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156 1994/12/05 Mon 写真部部室:チャコが十割増しに見える!

 芽生がテーブルに自らのパンツ写真を並べ、しげしげと見つめる。


「ふん、凡夫に俺の写真の魅力はわかるまい」


 というか、わかったら怖いよ。

 パンツの盗撮写真という時点で今すぐテーブル引っ繰り返されてもおかしくない。

 しかも自分のパンツ。

 俺だって自分のパンツ写真なんか見たくない。


「わかるわ」


 へ?


「この写真には間違いなく『わたし』がいる。パンツしか映ってないのに不思議ね」


「はあ……」


「ああ、この時一樹君はこんな愛しい目でわたしを見てたんだって伝わってくる。愛情さえ感じる。きっとわたしではなくパンツに対してなんだろうけど」


「はあ…………」


「犯罪性と変態性はともかくとして『芸術』とまで言ってのけるのも納得よ。茶道部の活動撮った写真と不思議なほど違和感がない。撮影対象は天と地なのに」


「はあ………………」


 芽生、怖い――はっ!

 両肩を掴まれガクガク揺さぶってくる。


「本気で生まれ変わりましょう! パンツ写真ですらこんな心揺さぶる写真撮れるのに! 凡夫なわたしだってわかるのに! 才能がもったいないわ!」


「は、はあ……」


「一樹君なら絶対にすごい写真家になれる! わたしもとことん応援する! 全力で応援する! パンツ以外ならモデルだって何だって引き受ける!」


 目がマジだ……。

 いつもの理想的ヒロインチックな全肯定じゃない。

 間違いなく本心から言ってくれている。


 だが、どう反応すればいい?

 「パンツ写真ですら」に噛みつく? 一樹の芸術への冒涜として。

 いや、この空気でそんなの口にできない。

 「わかった」? 一樹が素直にそんなの口にするわけない。

 いかに真人間になろうとも根っこまで変わるわけがない。

 「ありがとう」も同じだ。

 大団円でおさまるだろうが、優しくされれば逆に強がるのが一樹だ。


 強がる? 


 そうか!

 いかにも偉そうに鼻をふんと鳴らす。


「そうかそうか。だったら写真は家に持ち帰って我が至高かつ崇高なるパンツコレクションに加えてもいいんだな」


 芽生がゆらりと離れた。

 こめかみに青筋が浮き、目には陰がかかったかのよう。


「甘えないでくれるかしら」


 写真を一枚手にとり、ビリッと引き裂く。

 次の写真を手にとり、また破る。

 さらに次の写真……。


 怖い。

 今度は本来の意味で怖い。

 もう恐怖しかない。


 でもこうなるのはわかってたし、わかっていてもやるしかないのだから仕方ない。

 せっかくの厚意を踏みにじってごめんよ……。


 ――最後の一枚になった。


 芽生が写真を手に取り――懐へしまいこんだ!?


「これはもらってあげるわ」


「なんで! しかも「あげる」ってなんだよ!」


「一樹君の最後の、その中でも本当に最後のパンツ写真ですもの。記念にしようかなって」


「しなくていい!」


「自らの盗撮されたパンツ写真を進んで引き取る。こんな『同級生の手の届かない存在なヒロイン』、どんなマンガやアニメ探してもいないと思うわ。感謝なさい」


 うん、きっといない。

 恐らくエロゲーですら存在しないと思う。


 芽生がにこりと笑う。


「もしこの写真が『最後』じゃなくなったら、その時はただじゃおかないからね」


 怖っ!


 ……っと、壁時計に気づく。

 授業の一時間目が終わりそうだ。


「芽生、そろそろ行くわ。チャコにこないだの写真を渡さないと」


「あっ、じゃあわたしも行くわ」


「俺が渡しておくからいいって」


「自分で撮った写真は自分で渡したいものじゃない? 一樹君なら気持ちわかってくれると思うんだけどな?」


 わざとらしく首を傾げやがって。

 だけどまあ、その通りではある。


「わかった。じゃあ行こうか」


※※※


 教室に戻ったらちょうど休憩時間。

 チャコの苗字は「しろいぬ」、席は五十音順だからあの辺かな……いた。

 クラスメイト達と集まって談笑している。


「おはようチャコ。こないだの写真できたぞ」


「おは――」


 チャコが挨拶を返してくれようとした瞬間、周囲がどよめいた。


「チャコ、いつのまに一樹と友達になったの?


「一樹が自分から女子に話しかけるなんて初めて見た!」


「ううん、その前に一樹がクラスの女子と話すんだ!」


「一樹が『おはよう』なんて言うんだ!」


 そこからか!


 最初の二つはまだわかる。

 だけど最後のは、話したことないなら最初からわからないだろうが。

 三番目にしても龍舞さんは「クラスの女子」じゃないのか。

 クラスメイトにしてみれば異世界の人扱いなんだろうし、頷くしかないくらいに気持ちはわかるけどさ。


 でもまあ……「一樹ごときが声をかけるな」扱いされないのは何より。

 学園女子からの立ち位置がかなり変わったことを実感できてしみじみする。


 逆に、傍らにいる芽生については目を向けるだけ。

 芽生が俺の騎士をしている、あるいはチア部副部長として俺を監督してるというのは既に学園中に知れ渡っていること。

 一緒にいること自体は驚かないだろうけど。

 「どうして芽生も一緒?」くらいの警戒はしているだろう。

 チャコを囲んでいる時点で、みんな内部生だろうし。


「一樹、おはよう。こないだ茶華道部の部活写真撮ってもらったんだ」


「えええーっ!」


「そこ驚くところ? 一樹は写真部じゃん。しかもコンクールで最優秀賞獲ったことあるくらいの腕前じゃん」


「そうなんだけど……これまでがこれまでだけにさ……」


「一樹って意外に紳士だよ。撮影の最中も転んで倒れかけた部員を自分が下敷きになって助けたくらいだし」


「ええっ……ううん、ここは驚いたら失礼だね。トラックから子供助けたくらいなんだし」


 本当に何もかもが一樹の都合のいい方向に回っていく。

 一郎はともかく、部員転んだのは茶華道部が仕組んだトラップじゃないか。


 芽生がすすっと歩み出る。


「ごきげんよう、チャコさん。まずはわたしの撮った写真からお渡しするわ」


 再びどよめく。


「芽生が写真!?」


「写真部入ったんだって。それで一樹が『芽生の教育のため撮らせてくれ』って」


 チャコが「ありがとう」と写真を受け取る。

 みんなも見ることができるように机へ写真を並べた。


「どう……かしら?」


「普通に撮れてるじゃん。もっとピンボケだったりとんでもないアングルで写ってたりとかだと思った」


「チャコさん、ひどい!」


 不安そうにしていた芽生の顔が華開く――って、ちょっと待て!


 机には写真が数枚しかない。

 つまり、失敗した写真は隠滅しやがったんだ。

 芽生が自分で渡そうとした本当の目的はこれだったのか。

 この見栄っ張り。


 まあ、ここは情けだ。

 本当はひどい写真の方が大半だったことは黙っておいてやろう。


「じゃあ、こちらが俺の撮った写真」


 チャコが受け取る。

 同じく机に並べる。




 反応がない。

 「いい」とも「悪い」とも言わない。

 ただ黙りこくっている。


 業を煮やしたか、芽生が静寂を破った。


「我が部長のことながら、素晴らしい写真と思うのだけど?」


 チャコがはっと気づいたように返事をする。


「あ、ごめんごめん。私もそう思うよ。写真に引きこまれて黙っちゃってた」


 周囲も次々口を開く。


「同じ同じ。写真の良し悪しなんてわからないけど、これはさすがにわかる」


「うんうん。お茶には全然興味なかったんだけど、私もこんな優雅で厳かな雰囲気まとえるならやってみたいって思っちゃった」


「だねだね。お抹茶がすごく美味しそう。なんだか飲みたくなってきちゃった」


「しかもしかも! チャコが十割増しに見える!」


「……何それ」


 さすがに最後のはツッコミが入った。

 笑ってるし、本気で怒ってるわけじゃなさそうだが。


 芽生が肘で腕を突き、にやにやとアイコンタクトを寄越す。

 「ほらほら」と言わんがばかりに。


 わかってるよ。

 もしこれがスーパー一樹じゃなく俺自身の腕で撮ったものだったら、今頃はきっと天にも昇る心地だったろう。

 この賛辞は決して「雨木」に向けられたものではない。

 正直言って複雑なものはあるけど……。

 それでも一樹本人にこの声を聞かせてやりたい。


「一樹ありがとう。この写真は喜んで部室に飾らせてもらうね。説得力すごいし、学園への活動説明や部員勧誘とかにも使っちゃったりしてもいいかな?」


「どうぞ」


 ぶっきらぼうにぼそっと答える。

 天才の一樹にとっては、こんなの当たり前でしかないのだから。


 周囲の一人が不思議そうにチャコに問う。


「でもチャコと芽生もなんか親しげだよね」


「芽生って気さくだし面白いよ」


「へえ、もっと鼻持ちならない子だと思ってたけど」


 芽生が憮然とする。


「どう思っていただこうと結構よ。でも、本人の前で言う?」


「あはは、過去形だから口にしてるんじゃん。チャコの友達なら私達とも友達」


「ふふ、そうね」


 チャコがこくこく頷きながら口を開く。


「意外って言えば龍舞さんも意外だったな。まさかあの人がって感じ」


「龍舞さんがどうしたの?」


「うんうん、おはぎをね……」


 土曜日の一件を話す。


「本当に意外すぎて、どう答えればいいかわからないじゃん!」


 芽生がくすりと笑った。


「アキラって人づきあい苦手だし見かけで誤解されやすいけど。実際は真っ直ぐでいい子よ。おはぎ作ってくれた子の気持ちを察してあげられるくらいにはね」


 チャコも相づちを打つ。


「うんうん、私もそう思った」


「へえ……」


 始業のチャイムが鳴った。

 席に戻って次の授業の用意しないと。


※※※


 お昼休み。

 学食でランチを済ませて戻ると、隣には龍舞さんが来ていた。


「龍舞さん、おはよう」


「おはよ」


 どことなく緩んだ顔でサンドイッチを食べている。

 もう聞かずとも「けろさんど」だとわかる。


 席に腰をおろすと、


「カ~ズキン」


 また鈴木と佐藤か。

 いい加減しつこいよ、無視して教室から出よう。

 立ち上が――りかけると鈴木が肩を組んできた。

 続けて佐藤も。

 体重を掛けながら席に押しとどめてくる。


「放せ」


 しかし二人はお構いなしに耳元で囁いてきた。


(よう、ずっと待っててやったけどよ)


(そろそろ約束果たしてもらおうじゃないか)


 約束?


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