150 1994/12/04 Sun 双玉神社:ニャンニャンとか、この時代でも死語だと思うぞ?
「やっぱりな」
二葉が倒れたまま、にじにじと這い寄ってくる。
ようやく動けるようになったらしい。
「アニキ……どうしてイジラッシさんが?」
「さあな。これから本人に直接話を聞かせてもらう」
とぼけてみせるも見当はついている。
うな垂れた虹野へ問う。
「イジラッシの電話番号は知ってるよな。社務所から電話掛けさせてもらう」
「だめにゃん。社務所にはお父さんがいるにゃん」
「嘘だ」
「えっ、にゃん?」
「クリスマスまで出張中。神社を留守にしているからな」
虹野の大学進学費用を捻出するための出稼ぎだとか。
制作者の意図はエロゲーにつきものな「家に誰もいない」設定するためだろうけど。
「どうして知ってるにゃん!」
「お前が本当に上級生のヒロインだからだよ」
「ええええええええええええええええええええええええええ!」
語尾が消えるくらいびっくりしやがった。
でも、当然の反応だ。
さっき認めた通り、虹野は自らをヒロインと心底から信じているわけではない。
そう言い張っているだけ。
実際は歪んだ厨二病の発露にすぎない。
「じゃあ社務所に行こうか」
※※※
社務所の内部もやはりゲームの中と同じ。
どこにでもある事務室だ。
木造だけにゲームで見たときよりも古くさく感じるのがせいぜいの特徴だろうか。
虹野が受話器をとる。
「カザフスタンへコレクトコールお願いするにゃ。番号は……」
コレクトコールは通話料先方持ちの電話。
「師匠に向けてコレクトコールとは随分と図々しいな」
「国際電話なんていくらすると思ってるのかにゃん。公務員には庶民の金銭感覚がわからないのかにゃん?」
えらい言われようだ。
確かに国際電話なんて役所以外から掛けることなんてない。
料金意識したことないし、言われてもしかたない気もする。
ただ、この世界はそういう時代なのか。
元の時代ではNTTがコレクトコールのサービス廃止を打ち出したくらいなのに。
スカイプとかIP電話とか色々あるからな。
「師匠にゃ? 虹野にゃ……師匠と話したいって人がいるから代わるにゃ……『誰?』、話せばわかるにゃん」
虹野が電話機のボタンを押してからこちらを振り向く。
「みんなが聞こえるようスピーカーをONにしたにゃん。虹野は後は知らないにゃ」
こいつ、いい根性してるよ。
すべてお前が元凶だろうが。
「御無沙汰だな。占いジジイことイジラッシ」
「誰じゃ?」
「『ヘタレ』な内調の雨木だ」
沈黙が流れた。
〔……元気しとったか?〕
「とぼけるな。虹野からって時点で用件はわかってるだろう」
再び沈黙が流れた後、イジラッシの上ずる声が耳に飛び込んできた。
〔わ、わしは知らん! カザフへ帰るとき空港へ虹野がやってきて『この世界ってゲームの世界だったにゃん?』と一方的に問い詰められて仕方なかったんじゃ!〕
「そうだろうな」
〔信じてくれるのか?〕
「俺のことを三人揃って『ヘタレ』呼ばわりしてくれたよな。仮にこの世界がゲームであることを弟子に話したとしても、そんなことまで話すほどイジラッシが浅慮とは思わない」
こいつだって元情報機関のスパイだし。
あの時俺を心配してくれたのは本気だってわかってるし。
〔ありがたいのう。しかし一部訂正させてもらいたい。虹野は弟子じゃないし、わしが真相を話したわけでもない〕
「なんだって?」
〔まず正しくは『押しかけ弟子』じゃ。虹野が勝手に弟子を名乗っとるだけ〕
「なんでまた」
〔街で虹野を占う機会があっての。見えた未来が神社の前を掃除してたり、家の買物してたり、台所で料理作ってたり。どれもこれもが独り寂しそうな表情しとっての。かわいそうじゃったから『ヌシにはヒロインになる未来が待っている』と答えたんじゃ〕
「ふむふむ」
〔すると『虹野の未来を言い当てるなんて、おじいさんは予知能力者に違いないにゃ。虹野がお告げのできる巫女になれるよう弟子にしてくれにゃ』と、つきまとわれるようになっての……〕
「あちゃ……」
本当にありえそうな展開だから納得してしまう。
イジラッシの対応は占い師としても人としても当然の配慮。
まさか「ヒロイン」が地雷ワードだなんて思いもすまい。
〔次に、わしが話したのは既に虹野が知っとったから。空港で問い詰められての。ずっと自宅を盗聴しとったらしい〕
「まあ、そんなところだろうと思った」
イジラッシが話してないのなら虹野が自分で知ったことになる。
話す人もいないのだから盗聴くらいしか手段がない。
弟子が師匠を盗聴するのかとは思ったが、自称弟子なら合点がいく。
ただ想像はついても実際に答えを聞かされるとな。
虹野は素知らぬ風に口笛を吹いているが。
〔というわけで、誤解があったらまずいから事実関係は一通り話した。こんな事態も想像しとらんかったわけじゃないから電話番号もそのとき教えた。もちろん不要なことは一切話してない〕
「わかった。ところで虹野が本当に上級生のヒロインって知ってたか?」
〔なんじゃと?〕
かくかくしかじかと事情を話す。
〔なんとまあ……。虹野とニャンニャンしたいとか、日本の若者も変わっとるのう〕
「ニャンニャンとか、この時代でも死語だと思うぞ?」
〔ほっとけ。ただ迷惑はかけた。すまん〕
「虹野が異常なだけだ。一応確認しておくが、虹野に予知能力はないんだな?」
〔ない〕
この世界だと「巫女」ゆえに「超能力者の卵」という裏設定までありかねないからな。
一応確認しておかないと。
しかし口をとがらせつまらなさそうにした虹野が憮然と言い放つ。
「でも時間を遡らせることはできるにゃん」
「は?」
「せいっ、にゃん!」
虹野の拳が腹にめり込むとともに意識が遠のいていく……。
※※※
「うわああああん!」
目覚めると二葉が泣きじゃくっていた。
何事!?




