場を誤魔化すための詭弁。
一樹が心からアンスコを撮りたいと欲しているわけではない。
ここは逆に考えてみよう。
一樹はパンツをトリガーとして覚醒する。
どうしてそうなるか。
それはパンツこそが一樹の最大のリビドーだから。
加えて一樹は写真の撮影技術だけではない。
教科書のラクガキだって職人級と呼んで差し支えなかった。
あれもまた能力が覚醒していた状態なのかもしれない。
ならば一樹の覚醒とは、リビドーが爆発して能力が飛躍的に高まった状態なのだ。
言わば「スーパー一樹」とでも呼ぶべきだろう。
しかし一樹の魂は体にない。
だとすれば俺自身のリビドーによってもスーパー一樹になれるはずなのだ。
校庭でのアクシデントだってそうだったのかもしれない。
スカートがまくれあがれば、男は誰でもパンツに目がいく。
その衝動自体は本能という他ない。
だからそれによって意識と体をつなぐ覚醒への回路が開かれた可能性はある。
パンツについては元の魂の持ち主の影響で回路が開きやすくなってるのだろう。
なら、具体的にどうすればいいか。
アンスコの魅力を自らに訴えるのだ。
パンツもアンスコも等しく魅力があることを体に教えるのだ。
そうすればきっと回路が開かれるはず。
俺はアンスコが好きだ。
パンツも好きだけどアンスコだって好きだ。
パンツだってアンスコだって形は似たようなものじゃないか。
パンツは隠されるために、アンスコは見せるためにある。
違いはそれだけ、どっちも似たようなものじゃないか。
……ダメだ、こんなんじゃダメだ。
もっと理性を捨てなければダメだ。
もっと欲望を認めなければダメだ。
魂の叫びを体に響かせなければダメなんだ!
俺はアンスコが好きだ。
見たい、ああ見たいともさ。
鼻の頭がくっつく程ににじりよって、食い入る様に見たい。
なぜなら女の下半身には俺の持ってる醜いチョコバナナがない。
なぜかあるべきはずのものがない。
神秘を感じるのは人として当たり前じゃないか。
パンパンパンパン叩きたくなって当たり前じゃないか。
言わばそこに広がるのは謎めいた宇宙。
そこにアンスコが境界を描くことによって、逆に空間は更なる広がりを見せる。
オヘソの下部から太腿の付け根までもが股間であるかのように思わせる。
それは股間を淫靡に見せる、高度に計算されつくしたギリギリのライン。
アンスコは隠せばいいだけのパンツより、この点でさらに次元が上なのだ。
ああ、なんてアンスコは素晴らしい。
それでいながらアンスコは隠されている。
見せるためのものでありながら隠されている。
この矛盾はなんなのだ。
見てもいいはずなのにその姿を見せてくれない。
だからこそ余計に見たくなる。
いわば俺はお預けを喰らった犬。
これはオトコとしてではない、もはや生物としての本能なのだ。
ああ好きだ!
俺はアンスコが好きだ!
パンツ以上に女を神秘的に見せるアンスコが好きだ!
見られても構わないくせに見せてくれない、ツンデレなアンスコが好きだ!
芽生のアンスコはもっと大好きだああああああああああああああああああ!
「ちゃあ~んす!」
──気づくと俺の頭は芽生の足と足の間にあった。
スコートの向こうに見える芽生と目が合う。
俺を見下ろす芽生は、顔を真っ赤にしながら固まっていた。
あからさまに怒り全開で睨み付けてくる瞳は潤んでいる。
口をへの字に結んで歯を食い縛り、それでいながら口元はぷるぷる震える。
叫び出したいのを必死に我慢しているのが伝わってくる。
怒りと悲しみが相半ばで入り混じるそんな表情だ。
二葉が屈み込んでくる。
俺の手からカメラを奪うと、そのまま芽生に渡した。
「立て」
静かな重い二葉の声。
それを発した顔には表情がなかった。
有無を言わせない迫力。
言われるまま、その命に従う。
「ぷぎい!」
立った瞬間、二葉の拳が飛んできた。
さっきまでの力を抜いた代物じゃない。
体重を乗せた、重い、体の芯まで響くパンチ。
「どうしてアニキは他人様の迷惑ってものを考えないの! 犯罪に走るわ常識ないわ、アニキのせいで妹のあたしがどんな気持ちなのか考えてよ!」
「ぷぎい!」
「『盗撮魔の妹』って呼ばれてどれだけ形見の狭い思いしてるか! 後ろ指さされないために、あたしがどれだけ品行方正に生きなくてはならないか!」
「ぷぎい!」
「あたしに『何とかしろ』と泣きつかれたって困る! 言われなくともアニキを一番何とかしたいのはあたしなんだ!」
「ぷぎい!」
「だからってどうすればいいんだ! あたしが知るか!」
「ぷぎい!」
「父さんはアニキの分の期待まであたしに押しつける! 周囲からも親からもイイコ役を押しつけられる苦労がわかるか! あたしは聖人君子じゃないんだ!」
「ぷぎい!」
「こんなアニキがいてあたしが何もされなかったと思ってるのか! 『二葉が一樹に股を開けば学園は平和になる』って言われたときの気持ちがわかるか!」
「ぷぎい!」
「不潔で汚らしくて雑巾みたいな臭いまで撒き散らして! そこにもっと変な臭いが加わって、終いにはあたしまで『イカ娘』呼ばわり!」
「ぷぎい!」
「謝ればかわいげあるのに『ゴメン』すら言わない! 何かしてもらっても『ありがとう』すら言わない!」
「ぷぎい」
「いったい何様なの! 自分を何者だと思ってるの!」
「ぷぎい」
いつの間にか、二葉は涙を流していた。
泣きながら俺を殴り続けていた。
チアリーダー達は静まりかえっている。
ただ肉の叩きつけられる音だけが体育館内に響いていた。
二葉が大きく右を振りかぶる。
「あたしのことが好きだって言うのは口だけか!」
「ぷぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
意識が朦朧とする。
吹っ飛んだらしいが……。
腕を握られ、どこかへ引き摺られる。
止まった。
「アニキ、みんなに謝りな。『盗撮してごめんなさい』って」
「と……とうさつして……」
声が、出ない。
「あーっ! 聞こえないっ!」
頭に固い感触。
踏みつけられたっぽい。
重い。
ギリギリと踏みにじってくる。
「言い直しな」
「盗撮してごめんなさい!」
「『もう盗撮はしません』」
「もう盗撮はしません!」
「『これからは清潔を心掛けます』」
「これからは清潔を心掛けます!」
「『その他、他人様が不快に感じることはしないように心掛けます』」
「その他、他人様が不快に感じることはしないように心掛けます!」
「『わたくし渡会一樹は真人間として生まれ変わります』」
「わたくし渡会一樹は真人間として生まれ変わります!」
頭が軽くなった。
「ねえ、みんな。これで今までのことも含めて許してやってくれないかな? 後はしばらく、あたしがアニキの傍について教育するから」
「ははははは、はい……」
「わ……わかり……まし、た……」
「や……や……やりすぎです……」
「ぶ……ちょう……こわい、です……」
髪の毛が引っ張られ、頭が持ち上げられる。
「アニキって芽生にさっき顔を拭いてもらってたよね。そういう時の言葉は?」
「あ……ありがとう……ございました……」
キュッと靴と床が擦れる音。
あわせて芽生の震えた声が聞こえてくる。
「ひ、ひ、ひいい……イ、イヤ……顔をこっちに向けないで!」
「芽生、『どういたしまして』くらい言ったげてよ」
「ど……ど……どういたしまして……」
頭が再び床に置かれた。
髪を掴んでいた手が離れるとともにパンパンと手を叩く音が聞こえる。
若杉先生の声だ。
「はいはい、ここまで。もう練習にならないし、今日は解散」
「はい!」
聞こえたのは二葉の声だけ。
「手当は私が責任持ってするから、みんな心配するな。お前らの望んだ通りに渡会妹は制裁したし、渡会兄も反省しただろう。だからもう水に流してやれ」
「はい!」
今度は全員の返事。
「さて、保健室に運ぶか。背中におぶるから渡会妹と田蒔は手伝ってくれ」
終わった、のか?
これでよかった、のか?
もう……考えられない……。
意識が……。




