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17 1994/11/27 sun 写真部部室:そりゃエロゲーだもの

 さて、始めるか。


「細かいエピソードは省略して、大きなフラグイベントだけ話すぞ。一八禁版の方な」


「うんうん」


「まず最初のフラグは会う事で立つ。これはいつでもどこでもいい。会った時点で強制的に会話イベントが発生する」


「あれがイベント? 内容自体はいつもと変わらない会話だよ?」


「お前から見たらそうでも、プレイヤーから見ると初めてだろ」


「ふむふむ、納得。あたし達は当事者だからイベントを実感できないわけね」


 たったこれだけで飲み込んでくれるのは話が早くていい。


 プレイヤーなら、テキストが長かったり、BGMが変わったり、専用のグラフィックに切り替わったりするから、イベントである事がすぐにわかる。

 しかし現実の当事者にそんな判断材料はないから、あくまで日常の一場面にすぎない。


 ここまではいい、問題は次からだ。


「次のフラグはお前が金之助から助けられる事で立つ」


「助けられる?」


「パーチャファイターわかるならスト2ってわかるか?」


 スト2とはパーチャファイター以前に一世を風靡した格闘ゲームの略称。


「ストレートファイター2?」


 相変わらずパチ物感が全開なネーミングだ。


「そそ。あのゲームに出てくる中国女のコスプレ……つまり中華風の戦闘服を着た二葉が、不良に絡まれてるところを金之助に助けられる」


「なんであたしがそんなの着ないといけないのか、全くわからないんですけど」


「知らないよ。金之助が見つけた時には既にその状況だったんだから」


 恐らくテキストには書いてあったろうが、そこまで細かい内容は覚えていない。

 もしくはクリック連打して読み飛ばしてしまったかもしれない。

 ちなみにこの場面で【助けない】を選ぼうとしても、【おいおい見捨てるのか? それは男としてダメだろ】と選べなくなってるのはギャルゲーのお約束だ。


「まあ……展開としてはありがち?」


「そして助け終わった後、二葉は何だか赤くなってもじもじそわそわしている。そこに選択肢が出て正解を選ぶとフラグが立つ」


「選択肢?」


「【トイレならあっち】と【見ない振りして立ち去る】」


 二葉が言葉を詰まらせる。


「……正解は後者だよね?」


「いや前者。そしてお前は金之助を引っぱたいてダッシュで立ち去る」


「それでフラグの立つ女がいるかっ!」


「いるんだから仕方ない」


 しかも俺の目の前にな。

 俺もプレイした時には騙されたから、叫んでしまった二葉の気持はわかる。

 しかしこれは伏線だったのだ。


「続けるぞ。お前は御礼として金之助をデートに誘う。行くのは遊園地」


「あたしから誘うんですか……ああ、でも元々しつこく誘われてるしなあ。助けられればそのくらいするかもなあ。まあ遊園地くらいならなあ」


 二葉はぶつぶつと自問自答しながら勝手に納得している。


「遊園地では二人で観覧車に乗るんだけど、その観覧車が止まってしまう」


「まあ……展開としてはありがち?」


 その台詞、さっきも言ったぞ。

 でも確かにありがちではある。

 ここまでも、そしてこの後も。


「やがて二葉はもじもじそわそわし始める。内股を擦る様にしながら両手を股間に置き、俯いて肩をすくめる。しかし観覧車は動かない」


「ちょっと待って……それって……」


「『い、嫌……見ないで……』と二葉はか細げに漏らし、水たまりが床に広がっていく──」


 二葉は無言で拳を握りしめ、ぷるぷると体を震わせている。

 黙ってくれているのはありがたい、話を続けよう。


「──その後は選択肢をいくつか選ぶと最終イベントに向けたフラグが立つ。それ以来、二葉は金之助を見ると顔を真っ赤にしては逃げ回る様になる」


 二葉は何も言わない。

 歯を食い縛る様からは、突き上げる衝動を必死に噛み殺しているのがわかる。


「金之助は二葉を捕まえ、態度を変えた事を責め立てる。すると二葉は金之助への想いを吐露し、一樹のいない隙を見て自室に金之助を招き入れる」


「あたしから告白するんかい……しかもあたしが家に呼ぶってかい……」


 ようやく発された二葉の声は震えていた。

 ここは悪いが、あえて聞こえない振り。


「部屋でのやりとりの後、チア部のユニフォームに着替えた二葉は金之助に押し倒される。そしてめくるめくエッチシーンへ」


「全国のチアリーダーに謝ってくれないかな?」


「ここからは俺も話しづらいからテキストの文章をそのまま話すぞ」


 もちろん正確ではないが、大体こんな感じってくらいには思い出した。


「……うん」


 開いた間に「素直に返事していいものか」というためらいが感じられる。

 俺は感情をできるだけ篭めない様に、棒読み口調で話し始める。


「【オレは二葉の上衣をたくし上げる。

 「いや、金ちゃん……恥ずかしい」

  二葉は両手で顔を隠す。着けていたのはスポーツブラだった。

 「あたし、こんな胸だから……かわいくないブラでしょ?」

 「かわいいよ。ほらその手をどけて、もっと顔見せて」

  二葉が覆い隠す様にくっつけている前腕の合間に手を差し入れる。

 「あ……ダメ……」

  しかし二葉はその言葉と裏腹に、自らゆっくりと腕を開いた──】」


「もうやめてくれないかな?」


 二葉が声にドスをきかせる、怖い。


「じゃあ過程は省略しよう。悪いがこの先はどうしても話さないといけない」


「どうしても、ねえ……正直セクハラされてるとしか思えないんですけど」


「どうしてもだ、棒読してる時点で俺の気持ちも察してくれ」


 ここはきっぱりと言う。

 これがただのエッチなら俺だって話す事それ自体は悩まなかった。


「じゃあいいよ、続けて」


「【二葉は内股を固く閉じ、手で抑え付ける様に股間を隠す。

 「大丈夫だから力を緩めて」

 「ううん、そうじゃないの……したいの……」

  体を離して全体を視界に入れる。

  二葉はぷるぷると全身を震わせながら、もじもじと内股を擦り寄せていた】」


「まさか……」


「【オレが仰向けになると、二葉が馬乗りになってきた。

  スカートの裾を掴んで二葉の口へ導くと、二葉は唇を内側に折り込みながらそれを咥える。

 「ひんひゃん……はらひ、もう……はまんれりらい……」

 「もういいよ」

 「ひっ、ひゃあああ、みひゃらめえぇ!」

  腹部に温もりを感じた瞬間、青いアンダースコートにシミができる。

  シミがじわっと広がっていくのに合わせ、温もりもおなかから胸へと──】」


「するかああああああああああああああああああああああああああああ!」


 鼓膜をつんざく様な大声とともに、二葉が机をバンと叩いた。

 立ち上がり、畳みかける様に怒鳴りつけてくる。


「もういい! あたし、まるで『おしっこヒロイン』じゃない!」


「ちょっと違う。正しくは『羞恥系ヒロイン』」


「はあ?」


「プレイヤーはお前のおしっこを見たいわけではない。貧乳でもお漏らしでもいいけど、勝ち気で強気なお前の恥ずかしがる様を見たいんだ」


 だから昨日二葉に感じたかわいらしさと違和感がなかったのだ。

 企んで自爆するのもお漏らしも、恥ずかしがるには変わりないから。


「なんで?」


「そんな恥ずかしい姿は好きな人の前でしか見せたくないだろう。だからプレイヤーは自分が愛された気にもなるし、嗜虐欲や支配欲も満たされる」 


「よくものうのうと。男の妄想垂れ流してるだけじゃない!」


「そりゃエロゲーだもの」


 二葉は「ぐっ」と黙り込む。

 しかし、すぐさま次の問いを発してきた。


「とにかくそれがあたしと金ちゃんがくっつくまでの話なわけね」


「いやそれも正しくない」


「はあ?」


 二葉が俺を睨み付けたまま、首を傾げる。


「くっつくにはプレイヤーがクリスマスの告白の相手にお前を選ばないとだめ。ついでに言うと、エッチした後お前は出てこなくなる」


「それってあたし最悪じゃん。処女奪われた挙げ句にやり逃げなんて……一体どこまで男に都合よくできてるのよ……」


「そりゃエロゲーだもの」


 言った途端、二葉が胸ぐらを掴んできた。


「や、やめろ……く、苦しい……」


「勝ち誇った様に繰り返すからよ。『悲劇のヒロイン』はどこいったのさ!」


「このままじゃ話せないから!」


 手首をタップすると、ようやく放してくれた。

 しかしこの先を話すことは生命の危険に繋がりそうな気がする。


「落ち着いて聞いてくれ。一八禁版ではそのシナリオがウケて、お前のファンも多かった」


「まったく嬉しくありませんけど」


「そして全年齢版の発売となるわけだが……倫理規定上おしっこはまずいだろうと、その関連のエピソードや場面は全て削除されることになった」


「そりゃそうでしょ」


「すると二葉は理由もなく顔を赤らめたり逃げたりするだけの女の子になった。プレイヤーからすると訳がわからず、『キモい』という声まであった」


「それで?」


「お前からおしっことったらただの人。全年齢版のせいで人気を失った、そういう意味で『悲劇のヒロイン』」


「ふざけるなああああああああああああああああああああああああああ!」


 二葉は叫ぶや否や、部屋の隅にあった三脚をわしっと掴んで入口に向かう。

 なんて怪力だ。

 いや、それどころじゃない。

 制止すべく背後から羽交い締めにする。


「そんな物持ってどこに行く」


「そんな女をなめきったゲームを作る会社は、今すぐあたしが潰してやる!」


「まずは落ち着け、とにかく落ち着け」


「うるさい! エロゲーなんてこの世から消滅してしまえ!」


「ここがゲームの世界なら、その中にそれを作った会社自身があるわけないだろ」


「ハアハア……それもそうね」


 実際はニンフトレーナーを売ってるくらいだから、きっとどこかにあると思うが。


 二葉は三脚を戻して再び座る。

 そしてテーブルの上をパンパンと叩き、「そこに座れ」と命じてくる。

 やむなく促しに応じると、二葉は即座に口を開いた。


「ねえ、お兄ちゃん?」 


「何でしょう」


 風呂場の時と同じく、なぜか「お兄ちゃん」になっている。

 思わず敬語になってしまう自分が悲しい。


「そこまで詳細に語ってくれたということは、お兄ちゃんもあたしを攻略したということだよね? そういう嗜好を持ってる人ってことだよね?」


「そういうことになりますね」


「あたしの恥ずかしい所を見た感想はどんなものだったのか、是非とも包み隠さず話してもらおうじゃない」


 お前こそ、それがセクハラ以外の何だと言うんだ。


「ゲームじゃ見てない。モザイク掛かってたから」


「誰がアソコの話をした!」


 じゃあどう答えればいいんだよ。


「かわいいと思った」


 しかしその答えも外れだったらしく、二葉が頭を抱える。


「あー、もう男性不信になりそう……」


 まさか自分が攻略したエロゲーのヒロインに、それを説教される日が来ようなどとは夢にも思わなかった。

 「エロゲーやギャルゲーの女の子は生身じゃない記号だからこそ萌えられる」。

 よく言われる言葉だが、こうなってみると心底理解できる。

 少なくともこんな生々しいヒロインは絶対にイヤだ。


 いや、それより話すべきことを話さないと。


「お小言は後で聞く。ただ、話の重大さは理解してもらえたと思うのだが」


「わかってるよ、アニキ──」


 二葉が真顔になる。呼び名も元に戻った。

 この切替の早さはいかにも理知的。


「──あたしがそういう目に遭いかねない、ということだよね。聞いておかないといけない話だったのは認めるし感謝もする」


 そしてこの飲み込みの早さと分別ある物言い。

 こういう女ほど取り乱すところを見たくなる。

 つまり二葉の聡明さって、羞恥属性と表裏一体だったんだなあ。


「それなら『ありがとう』の一言くらい」


 ──うあっ! テーブルが大きく揺れた。


 思わず体を引くと、二葉が足を前に突き出していた。

 どうやらテーブルの足を蹴りつけたらしい。


「つけあがるな! アニキこそ『耳を腐らせてごめんなさい』くらい言ったらどう?」


「耳を腐らせてごめんなさい」


 ふんと鼻を鳴らした二葉は、腕と足の双方を組みながらふんぞり返る。


「あとは今の話を回避できるかどうかが問題よね」


「少なくとも可能かどうかという問題は大丈夫だろうな」


「聞かせてもらえる?」


 それくらいは二葉もわかっているはずだが確認のために聞いたのだろう。

 もしくは話を持ち出した俺の顔を立てているのか。


「さっきだって体に変化があったにせよ、お前自身の意思で理性を保つ事ができた。フラグそのものすら抗えたのに、それを避けられない道理はない」


 そもそもその意思を形取らせる様な話が事前にできるわけもない。

 さすがに高校生だから海外逃亡などの手段は使えないだろうけど、常識の範囲内であれば回避手段を採る事は可能ということだ。


 またゲームシステム上も……二葉がこのENDを回避する鍵はある。

 と言っても、具体案としてどうすればいいのかはわからない。

 そこは帰宅してからゆっくり考えよう。


「そうね──」


 二葉が組んでいた手と足を解く。


「──そしてアニキもあたしを助けてくれるんだものね」


 言い切りながらも実質は疑問形。

 しかし、ここは自信を持って答えてやる。


「もちろん。俺に任せとけ」


 二葉がニッと笑う。


「じゃあやるべき事は終えたし、そろそろ学園出よっか」


「そうだな」


 立ち上がり、ドアへ向かいながら思う。


 実は二葉のフラグについて全て話したわけではない。

 残りの話は最悪すぎて、とてもじゃないが口に出来ない。

 ただ、この世界でそれを知るのは俺だけのはず。

 ここまでだって二葉にすれば十分最悪なわけだから、これ以上話す必要はない。

 要は回避さえすればいいだけのこと、そのためにも全力で事にあたらないと。


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