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152 1994/12/04 Sun リビング:どうやってレイカのお母さんを性奴隷にしたんだろうな?

 帰宅して二葉が目を覚ました。


「あの二人殺してくる! って、なんで足を縛られてるの!」


 こうなるだろうと思って、玄関に入ってすぐ二葉の両足を縛っておいた。

 イモムシのように体をよじる二葉。

 手は縛ってないのだから自分でほどけばいいだけなんだけど。

 そんな考えにも至らないほど頭に血が上っている。


 ……当然だけどな。


「落ち着け。まずは落ち着け」


 二葉の口にニンフでもらったピザを突っ込む。


「ん、んん……もぐもぐ、まずっ!」


 そりゃそうだろう。

 「冷めたピザ」って例えられた総理がいるくらいだし。

 それでも一旦は食べようとしたところが、食い意地張った二葉らしいというか。


「アニキ、足の紐ほどいて! ピザあっためるから!」


 自分でほどけよ、と思いつつ紐を解く。

 別の方向に頭がいったらしいし、ひとまずよしとしよう。


 ――ダイニング。


 ソファーでピザを摘まむ二葉はほくほく顔。


「んー、タダ飯はおいしいねえ。色々ひどい目にあったけど全部忘れられそう」


 およそお嬢様学校に通う女子高生とは思えない台詞。

 もう今更だが。


 というか、お前の遭わされた目はピザ一枚で忘れられるものなのか?

 エロゲーチェックといい、しびれ薬といい。

 俺なら一晩寝ても絶対に忘れないぞ。


 ――食べ終えていつも通りの総括。


 二葉は再び仏頂面。


「なんで足を縛り直すわけ?」


「話し始めたら、またブチ切れて飛び出しかねないだろうが」


「トイレ行きたくなったら困るじゃん。それともアニキがお姫様だっこしてトイレにつれてってくれるの?」


 「アニキにできるわけないよねー」とあからさまなのがむかつくけど。

 俺をからかえるくらいに落ち着いたのなら問題あるまい。

 するりと紐を解く。

 二葉が足をどっかりと開き、膝上に肘をついた。


「頭冷えてみると全てがぶっ飛んでて何が何やら。まあ……とにかく話し合おうか」


「そうだな。こうなった以上は二葉からも聞きたいこと色々あるし」


「なんでも聞いて。母さんのことも相談しないとだしね」


 台詞だけは冷静に聞こえる。

 しかし訥々とした口調とは裏腹に、表情はぎりぎり歯ぎしり。

 腹に据えかねて当たり前だからな。

 これだけ理性を優先させられるだけでもやはり高校生離れしている。


「その母さんなんだが……二葉って確か『まともな人』って言ったよな? 画像記憶能力の持ち主なんて、とてもまともと思えないんだが」


 人格的には「まとも」どころか、できすぎてるくらいできてると思ったけど。


「あたしだって初めて知ったよ。そりゃあ母さんはいくらでも努力できちゃうよね」


 悪態全開だけど無理もない。

 なんでも一目で覚えられる異能者に常人の苦労がわかると思えない。

 しかも「T大の中では頭悪い」って絶対そんなことはない。

 レイカの話聞いただけでも地頭からしてよさそうなのは容易に察しがつく。


「母さんには報せるべきかな?」


「母さんを守るという点においては報せる必要ないと思う。アニキの考えた通り、今はK県にいるから地理的に佐藤の手は及ばないし」


「そうだな」


「それに、あたしや芽生や龍舞さん達が少なくともクリスマスまでは安全が保証されてるのと同じで、母さんも『見えざる手』に守られるんじゃない?」


「そこまでは楽観的にすぎるかもしれない。ゲームに母さんが出てこない以上、プレイヤーにさえ見えなければ何が起きていても不思議じゃないのがこの世界だからさ」


「杞憂じゃない? エンディング迎えたはずのヒロインの母親が実は名も無い脇役から性奴隷にされてましたって、あたしでもバッドエンド以外の何物でもないってわかるよ」


 その通りなんだけど……何か見落としてる気がする。

 まあ、いいか。

 少なくとも地理的に困難なのは間違いないし。


 二葉が何やら顔を赤らめた。


「そ、そそ、それに……最悪の場合は、あたしがおしっ娘覚悟で金ちゃんとエンディング迎えちゃえばクリスマス以降も母さん守ってもらえるはずだし」


「お前はそれでいいわけ?」


「よかないよ! だけど母さん性奴隷にされるよりはましだよ!」


 叫びを聞いて、我に返った。

 二葉の台詞は当たり前であって、当たり前じゃない。

 どうして俺達は母さんが佐藤に篭絡されることを前提に話してるんだ?


「そもそもさ、どうやってレイカのお母さんを性奴隷にしたんだろうな?」


「あたしが知るわけないじゃん。分別ある大人が佐藤ごとき何の変哲もない高校生に、性奴隷はおろか口説かれる自体が想像できないよ」


「俺だって想像つかない。実は俺達二人して間抜けなこと話し合ってないか?」


 はっと小さく息を呑む。

 ようやく二葉も自分達の間抜けさ加減に気づいたらしい。

 中身ゲスで外見平凡な佐藤に、次から次へと熟女を落とす能力があるわけない。

 そんなことできたら熟女専門金之助と呼んでいいくらいだ。


「……そうだね。ただ想像できないからこそ何しでかすかわからない不気味さはない?」


「だからこそ間抜けな話合いになってたわけだけどさ。レイカの話だけでも母さんがモラルの塊なのはわかる。どんな事情があろうと佐藤の誘いは受けまい」


 ましてや、母さんはレイカの事情を知っている。

 佐藤が近づいたところで、きっと全てが結びつくだろう。


「母さんを信じるしかないね。これ以上は不毛だし、角度を変えようか」


「了解」


「レイカの復讐という点からは、もちろん告げれば力になってくれると思う。だけどゲーム終了のクリスマスまではそれどころじゃないから、やっぱり告げる必要はない」


「その通りだ」


「でもっ!」


 二葉が拳でテーブルを激しく叩いた。

 身を乗り出し、きつい眼差しで睨み付けてくる。


「理解はしても納得できない! あたし達、これだけ知っちゃって何もできないわけ? しかも美子がひどい目にあったのは元を辿ればあたしのせいなんだよ?」


「だからって俺達に何ができるんだよ」


「異世界から来たアニキならもしかしてって」


「俺の中身はただの下っ端スパイだ! どっかの東京タワーから異世界に飛ばされた魔法騎士みたく特別な力持ってるわけじゃない!」


 それどころかキングオブキモオタという盛大な欠点まで背負わされて。

 二葉が再び頬杖をつく。


「わかってるよ……それでも人智を越えた存在なのは間違いないんだから、すがりたくもなろうってものじゃん……」


「ごめん」


 謝ることもないけど謝りたくなる。

 俺だって二葉と気持ちは同じだ。

 死んだとき三〇歳越えてたなら、童貞の俺は魔法使いにでもなれてたのかも。

 そんな都市伝説にすがりたくなるほど情けなくはある。


「あたしも無茶言ってごめん。まあ、芽生がアニキを抱き込もうとした理由はようやくわかったね。納得はしたし、美子絡みじゃ今後は芽生をいじれないなあ」


 唇の端を歪める。

 この件をめぐって散々いじってきたことへの罪悪感はあるらしい。


「俺を鈴木と佐藤と刺し違えさせようなんて大迷惑極まりないけどな」


「でも今は違うんでしょ? 正直なところ、芽生がアニキに期待するのはわかるよ」


「そりゃ中身は一回り離れた大人だもの。子供からみればそんなもんだ」


「もちろんそれもあるだろうけど、それだけじゃなくて。何かやってくれそうって根拠のない期待抱いちゃうんだよ。アニキってそういうところあるから」


「ねえよ」


 半目がちに、じとっとした視線を向けてくる。


「普通の人なら一樹に憑依させられた時点で自殺するか野垂れ死んでるかだと思うよ?」


「まったく嬉しくないし、人間そんな簡単に死にはしない」


「もう……ここで『俺に任せとけ』くらい言えば女の子はキュンとするのに」


 そういう性格ってわかってるけどさ、と付け加えて立ち上がった。


「お茶入れるよ。少し休憩しよ」



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