23 1994/11/27 sun 自室:おしっ……むすめ?
マジックのキャップを外し、ポスターの裏にお題を書く。
ポスターの裏はツルツルしていて実に書きやすい。
この書き心地なら、筆だけでなく頭も滑らかに働こうというものだ。
【二葉がおしっこを回避する方法について】
うん、我ながら実に見事なタイトル。
情報機関における文書のタイトルは一目見て内容がわかるのが肝要。
お偉いさんは忙しくて一分とかしか説明時間取れないのもざらだから。
タイトル付けにはちょっとした自信がある。
俺が元の世界でスパイというのもばれたことだし、少しはそれらしいところを見せておかないと。
「そのタイトル、もう少しどうにかなんない?」
二葉は何やら不満げ。
まだ何か足りないのか……。
そうか、おしっこの「こ」の上に【×】を記して書き換える。
【二葉がおしっ娘を回避する方法について】
これで完璧。
「おしっ……むすめ?」
「娘」を「こ」と読む習慣って、この時代にはまだないのかな。
「これで『おしっこ』と読む。『○○っ娘』と表現することによって、直観的にそのヒロインの特徴を読み手に伝えることができる」
「はあ……」
二葉が興味深そうに聞いている。
類義語としては「眼鏡っ娘」、「ドジっ娘」、「ボクっ娘」。
「確かにおしっこを回避するだけじゃ意味がわからないよな。今回検討しないといけないのは、あくまで二葉がおしっこヒロインにならずにすむ方法。だからそれをタイトルの中に情報として織り込まないといけない」
「はあ……」
二葉が説明に聞き惚れている。
「理解してもらえたなら説明を続けるぞ」
「ちょっと待って」
二葉がベッドから立ち上がり、俺の手からマジックをひったくる。
すぐさま「おしっこ」の上に二重線を引いてタイトルを書き換えた。
【二葉がバッドエンドを回避する方法について】
「話さえぎってごめんね。説明続けてくれる?」
俺のタイトルの方が具体的でわかりやすいと思うんだけどなあ。
「二葉のバッドエンドに絡むヒロインは二人。パターンとしては二葉を基準として三通りに分かれる」
「三通り? 四通りじゃなくて?」
計算上は、二葉単独・二葉&A・二葉&B・三人全員の四通りとなる。
「攻略の関係上、パターンの一つが存在しえない。ヒロインAとBとするなら、ヒロインBは二葉とヒロインAの同時攻略が必須になるから」
「Aさんを除いた、あたしとBさんの組合せが存在しないってことね。了解」
「じゃ、各パターンについて説明する」
マジックでキュッキュッと記す。
【パターン1 二葉しか攻略が進行してない場合
攻略の可否 二葉の相手
○ → 金之助
× → 一樹】
「これが基本かつ現状な。もし攻略に失敗すれば、一樹が二葉を寄り添わせて金之助の前に現れる」
「それって現れるだけ……なわけはないよね」
「もちろん。ゲーム内では具体的に明かされないけど、何が起こったか二人を見れば一目瞭然だし、他のヒロインのバッドエンドからも推測できる」
二葉が不思議そうな顔をする。
「アニキの言い回しが妙に引っ掛かるんだけど……」
「引っ掛かる?」
「今更もってまわった言い方する必要ないじゃない。アニキなら、はっきりと『二葉がおしっこした』って言いそうだからさ」
「鋭いな」
どうして「アニキなら」かはともかく、できれば隠したい事情があるには違いない。
今更隠すつもりもないが、二葉が取り乱す可能性を考えたら後回しにしたい。
「先に全体像を説明してから話すよ」
「わかった。もう一つ聞きたいんだけど」
「ん?」
「例えば金ちゃんがあたしの攻略失敗したとして、その後家から一歩も出ないとする。だったら、あたしと一樹の寄り添うところは見ないんじゃない?」
「観察者がいないってだけで生じる現象は変わらないだろ」
「それもそうね……」
二葉が大きく溜息をついて肩を落とす。
「次はヒロインの一方、Aについて説明する」
パターンをポスター裏に記す。
【パターン2 二葉とAの攻略が同時に進んだ場合
Point
1 二人の同時攻略は不可能
2 Aを攻略するためには二葉の攻略も同時に進める必要がある
→途中でどちらかに絞る必要がある
3 二葉の遊園地でのフラグを立たせないと、Aは攻略失敗扱いにならない。
→パターン1と同じになる。
攻略の可否 二葉の相手 Aの相手
二葉○ A× 金之助 華小路
二葉× A○ 華小路 金之助
二葉× A× なし なし →ただし要注意】
「このパターンでは、さっきの一樹が華小路に変わる。お前が大噴水したことは、華小路が金之助にほのめかして自慢することからわかる」
「華小路ってバカ?」
二葉が呆れた調子で言い放つ。
ベッドでの話を他の男にするなど、現実世界ならまさにバカ。
しかし話が脱線しかねないのでスルーする。
「俺が思うに、このパターンが回避するのに一番現実味があると思う。そしてほっといてもこのパターンになるのが一番可能性高い」
「ほっといても?」
「ヒロインBはレアキャラなんだ。詳しくは後で話す」
二葉が頷いてから口を開く。
「図を見る限りではさ、あたしが遊園地でのお漏らしさえ割り切れるなら最悪の事態は免れられる。そういう理解でいいの?」
「うん」
「本気で勘弁してほしいけど、金ちゃん相手に最悪の形で処女失うよりはましね……だったら簡単な話じゃない?」
「そうとも言えない。と言うのが、遊園地事件以降に二葉のフラグを折れば、今度はAとのエッチフラグが立ってしまう」
「だったら、あたし×でAさんも×の組合せは存在しないじゃない」
二葉が目を細め、口の片端を歪ませる。
いかにも機嫌悪げ。
「だから【要注意】と書いてるだろう。ヒントはイジラッシ」
「イジラッシさん?」
「Aとのフラグを立てた後で、例えばイジラッシに頼んでイヴまで時間を進めてもらう。そうするとエッチイベントを消化する時間がないからAも失敗扱いになるんだ」
これは家に閉じこもったり、ひたすらバイトしたり、ゲーム本来の趣旨を逸脱した行動をとればいい。
イジラッシに頼むのはその中の一つの方法にすぎない。
「わかった様な、わからない様な……それでどうして二人とも失敗したのがわかるの? 金ちゃんが見てないだけで、やっぱりあたしと華小路がくっついてるんじゃないの?」
「これによって、金之助がどちらも選ばなかったことで二人から同時に殴られるというフラグが立つから。そういう隠しグラフィックがあるんだ」
そうじゃなければそんな面倒なプレイはしない。
「上級生」は凝っていて、あるヒロインを攻略しても当該ヒロインの画像がコンプリートできるとは限らない。
だから真の意味でコンプリートするにはかなりのやり込みが要求される。
「話はわかったけど……それって対処しようがないよね……」
二葉が言い淀む。
「どうして?」
「これがゲームならプレイヤーがそうすればいいってだけ。でも金ちゃんが本人の意思で行動してるのを防ぐ術はないんだもの」
「でも可能性がないわけじゃない。その方法はきっとあるし、俺が探す」
自信満々に言い切ってみせる。
根拠? まったくない。
だけど妹に不安を与えないためにはそうしてみせるのが兄というものだ。
それにイジラッシの話からすると、可能性自体は間違いなく存在するのだから。
「じゃあ頼りにしてるね」
「おうともさ。次はBいくぞ」
【パターン3 二葉とAとBの攻略が同時に進んだ場合
Point
1 AとBと二葉の同時攻略は不可能
2 Bを攻略するためには二葉とAの攻略を同時に進める必要がある
3 Bはレアキャラ
4 Bを攻略した時点で二葉とAのフラグは消去される。
攻略の可否 二葉の相手 Aの相手 Bの相手
二葉○ A× B× 金之助 華小路 一樹
二葉× A○ B× 華小路 金之助 一樹
二葉× A× B○ なし なし 金之助
二葉× A× B× ? ? ?】
「改めて聞くけど、レアキャラってのは?」
「ゲーム開始一定期間内かつ特定の時間帯に、マップ上の特定の場所に行かないと現れない。残念ながらそこまでは覚えてない」
攻略本無しにそれを探し出すのは、砂漠に落ちた針を探す様なもの。
今回はゲームと違ってプレイのやり直しができないのだから尚更だ。
「Bさんの攻略って難しそうね……」
「Bは一年生だからな。『上級生』の名前通りメインヒロインの一人、言ってみればお前やAとはヒロインの格が違うってことだ」
「上級生」はヒロインの格が上がるほど、攻略が難しくなっている。
つまりメーカーが定めた格付けは、高い方からB、A、二葉の順となる。
「そんな格などいりませんよーだ」
二葉がいーっと舌を出してみせる。
バカにするつもりで言ったんじゃないんだけどな。
「実際のプレイヤー人気は違うよ。A、二葉、Bの順に人気ある」
「アニキはどうだったの?」
嫌なこと聞くなあ。
「三人とも同じくらい好きだったよ」
「ふーん」
そんなどうでもよさげな返事するなら聞いてくるなよ。
実のところは人気通りA、二葉、Bの順だが、このくらいの嘘は許されるだろう。
ただし、Bは好き嫌い以前の問題。
なんせBがどんなキャラでどんなフラグだったか殆ど覚えてないから。
Bについては攻略本を片手にしながらの攻略だった。
そのせいで肝心のストーリーがそっちのけになってしまったのだ。
Bの人気の無さは、他のプレイヤーも俺と似たようなものだからではなかろうか。
「そういえば!」
二葉が何か思い出した様にすっとんきょうな声を上げる。
「どうした?」
「アニキが言いたくなさそうだった、あたしと一樹のエンド聞かせてくれる?」
ああ、そうだったな。
「じゃあ説明するけど……いいか、最後まで怒らずに聞いてくれ」
「場合による」
嫌な返事だが、スルーしよう。
「まず、一樹とBの関係。金之助がBの攻略に失敗した場合、Bは一樹に調教されるんだ。これは金之助が攻略する過程でBから打ち明けられる」
「ちょっと! 何それ!」
立ち上がり、大声で怒鳴る。
だから怒るなと前置きしたのだが……無理だよな。
怒りを覚えて当然の行為、しかも血を分けた兄なんだから。
「気持はわかるけど落ち着け」
二葉が胸に手を当て、深呼吸してから問うてくる。
「でも一樹って生身の女に興味なかったんじゃなかったの? 少なくともゲーム内ではそう見えるって話だったよね?」
「だから調教なんだよ。意思がなく自分の思い通りになるヒトは人形と変わらないだろ。実際に、一樹は『恋人』ではなく『ラブドール』と呼んでる」
「サイテー……」
その語尾はほとんど掠れ気味。
反射的に呟いただけで、絶句したという表現の方が的確だろう。
「追い打ちかける様ですまない。仮にBが悲劇を免れたら、代わりにお前が生贄となる。それがさっき言い淀んだ二葉と一樹のバッドエンドだ」
「ごめん、正直言って信じられない……」
「でも、そんな状況でもなければ、一樹の上で大噴水するなんてありえないだろ?」
「確かに……そうだね……」
つまりは人格崩壊。
実際に雑誌の記事で読んだ開発者談話によれば、Bについては「口から涎、股から謎の液体」という上から下まで垂れ流しの人格崩壊エンドを用意してたらしい。
ただそこまでいくとドン引きして、劣情より生理的不快感の方が先に立ちかねない。
そう判断したため表現を抑えて自粛したという話だった。
またプレイヤー達もそれで正しかったと評価している。
「上級生」が大ヒットを記録したのは、純粋なエロゲーとしてより、甘酸っぱい恋愛ゲームとしての側面が評価されてのもの。
もし人格崩壊エンドなんて用意しようものなら、歴史に残る名作どころかクソゲーの烙印を押されていただろう。
ショックだったのだろう、すっかりうなだれている。
一息入れるべきか。
しかし二葉は説明の続きを求めてきた。
「ごめん、話続けて」
「大丈夫か?」
二葉が顔を上げ、弱々しげながらも笑顔を見せる。
「嫌なことは最初に済ませる主義なんだ。だからお願い」
「わかった。ここでは四番目のポイントが重要。Bとのハッピーエンドを迎える場合には、例外的に二葉とAのフラグが打ち消される。わざわざ時間を潰す必要もない」
「どうしてそういう例外になってるんだろ?」
「Bの攻略が難しいからこそENDはすっきり締めたい、というのがメーカー側の思惑だったらしいけどな」
「図の最後のクエスチョンマークは?」
「覚えてない。正確には、このパターンがありうるかすらわからない。これで説明終わり」
二葉がふんふんと頷く。
「もう、結論は見えてるじゃん。あたし達はBさんを見つけて金ちゃんに教えればいい」
「見つかりさえすればな。その上で金之助とBをくっつけるのが最善の方法だから」
「何言ってるの?」
いかにも呆れた口調。
「何言ってるも何もないだろう。見たまんまじゃないか」
「最善なのはそのパターンじゃない」
「じゃあ何だよ」
二葉は間髪入れず、きっぱりと答えてきた。
「クエスチョンマークのところ。つまり金ちゃんの攻略をヒロイン三人全員について妨害することだよ」
【後書き】
本話のパターン1~3の表について
PCとスマホは大丈夫だと思うのですが、ケータイだと読めるかどうか当方ではわかりません。
読めなかった時のために、文章でこちらに表の内容を記しておきます。
パターン1
金之助が二葉の攻略に失敗した場合、二葉の相手は一樹になる。
パターン2
金之助が二葉を攻略した場合、Aの相手は華小路になる。
金之助がAを攻略した場合、二葉の相手は華小路になる。
金之助が双方の攻略に失敗した場合、二葉とAの相手はいない。
パターン3
金之助が二葉を攻略した場合、Aの相手は華小路、Bの相手は一樹
金之助がAを攻略した場合、二葉の相手は華小路、Bの相手は一樹
金之助がBを攻略した場合、二葉とAの相手はいない。
金之助が三人の攻略に失敗した場合、三人の相手は不明。




