177 1994/12/05 Mon 出雲病院中庭:エロゲーはエロゲー! 現実は現実だ!
「なあ、芽生」
「なに?」
「どうして俺はお前に膝枕してもらってるんだ?」
「重石。生々しくて悪いけど我慢してもらうわよ」
重石って……。
はいていようといまいとスカートまくれ上がるのは嫌だろうけどさ。
しかし本来なら芽生みたいな美少女の膝枕なんて天にものぼる心地なはずなんだが。
実際、俺としては内心御満悦なんだが。
「骨があたって寝心地悪い、もっと肉つけろ」という声が心の奥に響いてくるのは、きっと幻聴とか妄想じゃない気がする。
間違っても俺の感覚じゃない。
元の肉体だったら柔らかさとハリをバランスよく備えた太腿の弾力が至高すぎて、上半身は寝てても下半身が起きるの待ったなしだ。
しかし一樹の肉体にとってはまさしく「我慢」なのだろう。
一樹のタイプが麦ちゃんとするなら、芽生は180度違うと言っていいもんな。
麦ちゃんの方が芽生より痩せてるし骨張ってそうなんだけど。
タイプじゃなければどうでもいいというのは、「童貞は好きな女に捧ぐ」と誓っている俺と通じるものあるからよくわかる。
……本題に入ろう。
「若杉先生はどうして芽生と行動するように仕向けてきたんだろうな?」
「わからないわ。普通に考えるなら二葉さんとアキラの気づけないことにわたしなら気づけるってことなんでしょうけど……」
そこなんだよな。
レイカの件については、間違いなく二葉より芽生の方が詳しい。
しかしそれは龍舞さんにも言えることだ。
龍舞さんはダメで芽生にしか気づけない事情なんてあるのか?
「二つ考えられる。一つは本当に芽生にしか気づけない事情がある」
「もう一つは?」
「龍舞さんって単純で深く考えない人だから、芽生と同じことを知ってても気づけない」
頭の上から「ぷっ」と笑いが漏れた。
「アキラには悪いけど、確かに言えるわね」
「ただ龍舞さんは何も考えずして本質を突くところがある。若杉先生がその可能性を除外するとは思えない」
「じゃあ本当にわたしにしか知らないことがある?」
「そう考えるのが自然だろうな。なんか思いつかないか?」
「そうね、うーん……」
考え込み始めたので黙って待つ。
そういえばゲームの中で金之助が芽生に膝枕してもらうシーンあったな。
で、「芽生っていい匂いするなあ」って言ってたっけ。
……股間の方へ顔を向けて。
もちろん会話の流れだし「金之助君のエッチ!」とカバンでばしばし叩かれてたが。
俺なんかが口にしたら絶対にそんなんじゃすまないぞ。
元の時代じゃもはやエロゲーですら見ることできなさそうな光景だ――痛っ!。
「……ずき君、一樹君ってば」
「何するんだ!」
カバンを頭にドスンと載せてきやがった。
「呼んでも返事しないからよ」
俺だと股間に顔を向けなくてもカバンで殴られるのかよ。
いや殴られたわけじゃないが、この状況じゃ大して変わるまい。
「すまんすまん。何か思いついたのか?」
しれっとした声がカバン越しに聞こえてくる。
「ぜんぜん? まったく?」
「おまっ!」
芽生が頭を掴んできた。
「うるさいわね。なんだったらこの顔をこちら側へ向けてあげましょうか?」
「止めろ!」
つまり顔を芽生の股間に向けるということ。
一樹にとっては拷問だから言ってるのだが、傍からは痴女発言にしか聞こえない。
といっても、突風でスカートめくれあがった時の態度の方が芽生の素。
本当にやるつもりは微塵もあるまいが。
「思いつかない代わりに思いついたのよ」
「どっちだよ――痛っ!」
「いちいちうるさいわね! 話を最後まで聞いて!」
「痛い! 痛い! わかったから!」
この女、カバンでばしばし殴ってきやがった。
セクハラしなくても金之助と同じ目に遭わされてるじゃないか。
「私の父に相談してみるというのはどう?」
「芽生のお父さんに?」
「レイカの件については父も当事者の一人でしょ。もしかしたらわたしの見えないものが見えるんじゃないかって」
引水さんはある程度事情を知ってるし、相談するのは構うまい。
どこまで話すかは悩むところだが。
「でもお父さんは寝込んでるんじゃなかったっけ? 体調崩して」
「少し話すくらいなら大丈夫よ」
「だったらナイスアイデアだ、そうしよう」
「決まりね。アイちゃん戻ってきたらわたしの家に行くということで」
「OK」
芽生がふふっと笑う。
「これで弟の穂波を一樹君に紹介できるわね」
そういえばそうだった。
芽生が処女という情報入手ルートを考えれば芽生の弟くらいしか考えられない。
すなわち一樹と穂波は面識がある。
問題はどんな知り合いかなのだが、実のところあまり心配していない。
そんな情報を教えるのは一樹に懐いている証だから。
一樹は子供から妙になつかれてるやつだし。
具体的にどんな関係なのか気になるが、出たとこ勝負でなんとかなるだろ。
――アイが戻ってきた。なぜかてくてく歩きながら。
「お待たせ」
「どうして歩いてきた?」
「二本の足で」
「そうじゃなくて。姿消してたんだから空間からにょこっと登場するかと思ったが」
「姿消せない理由があるんでな」
「理由?」
懐から紙を取り出す。
「姿は消せても紙は消せないんでな」
「紙って……まさか!」
アイがニヤリとしながら紙を渡してきた。
「すごいの、ビンゴじゃったぞ。これはカルテのコピー」
芽生が叫声を上げる。
「ええっ!」
アイから紙を受け取る。
患者欄には「麗花美穂」。
間違いない、レイカの母親だ。
「よくコピーとれたな」
「エクトプラズムで写し取っての。そのまま誰もいない部屋へ行ってコピーした」
まさかにエクトプラズムにそんな使い方があろうとは。
何にでも形を変えられるから、言われればできるとわかるのだが。
変なところで目から鱗が落ちた。
所見に目を通す。
芽生も肩越しに覗いてきた。
産婦人科にあったという時点で目を通すまでもないのだが、やはりか。
「ひどい……」
肩越しに芽生がぼそりとつぶやく。
ひどいという形容が正しいかわからない。
だけどひどいとしか言葉が出てこない。
カルテの内容はざっくりこんな感じだ。
レイカの母親が妊娠を疑い、検査にきた。
その過程でレイカの母親から薬物反応が出る。
本人の生む意思を確認したところ中絶を希望。
胎児奇形の可能性が高かったことから病院側も承諾し、中絶手術を行った。
プライバシー保護の観点から、本人へ薬物反応が出たことは告げていない。
吐き気がしそうだ。
赤ん坊の父親は間違いなく佐藤。
そう思うと尚更吐き気がする。
芽生が背後から前方に回り、ぺたりと座り込んだ。
頭痛いとばかりに眉間に指を当てている。
「ねえ一樹君。どうして産婦人科って予想したの? まさかこのことを読んでた?」
「いや……」
思いつきの理由を話すのは少々ためらう。
きっと芽生の下半身をくんくん嗅ぐより、もっと軽蔑されかねない。
しかし予想が当たってしまった以上は話さざるをえまい。
アイも期待にみちたまなざし向けてきてるし。
「読んでたというより読まされた、というべきかな。若杉先生に」
「どういうこと?」
「『歴戦のエロゲーマー』という言葉だよ。保健室でそれを元にして一旦は正解を導き出した。しかし真なる正解にはまだ行き着いてなかったってこと」
「理解できないんですけど」
「エロゲーは18禁だからなんでもありだ。麻薬どころじゃない。犯罪そのものの非人道的行為は当たり前。女を監禁して精神崩壊するまで調教したり、学校を占拠して学校中の女に襲いかかったり、女教師と男子生徒に意に沿わぬ関係させて笑いながら慰み者にしたり」
この時代にこれらゲームがあったかはわからないが前後2~3年程度の狂いだろう。
存在しようとすまいと、例にあげたくらいで歴史は変わるまい。
「もういいから!」
「そう叫びたくなるくらい生理的に不快だろ?」
「まあ……そうね……」
「そういった鮮烈な状況ってのはプレイヤーに刺さるんだよ。よくも悪くも」
「……わかったわ、続けて」
「ただのエロゲーマーなら麻薬を当てただけでも正解。しかしエロゲーメーカーからすら神と呼ばれる俺にとってはもっともっと深い次元で考察しないといけなかったんだ。だから『もしこれが凌辱系のエロゲーなら真実はリアルを超えたところにある』と閃いたんだ」
若杉先生がヒントとして「歴戦」とつけたとするのはさすがに穿ちすぎに思う。
ただ言えるのは、若杉先生はこの真実を知っていた。
そして間違っても俺達に直接は話せない。
「真実を知った時は覚悟しておけ」くらいの意味は含ませていたのかもしれない。
え、何々?
気づいたら芽生とアイがじとっとした目で見つめていた。
「本物の性犯罪者思考じゃない……まさか盗撮魔の方がまだましだったと思う日が来るなんて……」
「エロゲーはエロゲー! 現実は現実だ!」
「そんなにリアルを超えたければ、幽霊幼女のわしと契ればよかろうに」
「リアルは超えたくないしロリに興味もない!」
だいたいゲーム世界に飛ばされてるだけで十分すぎるほどリアル超えてるわ!
(それもそうじゃの)
納得されてしまった。
別に念を送ったつもりはないんだが。
目的を達した以上、時間が惜しい。
次の行動に移らなければ。
立ち上がって芽生に手を伸ばす。
「ほら行くぞ ――って、なぜ後ずさる!」
「ごめんなさい、なんか妊娠させられそうで」
「お前な……」
勝手にしろと引っ込めかけたところで、ぎゅっと手を掴んできた。
すっと立ち上がり、スカートについた草を払いながらウィンクしてみせる。
「冗談よ。では、わたしの家に行きましょうか」




