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15 1994/11/27 sun 保健室:言い訳だけは伊達じゃないみたいだな

 先生がテレビ前のクッションに腰を下ろし、セカサターンのコントローラーを手にする。


「さてと、功夫クンフーでも積むかな。もっと修行しなくては」


 パーチャファイターシリーズでは「あなたには功夫が足りないわ」の決め台詞が有名。

 この場合の功夫は修行や鍛錬などと同義である。

 正確には2以降だが、恐らくアーケードでは稼働しているのだろう。


「これ以上ダメ人間の功夫積んでどうするんですか」


 ついツッコミを入れてしまう。

 すると先生は真顔で反論してきた。


「今日は日曜日、平日だってやるべきことはちゃんとやってるぞ。私の仕事が無いのは学園が平和な証拠、忙しかったら困るだろう?」


 ああ、まるで内調みたいな言い訳を……。

 もし内調が忙しかったら、それはイコール日本の危機ということ。

 だから俺達は仕事してない方がいいという屁理屈なのだが間違ってはいない。

 同じく医者が暇なのはケガ人がいない証拠。

 通じる物があるが故に言い返せない。


 若杉先生は鼻を慣らしてから、タバコに火を点ける。

 灰皿にはてんこ盛りになった吸い殻、その上からは水が掛けられている。

 そう言えばこの人のトレードマークはくわえタバコだった。

 くわえタバコも職場でタバコを吸えるのも、これまた時代を感じてしまう。


「保健室の先生がタバコはいいんですか?」


「火気ならちゃんと注意してるぞ」


「それもですけど、みんなの手本にならないといけないのでは……」


「タバコを止めるくらいなら肺ガンで死ぬ道を選ぶ。その時は私を反面教師にするがいい」


 どこまでも口が減らない。

 この人は自分を正当化するためならどんな屁理屈でも並べそうだ。


 若杉先生がコントローラーを差し出してきた。


「渡会兄もやるか? 上手いって聞いてるぞ?」


 上手いってどれだけだ?

 まあいいや、小さい頃だが父に付き合わされて初代も一応やっている。

 二葉が戻るまで手持ちぶさただし。


「受けて立ちましょう」


 若杉先生のキャラは「ソラ」、俺が操るのは「ジョッキー」。

 ソラは金髪ポニーテールの女子大生、ジョッキーはその兄。

 このいかにもなパチ物感があるキャラの名前はなんだろう。


 ──一分後。


〈イヤッホウ!〉


 画面では【WINNER】の文字とともに、ソラが両手を上に掲げて若杉先生ばりの巨乳を突きだしていた。


「俺のジョッキーいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


「滅茶滅茶弱いじゃないか。『出雲町ジョッキー』の異名は伊達か?」


 あんたが強すぎるんだ!


 いや、それ以前にこんなカクカクした動きでやってられるか。

 ボタンを押しても反応しないし、操作性が悪すぎる。

 現代のゲームとは比較にもならない。

 そうだ、俺が悪いんじゃない。初代パーチャファイターが悪いんだ!


 ……まさか俺がこんなダメゲーマーのダメ発想する日が来るなんて。


 しかしまずい。

 若杉先生をなめていた。

 このままだと要らぬところでボロを出してしまう。

 なんとか誤魔化さなければ。


「いや実はですね……さっきまで二葉に全速で走らされていて……へとへとでゲームどころじゃなくてですね……」


「言い訳だけは伊達じゃないみたいだな」


 あんたに言われたくないよ。


「それで後日再戦というのでいかがでしょう?」


「いつでも受けて立つよ、このままじゃ足柄よりも使い物にならん」


 その勝ち誇った顔、先生が生徒にとる態度かよ。


 ──ん? 足柄?


「金之助がどうかしたんですか?」


 向こうから話題を振ってくるとはありがたい。

 二葉には悪いが、このまま話を進めてしまおう。

 はっきり言って、あの様子ではアテにできそうもない。


「徹夜で功夫に付き合わせてたんだが、酒が切れたので買いに行かせてる」


「ああ、来る途中で会いました」


「渡会兄は足柄より強いと聞いてたんだけどな。しかたない、一人で功夫積もう」


 若杉先生は一人用でパーチャファイターを再開した。

 さて、ここからどうやってフラグを確認する方向に持っていくか……。


「若杉先生も彼氏作って、そいつを鍛えればいいじゃないですか」


 若杉先生のこめかみがピクっと動く。


「学校から出られない私がどうやって彼氏を作れるというんだ? 何かいい方法があるなら言ってみろよ」


「保健室に男を連れ込めばいいじゃないですか」


「それができればそうしてる。部外者を学校に入れられるわけがないだろ」


 ふむ……これは若杉先生が「上級生」内で金之助にこぼしていたグチ。

 この流れでしばらく様子を見よう。


「だから学校に住み着くのをやめればいいじゃないですか」


「却下。それくらいなら私は一升瓶に愛してもらう」


 さすがはエロゲー、なんと返答に困る台詞を。


「いっそ生徒で相手を見つけちゃうとかどうですか?」


「それは妙案だな。渡会妹を私にくれるのか?」


 ──ガラっと扉が開く音がする。


「あたしをアニキの物呼ばわりするのは止めて下さい!」


 振り向くと戻ってきた二葉。

 目を釣り上がらせながら、つかつかと俺に歩み寄ってくる。

 

 ──痛っ! 耳を摘むな、引っ張るな。


(状況は把握してる。代わって) 


 二葉は入れ代わると、早速若杉先生に水を向けた。


「先生、一戦交えましょうか」


 若杉先生がテレビ画面を見たまま答える。


「いいけど、渡会兄は私にボロ負けしたぞ?」


「だからリベンジということで。このままでは渡会家の沽券に関わりますから」


 どんな沽券だ。


「よかろう、兄みたいに口だけじゃないことを祈るよ」


 ──一分が経過。


 俺の時とは異なり、まだ闘いが続いている。

 三本勝負の一本ずつを互いに取り合い、このラウンドを獲った方の勝ち。


「チア部で鍛えた反射神経は伊達じゃない様だな」


「先生こそ手術オペで鍛えた指先は伊達じゃない様ですね」 


 全然関係ないと思う。

 この学園には鬼ゲーマーしかいないのか。


〈イヤッホウ!〉


 闘いの果てにサラが巨乳を突き出した。

 つまり二葉の負け。


「兄よりはマシだったけど、やっぱり口だけだったな」


「あたしが弱いんじゃない! ジョッキーが弱いんだ!」


 ここにもダメゲーマーがいた。


「ならキャラを変えてもう一度やるか?」


「望むところです」


 二葉がキャラチェンジ。

 選んだのはバイと表記されたチャイニーズガール。


 ……って。


 こいつ、実は勝つつもりなんてない。

 本気で勝ちたいなら、バイの上位互換である父親キャラの方を選ぶはず。

 つまり悔しがってるのこそが口だけ。

 どうも何か企んでるっぽい。


〈ラウンドワン、ファイッ!〉


 案の定、即座にKOの文字。

 二葉が若杉先生の左腕に、しなっともたれかかる。


「あーあ、若杉先生強いなあ」


「こら、やめろ。コントローラー動かせないだろうが」


「えー、それくらいのハンデくださいよ~」


 こいつ、風呂の時と同じ手段に訴えやがった。

 傍で聞くとなんて白々しい甘えた声。

 俺はこんなのに騙されたのか。


「渡会妹の頼みだ、仕方ないなあ」


 とか言いつつ、若杉先生はにんまりしている。

 ただこれは騙されてるのではなく、単純に年長者としての余裕だろう。


「ねえ、先生。さっきの話ですけど、あたしより金ちゃんを彼氏にとか考えないんですか?」


「そうだなあ、右手に足柄、左手に渡会妹とか最高だなあ」


 若杉先生がしれっと答える。

 何という教師にあるまじき言動、男ならその言葉だけでクビにされるぞ。


「えー、二人まとめてじゃイヤです。あたし一人だけを見てくれるなら男装も考えちゃうんだけどなあ……」


「あーいいよ、いいよ。お前だけを見てやろうじゃないか」


 何のつもりかわからないけど、若杉先生相手に同じ手段は通じないと思うぞ。

 同性同士な上に、どうみても向こうが上手だ。


「じゃあ、まず先生の大きな胸に顔を埋めちゃっていいですか? あたしずっと、こんな胸の中で甘えられたらなあって」


「いいとも、いいとも。存分に甘えるがよい」


 二葉がコントローラーを放り投げて、若杉先生の胸に顔を埋める。


「あー、むにむにできて幸せです~。ぷにぷにしてて気持いいです~」


 若杉先生もコントローラーを捨て、二葉の頭を撫でながら背中に手を這わす。


「おお、よしよし」


 ──ガラリと扉が開く音。その刹那、二葉がニヤリと笑った。


「足柄金之助ただいま戻りました~……って、センセー達何してるの?」


 その瞬間、若杉先生が二葉を引きはがしてドンと突き飛ばした。


「先生ひどい、何するんですか」


「あ、ああ、すまない。い、いや違うんだ、足柄。これはだな……」


 さっきまでの鉄面皮はどこへやら。若杉先生はしどろもどろ。

 顔を真っ赤にしながら両手を所在なく動かし、いかにも慌てた様子。

 

 なんとわかりやすい。

 二葉と顔を見合わせる、これは決まりだ。


 金之助がぴょんと跳ねる様に若杉先生へ近づいてからしゃがみ込む。


「センセーいいじゃないっすか。美人教師と貧乳女生徒の怪しき背徳の構図、もっと俺に見せてくださいよ」


「そ、そ、そんな食い入る様な目で私を見るな!」


 二葉が「これで終わり」との合図代わりか目配せを寄越す。

 そして、ぱんぱんと体を払いながら立ち上がった。


「では、失礼します。お邪魔しました」


 淡々と述べて頭をぺこり下げると、若杉先生に対して踵を返す。

 我が妹ながらこの女ひどすぎる。


                   ※※※


 廊下に出たところで二葉に問いかける。


「まさか、最初からあれを狙ってたの?」


「もちろん。金ちゃん帰ってくるまで時間稼ぎするつもりだっただけ。だから宿直室に行った振りして外で聞き耳立ててた」


 二葉が満面の笑顔を浮かべる。

 金之助の時の名誉挽回できたと思ってるんだろうなあ。


「そのつもりなら予めそう言えよ」


「言わなくてもアニキなら上手くやってくれると思ったからさ」


「嬉しい事言ってくれるじゃないか」


 二葉がニッとしてみせる。


「ここまで見てればわかるよ」


 ──後ろから呼び止める若杉先生の声が聞こえてきた。


「待て!」


 振り向くと、若杉先生はいかにも慌てて飛び出してきた様子で息を切らせていた。


「何でしょう?」


「いや渡会兄の方だ。さっきの話だけど、再戦いつでも来いよ」


「ええ、若杉先生を叩きのめせるくらいに功夫積んでから出直します」


 若杉先生が胸に手を当てる。

 派手な顔が引き締まり、真面目な面持ちに変わる。


「いや、勝ち負けなんかどうでもいい。いつでも来たい時に来い」


「はい?」


 わざわざ追いかけてきて、どういうこと?


「お前にだって逃げる権利はあるんだからな。女子からはともかく男子からいじめられる理由なんてないんだから──」


 職員会議で聞いたのか、それとも金之助からでも聞いたのか。

 俺にそれを知る由はないが、いずれにしても何と答えていいかわからない。

 呆然と立ちつくしていると若杉先生が続けてくる。


「──キモイなんてのはいじめる理由にならない、私が言いたいのはそれだけだ」


 言い終えた若杉先生は振り返って保健室へ戻っていった。

 保健室の扉が閉まる。

 その余韻が消えた頃、二葉がぼそりと呟いた。


「若杉先生らしいなあ」


「らしい?」


「若杉先生って正義感強くて『出雲学園の良心』って言われてるんだ。他の先生は都合の悪い事全て見て見ぬ振りするから」


 そんな設定知らないぞ……。


 けど、ギャルゲーのヒロインとしては当然か。

 変な方向で現実味あるヒロインなんて攻略したくもないし。


「じゃあ信じてもいいのかな」


「うん。若杉先生って出雲学園クビになっても困らないらしいから」


「困らない?」


「実家が大病院な上、それに頼らずとも誘いは引きも切らず。保健医やってるのは遊んでいたいのもあるけど、実際はそれ自体が趣味みたいなものって話だし」


 ああ、ここにも序列に組み込まれない人間が。

 同じ社会人だからか異性だからか、金之助の時と違って心から羨ましく思える。


 二葉が再び足を踏み出す。


「次が最後。一樹が部長やってる写真部の部室に行くよ」


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