165 1994/12/05 Mon 保健室:歴戦のエロゲーマーとして、麗花の話を聞いて思うところはなかったか?
保健室に入ると、若杉先生が机で頭を抱えていた。
「疲れた……」
俺達が保健室に入ってきたのも気づかない様子だ。
呼びかけてみよう。
「若杉先生!」
「あっ! ああああ! ……なんだ、渡会兄達か。びっくりさせるなよ」
「お体大丈夫です?」
「ありがとう、大丈夫だよ。保健室の先生が生徒に心配されるとは本末転倒だな」
気を使ってくれてか笑顔を浮かべるが、やっぱり弱々しげに映る。
いつも自信満々で堂々としてる人だけに。
二葉がおずおずと声をかける。
「報告したいことがあって出向いたんですけど、出直した方がいいですか?」
「いや、聞こう。渡会兄と龍舞は保健室に来ると思っていたけどさ。渡会妹に田蒔まで一緒となるとただ事じゃなさそうだ」
「僕と龍舞さんが来ると思っていたということは……」
「そういうこと。さっきまで先客の相手をしていたところだよ」
つまり若杉先生は先程の教室での事情を把握済みということだ。
あいつらに都合よく話を作りかえてる可能性はあるけど。
「報告というのは、その先客達とレイカ……麗花美子にまつわる話です」
気怠げに閉じかけていた若杉先生の目がぱっちり開いた。
上体を起こし、椅子の背に体を預ける。
「そうか。入り口の札を【患者以外の訪問お断り】に引っ繰り返してくれ」
※※※
若杉先生には俺が代表して話した。
まず教室でのこと。
あいつらがどれだけ都合良く話してるかわかったものじゃないから。
そして、レイカの事情を知ったこと。
俺達四人は鈴木と佐藤を潰すべく動くこと。
その間、二葉と芽生は手を結ぶこと。
話し終えた。
若杉先生が静かに口を開く。
「承知した。ただ、私は立場上『頑張れ』とは言ってやれない」
「わかっています」
「しかし止める気もない。そこは察してくれ」
若杉先生の信条としては、どちらか一方に肩入れできない。
美子は困っていたから手を差し伸べただけ。
決して鈴木や佐藤の味方をしたわけではない。
しかしながら人としては許せないし見逃せない。
私は黙認するから遠慮無く叩き潰せ、といったところだろう。
「そのお気持ちだけで十分です」
「ところで渡会兄妹の母君には話したのか?」
二葉と話し合った結論をそのまま話す。
「心配をかけたくないので黙っていようと考えています。母はモラルの塊ですから性奴隷になるなんて考えられませんし、地理的に離れているので大丈夫じゃないかと」
しかし若杉先生は即座に否定した。
「事を起こすなら今すぐにでも話した方がいい」
「どうしてですか?」
「私の見立てでは、ただの子供の喧嘩では終わらない。事にあたる過程で警察に介入してもらうことになる」
「「「けいさつ~!?」」」
俺、二葉、芽生。
三人の声が引っ繰りかえった。
龍舞さんだけは動じた様子を見せない。
内心ではやっぱり引っ繰りかえっていると思うけど。
芽生が自信なさげに問う。
「子供の喧嘩で終わらないというのは、たまき銀行と大蔵省のバトルも兼ねてるからってことですか? だからといって警察どうこうという話にはならないと思うんですけど」
「仮に鈴木の父親が何かやってたところで警察は動けないよ。何かあったとしても揉み消されるだろうし、よしんば逮捕して書類送検したとて佐藤の父親が不起訴にして終いだ」
世間は誤解しているが、犯罪は警察が逮捕したら終わりでない。
警察から検察に書類送検され、検察が起訴して、裁判所で判決が出て初めて有罪になる。
もっとも警察も確実に有罪にできる見込みがなければ逮捕しない。
その点で逮捕イコール有罪のイメージが完全に間違っているわけでもない。
二葉がつぶやく。
「父さんについてはパーカーさんが大丈夫って言ってくれたし……」
龍舞さんもつぶやく。
「じゃあオヤジの会社?」
二葉と芽生が揃って首を振る。
龍舞建設が関係するとなれば建設省とかそっちの方だろう。
現在はメインバンクも華小路銀行に代わっているから圧力もかけられない。
若杉先生がぱたぱたと手を扇ぐ。
「政財官界が絡んでくるって意味で言ったんじゃないよ。多分だけど渡会兄は気づいてるんじゃないかな?」
「僕? どういうことですか?」
「歴戦のエロゲーマーとして、麗花の話を聞いて思うところはなかったか?」
芽生が怒鳴った。
「先生でも今の言葉は流せません! レイカのことをエロゲー扱いしないでください!」
気持ちはわかる。
でも今は黙っていてほしい。
「芽生止めろ」
「でも!」
「若杉先生が考えなしに軽はずみなことを言うわけない。きっと本当にエロゲーマーの俺なら気づいたはずの事情が話の中に存在するんだ」
「はい……」
考えに集中しよう。
しかしなんだ?
歴戦のエロゲーマーの俺? いや一樹?
間違っても俺は一樹みたくエロゲー神と呼ばれる身ではない。
ただ父にもらったお古の98のハードディスクにはエロゲーが詰まっていたから、その範囲でくらいなら攻略している。
しかも現在は1994年。
一樹のやってない、まだ発売されていないエロゲーだってプレイしている。
神との差は時空を越えた経験によって埋められるはずだ。
若杉先生の台詞の意味を考えてみよう。
エロゲーはエロ表現だけで一八禁なわけじゃない。
かなりの反社会的・反道徳表現を含んでの一八禁。
一樹ならそうした内容にも耐性があるという意味での「歴戦のエロゲーマー」。
言い換えれば、モラルや常識に囚われない発想をしろということではないか?
もう一つ。
この頃のエロゲーにはミステリ物が多い。
多分に、一樹なら謎を解き慣れているという意味も含んでいる。
レイカの話をエロゲーに見立てて考えてみろということだ。
最大のヒントはやはり「警察に介入」だろう。
警察が介入しようと思えば何から何まで介入できるはず。
そういう意味ではない。
子供の俺達だけでは手に負えない事態が待ち受けている。
そして、それはれっきとした警察の仕事。
だからこそ「してもらう」という表現なんだ。
若杉先生には断定レベルではっきり忠告できるということ。
警察の仕事であり、動いてくれるだけの証拠があるということ。
レイカの話から証拠の存在が察せられるということ。
以上を踏まえてレイカの話を思い返してみる。
彼女には悪いが凌辱系ミステリなエロゲーの攻略に挑戦するつもりで。
真相をエンディングとするなら、聞いた話のどこかに伏線があるはず。
……もしかして!?
そうだとするなら、疑問の答えは出る。
いや、わからなかったのではない。
むしろそれしかありえないじゃないか。
しかしエロゲーマーたる俺すら考えたくなかった。
だから俺も二葉も「想像つかない」で流してしまった。
フィクションなら当たり前でもリアルならそれくらいに鬼畜な所業だ。
表情をみてとったか、若杉先生が尋ねてきた。
「わかったようだな」
「麻薬や覚せい剤、その類の薬物が絡んでるからですね」




