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147 1994/12/04 Sun ニンフ社:エロゲーに愛されし我らが神よ

 うわあ。

 二葉も同じ気持ちなのだろう。

 ぽっかり口を開けている。


 引っ張られていった先はゲーム制作現場だった。

 血走った目をしている人。

 うつらうつらしている人。

 スタミナドリンクをあおってる人。

 一目で修羅場とわかる。


 ……で、どうして俺をここへ?


「みんな! 一樹君が来たわよ!」


「一樹君だ!」「救世主が現れたぞ!」「神の登場だ!」


 な、な、何事?

 浅野さんの叫びとともにスタッフがどどっと囲んできた。


「さあさあ、席を開けて待っていたよ」


 穏やかな物言いとは裏腹に、両手をがっちり固められ背中からぐいぐい押される。

 抑え付けるように座らせられたのは98の置かれた席。

 脇には大量のフロッピーディスク。


 何、これ?


「あの――」


 口を開き掛けて閉じる。

 俺から聞いてはダメだ。

 状況からみて、一樹にとっては日常の一部なのだから。


 スタッフの一人が両手を挙げながら、大仰に口を開く。


「エロゲーに愛されし我らが神よ。いつものように私達の過ちを漏れなく指摘してくれたまえ」


 神はわかる。

 でも、過ち?


 他のスタッフ達も続く。


「ゲームはそこに積んである」


「本当に助かったよ、制作進行が限界に来ていたんだ」


「一樹君ほど早く正確にデバッグしてくれる人材なんて他にいないからね」


 ははあ……飲み込めた。

 以前に抱いた疑問も一気に氷解した。


 つまり一樹はニンフでデバッグのバイトをしていたのだ。

 だから二葉が渡している小遣いよりもお金を持っていた。

 まだ発売されていない用務員エロゲーもプレイできていた。

 二葉の欲しがってたゲームは、きっと研究用にニンフ社が買ってたもの。

 わかってしまえばどうということはない話だ。


 事情は理解した。

 しかし問題がある。


 この場合のデバッグはプレイしながらバグを探すこと。

 本来ならプログラムのエラーを修正することまで含むけど、まさかそこまでしちゃいまい。

 俺だって中学生の頃はかなりのエロゲーこなしてきたからデバッグだけならできると思うが。


「一樹君~、ほらほらいつもの差し入れよ」


 両脇にピザのLサイズが二枚。

 その他、大量のお菓子にジュースとまさにVIP扱い。

 これだけの好待遇を受けているからには、まさしく一樹はエロゲー神。

 きっと盗撮に匹敵する能力を発揮していたはずだ。

 そんな真似、俺にできるのか?


 傍らに立つ二葉も心配そうな目で……見ていなかった!

 じとっと白い目を向けているだけ。


 気持ちはわかるけど!

 エロゲー神は一樹であって俺じゃない!


「何するんですか!」


 浅野さんが二葉まで隣に座らせた。


「あなたにも手伝ってもらうわ」


「なんであたしが!」


 浅野さんの真っ赤なマニキュアを塗られた人差し指が二葉の鼻先に突きつけられる。


「いい? お嬢ちゃん。ここは戦場なの。そして戦場に足を踏み入れたあなたは兵士。生き延びるためには戦わなくてはならない」


「あたしは兵士じゃない! 戦う理由もない!」


 至極当たり前な二葉の叫び。

 勢いでごまかそうとした目論見が外れるや、今度は素直に両手をあわせた。


「ね、お願い。バイト料弾むから」


 二葉の頭にチャリーンと小銭の音が響いた気がした。


「しかたないですね。どうせアニキも働かないといけないみたいですし。ただ待ってるのも手持ちぶさたですから」


「そうこなくっちゃ!」


「で、あたしは何をすれば?」


 二葉の前に、どさっとフロッピーディスクが置かれた。


「これ、ベータ版のゲーム。プレイしてみて、誤字とかバグとかあったら教えて」


「どうしてあたしがエロゲーなんて!」


「大丈夫、ちゃんと百合物だから」


 二葉がきょとんとする。


「へ?」


「お嬢ちゃん、百合なんでしょう? エッチシーンもレズばかりだから心ゆくまで堪能できるはずよ」


 そうきたか。

 どうやら俺の言い訳が鵜呑みにされてしまったらしい。


「あのう……」


 二葉の口から出かかった声が途中で止まる。

 ツッコミどころが多すぎて何を言えばいいかわからなくなったらしい。


「舞台設定もSFだから物語に入り込みやすいはず、頑張って!」


 浅野さんは、後は知らないとばかりにすぐさま背を向けた。

 すたすたと立ち去っていく。


 二葉が釣り目をさらに吊り上げながら睨み付けてくる。


「ア、ニ、キ……」


「すまん。耐えてくれ」


「ったく。一枚目はこれかな? せめてハードディスクに入れとくくらいしてよ」


 ぶつぶつ言いながらインストールを始めた。

 なんだかんだとさすがの順応性。


 ただ、この時期でSFの百合物ってくると、元の世界では来年出たアレかな?

 俺的にはあまり面白くなかったから、その意味でも二葉に申し訳ない。


 俺の方はどうするか。

 もういい、覚悟を決めよう。

 同じくインストールしてゲームを立ち上げ、る……!?

 この覚えのあるコマンドは!


 間違いない。

 並列世界を行き来しながら宝玉を集めて謎を解き明かすミステリー。

 上級生と並ぶニンフの代表作だ。

 ただ、作ったのは上級生と違って他社から引き抜いた人。

 伝説のシナリオライターだけど、この時点ではまだ他社にいたはず。

 やはり元の世界とこの世界での状況は若干異なるらしい。

 もしかしたらニンフ社の「引き抜きたい!」という願望が投影されているのかもな。


 この代表作は数学的要素が強くてロジックを極めに極めた作品。

 俺の好みに合うから何度もやりこんだ。

 しかも攻略本を傍らに置いていた上級生と違い、自力でコンプリートしたゲーム。

 これならいける!


 ――数時間後。


 再びピザを持ってきてくれた浅野さんに告げる。


「システム面のチェック終わりました」


「えっ、もう!?」


「最速で全て正解していく分には大丈夫です。ctrlキーで飛ばしながらだから誤字は探してませんけど」


 まともにプレイしたら攻略に数日は掛かるゲーム。

 神とまで呼ばれるからには、一樹も同じ方法でデバッグしていたはずだ。

 しかも自力でコンプしているから、正しい選択肢も宝玉をはめる場所もパズルも画面を見れば思い出す。

 現実のデバッグは絶対に違うと思うけど、この場はあくまで一樹基準。

 仕事ぶりはきっと負けていないはず。


 でも……この反応。

 何かまずったか?


「いえ、いくら一樹君といったって……このゲーム、我が社の意地をかけて送り出す最高難易度のゲームよ。それなのに、もうコンプリートしちゃったの?」


 なんだ、そっちへの驚きか。

 一樹ならこう答えるのかな?


「ふっ、エロゲー神たる我に不可能はない」


「今日初めていつもの一樹君節聞けたわね。でも途中のパズルも?」


 数学に詳しくないと絶対解けないアレな。

 独力で挑んだ多くのプレイヤーが、そこで挫折したらしいから。

 俺は解いたけど、それでもここまでするかと思ってしまった。


「言ったろう。我に不可能はないと」


「そ、そうね……あ、ありがとう……これなら一樹君でも無理って、みんなほくそ笑んでたのに……ここまで簡単に解かれるとなると、もっと練り込む必要があるようね……」


 やっぱり要らないことしてしまったらしい。

 もしかしたら歴史改変をしてしまったのかも。

 ただエロゲーの難易度が変わったところで未来に与える影響はほとんどあるまい。


 さて、二葉は……と、隣席に目を向ける。


 二葉はうつろな目をしながらピザをくわえていた。

 画面はちょうどエッチシーン。

 カチカチとクリックを繰り返しながら、時折止めてメモ。

 手元には誤字の箇所。


 きっといま、こいつの頭の中は「無」だ。

 ポンと肩を叩く。


「ひゃあ! ア、アニキ……どうしたの?」


「終わった、帰るぞ」


※※※


 ニンフ社を出たら、もう日が暮れかかっていた。

 すさまじく無駄な時間を使ってしまった。


 しかし二葉は浮かれている。


「エロゲー会社って太っ腹だねえ。たったあれだけで一万円もくれたよ」


 むしろ労働内容の割に安いと思うけどな。

 一樹の仕事ぶりなら倍もらったっておかしくない。

 ただ二葉の方だけ見ると、確かにかなりの好待遇。

 二人とも同じ給料くれたのはやっぱり気前いいのかも


 しかも二葉はさらにほくほく顔。


「今晩の食費も浮いたし」


 二人の手には食べきれなかったピザと大量のインスタントラーメン。

 「持って帰って食べて」と渡されたものだ。

 一樹の部屋のゴミはニンフ社の差し入れだったっぽい。

 もちろん自分で買ったのもあるだろうけど。

 Lサイズピザなんて結構な値段するし、確かに破格のバイトかもな。


「だけど今日は何の収獲もなかったよなあ。すっかり無駄に時間を使ってしまった」


「アニキにはそうね。でもあたしには収獲あったかな」


「そりゃ気に掛かっていた一樹の財政事情がわかったわけだから」


「ん、それもあるけど」


 二葉の目元が緩む。


「あたしも自分でやってみてわかったけどさ、いくらエロゲーでも中身は普通のバイト。そしてゲーム制作はれっきとした社会の仕事じゃん? ちゃんとバイトをこなして、社会に貢献して、しかも評価してもらってる。見直したし、嬉しいなって」


 そういうことか。

 まあ、冷静にエロゲー制作を「社会の仕事」と語ってる時点でどれだけ嬉しいかわかる。

 その通りなんだけど。

 女子高生が、ましてやエロゲーに嫌悪感持っていて吐ける台詞ではない。

 きっと一樹の素行があまりにひどすぎるせいだろう。

 身内なら、犯罪以外なら何をやっていても認めてあげたいと思うはずだもの。


「でも褒めたところで、憮然としながら『当たり前』で返されるだけなんだろうな」


「そうかもね。むしろアニキが一樹並のエロゲープレイヤーだったことにびっくりしたけど」


「じとっとした目で見るな! 元の世界でプレイしたことあっただけだ!」


「ふーん……まあいいや。このまままっすぐ帰っても、どうせピザは冷めちゃうし。回り道しながら違うルートで駅に向かおうか」


 元々、今日の目的はあてもない散策だし。

 その方がいっか。

 表通りを進んできたので裏通りに入る。


 ――キンキン甲高く響く女の子の声。


「渡会一樹! 止まるにゃん!」


 振り向くと、巫女装束の少女。

 大きく開ける口元にはキラリと八重歯が輝いていた。


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