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36 1994/11/28 mon 写真部部室:ちゃあ~んす!

 授業終わって、再び写真部部室。

 さて、二葉からのメモを開くか──ん?

 テーブルの上にチーズが置かれている。

 それを重し代わりにして、下にメモ。

 あの後、二葉が再び部室に来たらしい。


 先にこっちから見よう、どれどれ……。


【アニキへ


 金ちゃんの件片付けました。

 恐らくアニキもすぐわかるでしょう

 感謝してよね!


 追記

 さっき渡すの忘れてたので。

 先に渡したメモの場所に行くと、虎柄のネコちゃんがうろついてるかもしれません。

 もし目に止まれば、このチーズをあげてください。

 計画にはまったく関係ありません。

 あくまでもそのついでに、ってことで】


 本文の方は文字が乱れて読みづらい。

 このミミズがのたうった字は何があったんだろう?

 あと「アニキもすぐわかる」とは?

 本当にうまくいったのなら、そりゃ言われなくとも感謝するけどさ。


 追記の方は普通に書かれている。

 さしずめ本文を書き終えた後に、深呼吸でもして気を鎮めたってところか。

 見なくとも情景が思い浮かんでしまう。


 内容については、追記だし「ついで」だし、本当に計画とは関係ないのだろう。

 だが、二葉。

 これは人間用のチーズじゃないか。

 お前はこんなものを猫に与えるつもりか

 人間用のチーズは、汗をあまりかかない猫にとって塩分過多。

 血液ドロドロになって腎臓悪くしてしまうぞ。


 でも、猫を飼ったことがなければ知らないか。

 帰ったら教えてやるとして、とりあえずポケットに入れとこう。


 改めて、折りたたまれたメモを開く。


【一樹のカメラを首から掛けてください。

 フィルムも入れてあります。】


 言われた通りに掛ける。


【次に、一六時二五分までに↓の場所に来てください】


 矢印の下には地図。

 どうやら体育館の裏らしい。

 しかも妙に回り込みながら歩いていく形になっている。

 指定の場所には【×】が打たれており「約一〇m」と具体的な距離まで書かれている。


 続きを読もう。


【×の場所には薄くチョークで印をつけ、小石で隠してます。

 場所を確認したらすぐに証拠隠滅してください。】


 なんて仰々しい。

 続きだ続き。


【一六時二八分 その場でしゃがんでください。

 以降、「何があっても」その場を動かないでください。

 トイレは事前に済ませておく様に】


 俺はどこの子供だよ。

 「何があっても」とわざわざ括ってる辺り、既にイヤな予感しかしない。


 最後の行だ。


【このメモは読み終えたら爆発……なんてするわけないので、飲み込んで下さい】


 寒いジョークが時代を感じさせる。

 二〇年前でも寒そうだが、変なスパイ気分にでも酔っちゃったか。


 時計を見ると一五時四五分。

 時間には余裕あるし前もって現地を確認しておこう。


 現地にメモを持っていくわけにはいかない。

 画像記憶とまではいかないが、ある程度の瞬間記憶はスパイに必須の特技。

 もう一度地図を読み直してインプット。

 続いて証拠隠滅。

 カッターで細かく切り刻んでゴミ箱に投げ込む。

 よし、行こう。


                 ※※※


 東棟を出て校庭へ。

 体育館は東棟とグラウンドを挟んで対角に近い位置にある。

 グラウンドではユニフォームを着た運動部の部員達がウォーミングアップを始めている。

 横切った方が早いのだが邪魔をしては悪い、回り込もう。

 高等部校舎に沿って西へ向かう。


 正面から女子生徒が歩いてきた。

 購買と同じく俺から離れるように大回りを始める。

 すれ違おうとする時、一陣の風が吹いた。


(ちゃあ~んす!)


 ──え!?


 なんだ今のは!

 脳内で一樹の、今は俺の、ねっとりした声が鳴り響いた気がした。


 そして俺は……グラウンドに倒れ込み、女子生徒のお尻へカメラを向けていた。

 いや、シャッターの残響音が耳に残っている。

 既に撮影した後?


 俺はいつの間に!?

 いったい何をしたんだ?


 それよりも……ということはだ……。

 やばい! 目線を上にやる。


 女子生徒はスカートを手で抑えたままこちらを見ていた。

 真っ赤な真っ赤な顔で。


「このドヘンタイがあああああああああああ!」


 どうする? 一樹ならどうする?

 考えるまでもない。

 ああ、もうヤケだ!


「ふははははは」


 高笑いに虚を突かれた女子生徒が、じりりと後ずさる。


「な、何よ……」


「我が撮影技術は世界イチィィイ! この学園で盗撮とれんパンツはないィィィイイ!」


 女生徒が呆気にとられた。

 よし、今だ! 後ろを向いてダッシュ!


「死ね! 死ね! 死にやがれ! このイカ星人!」


 我に返った女子生徒の叫び声が聞こえてくる。

 後ろをちらりと確認。

 既に女子生徒は小さく見えていた。

 諦めてしまったのか、追ってくる気配はない。


 ハアハア、ハアハア。

 渡り廊下を横切って、中等部校舎の裏へ。


 目の前に並ぶ木が程よく陽射しを遮っている。

 木陰で息を入れよう。

 地面に腰を下ろして、校舎に寄っかかる。


 しかし……ああ……。

 なんて恥ずかしい、恥ずかしすぎる。

 今の台詞は自分で自分の胸を突き刺した。

 イタい、あまりにもイタすぎる。


 もし万一、二葉の策とやらがうまくいかなかったら……せめて決め台詞くらいは、元の世界だと有名すぎるくらい有名になってしまった漫画のパロディなどではなく、もっとカッコいいオリジナルを自分で考えたい……。


 それ以前にだ。

 俺は一体何をしたんだ?

 いや、答えはわかっている。


 ──あの子のパンツを盗撮したのだ。


 やっちまった。

 もちろん、そのことに罪悪感はある。

 しかし事態はそれどころではない。


 「ちゃあ~んす」は一樹が盗撮するときの掛け声。

 目の前で堂々と撮ってみせる時のものだから、これを盗撮というかはさておいて。

 ただ、この体の中に一樹はいない。

 それはイジラッシが言っていたし事実なのだろう。

 恐らくはゲームをまったくそのままに追体験したことで生まれた錯覚か。


 だとしたら……まさに体で覚えているということか?

 昨日、部室でこのカメラを触って指先が吸い付く感覚がしたのは気のせいなんかじゃなかったのだ。


 カメラを操る動きも俺のものじゃなかった。

 俺だって一眼レフは扱えるが、あんな操作はできない。

 まるで息を吐くかの様にフォーカスを合わせ、シャッターを切っていた。

 その感覚がまだこの指に残っている。

 未知の体験にぷるぷると震えてしまっている。

 まるで格闘ゲームで初めてコンボを成功させてみたときの様に。

 実際にどんな写真が撮れたのかは現像してみないとわからないが……。

 あれが一樹の撮影技術だというなら、まさに神業としか言いようがない。


 しかも逃げ足まで早かった。

 あくまでも人間のレベルだが……元の世界の俺より早かった。

 考えてみたら、公園で金之助に盗撮見つかってボコにされたイベントだってそれなりの距離を逃げていた。

 金之助に張り合えるということは客観的にもかなり早いはず。

 太腿もふくらはぎも力が抜けてしまって、足はまさしく棒のよう。

 だけどそれは階段昇るのすら同じだった。

 たとえ火事場のバカ力にしても、こんな怠けた体の一体どこからパワーが湧くのか。


 モヤモヤするけど残りは家に帰ってから考えよう。

 そろそろ目的地に向かおう。

 立ち上がりかけてふと気づく、イカ星人ってなんなんだ?


                  ※※※


 指定された場所へ到着。

 周囲には誰もいない。

 今の俺に尾行なぞつくはずもないが、それもない。


 場所は目測するまでもなく、すぐにわかった。

 体育館を囲む縁石の上には何もない。

 そこにポツンと小石が置かれていれば、知っている者ならわかる。

 メートル表記は保険だったのだろう。


 二葉がすぐに消してくれと念押しした気持ちはわかる。

 実際にやった者の疚しさゆえだが、案外他人は気づかないものなんだよな。

 もちろん消した方がいいには違いない。

 小石を蹴って、チョークを踏み消す。


 一応、猫がいないか見渡してみる……いない。

 チーズをあげるわけにはいかないのだが、頼まれて探さないのも気分悪いし。


 指定の時間までにはあと一〇分ほどある。

 途中にあった体育倉庫で時間を潰すとするか。


                  ※※※


 周囲を確認してから体育倉庫に入る。


 中には誰もいない。

 隅の跳び箱へ腰を下ろし、中を見渡す。

 とりたてて何も語るところのない只の体育倉庫。

 あえて言うならカビ臭い。


 そういえば体育館の裏も「上級生」をプレイした時には何度か行ったな。

 もしかしたらさっきの場所と同じ場所かも。

 ゲーム内でも行くのが面倒くさかったのはよく覚えてる。

 むしろ面倒くさかったから覚えてる。

 絶対に体育倉庫を経由しないといけない上に、その度時間を使わされるのだから。


 しかし体育館裏にしても体育倉庫にしてもそうなのだが、当時はどうしてこんな場所でヒロイン達が金之助を待ち構えているのか理解できなかった。

 そして今、現実にその場所に立って思う。

 もっと理解できない。

 ゲーム内でも金之助が「どうしてこんな所にいたんだ?」と不思議がっていたが、その程度では片付けようもないくらい疑問に思う。

 それでも時々ホントにイベントがあったりするから困りものなのだが……。


 そろそろ時間だ、出よう。


                  ※※※


 一六時二八分。

 メモの通りにしゃがむ。


 目の前の壁には穴が開いている。

 通風口か。

 黒い布、恐らく暗幕でふさがれていて中は見えない。


 ……いや、見える。

 右端に隙間があり、そこから覗き込める。

 どれどれ?


「Let’s stand up!」 


「Keep! your smile!」


「Yell! with us!」


 正面、ただし通風口からは離れた位置にチア部がいる。

 青地に白ラインのユニフォームを着たチアリーダー達がチームを組んで練習中。

 ちょうどその全体の動きが見渡せる。

 チームの前では、学生服を着て長ハチマキを締めた男子が指揮を執っている。

 いかにもな応援団っぽい生徒だから合同練習なのだろう。


「Go! IZUMO!」


 おー、すごい!

 チアリーダーが大股広げてジャンプ!

 これこそチアだよなあ。

 アンダースコート丸見えで目の保養にもなるし。


 ──まず!


 ……くなかった。

 さっきみたいに勝手に体が動くかと思ったが。

 一樹にとってアンダースコートはパンツではないらしい。

 安心したので、このまま鑑賞しよう。

 鑑賞だとイヤらしい響きがする、観戦だな。


「We are cheerleader!」


 土台となってる子達が、立ったままの女の子を頭上へ掲げる様に持ち上げた。

 腕が真っ直ぐ伸びきった様は、まるで天に捧げるかの様。

 こりゃ二葉も腕っぷしが強くなるわけだ。


 いや、違う。

 二葉は「トップ」、つまり今持ち上げられてるポジションのはず。

 だけど今は違う子だし、それどころかどこにもいない。

 はて?


「みゃー」


 ──ん?


 足元の方から猫の鳴き声。

 見ると、虎柄の子猫が足元にまとわりついている。

 これが二葉の言ってた子猫か。


 まずいな、よりによってこんな時に。

 ほら、しっしっ。

 あっち行け。


「にゃあにゃあ」


 しかし猫は俺から離れない。

 それどころか太腿によじのぼり、顔を擦り寄せてくる。

 あっちいけってば!

 しつこい!


「ふにゃあああああああああ」 


 しかし猫は大きな鳴き声を上げ、思い切りじゃれてきた。

 なんでこうなる!


 あっ、思い出した!

 そういえばズボンのポケットにチーズ入れたままだっけか。


 背筋に冷たい物が走る。

 投げ捨ててしまえば猫から解放される。

 しかしそれはできない。

 そんなことしたら毒とも言いうる塩分たっぷりチーズを猫が食べてしまう。


 あああああああああああ!

 どうすればいい!

 もういい、とにかくこのまましゃがんでおこう。

 「何があっても」と言われたからにはそうするしかない!


 鳴き続ける猫を他所にして再び通風口を覗く。


 あれ? 誰もいないぞ?

 いや学生服の男子がこちらへ歩いてきてる。

 もう既に首から下しか見えないが。

 暗幕に隠れて男の姿が見えなくなった。

 しかし足音は聞こえる、しかもどんどん大きくなる……止まった。


 暗幕が上がった!?

 そこにはしゃがみこんだハチマキ姿の男。


「アニキ、そんなところで何してるの?」


「ふ、ふたっ、ふたっ、二葉!?」


 その男は二葉だった。

 さっき見たときは遠目で後ろ向きだったので全く気づかなかったが。


「猫がにゃあにゃあうるさいから何かと思えば……」


「な、何してるって──」


 お前がここに来いって言ったんだろ?

 言いかけて止まる。

 そうか、もう策とやらは始まってしまってるのか。

 え? でも猫は計画に関係ないとか言ってなかったか?


「──お前のそのカッコいい学ラン姿を眺めに来たんだともさ」


 と、とにかく返したぞ。


 二葉がにこりと笑う。


「褒めてくれてありがとね」


 あれ? そう言えばこいつって男装嫌がってなかった?

 なんでこんなに冷静なの?

 つか、この表情!

 まんまあのバスルームの時の笑顔じゃないか!


「ねえ、アニキ」


 二葉がつんつんと俺の後ろを指さす。

 恐る恐る後ろを振り向いた。


 そこにはチアリーダー達が俺を取り囲む様にして立っていた。

 しかも、指をポキポキと鳴らしながら。


「その褒め言葉に対する御礼は、これからたぁ~っぷりとさせてもらうね」


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