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170 1994/12/05 Mon 学園購買:さくらんぼ?

 二葉が購買に寄りたいということで、東側別棟入口で芽生と一緒に待ってる。

 チャコを不安にさせないよう話をするための小道具だとか。


「何を買うんだろうな?」


「さあ? どうせ二葉さんのことだからろくなこと考えてなさそうだけど」


「芽生に隠し芸でもさせてチャコを笑わせながら話すとか?」


「まさか~。いくらなんでもそれはないでしょう」


 くすくす笑う。

 「それなら確かにチャコさんは不安にならないかもね」と付け加えて。


 二葉が出てきた。


「ごめん、お待たせ。B組行こっか」


※※※


 教室への道すがら、二葉と芽生が小声で打ち合わせている。

 終わり近いとはいえ、まだ授業中だしな。

 静かに歩かないと。


「えっ!」


 芽生がすっとんきょうな声をあげるや口を押さえた。

 慌てた様子で辺りをきょろきょろ見渡す。

 静寂を破ってしまったと、やってしまった感がありあり。


 声をひそめて芽生に問う。


(何があった?)


(なんでもない……ううん、すぐにわかるわ)


 きっ、と二葉を睨む。

 しかし二葉は涼しい顔で俺達を前に追いやるような仕草を見せる。


(ささ、急ご急ご。ああ、そうだ。アニキは教室入ったら見てるだけでいいからね)


 この様子からすると、二葉の企みは予想通りろくでもなかったのだろう。

 ただ芽生も驚きはしたものの、逆らうまでの態度は見せていない。

 「すぐにわかるわ」という台詞は提案に従うつもりだからこそだしな。


 果たして二人は何をやらかしてみせるのか。


※※※


 教室に入り、チャコのところへ。

 二葉が小さく手を振りながら声を掛ける。


「チャコ、はろ~」


「あ、二葉ちゃん――って、芽生も!?」


「なんでそんな目を丸くするのさ」


「するよ! だって二人は――」


 慌てて口を閉じた。

 「犬猿の仲じゃん!」と言いかけたのだろうけど本人達の前で口にはしづらい。


 もっとも二葉達にしてみれば当然の反応。

 二葉が芽生の肩に手を回す。


「あたし達二人、親友だよ」


「はあ!? いや、だって、芽生の表情引きつってるじゃん」


 芽生が慌てたように口を開く。


「い、いえ、本当よ。わたしと二葉さんは互いの心と体を溶け合わせるよう関係」


 お前は何を口走ってる。

 チャコが二人にじとっとした目線を向けた。


「そうなんだ……美男美女で絵になるカップルだよね……」


 二葉が目を吊り上げる。


「美女はもちろんあたしの方だよね?」


「わたしが美男には絶対に見えないと思うけど?」


 八重歯をむき出しでにらみ合う二人。

 チャコがけらけら笑う。


「ほら、やっぱり仲悪いじゃん」


「チャコが変なツッコミ入れるからだよ!」


「ごめんごめん。でも内部生も外部生もみんな私と同じ反応すると思うよ?」


 内部生と外部生は仲が悪いのが出雲学園の常識。

 特に二葉と芽生の関係はその代名詞とも呼べるものな。


 二葉がぺかっと笑う。


「だからこそ、二人でチャコのとこに来たのさ」


「どういうこと?」


「聞いたんだけどさ、芽生が茶華道部にお邪魔したんだって?」


「うん、面白かったよ。ブルマ姿でカメラ持って暴れ回って」


 芽生が顔を真っ赤にして叫んだ。


「チャコさん! わたしをそんな目で見てたの!?」


「当たり前じゃない。あの時の芽生は誰が見たって可笑しいってば」


「うう……」


 今更の羞恥にぷるぷる震える。

 チャコがまあまあとばかりに肩をぽんぽん叩く。


 本気で気づいてなかったのなら、まさしく龍舞さん曰くの「一周回ったバカ」だ。

 まあバカがゆえにあれだけ打ち解けられたんだけど。


 二葉がさらっと割って入る。


「そこさ」


「そこ?」


「チア部と文化部って、これまで縁もゆかりもなかったじゃない? でもこんな風に打ち解けられるんなら内部生と外部生も仲良くなる道があるんじゃないかってさ」


「はあ……」


「そこで芽生と話し合って、まずはチア部が一丸となって文化部を応援してみようってなったわけ。内部生も外部生も一緒にね」


 よくもまあ、こじつけにこじつけを重ねたでまかせをつらつらと。

 ただ勢いで押してるだけだから、ぶっちゃけ何を言ってるか意味不明だ。


 チャコもどうやら俺と同じ様子。


「よくわからないんだけど……チア部が文化部を応援って? お茶飲んだりお花活けたりしてるところにダンスしてもらっても困るんだけど……」


「そこさ」


「だからどこ?」


「例えば部員同士の親撲会があるとする。そこにあたしと芽生がお邪魔する」


「うん」


「親撲会といえば隠し芸だよね」


「うん――って、ええっ!?」


 本当に隠し芸なのかよ!

 驚くチャコと俺に委細構わず、二葉がポケットから何やら取り出した。


「さあさあ、お立ち会い。こちらを御覧あれ」


「さくらんぼ?」


 さっき売店で買ったのはこれか。

 二葉がさくらんぼのヘタを取る。


「今からあっという間にこのさくらんぼを別の物へ変えてみせましょう」


 ぱくっと自らの口へ放り込んだ。

 もぐもぐする二葉に、チャコが冷たい視線を送る。


「まさか『さくらんぼの種に変えました』なんてしょうもないオチじゃないよね?」


「んがむぐ! ごほっごほっ!」


「二葉さん、大丈夫!?」


 むせる二葉の背を芽生がさする。

 手品でもなんでもないじゃないか。


 二葉が立ち上がり、えへへと照れ笑いを浮かべる。


「……とまあ、あたしは失敗しちゃったけど。まだヘタが残ってるよね」


 つまみあげて、チャコの目の前でひらひら振ってみせる。


「うん」


「このヘタを、チア部副部長田蒔芽生が華麗に変身させてみせます」


 芽生の広げた手にさくらんぼのヘタを置く。


「じゃ、芽生。お願い」


「しかたないわね……」


 ぱくっと口の中へ。

 何やらもごもごと口を動かす。

 ポケットからティッシュを取りだし、口元に当てた。


「お粗末様。はしたないのは座興ということで許してね」


 ティッシュの上に置かれたヘタは、物の見事に結ばれていた。

 チャコが目を見開き拍手を送る。


「すごいすごい! どうやったらこんなことできるの!?」


「ちょっとしたコツがあってね。練習すれば誰でもできるようになるわ」


 いや、できないだろ。

 そういえば芽生にはキスの達人という設定があった。

 だったらこれくらい朝飯前なわけで。

 ゲームでは「エッフェル塔を作り出す」まで言われてたけど、実際にやってみせたわけじゃなし。

 現実ではきっとこんなものだろう。


 まあ、間違いなく隠し芸と呼ぶには値する。

 最初の二葉は、芽生を引き立てるためにわざと失敗してみせたのだろう。

 落としてから盛り上げるショーの構成まで含めて大したものだ。


 でも体育会系ってせつないな。

 きっと部活で先輩に隠し芸を無理矢理やらされてるのだろう。

 だから二葉も芽生に提案できたのだ。

 俺からも芽生のさくらんぼ結びの特技を二葉に教えてはいた。

 だけど芽生自ら二葉の前で披露したことがないと「どうして私の特技知ってるの?」となるのは待ったなし。

 面白い見世物だったからこそ、普段の二人の苦労が忍ばれる。


 で、この隠し芸が今からすべき本題と何の関係が?

 チャコも同じことを思ったようだ。


「面白かったけど、茶華道部の親撲会に隠し芸やる習慣なんてないよ?」


 二葉が素に戻ったように真顔で答える。


「別に隠し芸じゃなくてもいいんだよ。まさかおすましさんな芽生が隠し芸だなんて想像すらしなかったでしょ?」


「そうだね。芸そのものにもびっくりしたけど、私の中の芽生がどんどん壊れていく感じ」


 顔を真っ赤にした芽生が唇を固く結ぶ。

 「チャコさん!」とツッコミ入れたいのは山々だろうけど、話が逸れてしまいかねないので耐えているのだろう。


「つまり隠し芸ですら、芽生にやらせてもオッケーってこと。だったら大抵のことは何でもオッケーだと思わない? 例えば芽生に茶華道部の指導をお願いするとかさ」


「あ、それは嬉しいかも」


 顔をほころばせるチャコに、芽生がきょとんとした目を向ける。


「わたしが先日茶華道部にお邪魔したいと申し出たとき、ものすごく嫌がってなかった?」


「雑誌の表紙飾るような家元が素人の部活に混じって何しようってのさ。でも最初から目上として迎えるのなら話は別。芽生ほどの茶人に指導してもらえるなんて大歓迎だよ」


「そ、そう……わたしでよければいつでも……」


 釈然としない様子だが無難に締め括り、ちらりと二葉へ視線を向ける。

 これでいいんでしょ?と言いたげに。

 二葉が軽く頷いてみせ、話をまとめにかかった。


「というわけでさ。茶華道部に必要ならチア部として芽生を貸し出すから。隠し芸でもお茶やお花の先生でも。なんなら男子にモテるコツから困り事の相談までなんでもオーケー」


「『男子にモテるコツ』はいいなあ。二葉ちゃんには相談できなさそうだし」


「なんでさ!」


「『女子にモテるコツ』なら相談できるんだけどね」


 茶化すようにけらけら笑う。

 ゴホンと二葉が拳を手に当て咳払いをする。


「ま、まあ何か思いついたらいつでも声掛けて。あたしでも芽生でもいいからさ」


「ありがとう。何かあったらあてにするよ」


「じゃ、授業あるからこれで――あ、そうそう。保健室に花男の全巻入ってたよ」


 花男は当時流行っていた少女マンガの略称。


「本当に!? 読みに行ってみよ」


「若杉先生は今日いないから明日以降にね。チャコ、また~」


「チャコさん、ごきげんよう」


※※※


 教室を出て、芽生がぼそりと呟く。


「お見それしたわ……」


 ライバルの芽生に褒められて鼻高々の場面。

 しかし二葉はドヤ顔するどころか、素のまま答えた。


「あれだけやっとけば、何かあればあたしか芽生のところ来るでしょ」


 犬猿の仲なはずの二人が、手を組んで隠し芸まで披露してるんだものな。

 しかも一方は学園女子のカリスマで、一方は学園男子のアイドルとくる。

 こんな二人に隠し芸を頼めるくらいならなんだって頼めると思いそうだ。


 さらに段取りを踏んでお茶やお花の先生からモテ相談に話をつなげ、最後にさらりと「困り事相談」を付け加えた。

 鈴木や佐藤がチャコを恨んでることを具体的に告げたわけじゃない。

 でも仮に何かされそうになっても、二葉や芽生のところへ気軽に駆け込めるだろう。

 そう思わせるだけの雰囲気作りには成功したのではなかろうか。

 目的はそれで十分に果たせたわけで。


 若杉先生からの「いつでも保健室に遊びに来い」についてもだ。

 いきなり「遊びに来い」と伝えるのも、よくよく考えたら仰々しくておかしい話。

 漫画にかこつけて、うまく言い回したものと感心してしまう。

 それも、さも思い出したように軽く付け加える感じで。

 あれならチャコは漫画のことしか印象に残らないだろうし、保健室へ足を向けるだろう。


 二葉らしく、強引でありながらも論理的なシナリオ。

 やらねばならぬことは全て織り込んで、それと悟らせないようにやってのけた。

 しかし得意がるでもないのは「今はそんな状況じゃない」と弁えているから。

 そこまで含めて、芽生が脱帽するのも無理はない。


 しかしこいつは即興でこれだけのことを思いついたのか。

 我が妹ながら、つくづく恐ろしいやつ……。


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