145 1994/12/04 Sun 一樹の部屋:あーっ、そういえば!
「あー、やっと着替えられた」
ヅカな服からいつもの部屋着に衣装チェンジした二葉が、部屋に入ってきた。
机の椅子に腰を下ろす。
「早速だけど退院してから何があったのか聞かせてもらえる?」
「もちろん話すけど、随分せっかちだな」
「芽生の態度が明らかに変だもん。何があったか気になるじゃない」
ごもっとも。
だけど芽生を怒らせた原因はレイカを巡って。
絶対話すわけにはいかない。
「それについては先に答えよう。俺もわからない」
こういうときは嘘を吐くからダメなんで。
下手に作り話で塗り固めるよりシラを切り通した方がいい。
あそこまで怒る理由なんてわからないから、ある意味本当ですらある。
「また自覚無くデリカシーに欠けることをしでかしたんじゃないの? あたしの下着を洗濯したときみたいに」
発想がそっちに行ってくれたか。
「そうかもしれないな。今日はずっと龍舞さんも一緒だったけど『飽きる』とか『さっぱり』とか言ってたろ? 全く心当たりがないわけじゃないけど、俺も同じ感じ」
「そうそう。どうして龍舞さんが一緒だったの?」
ごまかしきったらしい。
「まあ、待て。順を追って話すから」
――話し終えた。
もちろんレイカのところは誤魔化して。
「芽生の誘いで集会に行った。異世界だった。その後、龍舞さんが送ってくれた」だけで終わらせた。
やっと芽生が一樹に近づいた理由を知ることができたんだけどな。
さすがに真相は話せない。
「じゃあ順を追って答えさせてもらいましょうか」
「にやりと『待ってました』みたいな表情はやめろ。怖いじゃないか」
「考えすぎだよ。でもそう思う人って、疚しいこと抱えてるのがお約束なんだよねえ」
ぎくりとさせるなよ。
「二葉こそ考えすぎ、さっさと話せ。とりあえずお前の黙ってた理由は、俺の見立て通りでいいんだよな?」
「察しのいいアニキ持って助かるよ。しかし龍舞さんって実はいい人だったんだね。そういうのアニキの世界じゃ『つんでれ』って言うんだっけ?」
「むしろ『絶対ツン』だがな。あとは二葉が『あたしが勉強教えるから大丈夫』と龍舞さんに伝えてくれれば、ノート地獄からは解放されるだろ」
一樹のために悪役買ってくれていたものを、自分から「止める」とは切り出しづらい。
「おっけー、任せといて。でもよかったよね、目の前の懸案が一気に片付いて。しかもハーレムでよりどりみどりなんて」
「茶化すなよ。人並みの扱いしてもらえるようになっただけじゃないか」
「チャコいい子だよ。今フリーだったと思うし、狙ってみては?」
どこまでもからかってやがる。
あの状況で鈴木と佐藤に食って掛かるなんて、間違いなくいい奴だけどさ。
「チャコとは仲いいの?」
「同じクラスになったことはないけど、アッコの友達だったからそこそこには」
こんなところかな。
不気味な程にうまく行き過ぎて、特に話し合うこともない。
「二葉の方はどうだったのさ?」
ぷるぷる震えながら、口をへの字に結ぶ。
「あの格好が全て、あとはノーコメント」
言われるまでもなく、お前のその様子を見たら何も聞けなくなったよ。
聞かなかったところで特段の支障はないだろうし。
二葉が思い出したように声を上げた。
「あーっ、そういえば!」
「いきなりなんだよ」
「アニキって店長さんに密着されても平気だったよね?」
そういえばそうだな。
「『女性』と思ってないからじゃないか? 俺も、一樹の肉体も」
だからこそ「クリーチャー」なわけで。
「アニキひどすぎる」
「お前らこそ、アイが店長を『バケモノ』呼ばわりしたとき凍り付いてたじゃないか!」
つまり、みんな内心ではそう思ってるってことだからな!
芽生に至っては、もはや土足で頭踏みにじるような態度だったし。
「あ、あはは……気のせいだよ。店長さんって純情でかわいいじゃん」
ごまかしやがった。
同性の「かわいい」ほど信じられないものはないって真実だよな。
ま、これで今日のミーティングは終わりか。
芽生について再び突っ込まれたらどうしようかと思ったけど、やりすごせた。
問われれば一応「特攻服姿けなしたら恨まれた」という言い訳を用意してたけど。
芽生がおかんむりなままじゃ口裏合わせることができないから、嘘を重ねずに済むに越したことはない。
……と思ったら、二葉が再び叫んだ。
「あーっ、そういえば!」
「今度はなんだよ」
まさか終わったと思わせて、芽生のこと突っ込むつもりじゃないだろうな?
「アニキって、この世界の天照町はほとんど行ったことないんだよね?」
「ほとんどどころか、昨日が初めてだよ」
「明日案内しようか? 一通り見ておいた方がいいでしょ」
それは助かる。
出雲町すらゲームと比べて驚くことは多かったし。
天照町に何があったか、全てを覚えているわけでもない。
これからも行く機会はありそうだから、実際に下見しておいた方がいい。
「ぜひお願いしたい」
「じゃあ明日は朝ごはん食べてから適当な時間に向かおうか。今晩も遅くなっちゃったし、今日はゆっくり休んで」
「そうさせてもらうよ」
ある意味、一昨日は全力でゆっくり休んだんだけど記憶にないし。
今晩はくつろがせてもらおう。
二葉が部屋から出て行く――ん?
ぴたっと足を止めた。
後ろ向きのままで声を掛けてくる。
「あたし、これからお風呂入る。一時間くらいは出ないから」
「あっ、そう。んじゃ、俺はその後で」
「もう一回言うね。あたし、これからお風呂入る。一時間くらいは出ないから」
二回も繰り返すほど大事なことか?
「わかったってば」
「『今日は色々と刺激あった』みたいだしね。おやすみ」
ドアが閉まる。
意味ありげな言い回し。
さすがに何が言いたいかわかった。
二葉よ、気を利かせてくれてありがとう。
だけど利かせすぎだ。
兄として妹にそんな心配してほしくない。
まさしく茶道部でのアクシデントなんて絶好のオカズだが。
思惑通りにいたすわけにもいくまい。
店長さんのキス顔を思い浮かべる。
邪な下半身が猛らないうちに眠ってしまおう……。




