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173 1994/12/05 Mon 出雲病院:ダメだ、こいつ……

 売店に着いたら、芽生はお医者さんと話していた。

 俺に気づいたか、腰の位置で手の平を小さく突き立てる。

 「ちょっと待っててね」のジェスチャー。


 話し終えたらしい。

 去って行く医師に向けて芽生が頭を下げる。

 軽く見送ってからこちらに声をかけてきた。


「お待たせしてごめんなさい」


「今のお医者さんは知り合い?」


「弟の主治医」


「どこか悪くて? ……って、ごめん」


 聞かなくても悪いに決まってるじゃないか。

 ずっと自宅で療養してるくらいなんだから」


 芽生が軽く握った拳を口にあて、くすりと笑った。


「そんな気まずそうな顔しないで。たまたま出会ったから世間話してただけよ――そうそう、アイちゃんとの話はどうなったの?」


 先程の内容をそのまま説明する。

 もちろん、若杉先生がアイの正体に気づいたというくだりを除いて。

 アイが桜木商店のおばあちゃんの妹ということまでは芽生も知らないから。


「カルテ探し出すアテができてよかったと言いたいところだけど――」


 芽生がしかめっ面でこめかみに指を当てる。


「わかってはいるものの聞かなかったことにしたい話ね……」


 モラリストなら頭を抱えて当たり前だ。

 他人のカルテ漁ってプライバシー調べるなんて盗撮以上に犯罪めいてる。


「レイカの母親のためでもあると割り切っとけ。問題は時間がどれだけかかるかだけど、そこはアイに任せるしかない」


「アイちゃん、お願いします」


 芽生が頭を下げる。

 しかしあらぬ方向からアイの念。


(わしはこっちじゃ……)


「見えないんだからしかたないでしょ!」


(しかたないのう)


 アイが実体化した――って!

 確かにアイなのだが、いつもと全然違う格好だ。


 大きなぐるぐる丸めがねにマスク。

 白色の死に装束ではなくてパジャマ。

 髪型は同じだが、色はゲームっぽいピンクから黒になってる。

 一言で、どこの病院にでもいそうな、ごくごくありふれた子供の入院患者。


「その格好は!?」


「……イメチェンした」


 どこか言い淀んでる。

 気恥ずかしいのか、それとも単に不機嫌なのか。

 この世界のアイはもともと仏頂面だけに量りづらい。


「またどうして」


「キヨシ君にもわしが見えるようになったんじゃろ? あの姿だと一目で正体がバレてしまうんで変装ってわけじゃ」


「だったら顔も変えればよくないか?」


「そこまでは抵抗あっての。わしがわしじゃなくなるみたいで」


 変装名人がどれが自分の顔かわからなくなるみたいな漫画があった気がするが。

 それに近いものあるのだろうか。


 芽生がつんつんと肘でつついてくる。


「なんだよ」


「ほら……こういう場合は……」


「だからなんだよ。言いたいことあるならはっきり言え」


「あー、もう! この人は!」


 何を怒ってるんだよ。


 芽生が屈み込んでアイと目線をあわせ、にっこりと首を傾げる。


「アイちゃん。パジャマ姿もかわいいよ」


「そ、そうか……? 照れるのう……あはは」


 頬を赤らめて頭をポリポリかく。


 言いたいことはわかった。

 だがしかし。


「ぐるぐる丸めがねのどこにどう『かわいい』なんて褒める要素がある。しかも目立たないようにしてるってなら、褒めないのこそ最高の褒め言葉じゃないか」


 芽生とアイが目を見合わせ、揃って溜息をついた。


「ダメだ、こいつ……」


「ダメじゃの……」


 「こいつ」って。

 芽生からこいつ呼ばわりなんて初めてだぞ。

 ある意味、打ち解ける前の虫けらがごとくの「一樹」呼ばわりよりもっときつい。

 そこまで言われないといけないことか?


 ただ、これでアイは格好まで「上級生」の姿から別物に変わった。

 ヒロインとしてはゲームから完全に退場。

 だから何か変わるというものでもないのだが、得も言われぬ心境ではある。


 さて、レイカの母親の件はアイの仕事待ちということで一段落着いた。

 次のステップに進もう。


「芽生、次の話題について話し合おうか」


「次の話題?」


「ああ……」


 口を開き掛けたところで、アイが踵を返した。


「じゃあわしはこの辺で。頼まれたことをやっとく」


 歩きだそうとしたのを、芽生が腕を掴んで止めた。

 アイが足を止め、その手を振り払う。


「何するんじゃ」


「あ……えっと……どこ行くのかなって……」


 バツの悪そうな表情。

 いきなりだったから、つい何気なしに止めてしまったらしい。


「食堂。キヨシ君達の食事会を見に行く。そろそろじゃし、わしへの用は済んだろ?」


「見に行くって、野々山のおじさまに姿見られるのはまずくない?」


「この姿なら構うまい」


「そうだけど、うーん……わかった! わたし達も付き合う」


「はあ?」


 突拍子もない申出にアイが目を丸くする。

 というか、俺も多分同じ目をしてる。


「芽生、どういうことだよ」


「気分転換。頭煮詰まっちゃってたらアイデア閃かないし」


「はあ……」


「それに実はちょっと興味なくもなかったりするかなあ……とかなんとか、ね」


 てへっと舌を出す。

 芽生も案外下世話なところがあったか。

 俺にしてみても興味ないといえば嘘になる。


 まあ、若杉先生も覗かれるのは覚悟してたみたいだし。

 わざわざ「今日会う」と俺達に伝えたのは「覗いてもいいけど邪魔だけはしないでくれ」と受け取れなくもない。

 無駄なことは口にしない人だし穿ち過ぎではあるまい。

 ならば一緒に覗きに行ったとしても「アイのお守り役」という言い訳が立つ。


「よし、食堂に行ってみよう」


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[一言] 更新ありがとうございます!
[一言] 更新お疲れ様です。いつ来るかと待っておりました。
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