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151 1994/12/04 Sun 双玉神社:それはお前の台詞じゃねえ!

「美子……なんてこと……」


 まさか!

 一言で全てを悟ってしまった。


「虹野、てめえ……」


「『寝かせただけじゃねえか』というツッコミはないのかにゃん?」


「そんな場合か! よくも俺達が隠し通そうとしていたことを!」


 こいつ、師匠と同じことしやがった。

 つまり退行催眠。

 俺を無理矢理寝かせて、夢の中で時間を遡らせたのだ。


「くっくっく、気にするなにゃん。隠し事はいつかバレるものにゃん」


「それはお前の台詞じゃねえ!」


 しかも何を得意げに笑ってやがる。

 本人にすれば特技自慢なのだろうが。

 今回ばらされたのは俺じゃなくレイカの秘密。

 自分じゃなく他人の事ゆえ、もっと洒落になってない。


 受話器の向こうにいるはずのイジラッシに叫ぶ。


「お前は弟子にどんな教育してやがる!」


〔押しかけ弟子じゃと言ったろう。むしろわしは関係ないのに、催眠かかっとる間付き合ってやったことに感謝してほしいわ〕


〔まさか他人の生活覗き見して楽しむような下世話根性からじゃないだろうな〕


〔高い国際電話料金払ってまで、そんな下世話発揮しとうはない〕


 ごもっとも。


「アニキ、もういいよ。隠し事はいつかバレるものさ」


 二葉がすっくと立ち上がり、社務所の出口へ向かう。


「どこへ行く!」


「鈴木と佐藤はこの世に生きてちゃいけない。今すぐ殺す」


 だあっ!

 芽生や龍舞さんと同じ反応しやがって!

 人として当たり前なのもわかるけど!


 二葉を後ろから羽交い締め!

 虹野に向けて叫ぶ!


「今すぐ眠らせろ!」


「いいのかにゃん? 虹野も二葉先輩の気持ちわかるにゃん?」


「先輩を殺人犯にする気か! ここで止めてこそ『ヒロイン』だぞ!」


 虹野が二葉の前に立ちはだかる。


「二葉先輩、ごめんにゃ。『ヒロイン』を持ち出されたらしかたないにゃ」


「あんた、何を――ぐっ!」


 二葉の腹に虹野の拳がめり込む。

 そのまま二葉は眠りについた。

 実はこのゲームのヒロイン、全員武闘派って隠し設定あるんじゃないか?


 虹野が溜息をつく。


「やれやれにゃん。虹野もちょっとくらいはクズの自信あるけど、話に出てきた二人には足元にも及ばないにゃん」


「虹野は二人のことを知らないのか?」


「学年違うのに知るわけないにゃん。二年生で知ってる男子なんて金之助先輩と華小路先輩と一樹先輩くらいにゃん」


 まさに飛び抜けて秀でているか、飛び抜けて劣っているかの面子。

 鈴木や佐藤はもはや犯罪者級のクズと思うんだが。

 それでも学年違うヒロインには名前すら知られていないところに、逆の意味でのモブパワーを感じる。

 一ミリくらいはあいつらの僻む気持ちもわかるかも。


 しかし、とんだ時間の無駄遣いだった。

 いや……今日は天照町観察が目的だったから、ある意味収獲なのか?

 どっちでもいいや。

 イジラッシの元気そうな声を聞けたからよしとしておこう。


「じゃ、俺達は帰るわ」


 二葉をおぶさろうとすると、電話口から大声が響いた。


〔雨木君、待て〕


「どうした?」


〔実は近々日本に行く。時間とれんか?〕


「なんだって!?」


〔カザフ政府から命じられての。H市で放射能被害の恐ろしさを講演することになった〕


 H市は広島市か。

 イジラッシの出身地クルチャトフとは核の犠牲になった都市つながりだからな。


「もちろん大歓迎で応じるが、講演するのは別にお前じゃなくてもいいだろうに」


〔ミハイルが動いて、わしが日本に行けるよう根回ししたんじゃよ。やっぱりヌシのことが気がかりらしくての。『パーパを連れて帰って悪いことしちゃった』って〕


「ミハイルさん……」


 俺の問題とイジラッシの帰国は全然関係ないのに。

 それに応じてわざわざ日本に戻ってくれるイジラッシもだけど。

 二人ともなんてお人好しだ。


〔あくまで公用じゃからH市に行った後になるし長居もできん。ただ未来が変わってるかと新たな選択肢が生まれてるかくらいは見てやれるじゃろう〕


「ああ、よろしく頼む」


〔ま、弟子の不始末の尻ぬぐいするにもちょうどいいわ。勝手に弟子を名乗っとるだけとはいえ、弟子は弟子じゃからのう〕


 弟子じゃないだろ。

 虹野の不始末をイジラッシがフォローする義理なんて欠片もないのだが。


 こいつって実は底抜けのお人好しなんじゃなかろうか。

 だから虹野に懐かれストーキングされてしまったのだろう。

 考えてみれば俺達と初めて会ったときだって、はぐらかして終わりでもよかったわけで。

 さすがゲームの公式サポートキャラと呼ぶべきかもしれない。


「師匠、虹野もお会いできるの楽しみにしてるにゃん」


 はあ……と大きな溜息が聞こえる。


〔お願いじゃからこれ以上話をややこしくせんでくれ。До встречи!《またな》〕


 逃げるように電話を切ってしまった。

 気持ちはわかる、痛いほど。


 さて、俺も逃げさせてもらうか。

 二葉を背中におぶさる。


「じゃあ、虹野。達者でな」


「達者とか今生の別れみたいにゃん」


「学校で会うかもしれないけど、お前は俺達の問題と関係ないし」


「待つにゃん!」


 忍者がごとくの俊敏な動きで出口に立ち塞がった。

 かと思いきや、両手の人差し指を絡めながら上目使いでもじもじし始める。

 いったいなんだというんだ。


「あ、あの……ごめんなさいにゃ……」


 色々されすぎて、もはや何について謝ってもらってるのかすらわからない。


「構わないよ」


 それでも実害被ったわけじゃないしな。

 リアルで見たら結構なクズというのが正直なところだけど。

 鈴木と佐藤に比べたらかわいいものだ。


 しかし虹野はまだもじもじしてる。


「あ、あの……虹野もきっと何かの役に立てると思うにゃん……」


 何を言い出すんだ。

 俺と二葉以外に学園で事情を知る者がいるのは、本来なら心強い。

 しかし虹野に何か頼もうものなら、逆に暴走して全員のフラグをぶち壊しかねない。

 ただですら麦ちゃんのフラグがどうなってるか気がかりなのに。


 これ以上構わないでくれ、と言いたいところだが……。


「ああ、何かあったら頼むよ」


 これが大人の対応というものだろう。

 虹野の顔がぱあっと華開く。


「任せとくにゃん! ヒロインに不可能はないにゃん!」


 胸をどんと叩きながら鼻高々にしてみせる。

 かわいいのはかわいいんだよなあ。

 こういう仕草なんてヒロインとしてのツボを心得てるし。

 芽生のあざとさに慣らされてなかったら少しくらいはクラッときたかもな。


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