161 1994/12/05 Mon チア部部室:一週間だ、一週間で奴らを潰してみせる
もうここから話すしかない。
覚悟を決めて口を開く。
「みんなゴメン。実は俺、レイカのこと最初から知ってた。犬食べさせられたことも、母親が佐藤の性奴隷にされてることも」
……しーんと静まりかえってる。
「なぜ驚かない?」
頭上から芽生の声が響く。
「わたしはむしろ二葉さんがレイカの名前聞いて驚かないことに驚いたわ」
二葉が答える。
「アニキから聞いた。美子から聞いたって。後から二人にも話すつもりだったけど、先にこの話が始まっちゃったから」
「わかったわ。一樹君続けて」
静かな口調。
芽生も芽生で冷静に聞いてくれている。
この場で一番情緒に流されそうなタイプだけに助かる、続けよう。
「奴らにビデオを見せられて……母さんをダシに脅されたんだ。遠回しに『K県まで行って、お前のおふくろも性奴隷にするぞ』って」
バン、と机を平手で叩く音。
「なんだって!」
言葉が早いか、手が早いか。
二葉が叫んで立ち上がった。
素か演技かわからないが絶妙な反応だ。
再び頭上から芽生の声。
「今度はなぜ驚くの?」
「まさか本当にそんなこと言ってたとは……ううん、アニキから聞いたときも信じられなかったくらいなのに……話の腰折ってごめんね、続けて」
実際には冷静に聞いて、冷静に判断してたのに。
二人が本当にそのつもりだったことに驚いたのは本音、その後は演技ってところか。
「あいつら、本当に何しでかすかわからないと思ったから言うなりになった。二葉のおしっこ取ってこいと言われたり、二葉の部屋の盗撮命じられたり」
再び机を平手で叩く音。
「なんだって! あ――」
なんか言いかけて呑み込んだ。
きっと「あれはあいつらの仕業だったのか!」だろう。
ここで驚くこと自体は自然。
だけどそこまで二葉が知っていてはまずいので口を閉じたんだ。
二葉が俺の頭上に目を向ける。
「芽生こそ驚かないの? まさかあたしがひどい目にあって嬉しいと思ってる?」
「一樹君を信じて黙ってるだけよ。あなたは絶対にそんなことしないって」
「は?」
俺の方が驚いてしまった。
「きっとあなたはあいつらに自分の……アレを入れて渡したはず。だって調べようがないのだから。違うかしら?」
「もちろんそうしたが、なぜわかる」
「わたしすら思いつくものを一樹君が思いつかないわけないもの」
「はあ」
この持ち上げぶりはなんだ。
「二葉さんの部屋の盗撮にしても同じ。あなたにとっての盗撮は芸術。あの写真を見た後ならはっきり言える。一樹君が芸術に値しない盗撮をするわけないわ。もしそんなことしたら、あなたはきっと自分で自分が許せなくなる」
そっちは実際に盗撮してたんだけど……ううん、違う。
きっと芽生の言う通りなんだ。
二葉の部屋の盗撮写真は本当にただの盗撮写真だった。
「一樹の写真」でないのは俺だってわかる。
それを見て、自分で自分が許せなくなり二人を刺す決断に至ったんだ。
だったらそのままなぞろう。
「芽生の言う通りだ。だけど俺には……相談できる友達がいない。もちろん二葉には話せない。あいつらには親がいるから半端な手出しもできない。やるなら一度でとどめ刺さないとだから機会を見計らっていた。そうしたら芽生が現れた。それも二人は共通の敵だという」
一旦、区切る。
三人からは何のリアクションもない。
聞き入ってくれている様子なので続けよう。
「しばらく様子見ようと思った。でもレイカの告白で芽生にも龍舞さんにも火がついてしまった。鈴木と佐藤を甘く見てはいけない。下手に手を出せば間違いなく返り討ちにあう。そして俺は絶対に二葉を守らないといけない。だったら最初に戻って、俺がやろう――」
こんなところか。
二葉にも大体の事情は通じたはず。
見えざる手との関係だけ、後で付け足せばいいだろう。
「――そう、考えた」
ん? 芽生がゆっくり後頭部を抱き寄せる。
頭が胸に触れるか触れないかのところで止めた。
(よくも……※△※×※○▲×)
えっ、今何て言った!?
小さい声での、恐らくは独り言。
それでもはっきりと聞こえた。
ただ信じられなくて、脳が台詞を拒否している。
芽生の、今度は優しげな、ゆっくりとした、澄み渡るような声が響いた。
「辛かったでしょう。でも、もう大丈夫。一樹君にはわたしがいる」
「えっ!?」
顔は見えない。
でも、くすりと笑ったのがわかった。
「知ってる? 『騎士』って字はね、『ともだち』って読むのよ」
芽生の言葉が胸を打つ。
あざといのはあざとい。
しかしいつもみたいな芝居がかって計算されたあざとさじゃない。
心から気遣って言ってくれたのが伝わったから。
ただ……。
「俺の話、信じるのか?」
「疑う理由ないでしょ。それに一樹君は理由もなくナイフ持ち出す人じゃない」
「はい?」
「汚らしくて醜悪な外見に繊細で優しい心と泰然自若な精神を持ち合わせた人だもの。むしろそれだけの事情を抱えていたと知って納得したわ」
芽生がすっと離れた。
二葉のところへ向かい、右手を差し出す。
「二葉さん。あなたとは色々あったし、これからもあると思うわ。だけど今だけは共闘しない? 一樹君のために、レイカのために、そして二葉さん自身のために――痛っ!」
二葉がひっぱたくように芽生の手を握った。
「やらいでか! あたしのことはあたしがケリつける! ――痛っ!」
芽生の側は左手も添えて力強く握り返していた。
「どこまでも憎たらしいあなただけど、味方ならこれほど頼もしい人もいないわ」
芽生が龍舞さんに目を向ける。
「アタシは握手なんてしないぞ。恥ずかしい」
「アキラにそんなこと期待してないわ。ただ力は貸してくれるよね?」
「できることがあればな」
今度は俺に目を向けた。
「一樹君、改めて問うわ。わたしと一緒に戦ってくれる?」
「もちろんだ。あいつらは絶対に潰す」
そうじゃないと一樹はこの世界に帰ってこられない。
フラグ回避と同時に、見えない手に連れ去られた原因を除去しないといけない。
ただ、それ以上に……鈴木と佐藤は絶対に許さない。
一樹のためにも、俺のためにも。
「アニキ、でもどうやって?」
二葉が問うてくる。
他の二人にはわからないけど、聞きたいのは「どうやって潰すか」じゃない。
もちろんそれもあるけど……。
真意は「フラグ回避はどうするの?」、そして「アニキには時間ないんだよ」だ。
そこまで考えているわけがない。
でも、やるしかないんだ。
それに……ぼんやりなんだけど。
どこかに突破口がありそうな気がしてならないんだ。
とはいえ、そのまま口に出すわけにもいくまい。
どう答える?
――トン、と背中を両手で押された。
今の感触はなんだ?
決して気のせいじゃない。
体温も何も無い、固さも柔らかさもない、そんな物体に押された気がした。
いや物体であるかもわからない。
まさか……見えざる手?
そうだとして、いったい何のつもりだ?
俺に味方するのか、それとも敵に回るのか。
どちらでも構わない。
味方するなら利用するし、敵に回るなら抗うだけだ。
まあ、おかげさまで腹が括れた。
人差し指を突き立てて三人へ向ける。
「一週間だ、一週間で奴らを潰してみせる」




