146 1994/12/04 Sun 天照町駅前:「上級生」を作ったゲーム会社「ニンフ」だ
この世界では初めての天照町駅。
出雲町駅と違って駅ビルが併設されており、改札の数も多い。
構内の広さも全然違い、上には乗り換えを示す看板まである。
「でかい駅だなあ」
ジーンズにダウンジャケットとラフな格好の二葉が首を傾げる。
「複数の路線が乗り入れる大ターミナルだもの。ゲームの中でも説明あったんでしょ?」
「でかいことと栄えてることはそうだけど、ターミナルなんて初めて知ったぞ」
「へ?」
「マップには出雲町駅と天照町駅を結ぶ線路しか描かれてないし。単線だと思ってた」
もちろん線路はマップの外に向けても延びている。
「あーっ、なるほど」
「一人だけで何を納得してるんだよ」
二葉が地面を指さす。
「床?」
「じゃなくて地下。華小路鉄道以外は地下で結ばれてるんだよ」
「なぜわざわざ?」
「あたしも『景観を損ねないため』くらいの理由しか知らない」
「そんな理由でわざわざ? 確か天照町駅って地盤弱かったんじゃなかったっけ?」
「アニキ、よく知ってるねえ」
あっ、しまった。
これはレイカから聞いた話だったんだ。
「昨日、出雲大学の建設現場行った時に聞いたんだよ。龍舞建設は耐震建築に優れてるから、華小路側も礼をつくして工事を頼んでるって」
「ああ、なるほど。道理で華小路が龍舞さんに頭上がらないわけだ」
これ以上ボロを出す前に話を逸らそう。
「ゲーム世界ってのを前提に考えるなら『マップはできるだけシンプルにしてプレイに没頭しやすくする』とかの理由なんだろうけどさ」
「『グラフィック面倒くさい』とかもありそうだよね」
よし、流れが変わった。
たわいもない雑談に持ち込みつつ、駅の外へ出る。
――駅から出る。
「いかにもなターミナル大繁華街だなあ」
夜と日中では印象が全然違う。
これならデパート珍宝堂を擁する出雲町駅すら住宅街扱いなのも納得。
出雲町が栄えているのは駅前だけだし。
「どこから回る?」
「適当にぶらつくってことでいいか? 実はあまり覚えてないからさ」
ゲームにおける天照町の位置づけは、基本的にフラグ立った後のデートスポット。
天照町でないと立たないフラグは少ないから来る機会少なかったし。
ざっと一通り見て回ることで記憶喚起に努めたい。
「おっけー、じゃあ行こっか」
※※※
天照町を歩いてみると、その印象は一言で「池袋」。
ターミナル駅でデートスポットにもショッピングスポットにもなって、遊園地もあって、郊外には大学まで建てられて、その一方で飲み屋とかもあって。
なんでもかんでもな全ての条件を揃える町なんて池袋とか限られた駅になるものな。
本来はきっと銀座とかお洒落で高級っぽい繁華街をイメージしてるのだろうけど。
その意味では大阪の梅田の方が近そうだ。
池袋にしろ梅田にしろ、大都会ではある。
一方で都心に勤務して生活している者にとっては特に感動のある街でもない。
普段から見慣れた光景がただただ通り過ぎていくだけだ。
ファーストフード店なら「ワクドナルド」とか。
名前がちょっと変わっているのが違いなくらいで、
そこだけでも十分ゲーム世界なのだが、異世界にいるという実感はあまり湧かない。
むしろ「大都会って二〇年前も今も大して変わらない」とか思ったり。
今ならきっと秋葉原がベースにされるんだろうな。
今と二〇年前とでは別物の街でギャップがすごいらしいし。
「アニキ、退屈そうだね」
「そんなことはない。ただこんな状況じゃ、どこに何があったか全然思い出せない」
昨日のDAN‐KONにしても龍舞さんが場所知ってたから直行できただけで。
駅から探していくとなると、見つけられる自信が全くない。
もっともスマホで検索……はないんだった。
それでも本屋に行ってタウン誌チラ見すればすむけどさ。
そもそも天照町にはどんなスポットがあったかをあまり覚えていない。
数自体は結構あったと思うんだけど。
やっぱりどのヒロインでも一番焼き付いているのはエッチシーン。
それすら覚えていない麦ちゃんや龍舞さんはともかくにしても、エッチに至る過程のデートについては記憶が曖昧。
二葉のおしっ娘スポットな遊園地くらい目立てば、さすがに別だが。
これも哀しき男のサガだよなあと思ってしまう。
とはいえ仕方あるまい。
基本的に天照町はフラグを立てるためじゃなく、立てた後のイベントで来る街だからな。
――あれ?
つい立ち止まってしまった。
「どうしたの?」
「少し先に見えるビルから、妙に溶け合うような近しさを感じる」
俺の記憶が反応しているのか、それとも一樹の肉体が反応しているのか。
わからないけど、とにかく足を踏み出す。
「ここは……」
ビルの前に立ったとき、どうして不思議な感覚をおぼえたか。
疑問は氷解した。
二葉が半ば呆れたような、半ば怒気の篭もる声で呟く。
「この、アニキのトレーナーで見慣れた妖精のマークは……」
「間違いない、『上級生』を作ったゲーム会社『ニンフ』だ」
入口上には、妖精の横に【Nymph】と書かれたブランドマーク。
これがなければエロゲーショップと思うかもだが。
窓も壁もフラットでのっぺりしており、青みがかった鏡面張りの作り。
どことなく法務合同庁舎に似ている。
あの庁舎って確かこの時代にできたはずだし。
当時の流行りの建築方式なんだろうか。
ビルの前には数台分の駐車スペース。
地価が高い繁華街でこうした作りは随分と違和感がある。
元の世界におけるニンフの本社って杉並区の住宅街にあったはず。
きっと場所は違えど、外観は元の世界そのままなのだろう。
脇にはニンフのゲームキャラクター達が描かれたのぼりが立てられている。
入口脇には一樹の部屋に貼られていたポスター。
その下には、いわゆる「ガチャガチャ」。
お金を入れて回せばポスターが出てくるらしい。
元の世界だとビデオレンタルとかで設置されていたっけ。
深夜アニメのフィギュアとかぬいぐるみとかまで景品の種類は広がってたけど。
この時代から、そういうのはあったんだなあ。
入口は全面ガラス貼り。
中はキャラクターショップっぽい。
「入ってみようぜ……どうした? むすっとした顔して」
「なんでもない」
しかし口とは裏腹に不機嫌ありあり。
俺、またなんかやらかした?
※※※
中に入ると、これまで出されたニンフのゲームヒロイン達のグッズが陳列されていた。
ポスターやフィギュアはもちろん、ペンなどの文具とかマウスパッドとか。
コーヒーカップなんて、絶対に職場じゃ使いたくないなあ。
そういえば、フィギュアってじっくり見たことないや。
手にとって下から覗いてみる。
ちゃんとパンツ履いてるんだな――痛っ!
「なぜ殴る!」
「あたしのセリフだ! どうして妹の前で、そんな変質者しか関心持たないアイテムを変質者全開な態度丸出しで堪能できる!」
たかがフィギュアでえらい言いようだ。
元の世界だとフィギュアって結構一般的なアイテムだと思うんだけど。
この時代ではエロゲー以上に偏見の目で見られていそうだ。
「ごめん、見たことないから見てみたかっただけだよ。スパイなんて好奇心旺盛じゃないと務まらない仕事だし」
「あっそ。それで納得してあげるから、せめて時と場所は選んでね」
場所はアダルトゲームメーカー。
まさにぴったりじゃないか。
……などと返そうものなら殺されるな。
フィギュアを静かに棚へ戻す。
「あら、一樹君じゃない」
へ?
声の方向へ振り向くと、レジカウンターのお姉さん。
いかにもOLっぽいというか店員っぽいというか、そんな感じの制服。
ニンフの社員か。
立ち上がり、こちらへ向かってくる――って!
「あんたか! あんたらか! あたしをおしっ娘にしたのは!」
二葉がお姉さんに掴みかかった!
「な、な、なんのこと!」
「しらばくれるな! あんたらのせいであたし達がどんな苦労してると思ってるんだ!」
「バカ! やめろ!」
やばい!
後ろから二葉を羽交い締めにしながら引きはがす。
「はあ……はあ……この子、何なの?」
一樹を知ってるってことは、逆に一樹もこの社員を知っているはず。
ネームプレートをちらっと見る。
【浅野】さんか。
「妹は情緒不安定気味な上に百合の気がありまして。浅野さんみたいに魅力的な女性を見ると、つい飛びかかって抱きついてしまう発作を起こしてしまうんです」
浅野さんの顔がぱあっと開いた。
「そっかぁ。それなら仕方ないよね、私って『3人目の浅野』って言われるくらいだし」
辛うじて、この時代に流行ったらしき女優達のことを言っているのはわかる。
だけど三次元で二〇年前に全盛期だと、申し訳ないが俺にとってはおばあちゃんだ。
二葉は二葉で、じとーっと白い目で見てるし。
もう聞かなくても「童貞のくせに、よくそんな口回るよね」って言いたいのが伝わる。
大きなお世話だ、仕事絡むなら話は別だよ。
いや、全然仕事じゃないけどさ。
一応はオフィスビルだけに、ふと昔の感覚が蘇ったらしい。
浅野さんが腕を掴み、引っ張る。
「そうそう、和んでる場合じゃないの! 早く来て! 一樹君来るの待ってたんだから!」
はい?
まったく事情が見えないんですけど




