表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/178

25 1994/11/27 sun 出雲町内:あーんして

 玄関のドアを開けると、冷たく乾いた風が吹き付けてきた。

 いかにも晩秋の夜。

 頭を冷やすにはちょうどいい。


 オーマイゴッドへ足を向ける。

 こういうときは、ほとぼりが冷めるまで時間を置くのが一番だ。

 あそこなら雑誌の立ち読みもできるし。


 考えてみればケンカなんてどれくらいぶりだろう。

 五年? いやもっとか。

 そもそもケンカ相手といえば晴海だけだった。

 それこそささいなことでしょっちゅうケンカ売られては買っていた。


 おかげで妹の扱い方には長けた。

 その答えが現在やっていること、つまり放っておけば機嫌を直す。

 仮に直さなかった場合の秘策だってちゃんとある。

 晴海ともそうやって仲直りしてきた。


 案外ケンカって身内同士の特権なのかもな。

 他人相手だと後がめんどくさいから、基本しないし。


 しかし二葉が怒り出したのは意外だった。

 強気な物言いはしていても、根っこでは感情より理性が優る印象だった。

 例えどう見えようと、やはり人の子か。

 その怒りも俺のことを考えてくれてと思えば、喜べもする。


 一方で大きなお世話なのも正直な本音だ。

 二葉は北条について「自分の気持ちに気づかない振りをしただけ」と言った。

 しかしそれは違う。

 もしかすると好きなのかもしれないと、自分でも思ったことはある。

 でも本当にそうなら、ヘタレな俺でも動いたんじゃなかろうか。

 過去には振られたとはいえ、好きな子に告白をしたことくらいはあるんだし。

 その点でどこかモヤモヤしたものを抱えていた。


 だけど、二葉が口走った台詞ではっきりした。

 「据え膳」と言われても、見ない振りしたと言われても仕方ない。

 だったらどうして俺はそうしたのか。

 心の片隅に「誘えばうまくいくかも」くらいの思いはあったはずだ。


 それはきっと理屈じゃない。

 「こいつじゃない」という感覚なのだ。

 その証拠に、俺の末期の思いは「彼女作って童貞捨てたかった」。

 もし北条を好きだったら「北条に童貞を捧げたかった」じゃなかろうか。

 あるいはここが出雲町と気づいた時点で「もう北条に会えない」と思ったはずだろう。


 ただ、それ以外は二葉の言葉に頷くしかない。

 会いも話しもしない内から好きになるかなんてわかるわけがない。

 そこは一理も二理もある。


 あ、でも……そういえば……今気づいた。

 二葉は重要な点を見落としている。

 それは「こんなキモオタデブに落とされる女はいない」ということ。

 だからこそ、一樹は調教という手段を用いた。

 しかもそのきっかけは覚えているが、これまた結構不快な話だ。


 神の見えざる手は、俺に一樹と同じことをさせてしまうのだろうか。

 金之助と会った後の二葉に変化があったみたいに。

 冗談じゃない。

 そんな人間捨てた真似をするなら消滅以前に自害した方がましだ。

 もしかするとバタフライナイフは、そのためのアイテムなのかもな。


 言えるのは、どちらの案にしてもBを見つけないといけない。

 だったら当面は二葉の案に乗っかっておこう。

 それが合理的かつ賢明な判断だ。


 ふと上を見上げると、夜空には満天の星。

 言葉とか色んな要素からすれば、出雲町は東京近辺にある設定のはず。

 星なんて見えるわけがない。

 気づいてみると、田舎みたいに空気もキレイだ。

 やはりこの世界はどこかおかしい。

 だけど、こういうおかしさは歓迎だ。


 そういえば「上級生」をプレイした頃も、足の向くまま実際に散歩してみたっけ。

 街を好きにうろつく主人公を見てたら真似したくなったから。

 フィールドBGMも歩き出したくなる軽快な曲だった。

 こうして実際に出雲町を歩いてみると、何だか心が弾んでくる。

 出雲町に来てよかった。

 今この時だけは心からそう思う。


 そうだな……イヴの晩には再び夜の街を歩いてみよう。

 俺がこの先どこに消え失せるにしても、この星空と空気を忘れないために。

 明日からの生活にも全力を尽くそう。

 そして絶対に二葉のおしっ娘だけは回避してみせよう。

 きっと最後になるであろう散歩を心置きなく楽しむために。


                 ※※※

                 

 オーマイゴッド到着。

 店員は女の子からおっさんに変わっていた。

 胸には「店長」とネームプレートが付けられている。


 店長はスキンヘッドに太い眉、エラの張った顎とかなりいかつい。

 唇を囲む様に蓄えたヒゲが、ワイルドというよりも変態っぽさを醸し出している。

 さらにパーチャファイターのキャラとして出てきそうな筋骨隆々の体。


 そういえば、こんな外見だったなあ。

 コンビニ行くといつも出てくるんだ。

 ストーリーには絡まないしサポートキャラでもない、純然たる脇役。

 どうしてそんなのまで、こんな無駄に濃いキャラにするんだ。


 本売場へ。

 週刊誌系は情報収集のため腰を据えて読みたいから、今はスルー。

 マンガ──と一旦思うも、隣のエロ本コーナーが目に入った。

 というのも、エロ本が立ち読み防止の紐やテープで閉じられてないから。

 これまたきっと時代なのだろう。


 OL物を手にしてパラパラ眺める。

 細く長い足のラインやパンストの光沢を見ると一樹の気持ちがわからなくもない。

 この美しさと淫靡さは写真の中にとどめているからこそだろう。


 続いて女子高生物。

 モデルがはいてるのはルーズソックスばかり。

 元の世界でもルーズソックスは再び流行ってきてるが、紺のハイソっ子がいないところに時代を感じる。

 ルーズソックスって足首太くてもごまかされるのが嫌なんだよな。

 俺としては生地感がパンストに通ずるものがあるニーソックス推しなのだが、それこそ現実でニーソ履いた女子高生は見たことがない。

 疑問に思って生前の晴海に聞いてみたら「ハイソの方が清楚な感じするし、そもそも校則で認められてない」という、何の変哲も無い答が返ってきた。


 上級生にはニーソのヒロインがいない。

 まだニーソ萌えが普及していない時代のゲームだからだろう。

 一九九四年だと「絶対領域」というスラングすらないはずだ。

 せっかくの上級生の世界、ヒロインの誰かにニーソを履かせてみたい。

 きっとムリだけど妄想するくらいはいいじゃないか。


 さて小一時間程度は潰したし、そろそろ帰るか。

 レジに向かおう。

 目当ての物は……うん、ちゃんと売ってるな。


                  ※※※


 家に帰ると二葉はまだ部屋にいた。

 追い出される前と違うのは、ミシンを持ち込んで作業してること。

 そういえばパジャマ作ってくれるんだったっけ。


「ただいま」


「おかえり」


 二葉はこちらに顔も向けない。

 声も重苦しい。

 だけど挨拶を返してくれる程度には落ち着いてくれたらしい。

 ならば、あとは秘密兵器が役に立つ。


「『うさまん』買ってきたけど食べるか?」


 その瞬間、二葉の目の色が変わった。


「食べる!」


 そう言った時には既に飛びついて、うさまんをひったくっていた。

 妹は食べ物に弱い。

 何かあっても好物を与えておけば、まず万事解決する。

 でもまさか、ここまで好きだとは。


 うさまんはその名前の通り「うさぎ」の顔を模した形の中華まん。

 一体どんな味がするんだろう。

 自分のも買えばよかったけど、財布の中にそんなお金はなかったし。


「アニキも食べる?」


 そう言いつつ、二葉は既にうさぎの耳をちぎって差し出していた。

 そんなに物欲しそうな目をしてたのかな?


「いや、大好物なんだろうし一人で食べろよ」


「『美味しい物は二人で分け合った方がもっと美味しく食べられる』って北条さんも言ってたでしょ。あれって世の中の真理だと思うよ」


 そういう……ものだな。

 すき焼きだって独りで食べるより二人で食べた方が美味しいし。


「それじゃいただくよ」


「じゃ、目を瞑って」


「へ?」


「いいから」


 言われた通りに目を瞑る。


「あーんして」


 恥ずかしいわ!


「自分で食べるから寄越せ!」


「いいから」


 軽くなっていた二葉の口調が再び重くなる。

 せっかく直った機嫌を損ねたくない。

 仕方ないので、あーんする。


 二葉が口の中に耳を入れてきた。

 柔らかいふわふわした中華まん特有の感触。


「思い切り噛みしめて」


 言われた通りに──!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「吐き出したら怒るからね、よーく噛んでから飲み込んでね」


 な、な、なんだこれ。

 問い詰めたくとも喉がやられてしまって声が出ない。

 舌はひりひり、体中から汗がだくだく。

 目にも鼻にも刺すような刺激がくる。

 それらを誤魔化すために、俺はひたすら飛び跳ねてしまっている。


「そうやってうさぎみたいにぴょんぴょん飛び跳ねるしかなくなるのが名前の由来。なんたって中身はハバネロタバスコをゼリー状にしたものだからね」


 辛い、とんでもなく辛い。

 しかし二葉は平然とぱくついている。

 お前は人間か。


「慣れるとこの刺激がたまらないんだよ。汗もかくからダイエットにもいいって、出雲学園の女子には大人気なんだ」


 まるで心を読んだかの様に二葉が的確な答えを返してくる。

 と言うか、出雲学園の女は絶対に味覚がおかしい。

 俺は普通の味覚を持った人間だ!


「みんな普段美味しい物ばかり食べつけてるから、たまにこうしてジャンクな味を楽しみたくなるんだってば」


 だから人の心を読むな。

 俺じゃなくとも同じこと思うはずだから予測はできるだろうけど。

 大体、何の因果でこんな目に!


「色々と隠してた罰だよ」


 へ?

 飛び跳ねるのがおさまったはいいが、立つのが辛いので壁に手をつく。

 すると二葉は、自らの頭を胸に預けてきた。

 一体どうした。


「アニキのこと何にも知らないで『助けてくれるよね』とか、『消えろ』って言ってた様なものじゃんか……あたしってただの極悪人じゃんか」


 なんだ、そんなこと気にしてたのか。

 知らないんだから当然だし、バカくさい。

 しかしそう思っても言葉には出せない、それ以前に出ない。


「あたしのおしっこなんて……いざとなれば……アニキの命に比べればどうでもいいんだから……処女だって……いつかはどうせ失うんだし……」


 そこは譲れない。

 今度はしゃべれなくてよかった。


「まさか消えちゃうなんて思わなかったから……望みがあるなら捨てて欲しくないから……満足しちゃわない様にすき焼きもやめて……」


 声が涙混じりになってきた。

 まいったな。

 言葉が出ないので、代わりに手で二葉の頭を撫でる。

 しばし二葉はされるままになっていたが、手を優しく掴み頭からどけた。


「取り乱しちゃってごめん。それじゃ話を続けようか」


 顔を上げた二葉はやんわり微笑んでいた。

 うん、よかったよかった。

 本当によかった。

 一件落着したところでマジックを手に取り、ポスターの裏側に書き殴る。


【その前に水よこせ】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 凄い上手です。暇潰しに読む物でも無い気がしますが、この時間帯ですので目的はそれなんですけど。二葉が可愛い頭脳派って魅力的だし、泣けました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ