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164 1994/12/05 Mon 出雲学園校庭:うーん……アントワネット?

「二葉先輩、何を言って――んがむぐ」


 二葉が虹野の口を塞いで、ずるずる引っ張っていく。


 二葉が何やら話している。

 虹野がこくこく頷く。

 二葉が頭を下げた。

 虹野がどんと胸を叩いた。


 虹野がなんだか御機嫌顔で戻ってきた。


「そうだにゃん! 虹野は写真部員にゃん! それも一樹先輩の次に偉いにゃん!」


 はあ?

 二葉がうまく丸め込んだのはわかった。

 でも何を言ったんだ?


 芽生も目をぱちくり。


「一樹君の次に偉いのは副部長の二葉さんじゃないの?」


「『写真部の序列は胸の大きい順で決まる』って二葉先輩が言ってるにゃん。芽生先輩だって虹野よりおっぱい小さいにゃん」


「あ、あなたねえ――」


 二葉が芽生の肩を叩いて、無言で首を振る。

 かわいそうな子なんだから以下略、と。


「まあ……いいわ」


 芽生のこめかみから青筋が消えた。

 その理屈で言えば最下層はぺたんこの二葉ということになる。

 自らをディスってまで収拾つけてるんだもんな。


 しかし虹野は芽生に見せつけるように胸を持ち上げた。


「ほーらほらにゃん。これが一樹先輩に揉みしだかれた大きな大きな胸にゃん」


「一樹君に揉みしだかれたあ?」


 芽生の声が引っ繰りかえった。

 凍てつくような冷ややかな目でこちらを睨んでくる。


「も、揉んでなんか――」


 しかし俺の弁明は、続く虹野の追い打ちにかき消された。


「一樹先輩は『虹野の! はちきれんばかりの! 大きな! たわわな胸を! この手で触りたい! 揉んで揉んで揉みほぐしたい!』と叫んだにゃん。悔しかったら芽生先輩も揉まれてみろにゃん」


 言ったけど! 確かに言ったけど!

 触った瞬間にはじき飛ばしたじゃないか!


 なんだか、芽生の目に暗い影がささったように見える。


「一樹……くん――んがむぐ」


 またもや二葉が芽生の口を塞いだ。


「むー!《放して!》 むー!《放して!》」


「まあまあ」


「むー!《二葉さんこそ》 むー!《怒りなさいよ》」


「どんな事情あるのか、あたしにもわからないけどさ。このパンツにしか興味持てない三次元不能者が自分から虹野さんの胸なんて揉むわけないじゃん」


「むー……《それも》 むー……《そうね》」


 大人しくなったのを見て、二葉が手を放した。

 しかし二葉も全部知ってるくせに、いけしゃあしゃあと。

 まあ好きで揉んだわけじゃないから嘘ではない。


 二人の騒ぎを他所に、龍舞さんがバッグからごそごそと何やら取り出した。

 虹野に渡す。


「猫用のチーズ。タイガーの好物だから」


「タイガー? ああ、バステトのことにゃん?」


 二葉が首を傾げる。


「バステト?」


「エジプトの猫の神にゃん。虹野は巫女だから神様を崇めて当然にゃん」


 巫女が崇める神に国境があるのか?

 野良猫に神様の名前つけるのは猫を崇めてるんじゃないか?

 バステトって黒猫じゃなかったっけか?


 ……というツッコミが思い浮かんだけど、黙っておこう。

 迂闊に突っ込むとキリがなさそうだ。


 しかしトラちゃんには色んな名前がつく。

 本人というか本猫は混乱しないのだろうか?


 虹野がトラちゃん?タイガー?バステト?にチーズを差し出した。


「ほーらバステト、お食べにゃん」


「ニャアニャア」


 トラちゃんがチーズにむしゃぶりつく。

 目を細めて、なんて嬉しそう。


「たくさん食べて、虹野みたいな立派なヒロインになるんだにゃん」


 そういえば、トラちゃんってメスだったっけ。


「バステトも干支から外されて独りぼっちにゃん。学園で仲間外れにされてる虹野と一緒に世界を呪うにゃん」


 めちゃめちゃ言いやがる。


 しかし虹野の言葉は聞こえてないのか。

 二葉も龍舞さんもトラちゃんを見つめたまま、顔をほんのり緩ませている。

 本当に好きなんだなあ。


 しかし芽生はぼーっと突っ立ったまま。


「芽生って猫嫌いなの?」


「好きでも嫌いでもないわ。人並みの動物愛護精神くらいは持ち合わせてるつもりだけど」


「意外と冷めた答えだな。『きゃあ!猫ちゃんかわいい!』とあざとく抱きしめて頬ずりしてみせるくちかと思ったが」


「まあ、わたしのキャラ的には否定しないけど……」


 どことなく言い淀んだところを、龍舞さんが割って入った。


「こいつ、それできない。弟がアレルギー持ちだから動物にはできるだけ近づかないようにしてるんだ」


 そうなのか。


「ごめん。なんか悪いこと聞いちゃったな」


「ううん、別に大したことじゃないわ。ただそれで、いまいち愛情も湧かなくて。一樹君って猫好きみたいだから、こんなこと言ったらがっくりさせちゃうかな……とか」


 頬をほんのり染めながら、伏し目がちにちらっと目線をよこす。

 やっぱりあざとかった。


「がっくりはしないけど。芽生ならどんな名前をつける?」


「うーん……アントワネット?」


「アントワネットってフランスのマリー・アントワネット?」


「ギロチンで首を落とされる寸前にね、死刑執行人の足を踏んづけたの。そしたら『ごめんなさい、わざとじゃないの』って」


「すごいな。これから処刑されるってのに。俺ならガチガチ震えてるぞ」


「でしょう? 本で読んだとき鋭く突き刺さっちゃって。私も殺されるときは彼女みたいに毅然として優雅に誇り高くありたいって」


 ああ、芽生らしい。

 もうそれこそ色んな意味で。


 二葉が虹野に声をかける。


「じゃあ虹野さん。そろそろ部室に行こうか」


 へ?


「はいだにゃん」


 へ?


 虹野が写真部って方便じゃなかったの?

 二葉が芽生と龍舞さんに目をやる。


「ちょっとだけ待っててくれる? すぐ戻るから」


 二人の了解を確認してから、二葉と虹野は部室棟へ早足で向かっていった。

 なんなんだ?


※※※


 二葉と虹野が戻ってきた。

 虹野の手にはバカでもなんとかでもとれるカメラ。

 二葉の手には俺のカメラ。


「アニキ、はい」


「いったいどうした?」


「持ち歩いてた方が何かの役に立つかもと思って」


 何気なく差し出した様子からは特に他意もなさそう。

 二葉のやることはどうしても裏を考えがちだけど今回は何となく思ったっぽい。

 あった方が何となくいいくらいは俺も思うし、黙って受け取る。


 むしろ裏がありそうなのはこっちだ。

 虹野が怪しげな笑みを浮かべながらカメラを構える。


「ほーらほら、二葉先輩も芽生先輩も龍舞先輩もひっつくにゃん」


 芽生が訝しげに虹野を見やる。


「写真くらい別に構わないけど……何を企んでるの?」


「なんて失礼だにゃん! 虹野の記念すべき初写真のモデルに選んであげたにゃん!」


「あげたとか。あなた、どうしてそんなに偉そうなわけ?」


「くっくっく、学園底辺の虹野には根拠なく偉そうに振る舞う権利があるにゃん。学園頂点の芽生先輩には有名税ってことで我慢する義務があるにゃん」


 ダメだこいつ。

 二葉がとりなすように芽生と龍舞さんをくっつける。


「まあまあ、写真部デビューは本当なんだし。付き合ってあげようよ」


 三人固まったところで虹野が声をかけた。


「じゃあ行くにゃん。せーの――」


「待った」


 龍舞さんが手を突きだして制止した。


「なんだにゃん?」


「どうせならこいつも映してやろうぜ」


 トラちゃん、もといタイガーを抱き上げる。

 虹野がぺかっと笑った。


「名案だにゃん。バステトも一緒に笑うにゃん」


 再びカメラを構える。


「いくにゃん……チーズ、にゃん!」


 ぱしゃりとシャッター音が鳴る。

 二葉が虹野に近づいて頭を撫でる。


「よくできました。お疲れ様」


「ありがとうにゃん。それでは虹野は与えられた使命を果たしに行くにゃん」


 使命?


「虹野さん、よろしくね」


 にこやかに手を振る二葉。

 カメラを首にかけた虹野が走り去っていく。

 その姿が校舎に消えるや、二葉の顔から笑顔が消えた。

 どんよりしながら溜息をつく。


「はあ……」


 何を命じたか知らないが、虹野を使って何かを目論んでることは間違いない。

 今は芽生と龍舞さんがいるし後で聞こう。


 しかしこんな疲れ果てた二葉は初めて見たかも。

 理由はわかりすぎるくらいわかるけど。

 お前こそ本当にお疲れ様。


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