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148 1994/12/04 Sun 双玉神社:虹野はこの世界の真実を知ってるだけにゃん

 巫女は二葉よりも小柄。

 黒髪を後ろで結わえたおかっぱロング。

 清楚でかわいらしい雰囲気はあるのだけど、どこか寝ぼけ眼。

 二葉が俺と巫女へきょろきょろと視線を動かす。


「えーと……その……一年生の虹野にじのいくさんよね? 後ろに広がる双玉神社の跡取りの」


「そうですにゃん、二葉先輩」


 虹野がすっと頭を下げる。

 顔つきや口調とは裏腹に厳かな雰囲気を感じさせる。


 先方が二葉を知っているのは学園の有名人だから当然として。

 やっぱり二葉も知っていたか。

 虹野は正反対の方向で学園の有名人だから。

 「にゃん」という語尾が示す通り……「痛い子」として。


 ソツのない二葉にしては対応がぎこちない。

 きっと八重歯でヒロインと気づいたからだろう。

 本人の前で「ゲームヒロイン」なんて口に出せないからな。

 一方で、妙に説明的な台詞は俺に情報を伝えるため。

 戸惑いながらも、やはり大したヤツだ。


 さて、教えてもらうまでもなく知ってはいる。

 だけどどうすれば?


 虹野郁は上級生でメインとなる一年生ヒロイン。

 双玉神社は特に金運に縁があるという設定の神社。

 もちろん「双玉」の由来は男性に二つついた「金」だ。


 外見通り本物の「巫女」だし、二葉の言葉通り「跡取り」でもある。

 ただし「神主」ではない。

 巫女に資格は要らないけど、神主になるには資格が必要だから。

 そのため将来の志望は神学部だ。

 全て「上級生」の受け売りだが、インパクトの強いキャラだけによく覚えている。


 虹野はゲーム内でもプレイヤーからも「虹野」と苗字で呼ばれている。

 若杉先生を除いてはヒロインの中でも特別な立ち位置だ。

 その理由は、顔・髪型・設定の全てをぶちこわす「にゃん」。

 ミスマッチやギャップ萌えどころか、もはやカオスなキャラだから。


 中身もこれまたカオス。

 「虹野郁」の名前の由来は「二次元へ行く」。

 つまり「オタク」だ。

 しかしオタクと言っても、この時代の偏見を寄せ集めたキャラ。

 「リアリティある女性オタクは一般人よりも一般人らしいからつまんない」と攻略本に書いてあった。

 きっとそうなんだろうけど、現実に目の前にすると強烈すぎるにも程があるぞ。


 ただ、人気はある。

 「イタかわいい」とでもいうのだろうか。

 ある意味ではエロゲープレイヤーのツボらしいから。

 「らしい」というのは……当時の俺には虹野の魅力がまったくわからなかった。

 そして今もわからない。

 かわいいことだけは間違いないのだが。


 いや、一点だけわかる。

 虹野は巫女服でもはっきりわかる程たわわな巨乳。

 巫女の神楽鈴を胸に挟んでチリンチリン鳴らすことができるくらい。

 これまたインパクトがありすぎて、何度その画面をオカズにしたことか。


 ――二葉が腕を突いてきた。


(アニキ、アニキ)


 いけない、すっかり思考に耽ってしまっていた。

 ここで重要なのは、「虹野は二葉、芽生、麦ちゃんとフラグの絡みがないキャラ」。

 痛いし、時間は限られてるし、もともと興味ない。

 何の用か知らないが構うメリットもなさそう。

 それどころか、何かの弾みで色々バレてしまうリスクすらある。

 ここはあしらって立ち去るのが無難だ。


 一樹モードに切り替えてと。


「俺に何か用か?」


「ヒロインを前にしてつれないにゃん」


 二葉が目を見開く。

 俺達からすればゲームヒロインであるかの台詞に聞こえるものな。

 しかし、実は驚くことじゃない。


「ああ。虹野は『この世界のヒロイン』だからな」


 つまり「自分がヒロインと知っている」のではない。

 「自分をヒロインと信じてる」痛い子だ。


「くっくっく。わかってるなら虹野をもっと敬うにゃん」


 思い出すの忘れてた。

 虹野は自分すら自分を「虹野」と呼ぶ。

 つまり一人称「虹野」だ。


「ああ、はいはい。すごいすごい。二葉、行くぞ」


 背を向けたら虹野が後ろからしがみついてきた。


「だから待つにゃん!」


「放せ! パンツ履いてない女に用は無い!」


 虹野は巫女装束のときパンツを履いてない。

 ゲーム内の設定だが、一樹なら知っていて当然だろう。


「履いてるにゃん。パンツどころかスパッツまで履いてるにゃん」


「えっ!?」


 再び足を止めると虹野が離れた。

 振り向いてみれば鼻高々にドヤっている。


「当たり前にゃん。もう冬なのに下半身丸出しなんてできないにゃん。巫女服に下着つけないなんて夢見る男の幻想にゃん」


「いつも幻想抱いてる女がまともなこと言うな!」


 二葉が割って入った。


「ああ、もう! 虹野さん、アニキに何か用事あるんでしょ? 手短に話してくれる?」


「お、おい、二葉」


「このまま二人の漫才見てるより、話聞いてあげた方が早いじゃん」


 つっけんどんな物言いだがごもっとも。


「くっくっく、二葉先輩。虹野の前でそんな格好つけてもいいかにゃん」


 あっ、二葉がイラッとした。

 笑顔を張りつかせたままだが、こめかみに血管くっきり。


「別に格好つけてるつもりはないけど……もしかしてケンカ売ってる?」


「ケンカなんて売ってないにゃん。虹野はこの世界の真実を知ってるだけにゃん」


 そういうのがまともな人間からすればケンカ売られてるとしか思えないのだが。


「あーはいはい。もったいつけずに、その真実とやらをとっとと言いなよ」


 虹野がぼそりと呟いた。


「おしっこ」


 なっ!


 二葉は完全に固まってしまった。

 しかしここは動揺を悟られるわけにいかない。


 必ずしもフラグのこととは限らない。

 適当に「おしっこ」と言ってみただけかもしれない。

 子供がおしっこ漏らしてもないのに「おしっこ漏らし」とからかうように。

 ここは強気だ。


「ふん。初対面のくせしていきなり『おしっこしたい』とは。貴様は痴女か?」


「くっくっく。虹野は一樹先輩の秘密も知ってるにゃん」


 ちょっと待て。

 いや、強気だ強気!


「秘密? 言ってみろよ」


 虹野が一文字ずつ、区切るように発声した。


「ア・マ・ギ」







 ……いま……なんて言った?







 虹野が身を翻す。


「お、おい……」


「ついてくるにゃん」


 背中越しに言い捨てて、すたすたと神社の中へ入っていった。


 二葉が腕を突く。


「アニキ……行くしかないよ……間違いなく何か知ってるよ……」


 二葉の目は点、顔面は蒼白。

 絶対に俺も同じ顔をしている。


 だけど行くしかない。

 これがゲーム画面なら、並んでる選択肢は絶対こんな感じだ。


【虹野についていく】【虹野についていく】【虹野についていく】


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