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37 1994/11/28 mon 体育館:女はいくつになってもカワイイ衣装で着飾ってみたいって思うんだよ

「ほら、さっさと歩きなさいよ」


「この盗撮魔。今日こそはただじゃすまさないからね」


 チアリーダー達の罵声を浴びながら、その後ろをついていく。


 俺は特に抵抗もせず、そのまま捕まった。

 二葉から「何があっても」と言われた以上、逃げるわけにはいかない。

 両手は前で縛られ、その間から伸びた縄を部員二人がしっかり握りしめている。

 まさに完全なる罪人スタイル。


 前を歩くチアリーダーが右手を払う。


「あたし、縛る時に一樹の手触っちゃったよ。妊娠したらどうしよう」


「部長に握手してもらいなよ。きっとプラマイゼロで清められるから」


 二葉はどこぞのロールプレイングゲームのヒーラーかよ。

 ただ部員から人望を集めてることは窺われる。


 俺を捕縛するのは恐らく二葉の計略の内。

 囲まれた時こそ驚いたが、そこはすぐに見当ついた。

 だから傍目には窮地待ったなしでも精神的には余裕そのものだ。


 むしろ問題はこの先、心の準備をしておこう。


 二葉は頭が回る。

 頭の回る人間は決してムダなことをしない。

 言い換えれば言葉や行動全てに意味がある。

 だったらそれを読み取るのが心の準備そのものに他ならない。


 ベストは二葉の計略そのものを読み取ってしまうこと。

 だが、それには情報が少なすぎる。

 いくらでも想像できるものを考えても仕方あるまい。

 しかし二葉の個別の言動について見当するのは決して無益じゃない。


 二葉があそこに俺を呼んだのは、チア部の練習を盗撮してた様に見せかけるため。

 動くなというのは、部員に俺を捕縛させるため。

 この二つは間違いない。


 メモの内容をギリギリまで教えなかった理由は何だろう?

 俺が事態を察して逃げ出すおそれがあるからか。

 下手に俺に動かれて周囲の警戒を集めたくなかったか。

 下調べを済ませて成功の見込みを確認してから教えたかったのか。

 恐らくこの全てじゃなかろうか。

 また、どれかと特定する必要もない。


 ただチーズの意味がわからない。

 猫の鳴き声は俺を発見するための理由付けだろう。

 つまり猫は計略に関係あった。


 確かに二葉は抜けたところがある。

 でもこれまでの行動には常に意味があった。

 例えそれが斜め上でも。

 今回だって何かの意味があるはずだ。

 風呂の時は不意を突かれたし、二葉は味方じゃなかった。

 今回は予めある程度わかってるのだし、味方だ。

 それなのに割り切れないのはモヤモヤして気分が悪い。


 もしかすると二葉は知っていたのだろうか。

 猫にとって人間用のチーズがよくないことを。

 だとすれば俺が猫に与えずポケットに入れたままにすると考えるかもしれない。

 メモに書かれていたのは【一六時二八分 その場でしゃがんでください。以降、「何があっても」その場を動かないでください。】

 つまり「一六時二八分以降のいつか」に計略はスタートするのであって、「一六時二八分ジャスト」ではない。

 俺がずっとしゃがみ続けていればいつかは猫がじゃれつくだろう。

 その時に計略を開始すればいいのだから、一見して筋道は通る。


 しかしこれは穴だらけの理屈。


 まず不確定かつ不合理すぎる。

 そもそも猫が離れた場所に散歩ということだってありうる。

 その場合は他の口実を用意していたかもしれないが、だったら最初からそうすればいい。


 次に俺が人間用のチーズについての知識を知っている保証はない。

 猫を飼っている人ですら知らない人が多いのに。

 ネットの普及していないこの時代なら尚更だ。


 何よりメモで「ついでに」などと書く必要はない。

 言い方を変えれば俺を騙す意味がない。

 チーズをポケットに入れておけと言われれば、俺は例え疑おうと指示通りにする。

 二葉だって、そのくらいわかってくれているはずだ。


 再びチアリーダーがぶつぶつ言うのが聞こえてくる。


「あーあ、部長の凛々しいお姿で清められた目が腐っちゃった」


「あの学ラン姿を見られるのは今日だけなのにね……」


 やっぱりヒーラーか。

 いや、それはどうでもいい。

 二葉の男装は、やっぱり今日だけなのか。


 チア部の練習は通常練習着だが、出雲学園ではユニフォーム着用。

 そうしないとギャルゲーとして絵にならないという制作側の都合だ。

 ただゲーム内では「本番のプレッシャーに打ち勝つため」というもっともらしい説明がなされていた。

 もちろん「上級生」の二葉だってユニフォーム姿。

 二葉のグラフィックは全てコンプリートしたが、学ラン姿なんてなかった。

 あれも二葉の計略の内なのだろうか……。


 あー、グダグダが止まらな──。


 縄をぐいっと引っ張られた。

 縛られた両手が跳ね上げられる。


「さっさと中に入んなさいよ」


 我に返ると、既に体育館の入口だった。

 結局思考を尽くさないまま、行き当たりばったりの出たとこ勝負か。

 なんてイヤすぎる。


                  ※※※


 体育館の中では二人の女が待ち構えていた。


 一人は二葉。

 一人はユニフォーム姿の女子。

 足を組んでふんぞり返りながらパイプ椅子に座って……って……。


 えっ、ええーっ!


「よう、渡会兄」


 そこにいたのは若杉先生だった。

 この殺気立った雰囲気のなか、まったくいつもと変わらぬ態度に拍子抜けしてしまう。


「どうしてここに?」


 チア部とはまったく関係ないはずだが。


「顧問代理だよ。チア部の顧問が先日から産休に入っててな、冬休みが始まるまで引き受けることにした」


「それでどうして若杉先生が?」


 若杉先生が相好を崩す。


「お前の妹に『どおおおおおおしても、あたしが敬愛してやまない若杉先生サマに』と頼まれたからだよ。土下座までつかれちゃ断るわけにいくまい」


 とか何とか言いながら、よほど頼られたのが嬉しかったのだろう。

 クールぶった台詞と表情がまったく噛み合っていない。


 二葉を盗み見る。

 取り乱す様子もツッコミを入れる気配もない。

 若杉先生の説明通りということか。


 ──事情は飲み込めた。


 二葉は金之助を保健室から追い出すために、まず若杉先生を追い出したのだ。

 金之助が保健室に入り浸っているのは若杉先生を攻略するため。

 しかし肝心のターゲットがいなければ、用がないのだから出て行くだろう。

 金之助を追い出す必要があるのは夕方。

 だったら放課後の部活に若杉先生を足止めできれば目的は達せられる。

 うまいこと考えたものだ。


「もしかして、この二葉の男装って」


「私がやらせた。今日一日くらい御褒美があってもいいだろう」


 なるほど……これは【感謝してよね】と書きたくもなる。

 ここまで体を張れば、メモの字だってミミズがのたうつし乱れもするわ。

 その割に照れた様子もなく堂々とした姿なのは気になるが。


「それでその先生の姿は?」


「似合うだろ?」


 悪いけど全然似合ってない。

 派手顔に長いゆる巻き髪だから、アスリートらしい爽やかさには程遠い。

 なまじにゴージャスでケシカラン体型だから、出るところが出過ぎてしまってる。

 あえて言うならムリに若作りしたAV女優のコスプレだ。


「三十路を前にした女のチアリーダー姿なんて、いったい誰が得するんですか」


「渡会兄──」


 若杉先生がゆらりと立ち上がる。


「随分と余裕な口を利くじゃないか。()()()()()私としては、もう少し自分の置かれた状況を考えた方がいいと思うんだけどな」


 しまった!

 回りが殺気立ってる中で若杉先生だけがいつも通りだから、つい……。


 若杉先生がゆっくりと近づいてくる。


「さっきの問いに答えてやろう。私が得するんだよ」


 え、えと……。


「女はいくつになってもカワイイ衣装で着飾ってみたいって思うんだよ。晴れやかな舞台で脚光浴びてみたいって思うんだよ」


 表情も口調も落ち着いたまま。

 さすがはオトナ、感情をオモテにしない。


「でも若くないことだって知ってるから、何か口実ないとはっちゃけられないんだよ。私だって表向きは自信満々に見せてるけど、それが本音なんだよ」


 だけど……それゆえに……怖い……。

 いっそ怒鳴るかすごむかしてくれ。


「そんなオバサンになっても若い頃と変わらず扱ってくれる男に女は転ぶんだ。お前も童貞のまま一生を終わりたくなければ、少しは女心を勉強しろ!」


 話それてるじゃないか。

 大体、俺は既に童貞のまま一生を終えてしまった──あーっ、何しやがる!


「俺のカメラ!」


「これは私が預からせてもらう。没収されて当たり前だろ?」


「返して!」


 さっきの盗撮写真を現像して、本当に撮れているのか確認しないと!


「カメラの心配より自分の心配した方がいいんじゃないのか?」


 若杉先生がパイプ椅子に戻り、再び腰を下ろす。

 それを見計らったように二葉が話しかけた。


「先生、いいんですね」


「お前ら二人が揉める分には只の兄妹ゲンカだからなあ。それが()()()()体育館だっただけで、学園としては何が起ころうと一切関知しない」


 何だ、その最初から責任を回避したお役人みたいな台詞は。


「『出雲学園の良心』はどこいった!」


 若杉先生がこちらを振り向く。


「なあ渡会兄──」


 そしてにこりと微笑んだ。


「──お前が男子からイジメられる分にはいくらでも庇ってやろう。だけど女子からは殺されたって足りないくらいに文句言えない立場だよな?」


 若杉先生が再び二葉へ視線を戻す。


「渡会妹、医者はここにいるから存分にやれ。他の者は手を出すな」


「御言葉に甘えます」


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