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166 1994/12/05 Mon 保健室:猫被ってるんだろ、田蒔みたいに

「ビンゴだ」


「「まやく~!?」」


 再び二葉と芽生が声を引っ繰り返した。

 若杉先生が一喝する。


「うるさい! 渡会兄、説明してやれ。どうしてその答えに至ったかもあわせてな」


 首を縦に振る。


「まず結論。佐藤がレイカの母親を洗脳したのは何らかの薬物を使ったんだよ」


 これは若杉先生が「エロゲー」というワードで与えてくれた直接的なヒント。

 エロゲーで性奴隷化するパターンはいくつかある。

 ①何らかの薬物や調教などの性的快楽そのもので洗脳する。

 ②パニックなど極限的状況に追い込む。

 ③圧倒的な力差や身分差が最初から存在する。

 ……などなど。


 佐藤が金之助みたいな謎の力を熟女・人妻限定で持っているのも考えられなくはない。

 しかし鈴木と佐藤が、見えざる手――ゲーム進行を司る神と呼ぶべき存在にとってイレギュラーとなっているのは確信している。

 もちろん謎の力なんてあるはずがない。


 だとすれば現実的にありえそうなのは①だ。

 洗脳されている事実は目の前にあるのだから、洗脳が可能な手段を逆に辿ればいい。


 二葉が両手を天に向け呆れ返ってみせる。


「そんなのただのアニキの妄想じゃない。証拠もないのに」


 信じたくない態度がありあり。

 二葉みたく普通の女子高生にしてみれば見たくない現実なのは間違いない。

 あの二人のやっていることは現時点でもとっくにラインを踏み越えてるのだが。

 麻薬に至ってははっきり反社会の象徴と言いうるからな。


 しかしここは黙って最後まで聞いてほしい場面。

 権威を借りよう。


「若杉先生だってそう言ってるじゃないか」


「ぐっ……」


 若杉先生は二葉に、一樹が本気で反論させたくなければ権威を借りると言ったとか。

 子供で例えれば『ボクのパパはこう言ってたんだぞ~』みたいな。

 なるほど、実に効果ある。


「二葉さん、まずは最後まで話を聞きましょう」


 芽生は静かに諭した後、こちらへ目を向ける


「一樹君、そう考えた根拠をこれから説明してくれるんだよね?」


 芽生、ナイスフォローだ。

 あざとく首を傾げる仕草はいらないが。


 二葉が芽生につまらなさそうな目を向ける。


「自分だって若杉先生にうるさいと怒鳴られたくせに、随分と素直じゃない」


「わたしは続きが気になるだけ。文句あるなら後からだってつけられるわ」


「わかった、ごめん。ただ、気になったところは都度確認する」


 二葉が納得したところで説明を再開する。


「根拠その1はレイカの話の母親の様子。『だけど春休みになって毎日家にいるようになって気づいたけど、なんか人相変わってきた気がする。どこか目がくぼんで、頬が痩けてきたような。』という箇所。薬物中毒の患者にみられる症状だよ」


 だからこそ、医師の若杉先生はピンと来た。

 いわば若杉先生が疑ったこと自体がヒントだ。


 二葉が問うてくる。


「単に何かの理由で疲れてただけというのは?」


「レイカは『元気そう』とも言ってるだろ?」


「じゃあそこはいいや。どうやって麻薬漬けにしたの? 佐藤とレイカのお母さんが繋がる場所なんてないし、あったとしても麻薬を受け取るなんて思えないんだけど」


「カルチャースクール」 


「はい?」


「根拠その2。レイカはこうも言っている。『お母さんはカルチャースクールに入会し、毎日通い詰め。それも思い切りおめかしして』。カルチャースクールなんて、そんなおめかしして通い詰めるところか? きっとそこに佐藤がいたんだよ。不倫が先か薬が先かは知らないけど、とにかく堕とされたんだろ」


 呆れ果てたように呟いた。


「……いくらなんでも乱暴すぎない?」


 若杉先生が割って入った。


「ここは私から付け加えよう。渡会兄の見立て通りさ。麗花の母君がカルチャースクールに通い始めた直後から佐藤も通っていたそうだ」


「「えええええええええ!」」


 またもや二葉と芽生が叫んだ。


「なんでまた佐藤が?」


「カルチャースクールなんですか?」


「佐藤だって霞が関最高幹部のお坊ちゃま。習い事くらいやってもおかしくないだろ」


 芽生が怪訝な顔をしながら若杉先生に向き直る。


「若杉先生がおっしゃるのでしたら、二人が同時期に同じカルチャースクールに通っていた事実は認めます。でも、どうして先生が知ってるんですか?」


「私も無関係とは言えない身になってしまったからな。麗花の話がどこまで本当か、調べられる範囲でウラはとった」


 生活費貸したり保証人になったりしてるしな。

 先生にすれば、お金はあげたんだろうけど。


「探偵に頼んでとか?」


「そこまではしてない。カルチャースクールはたまたま出雲病院のナースが通ってたので、その人から聞いた」


「わかりました。ただ、同じカルチャースクールに通ってたからといって年齢が違いすぎるでしょう。佐藤が特に美少年というわけでもありませんし」


「奥様方の人気あったそうだぞ? 麗花の母親に限らず。育ちのよさから滲み出るスマートさが魅力とかなんとか」


「はあ?」


「そんな拳が入りそうなくらいぽっかり口を開かなくても。美人が台無しだぞ」


「開きたくもなります! 彼のどこをどうとればスマートなんですか!」


「猫被ってるんだろ、田蒔みたいに」


「ぐ……」


 痛いところを突かれたからか、顔を真っ赤にして体をぷるぷる振るわせる。

 隙を見せた時のこいつって本当かわいい。

 ゲームでは見ることのなかった完壁ヒロインのギャップ萌え。

 こうしてみると計算高さや腹黒さまでも芽生を形作る魅力の一つと思えてくる。


 立ち尽くす芽生を他所に、二葉が問いをつなぐ。


「でもいくらなんでも……比喩じゃなく親と子ほども離れてるんですよ。そんな関係で恋愛なんて成り立たないのでは?」


「恋愛に形はないよ。あくまでも当事者同士の関係なのだから、互いに受け容れ合いさえすれば恋愛は成立する。傍から見て気持ち悪く映る場合もあろうが、そのことと恋愛が成立することは別の話だ」


「でもでもでもでも!」


 若杉先生がこめかみに手を当てる。


「納得しろとは言わないし納得する必要もない。それどころか健全な女子高生が抱くべき感覚としては渡会妹が正しい。ただ……今は黙って聞いてくれ」


「はい……」


 二葉を否定することなく宥めてみせるあたりはさすが。

 実際に若杉先生の言うとおりだもんな。

 もし金之助と結ばれていたら、この台詞が出てきたか怪しいものはあるけど。

 その意味でもフラグをぶち壊してよかったのかもと思える。


 若杉先生はにっこり笑ってから話を続けた。


「もう結論まで話してしまおう。実際に用いたのが麻薬かNASAの開発した洗脳薬かの違いはあるかもしれない。ただ大筋の見立てとしては外れちゃいまい。さらに麗花の父君のホテルに入る写真をあわせて使って心の隙間に入り込んだんだろうさ」


 「NASAの開発した」って、なんて便利なキラーワード。

 それだけでどんな無茶なアイテムでも実在してそうに聞こえるもんな。


 若杉先生がこちらに顔を向けた。


「渡会兄、途中で見せ場を奪ってしまってすまなかった」


「いえいえ、むしろ若杉先生が最初から説明してくださればよかったのに」


「私は教師ゆえ中立。何より、お前らの問題なんだから自分達で考えないと」


 そこまで調べておいて中立もあったものじゃないが。

 まあその通りには違いない。

 若杉先生はあくまで情報を提供しただけという体裁で相談にのってくれている。

 先生にも立場があるのだから、ここは俺達の側が空気を読まなければならない。


 黙って頷いてみせると、若杉先生は微笑んでみせた。


「それに見せ場はまだ作れる」


「どういうことです?」


「渡会兄ならきっとすぐわかるさ。私の説明にどこか違和感をおぼえなかったか?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 非常に面白かったです!!
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