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160 1994/12/05 Mon チア部部室:このままキスするわ

 どうする?

 不意を突かれて混乱してしまってる。

 早く考えをまとめないと。


 二葉には帰ったら、色んな謎が繋がったことを説明するつもりだった。

 ただナイフで刺しかけたことは話すかどうかすら考えてなかった。

 完全にブチ切れてたし。

 龍舞さんが誤魔化してくれるまで忘れてしまった――我に返ったというべきか。

 あの場で成功していれば後悔する気は微塵もなかったが。

 こうなってみると話すのはやはりまずい。

 龍舞さんすら、そう考えたということなのだから。


 二葉に目を向ける。

 黙ってこっちを見ている。

 いや、訳わからないのを押し殺しているという方が正解だろう。

 訳わからないからこそ成り行きを見守る。

 こいつの人間離れした判断力には本当に助かる。


 しかし芽生が二人に比べて分別がないとは思わない。

 何か理由がなければこんなこと口にすまい。


 ここは芽生に喋らせて様子を窺おう。

 出方を決めるのは、それからでも遅くない。

 ふんと鼻を鳴らす。


「言葉を違えるつもりはない。しかしどうしてそんな素っ頓狂な発想が思い浮かぶ?」


「アキラが嘘を吐いたから」


 へ? そんな台詞あったか?


 芽生が作り笑いを引っ込め、龍舞さんにちらりと目を向ける。


「アキラはね、刃物持ち歩かない主義なの。絶対に、例外なくね」


 そうなの?

 確かにゲーム内でもそんな場面など記憶にない。

 わからない……けど、フィクション物のお約束はこれだよな。


「そりゃあれだけ強ければ刃物使うのは卑怯くらい考えるだろう。だけど例外なくってのは言い過ぎじゃないか?」


 俺にナイフを返すときは明らかに慣れた手つきだったけど。

 芽生がゆっくり首を振る。


「アキラはキレたら自分でも何するかわからない人だから、そんなポリシーないわ――」


 最悪じゃないか。

 そういえば椅子だってぶん投げてたっけ。


「――そうじゃなくてトラウマなの」


「トラウマ?」


「アキラって昔カミソリをポケットに入れてたら穴空いちゃって財布落としてね。さらにバイクがガス欠になって、遠い遠い距離を押して帰ってくる羽目になったことあるの。そのとき『アタシは懲りた、絶対に刃物は持ち歩かない』と死にそうな顔でぼやいてたから」


 ぶっ!


「ちっ」


 龍舞さんが舌を鳴らす。

 本当なのかよ。


 というか、そんなすぐバレる嘘つくなよ。

 気遣ってくれるのは嬉しいんだけど。

 若杉先生の時もそうだが、龍舞さんって嘘吐くのが苦手だ。

 「珍しい」なんて言われたくらいだし仕方ないけど。


 芽生が再び、いかにも作った媚び満点の笑顔を浮かべる。

 俺は座ったまま、芽生は立ちながら見下ろす体勢だけに余計怖い。


「アキラは滅多なことじゃ嘘を吐こうとも思わない子。それなのに嘘を吐いたのは一樹君を庇ってのもの。だったら予め用意していて二人を刺そうとしたと考えるのが自然でしょう」


 まいった、本当に一言で割り出しやがった。

 なんのかんの言って二人がそれだけ仲のいい証明だろうけど……どうする?


 誤魔化しきれないな。


「だったらどうした」


 ちょっ!

 芽生が両手で後頭部を抱きかかえてきた。


「わたしは怒ってるんじゃないの。あなたは何の理由もなく、そんなことする人じゃない。ただ、わたしは話してほしいだけなの、わたしを信じてほしいだけなの」


 うう、ぐさぐさ来る。

 男なら女の子にこんな信じ切られた台詞吐かれたら絶対落ちる。

 ましてやメインヒロインの芽生だぞ……けど。


「もし嫌だと言ったら」


「このままキスするわ。一樹君には最高の拷問だものね」


 ぶっ!


 二葉が叫んだ。


「ちょっと芽生! やめてくれない!」


 芽生の顔から作り笑いが消え、冷めた目で二葉に目をやる。


「あなたは黙ってて。これはわたしと一樹君の問題よ」


「やるならせめて外でやって! あたしは一樹の妹なんだよ!」


「その台詞は部室で一時間もスカート捲らせる前に聞きたかったわね」


 ごもっとも。

 しかし神社での虹野を、まさか芽生が再現しようとは。

 いったいなんというデジャブ。


 ……と来たら次に来る台詞はこれなんだろうな。


「さあ行くわよ!」


「やめろ! わかった! 話す! 全部話す!」


 二葉に話すか迷ってたナイフの一件はバレてしまった。

 かと言って、二葉に取り乱した様子はない。

 だったら話しても構わない。


 龍舞さんはこっちを見ていない。

 芽生が問題だが……。


「話すって言ったんだから離れてくれないか?」


「全部話してくれた後でね」


「見つめられていると話しづらい! せめて真っ直ぐ立って顔を合わせないでくれ」


「わかったわよ」


 芽生が俺の後頭部を抱えたまま状態を起こす。

 目の前は芽生の胸。

 ブレザー越しでもわかる形のよさ。

 大きすぎも小さすぎもしない、これぞメインヒロインバスト。

 ああ、この呪われた体じゃなければ至福の光景なのに。


 いかんいかん、とにかく芽生の視線は離れた。

 二葉にアイコンタクトを送る。


「あーあ、なんだかなあ……ま、あたしとしても聞きたいところだ」


 俺達に呆れた振りをしながら机に肘をつき、指でトントン叩く。

 「わかった」の合図のつもりだろう。

 相変わらず頼りになるが、咄嗟にそんな演技をできるのが恐ろしくもある。


 二葉、うまくあわせてくれよ。


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