155 1994/12/05 Mon 写真部部室:わたしじゃだめでも彼ならOKなのかなとか……かなとか……かなとか……
はあ?
「わ、わ、わたしには……男の子についてるアレがないから想像できなくて……ううん、やり方は知ってるんだけど、金之助君と一樹君が愛し合ってるところなんて想像できなくて……」
芽生が顔を赤らめ、指をこねくり回しながらしどろもどろで続ける。
ああ、そりゃ恥ずかしいだろうよ。
聞かれてる俺だって恥ずかしい。
だが、ちょっと待て。
「なんで俺と金之助なんだよ!」
「金之助君と仲がいいみたいだし。わたしじゃだめでも彼ならOKなのかなとか……かなとか……かなとか……」
どうしてそうなる。
龍舞さんの言う通りだ。
芽生って一周回ってバカなところある。
「まず聞きたい。どうしてそんな質問をする?」
「相談に乗ってくれるって言ったじゃない」
「俺と金之助が結ばれる相談に乗るなんて言ったおぼえはない」
「そうじゃなくて! 大場と鈴木ってできてるんでしょ!」
ああ、そういうことか。
「だったら初めからそう言え」
「なんであんな汚らわしい二人が愛し合うところを想像しないといけないの?」
もっともだが、俺と金之助で想像するのも大概だぞ。
普通はせめて華小路と金之助だろう。
まあ事情は理解した。
まったく、芽生も案外おめでたい。
「あんなの鈴木達と大場の芝居に決まってるだろ」
「えっ!?」
素で驚いてやがる。
「普通にありえないだろうが」
芽生もレイカもあまりに素直すぎる。
よく言えばそれだけ育ちがいいんだろうけど。
「だってあの二人ありえないじゃない。佐藤はレイカのお母様まで奴隷にしてるのよ?」
「そっちは本当だろう。現場を見たのだから。だけど鈴木と大場がまぐわってる現場まで見たわけじゃあるまい?」
「そりゃあ……まあ……」
「レイカは犬を食べさせられ、しかもその写真を学校に貼られるというありえない目に遭った。だから鈴木と大場のありえない台詞も簡単に信じてしまった。その後に母親が奴隷にされてる現場を見たなら尚更のこと――」
芽生は黙って耳を傾けている。
このまま説明を続けよう。
「一つありえないことが事実として突き出されれば、他のありえないことまで事実に見えてしまう。一種の心理トリックだよ」
大場についてはわからない。
しかし鈴木については言い切れる。
もし鈴木に男色の気があるなら、ここまで鬱屈した性格になってないはず。
芽生や他のヒロインに相手にされなくとも男同士に走るという逃げ道があるのだから。
まして鈴木は芽生にしつこくちょっかい出すほどの面食い。
大場が世に言う男の娘ならまだわからなくもない。
しかしアルバムでチェックしたところ、やっぱり何の変哲もないモブ顔だった。
あえて言えば肉付きよくて、一樹とは違った意味で脂ぎってる感じ。
まさか女に対しては面食いで男に対して違うということもあるまい。
芽生の声が掠れる。
「二人は……どうしてそんな真似を?」
「大場がレイカにコンプレックス抱いてたのは丸わかりじゃないか。きっと鈴木が心の隙に入り込んだんだよ。『優等生の美子に俺達劣等生の気持ちをわからせてやろうぜ』みたく」
――ダンッと激しく机を叩く音が響く。
「許せない! ある意味もっとひどいクズじゃない!」
声を荒げ、ハアハア息を切らしている。
我に返ったか、すっと頭を下げてきた。
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいよ、わかるから。それより本番はこの先だ」
「本番?」
「ああ、俺の推測にすぎないが落ち着いて聞いてくれ」
「はい」
自らを落ち着かせるためか丁寧な返事。
背筋まで伸ばした。
鈴木と大場の戯言を信じ込んでしまっていたくらい。
まず、間違いなくここまで思考が及ぶまい。
「話を聞いた感じだと、大場ってやりたい盛りの性獣だよな。性欲の捌け口にしていたレイカをあっさり手放すなんて不思議に思わないか?」
「言われてみれば……そうね」
「そして、ほいほいと次の捌け口が見つかるとも思えない」
「同意するけど、もう少し言葉選んでくれないかしら?」
「少なくとも大場の側に愛なんてなかったのだから捌け口そのものだろう。あえて言い換えるならアクセサリーだな」
別れ際に「チア部の部長候補」を強調していたくらい。
レイカが部長になれば学園女子ナンバーワンのステイタスを有する恋人を持てる。
その権威を通じて自らのコンプレックスを埋めたかったのだろう。
芽生が哀しげに目を伏せる。
「続けて……」
「だったら答えは自然に導かれる。鈴木と佐藤が代わりの捌け口をあてがった。それもレイカに匹敵するほどの女子を」
はっ、と息を呑んだ。
「まさか、それって!」
「英子だよ」
「そんな、バカな……」
開いた口が塞がらない
明らかにショックを受けている。
社会に揉まれている芽生ならと思ったが、やはり子供だったか。
推測とは断ったが、各人の性格を考えて情報を結びつければこれで間違いない。
それでも話す必要はなかったのかもな。
我を取り戻そうとしてか、芽生が頭を振ってから口を開く。
「それは英子さんから? それとも二人にそそのかされて?」
「わからない。ただ英子のレイカに対する敵愾心は相当なもの。二人から話を振られて『渡りに船』で飛びついたってところじゃないか? 目的のためには手段選ばないらしいし」
「わたしに似て、ね」
明らかに自虐と受け取れる嘆息。
レイカも英子を芽生に重ねてたくらいだものな。
だが、しかし。
「似てないよ。芽生と英子は全然違う」
「ありがとう。少しは慰められるわ」
弱々しい微笑。
しかしこれこそが芽生と英子の決定的な違いである。
芽生が意気消沈してる真の理由は、レイカに共感してしまっているから。
友人の事を我が身の事かのように聞いているから。
口では色々言いながらも根っこは優しいしお人好し。
単にヒロインだからというだけでなく、俺自身接してきて断じきれる。
一方の英子はあのコンビと類友。
周囲に一切の感情を払わないサイコパスだ。
それに……。
芽生ならレイカが二葉を見守ろうと切り出しても断っただろう。
あるいは表向きレイカに同調して、裏では一人で策を練って戦ったかもしれない。
この点においてレイカは芽生を読み誤っている。
確かに芽生はプライド高くて見栄っぱり。
だからと言って泣き寝入りや逆恨みをするタマじゃない。
俺を仲間に引き入れようとしたときのように、いざとなれば見栄すらかなぐり捨てる。
「目的を達するためなら手段を選ばない」とは本来そういうこと。
目的そのものを捨ててしまっては意味ないだろう。
真の意味で芽生は気高いのだ。
若杉先生もきっと気づいているはず。
俺ですら至る考えを、あのキレキレなあやかしさんが気づかないわけがない。
ただレイカに告げる必要はないし、心情を慮って口を噤んだのだ。
芽生の言う通り、クズだと思ってたのがもっとクズだったというだけの話だから。
芽生が深く溜息をつく。
「認めたくないけど、推測にしては自然な説得力があるわね……わかったわ。英子さんについては母校で調べてみる」
「母校?」」
「わたし、英子さんの通っているK大付属の中等部出身だから。情報源はいくらでもあるわ」
そうだったのか。
「何かあったら、また改めて相談に乗ってね――さてと」
芽生が立ち上がる。
「そろそろ写真乾いた頃ね。見てみましょうか」




