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18 1994/11/27 sun 出雲町内:りあじゅう?

 学園を出てからは、ゆっくりと歩く様な速度で走り続ける。

 いわゆるスロージョグ。

 先導する二葉が「あそこはね……ここはね……」と町内スポットを案内してくれる。


 しかし……おなかすいた。

 無理もない。

 燃費悪そうな体な上に、朝からずっと動き回っているのだから。

 腕時計は一二時を回っている。


「二葉、お昼にしないか?」


 前方を走る二葉が左肘を上げ、頭を僅かに傾ける。


「そうね。じゃあコンビニ行こうか」


「コンビニ? どこかで外食じゃなくて?」


「運動してすぐの食事って消化によくないから、栄養バー買う」


 マジかよ。

 昼飯くらいまともに食べようよ。


「あの……二葉さん」


「何?」


 二葉が振り向きもせず返事を寄越す。

 「さん」付けに対するツッコミもない。

 恐らく続く質問を予測しているからだろう。


「俺としてはつゆだくの牛丼に生玉子と山盛りの紅ショウガを落として、するするっと胃袋に流し込みたいのですが」


「却下」


 冷たくあっさりと一言で流しやがった。


「もう少し物の言い方あるだろ」


「じゃあ『女の子を牛丼屋に誘うとかありえない』でも、『せっかく燃焼したのにそんなカロリー爆弾食べてどうする』でも、お好きな理由でどうぞ」


 「女の子を牛丼屋」が「ありえない」とまで言われるほどのものか?

 北条とは日頃から一緒に行ってるし、店内でも女性客はちらほら見るけど。

 時代が違うのか、それとも俺の感覚がおかしいのか。


 ……追求するのはヤメよう、多分どっちもだ。


 二葉が足を止めた。

 目の前にはごくごく普通のありふれたコンビニ。


「着いたよ、コンビニ『オーマイゴッド』」


 ただし普通なのは看板に書かれた名前を除いて。

 それは珍しいとかそういう意味ではない。


「プレイしてる時も思ったけどすごい名前だよなあ」


「『すごい』ってどういう意味? 珍しいとは思うけど普通の名前じゃん」


 興味津々そうに聞いてくる。

 うーん、どうするか……まあいいか。

 どうせ似た様な機会はこの先も訪れそうだし。


「二葉って英語得意そうだよな?」


「一応話せるよ」


 「得意?」と聞いて「話せる」と来た。

 何となくわかっちゃいたけどむかつくなあ。

 こいつって属性だけなら完璧系統のメインヒロインでも通用するんだろうに。

 それがサブヒロイン扱いというのも悲劇といえば悲劇だ。


「店名をネイティヴ発音で叫んでみ」


「叫ぶ?」


「そそ、ハードロックバンドがシャウトするがごとく引き延ばし気味に全力で」


 二葉が大きく息を吸ってから声を張り上げる。


「オーマーィゴゥー!」


「四文字の放送禁止用語に聞こえないか?」


 二葉の顔が真っ赤になった。

 うつむいて拳を握りしめ、肩をわなわなと震わせている。


「この言葉だけは使いたくなかったけど……ずっと我慢してたけど……」


「ん?」


 二葉が頭を上げる。

 その表情は怒っている様にも泣いている様にも受け取れた。


「死ね! 今すぐ死ね! どこまでセクハラすれば気が済む!」


「だって聞いてきたから」


「そのまま説明すればいいじゃん!」


「だって俺は英語苦手だから。多分わかってもらえないだろうと」


 俺の高校時代の英語の偏差値は二五。

 「名前を書けば合格る」と言われている大学すら落ちた。

 恐らく俺の字が汚すぎて名前が読めなかったのだろう。

 最終的に合格したのは、数学だけで受験できた学校。

 現在は仕事で必要だからマシになったが、天敵なのは相変わらずだ。


「まったく、何考えてるんだか……」


「俺はここがエロゲーの世界というのを理解して欲しかっただけで……」


「もう十分すぎるほど理解してます! 中に入るよ!」


                 ※※※


 店内も至って普通のコンビニだった。

 あえて言うならレジの女の子がかわいいくらいか。

 知らない顔だからヒロインではないけど。


 そう言えば道ですれ違った女性は、ここまで全員がかわいいか美人の形容が似つかわしい人ばかりだった。

 この辺りがこれまたギャルゲーらしい。

 自分を棚上げして「女は顔だ」とまで言うつもりはないが、少なくとも金を払ってまでブスを見たくないのは確かだ。

 さっき若杉先生が二葉の事を「クラスで五番程度」と言ってたのも納得がいく。

 もし俺の中学高校にいれば間違いなくダントツの一番人気だが、周囲がそんな女性ばかりだから相対的にそうなってしまうのだろう。


 ──ぐっ、腰縄が食い込む。


「早く来なさいよ」


「店内くらい放してくれよ」


「むしろ首輪に付け替えたい気分ですけど?」


 物言いがきつくなったなあ……元々きつい顔だから尚更きつく感じる。

 あーあ、要らない事言うんじゃなかった。


「そうだ。そう言えば俺は金持ってないぞ」


「えっ? お財布は持ってきてたよね?」


 二葉が驚きの表情を見せる

 何がそんなに意外なんだ?


「財布はあるけど、中には三〇〇円ちょっとしかない」


「おかしいなあ、お小遣い渡したばかりのはずなんだけど……まあいいや。ここはどっちみち食費から出すつもりだったから安心して」


 この台詞からすれば、二葉が家計を預かっているのが窺える。

 兄妹二人についてのみだろうが、両親からはそれだけ信頼されているのだろう。

 どうせ恥をかきついでだ、これも申し出てしまえ。


「それで悪いんだけど──」


「ああ、へそくりから何とかするよ。帰ったら渡す」


 俺が言い切る前に二葉が遮って返事する。

 こうやってさり気なく俺の顔を立ててくれるところとか、基本的には優しいし気が効くヤツなんだよなあ。

 さっき怒らせたのはやはり俺の自業自得か。


「ごめんなさい」 


「いいってば。アニキが無駄遣いしたわけじゃないし、先立つ物ないと困るからね」


 つい謝罪の言葉が口をついてしまったが、そっちの意味じゃないんだけどな。

 ただ、張り詰め放しだった腰縄は緩んでいる。

 どうやら機嫌を直してくれたらしい。

 俺が殊勝な態度に出たからか。

 それなら結果オーライでいいや。


 二葉がまず向かったのは飲み物売場。

 野菜ジュースを二つ手にする。

 野菜ジュースは俺みたいな独身男性の味方。

 売れ筋商品のはずだが、元の世界と比べるとラインナップがかなり少ない。

 続いて食品売場でカロリーメイツと書かれた箱を買い物カゴへ。


 レジで精算待ちの二葉はあらぬ方向を見つめている。

 視線の先には中華まんの入った保温器。

 保温器には【「うさまん」入れたばかりです】と貼り紙がしてある。

 うさまんって何だ?


「会計済んだよ、出よ」


                  ※※※


 コンビニの店先でカロリーメイツを開封。

 もそもそして食べにくいのを野菜ジュースで流し込む。

 ……ああ、何て味気ない食事。


 頭をこつんと叩かれる。


「そんな不満そうな顔しない。牛丼の代わりに夜はすき焼きにしてあげるから」


 その言葉を心から嬉しく思ってしまう自分が悲しくなる。

 一回りも年下の子からすき焼きをダシに慰められるなんて。


 でも考えてみたら、ここしばらくすき焼きを食べた記憶がない。

 男同士だと焼肉には行っても鍋系統の店はなかなか行かない。

 特にすき焼きなんて、思いつくのは老舗の高級店しかない。

 そんな店使うなんてデートか接待くらいのもの。

 独り者には縁遠くなるわけだ。


 ……すき焼き一つでこれだけ落ち込ませられてしまうなんて、俺の人生は一体何だったんだろう。


「アニキ、何を落ち込んでるの? まさかすき焼き嫌い?」


「いや、大好物だけど……一ヶ月後はもう食べられないのかなあって」


 二葉が吹き出してから腹を抱えて笑い始めた。


「あはは、何をやぶからぼうに」


「だってここが『上級生』の世界なら、俺は一ヶ月後に消えてしまうだろ」


「そうなのかなあ」


 白々しくもとぼけてみせる。

 しかしジョギングの始めに二葉が「動き詰め」と口にしたのは、その認識があるから。

 期間が限られるからこそ「動き詰め」になるのだ。


 この世界に飛ばされた理由を素直に考えれば、ゲーム期間を一樹として過ごさせるため。

 ならば俺がこの世界にいられるのは一ヶ月と考えるのが自然だ。

 そして今朝、ゲームが進行していることも明らかになった。

 ますます俺達の推測は現実味を帯びたと言っていい。


 もしここがゲーム世界ならゲーム終了後ループする事も考えられる。

 だけどそれは救いにはならない。

 なぜなら「上級生」には複数回プレイを条件とするフラグはない。

 キャラの俺は前回プレイの記憶を失うだろうし、次回のプレイにおいても世界は何ら変わらない。下手すれば現在が何周目なのかすらわからないことになる。


「アニキ、言うだけ言ってだんまりはないでしょ」


「あ、ごめん。考え込んでしまってた」


「こんなところでする話題じゃないよね。歩きながら話そうか」


 オーマイゴッドから二、三分歩いた頃だろうか。

 二葉は周囲を見回してから再び口を開いた。


「ここって本当にゲームの世界なのかな」


「二葉こそ何をやぶからぼうに。さっき、お前自身が身をもって確かめただろ」


「そうなんだけどさ……ここは逆に考えた方がいいのかなって」


「どういうこと?」


「あたしやアニキがゲームキャラであるとする。でもあたし達は自分の意思で好き勝手動いてるよね」


「うん」


「この世界の外にプレイヤーがいるとして、キャラにそんなの許したらどうなるか。同じプレイをしても結果は常に異なることになる。つまりクリアは運任せ。そんなゲームを誰が買うの?」


 まさにコロンブスの卵。

 そんなのゲームとして成り立たない、存在しえたとしてもつまらない。

 自らの手で攻略したというカタルシスが得られてこそのゲームなのだから。


 二葉が淡々と続ける。


「あたしはここを『上級生』の世界観とたまたま同じな世界だと思ってる。そしてたまたま神の見えざる手によって『上級生』のゲームと同じ事象が起こってるだけ」


「随分と乱暴な理屈だな」


「所詮何を言っても妄想だもん。本気で考えるだけ時間の無駄だよ」


 あっけらかんと言ってのける。

 確かにそうだけどさ……。


「じゃあ神の見えざる手が存在するとして、俺は何のためにこの世界に送られたんだ? そして俺はここで何をすればいいんだ?」


「あはははは」


 二葉が思い切り笑い出した。


「何がおかしい!」


「そんなの決まってるじゃん」


「は?」


「あたしを助けるためだよ。神様はそのためにアニキを遣わしたんだよ」


 あまりの答えに足を止めてしまった。


「……恐ろしく自己中な発想だな」


「この世界はあたしの世界。あたしの世界じゃあたしがヒロイン。だったら世界は全てあたしのためにある」


 す、すごい台詞。しかもなぜかもっともらしく聞こえる。

 言った二葉はけろっとしている。

 言われた俺の側はただただ呆気にとられるしかないのに。


 視線を前に戻してぼちぼち歩き始めると、二葉が再び口を開いた。


「なんか返してくれない? あたしバカみたいじゃん」


 改めて二葉を見る、その顔は真っ赤になっていた。


「後で恥ずかしがるくらいなら、そんな台詞言うなよ」


 それだけ気を遣ってくれたってことだろうけど。


「そのくらいに考えろって話だよ。どうせ真実なんてわからないんだしさ」


「じゃあ俺はどう考えればいいんだろうな」


「んとね……ここはアニキが試練を課せられた世界。無事にあたしをフラグから守りきれば晴れて天国か元の世界に行けるってとこでどう?」


 茶化した物言い。

 だがこれはきっと、二葉が実際に推測していることだ。

 「フラグから守る」と「元の世界」を除けば、俺の予想も概ねこんな感じだし。


「じゃあ、ここは天国ではないんだな」


「一樹みたいなキモオタデブにされるって罰ゲーム以外の何なのさ。そんな天国、あたしなら全力で拒否させてもらう」


「ごもっとも」


 二葉が「はは……」と乾いた笑いを浮かべる。

 妹としては自分の言葉を否定してもらいたい気持もあったのだろう。


「ま、アニキが無事に一ヶ月過ごせてどこかに行ければそれでよし。この世界に引き続き残ったなら、また改めて考えようってことでさ」


「その時は本気でダイエットするさ。痩せて二葉みたいになれるなら、俺にもリア充生活が待ち受けてそうだし」


「りあじゅう?」


 ああ、まただ。


「リアル充実、つまり友達多くてモテまくりって意味」


「じゃあアニキがダイエット成功すれば、あたしも一樹の呪縛から免れてリア充とやらになれるのね?」


「そういうことだな」


「じゃあじゃあ、もしクリスマス翌日もアニキがあたしの前にいたらさ、その時は前祝いに牛丼を奢ってあげよう。もちろん牛丼屋にも一緒に付き合ったげる」


「なぜ牛丼!」


「だって好きなんでしょ? 残すは出雲町駅周辺だから急ごうか」


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