24 1994/11/27 sun 自室:な、な、何を言い出す
はあ? いったい何を言っている。
誰が見たって正解は一目瞭然だ。
俺達が目指すのは、二葉が誰とも結ばれないこと。
つまり、二葉とAの攻略失敗か金之助とBがくっつくパターンしかない。
そして両者を比較すると、方法論として優るのは明らかに後者なのだから。
前者は、条件を充たした時点で金之助の動きを止めればいい。
それ自体は方法論として成り立つ。
しかしこの世界の金之助は俺の操るキャラではない。
彼の動きを止めたければ、実力をもって制止するしかない。
例えば、金之助を睡眠薬で眠らせ続けるとか、人里から離れた廃屋に拉致するとか。
そんなの俺だと返り討ちがオチだ。
もしくは誘拐犯や監禁犯として警察に捕まるか。
後者は、例えBがレアキャラだろうと出雲学園の生徒なのは間違いない。
だったらフラグの問題は別として、探すだけならどうとでもなる。
見つけてしまえば、あとは二人を引き合わせてくっつければいいだけ。
金之助を拘束したり拉致したりするよりは、はるかに現実味がある。
こんな簡単な理屈、二葉にわからぬはずもないのだが。
まあいい、俺はアニキでオトナ。
ここはそれらしくどっしりと構えて問うてみよう。
腕を組み、足を広げて仁王立ちしてみせる。
「聞いてやろう。理由を言ってみろ」
「デブが偉そうに振る舞うと冗談に見えないからやめた方がいいよ」
「いいから説明しろ!」
中の人はデブじゃねえよ!
すましてるお前の方がよっぽどえらそうだよ!
「説明する前に、あたしからアニキに聞きたい」
「ん?」
「実効性の問題は置いとくとして。なんで金ちゃんとBさんくっつけるか、あたしとAさんの攻略阻止のパターンしかないの? 一言で理由を述べて」
全部わかってるんじゃないか。
だったら、どうしてわざわざ聞くんだ。
しかも「理由」なんて、改まって口にするのも気恥ずかしい。
しかしすぐに二葉の方から、その答えが発せられた。
「『二葉を助けられるから』だよね。それでアニキはどうするのさ」
「どうするって?」
「あたしの耳にはここまでの話、アニキが消滅するのを前提にしてる様にしか聞こえなかったんだけど。違うのかな?」
口に出してはっきりと聞くか?
普通そういうのは暗黙の了解にしておくだろう。
それこそ「二葉を助けたいから」どころじゃない。
口幅ったくて言葉にできるか。
二葉はさらに続けてきた。
「どうせアニキの考えてることなんか、『二葉がおしっ娘回避できて、一樹が戻ってくれば万事解決。俺は消えちゃうけど、自分を犠牲にして二人を救うのってカッコイイから三人全員ハッピーエンドだぜ。ヒャッハー』ってとこでしょ」
「なんでそこまで具体的にわかるんだよ」
さすがにヒャッハーなどと子供じみた言い回しはしないが。
「丸二日一緒にいて濃密な時間を過ごした上に、飾り気のない本心を三日分聞かされたんだもの。アニキがどういう人かくらいわかります」
ちっ、全部イジラッシのせいだ。
ここは開き直るしかない。
「だったらどうだっていうんだよ」
二葉がふんと鼻を鳴らす。
「だっさ」
冷たげにさっくり言い放ちやがった。
その分はっきりとした侮蔑が伝わってくる。
「お前……俺が誰のために頭絞って動こうとしてると思ってる……」
自分でも口にしたくない恩着せがましい台詞。
しかし本来なら怒鳴りつけたいところを抑え込むのが精々だ。
この場この時にこんな態度とられてむかつかない人間なぞいない。
「そういうのを大きなお世話って言うんだよ。悲劇に酔ってるだけじゃん」
「助けてって言ったのはお前だろうが!」
「そりゃあたしはアニキの事を危篤で植物状態、この世界の次に行くのは元の世界か天国だと思ってたから」
「消滅の可能性も考えてたはずだ」
「考えるのと実際に聞くのとでは違う!」
逆ギレしやがった。
マジむかつく。
どこまでもむかつく。
だけど俺までヒートアップに付き合ってはダメだ。
「今度は俺が聞かせてもらう。どうしてクエスチョンマークが最善なんだよ」
内容が判明してないのだから選びようもないだろう。
しかし二葉はけろっと言い放つ。
「あたしとアニキが二人とも助かる可能性はそれしかないから」
「可能性って。『当たるも八卦、当たらぬも八卦』じゃ通らないぞ」
二葉が首を振る。
「クエスチョンマークは順に『なし、なし、一樹』。あたしなりの根拠もあるよ」
「じゃあ説明してもらおう」
根拠があるというなら、まずは聞く。
否定するのはいつでもできる。
「まず、BさんはあたしやAさんより上位の存在なんでしょ? だったらBさんのエンドはあたし達のエンドに左右されないから、そこは一樹と断定できる」
言われてみれば、そういう考え方は確かに可能。
蕩々とした自信ありげな二葉の態度に、そう思わされてるのかもだが。
「じゃあ二葉達については?」
「マジック貸して」
二葉がポスターの裏にキュッキュッと書き始める。
【二葉&Aの攻略が一定ラインまで進行
→Bの攻略が可能になる
B攻略→二葉とAの全フラグは消される
B失敗→?】
書き込みのスペースは後で説明を付け足すつもりなのだろう。
「アニキの説明をフローチャートにするとこうなるよね。だからBさんが失敗した場合の二人の結果が不明に思える。ここまではいい?」
「うん」
「でもこのフローチャートは間違ってる。正確には足りないところがある」
二葉が加筆していく。
付け加えられた部分は()で閉じられている。
【二葉&Aの攻略が一定ラインまで進行
→Bの攻略可能フラグが立つ
(ここで分岐)
(ⅰ 金之助が二葉かAを攻略する→Bの攻略可能フラグ消滅)
(ⅱ 金之助が二人の攻略保留状態→Bの攻略可能フラグ継続)
(ⅱの場合さらに分岐)
B攻略→二葉とAの全フラグは消される
B失敗→(金之助は二人のどちらかを攻略可能な状態のまま)
(=パターン2、二葉とA二人だけの場合と同じになる)
「こう考えるのが自然だと思うんだけど。Bさんの攻略失敗によって、あたしとAさんのフラグに影響を与えうる外部要因は消滅する。だったらプログラム的にはパターン2と同じになるはず」
「なんかよくわからんのだが」
「簡単に言えば、Bさんの決着ついたら元に戻りますってだけだよ。もしBさんの攻略に期限がないなら、攻略失敗をイヴまで引き延ばせば、あたしとBさんはパターン2と同じ論理で相手がいないままエンドとなる。これがあたしなりの根拠」
「お前、すごいな」
よくあれだけの話から、これだけの論理を導き出せるものだ。
「ありがと、でも不安材料もある──」
マジックでコンコンと【(=パターン2、二葉とA二人だけの場合と同じになる)】と書かれた部分を叩く。
「──ここ。Bさん失敗でパターン2じゃなく別の流れが用意されてる可能性はある。その場合は金ちゃんが攻略失敗した場合、あたしかAさんのどちらかが華小路とくっつくんだろうね」
「どうして?」
「Bさんの攻略可能フラグが立つ時点で、あたし達二人と華小路の関係も進んでるはずだもの」
「ありえなくはないけど、結局はエロゲーだぞ。そこまでのプログラム組むかなあ」
「あたしもそう思う。だから負う価値のあるリスクだと思うんだけど、どうかな?」
二葉が総括しようとしている。
つまり「これならアニキは消滅しなくてすむよね」と言いたいのだ。
また、寝ぼけた事を言ってるんじゃないことも納得した。
「お前の主張は筋も通ってるし正しいと思う」
「でしょう、だったら──」
「だけど一つ重大なことを見落としている。俺にその選択肢はとれない。好きでもない女を口説きたくもないし結ばれたくもない」
「はい?」
絶句して固まった。
その間に俺が言葉を続ける。
「俺とBがENDを迎えるのはそういうことじゃないか。まして調教なぞとんでもない。それくらいなら消滅した方がましだ」
「……正気?」
二葉が声を絞り出す様に問うてくる。
「正気だとも。伊達に童貞守って死んだわけじゃない。ここで主義主張を曲げるくらいなら、それこそあの死はなんだったのか」
「気持ちはわかるけど折れようよ。調教だって逃げ道があるかも──」
「これは二葉のためでも一樹のためでもない。だから文句は言わせない」
世の中正しいからといって正解になるとは限らない。
人間には心というものがあるのだ。
二葉も大人になればわかるだろう。
二葉は黙りこくっている。
俺の身を案じてくれたのは嬉しいんだけどな。
さて、振り出しに戻って話を続けるか。
──ここで二葉の叫びが耳をつんざいた。
「ふざけるなあああああああああああああああああああああああ!」
な、な、な、なんだ。
二葉が捲し立ててくる。
「死んだ死んだってうるさい! この世界じゃまだ生きてるでしょうが! だったらこの世界で彼女作って童貞捨てればいいじゃない!」
「な、な、何を言い出す」
しかし俺の言葉は二葉の耳に届かない。
「何が『好きでもない女を口説きたくもないし結ばれたくもない』よ。もしかしたらBさんを好きになるかもしれないじゃない。会いもしない前から何言ってるの」
「お前こそ何言ってる。好きだから口説くし動くんだろうが」
「据え膳な北条さんだって動かなかったくせに。それで『ああ童貞捨てたかった』? ちゃんちゃらおかしくて笑っちゃう」
「北条の話は関係ないだろ。そのバカにした様な薄ら笑いはなんだよ」
「バカにしてるんだよ」
こいつ……。
「お前に俺の気持ちがわかるか!」
「わからないね。童貞守るのは好きな人に捧げるための手段でしょうが。それが目的になっちゃってどうするのよ」
「さっき『気持ちはわかる』って言ったばかりだろうが!」
「いつ、何時何分何秒に言いました? 証拠は全然ありませーん」
「ガキか」
「ガキで結構。アニキこそオトナって前にオトコでしょうが。運命に抗ってみせよう、足掻いてやろうって気概くらい見せたらどうなの?」
「大きなお世話だ。そんなの金之助に会った後泣きそうな顔してた奴に言われたくない!」
「こっちこそ大きなお世話よ……ああもういい! 出て行け! 今すぐ部屋から出て行け! 家から出て行け!」
二葉はドアを開けるや、体当たりする様に押してきた。
その勢いで俺は外の廊下に。
「待てよ! ──っぷ」
ジャージの上着を顔に投げつけてきやがった。
すぐさまドアがバタンと閉まり、怒鳴り声が聞こえてくる。
「うるさい、うるさい、うるさい。アニキなんか一樹に戻っちゃえ!」
だからそうしようとしてるんだが。
お前は何を自爆している。
しかし皮肉は口から出なかった。
ドアで遮られたせいなのか、廊下が冷え込んでいたせいなのか。
理由はわからないけど熱気が一気に引いてしまった。
やっちまったなあ……我ながら大人げない。
いくら売り言葉に買い言葉とは言え。
こうしていても仕方ない。
外へ散歩に出かけよう。




