162 1994/12/05 Mon チア部部室:二人ともうぜえ
「「一週間!?」」
二葉と芽生が揃って叫んだ。
隣に座る龍舞さんは無言のままだが、喉をごくりと鳴らした。
二葉が声を上ずらせる。
「そ、そりゃ無茶でしょ。一週間で片付くならとっくにやってるよね?」
続けて芽生も。
「ふ、二葉さんの言う通りだわ。現実見ましょうよ」
あいにく現実を見てるからこその台詞だ。
俺だって一週間で片付けられる話だなんて思っちゃいない。
しかし残された時間は残り19日。
フラグと戦う時間を考えると、一週間で終わらせるしかないんだ。
たとえ不可能でも可能にするしかないんだ。
二人を潰すのはフラグに抗う行程の一つ。
真の敵はあくまでもフラグであり、見えざる手。
もし、先程の背中を押す感触が見えざる手からの応援ならば。
ただ利害が一致したから手を結ぶだけだ。
「ふわーあ」
龍舞さんが伸びをしながら、さも大したことないように淡々と口を開く。
「いいんじゃねーの? そんくらいの気合いあってなんぼだろ」
芽生がぎろりと睨む。
「気合いですむ話じゃない――」
返す刀でこちらへ眼光を射ってきた。
「――一樹君、その大口は何か策があってのことなの?」
なんとなく、じゃすむまい。
ここははぐらかそう。
「芽生、主たる俺は自らの意を示した。騎士たるお前はどうなんだ?」
「そ、それは……もちろん同じ気持ちだし……嬉しいけど……」
「だったら俺についてこい」
芽生が俯いて、小さく返事する。
「は、はい……仰せのままに、喜んで……」
まさに気合いで抑え込んだ。
だが二葉、その冷ややかな眼差しはなんだ?
「アニキが一週間でどうするつもりなのか、無知蒙昧で塵芥なあたしには図りかねる。とりあえず何をしたらいいか導いてくれない?」
なんて嫌味たらたら。
「早くこの場を締めてくれ」と言いたいのだろう。
決めた以上は時間がいくらあっても足りないしな。
「まずは情報だ。とにかく鈴木と佐藤の情報を集める――」
そうだ、この二人も付け加えよう。
「――大場と英子についてもだ」
二葉が首を傾げる。
「どうしてその二人も?」
「手掛かりは全て調べる。アドベンチャーゲームの基本じゃないか」
「時間限られてるのにゲームと同じにされても」
芽生がちらっと目を向けてきた。
もちろん写真部部室での会話を念頭においてのこと。
俺の意を汲んだように首を縦に振る。
「その二人はわたしが調べるわ。英子さんはどのみち調べるつもりだったし、大場もチア部で聞けば何かしらわかるだろうから……二葉さん、不満そうな表情しないでよ。わたしがやると言ってるんだからいいじゃない」
「もちろん構わないよ。芽生がやってくれるというなら、あたしは止めない」
「じゃあその目は何?」
「不満じゃない。あたしが抱いてるのは懸念」
「懸念?」
「チア部は誰も野球部のことなんて知らないよ。恨んですらいる。全国大会でテレビ中継までされて大恥かかされちゃったから」
芽生がはっと気づいたように口を抑えた。
「あっ!」
「体育会系でも野球部の応援だけは行ってないでしょ? 外部生の芽生は事件のことを知ってはいても、あたし達の気持ちまではきっとわからないだろうしね……」
二葉が顔をどんよりと曇らせる。
「ええと……」
「まさか試合終わった瞬間に放送されたあたし達の泣くシーンが『やっとこの場から解放される』という嬉し泣きだったなんてね……」
芽生は言葉を継げずおろおろするばかり。
心の中では二葉に全力で同意してるだろう。
レイカから話聞かされた時点で、俺ですら「野球部恥知らず」って思ったくらいだ。
しかし「わかるわ」とも「そうね」とも言えない。
口にした瞬間「あんたに何が分かる!」と逆ギレされるのは見えている。
しかしここで空気読めない人が流れを断ちきった。
「金之助に聞けば?」
「金之助君?」
「野球部だったんだし色々知ってるんじゃねーの? ほら……キャッチャーは古女房っていうくらいだし」
「アキラ、それは『恋女房』」
「そうか、アタシの勘違いだ。でも、そんな真っ赤になって質すことか?」
龍舞さんが訝しがる。
もしかしたら金之助と大場のあらぬところを想像してしまったのかもしれない。
写真部の部室でも鈴木と大場で変な方向に勘違いしてたくらいだし。
「あー……あの、龍舞さん」
二葉が肩をすくめつつ、小さくおずおずと手を挙げる。
「なんだ?」
「金ちゃんに野球部の話題持ち出すのはよろしくないかと……」
芽生もうんうん頷きながら二葉の動作を真似る。
「肩壊して野球止める羽目になったのだものね……」
二人とも至極当たり前の感覚だと思う。
龍舞さんが椅子の背に片手を回しつつ、ちろちろと二人に目線を向ける。
小さく嘆息をついてから気怠げな声を発した。
「気の回しすぎだろ。アイツがそんなの気にするタマか?」
「いや……」「でも……」
「金之助が気にしてないという証拠もあるぞ」
二人が机に手をついて跳ね上がり、龍舞さんに向けて身を乗り出した。
「えっ?」「なになに?」
「『俺の血流ほとばしるバットをアキラのキャッチャーミットにストライクさせてくれ!』ってぬかしやがったからぶちのめした。野球に未練あったら、そんな例えはしないんじゃねーの?」
二人が静かに座り直す。
「金ちゃん……」「金之助君……」
二人とも呆れ返って二の句が告げない様子。
二葉がちらっと目線を寄越すが、答えようもない。
もし「どうしてボールじゃなくてバットなの?」という疑問なら「エロゲーの台詞回しはそういうものだ」と答えてやれるけど。
龍舞さんルートそのものについては、そんな台詞があったかすら覚えてない。
ただ、龍舞さんは特に捻りのない簡単な攻略だったくらいの印象は残ってる。
さすがに龍舞さんのフラグがブチ折れているであろうことは想像に難くない。
若杉先生で保健室に篭もりきりの時も思ったが……。
もし金之助を動かしてるプレイヤーがいるなら、そいつはきっと「にわか」だ。
あるいはエロゲーが現実世界と思ってるバカだ。
二葉や芽生から天然呼ばわりされる俺だってわかるのに。
ここはエロゲーの現実世界だけどな!
しかも「トイレならあっち」が正解の選択肢だったヒロインも目の前にいるけどな!
自分ツッコミしてる場合じゃない。
龍舞さんの言い分はもっともだ。
あの金之助が野球できなくなったことを気にしているとは思えない。
それくらいのトラウマならゲームのどこかで描かれたはず。
ヒロインの気を引くエピソードとして。
もちろん自称「平凡な元野球部員」という一人称フラグ入りで。
何をやらせたところでヒロインと結ばれる限りはハッピーエンド。
いくらでも人生の選択肢あるヤツが一つ失ったところでどうということはないのだろう。
凡人の俺には理解しがたいが、ゲームでは一心同体だった存在。
何となく納得できないでもない。
さて、場を納めるか。
「金之助には俺が聞く」
二葉がどんよりする顔を上げた。
「アニキが?」
「男同士なら気兼ねせずに切り出せる。きっと腹を割って話すだろう」
芽生も二葉に続いた。
「男同士って、金之助君が一樹君に話すかしら」
不安そうな、それでいて疑ったような目。
やはり芽生も心のどこかで一樹を見下したままなのか。
いや、金之助と比較すれば誰もが格下扱いされて当然だ。
「芽生、自らのマスターを信じろ」
「信じる信じないじゃなくて……一樹君のいいところわかってるのは、きっとわたしだけだから――」
バンッと机を叩く音が響いた。
「妹の前でよく言った!」
「なんで怒るの! 褒めてるんじゃない!」
「あたしはアニキのいいところ知らないってかい!」
「言葉尻とらえて突っかからないで!」
あーもう。
しかし呆れかけたとき、隣から低くドスのきいた声が響いた。
「二人ともうぜえ」
龍舞さんの眉間にはシワ。
二人が口を閉じるや、普段のトーンで口を開く。
「一樹に任せとけばいいんじゃね? 多分大丈夫だよ」
「アキラ、なんでそう言い切れるの?」
「んー、なんとなく」
「なんとなくって、あなたねえ」
二葉が腕を伸ばして芽生を制する。
「アニキに任せよう。時間もったいないし、あたしも芽生もやりたくないんだから口挟む権利ないよ」
「そうね……わかったわ、一樹君に任せる」
「じゃあアニキ、そういうことで」
ちろりとこちらに目を遣り、そそくさと締めてしまった。
「大丈夫なんだよね?」ということだろう。
軽く頷いて返す。
きっと龍舞さんの直感通りだ。
金之助は誰からも好かれているようで、きっと同性の友達はいない。
勉強もスポーツも桁外れにできて女にもモテて、性格までもがイケメン。
誰がそんな完璧超人に好きこのんで近寄りたいものか。
傍にいる限り、ひたすらコンプレックスに苛まされるのに。
金之助にとって友達と呼べるのは一樹と、ある意味で華小路だけ。
だからこそ龍舞さんに一樹を助けるよう頼んだのだろう。
龍舞さんはそうした金之助の心理を本能で察しているのだ。
龍舞さんが立ち上がる。
「話片付いたみたいだし、行こうか」
二葉が怪訝な顔で尋ねる。
「どこへ?」
「保健室。若杉センセには筋通しといた方がいいんじゃねーの?」
「それもそうね、じゃあ……」
ロッカーの扉を開け、取り出したものを机に置いた。
「ウインドブレーカー。チア服で外歩くのは寒いでしょ?」
龍舞さんの顔がみるみる赤くなっていく。
「最初から渡せ!」
「ごめん。ユニフォームと一緒に出そうとしたら、芽生に止められちゃって……」
「芽生!」
「あはは、アキラって本当かわいい」
どこまで最悪だ。
ただ、この状況において龍舞さんをからかってみせるくらい泰然としている。
そう考えたら、やっぱり大したヤツ。
我が騎士は二葉よろしく頼りにできそうだ。




