143 1994/12/03 Sat 出雲病院:私にも見える
出雲病院の中へ。
とっとに消灯時間を回っているので院内は真っ暗。
若杉先生が小さな声で二葉に問いかける。
「ロリ幽霊とやらはどこに出るんだ?」
「VIPルームって噂聞いてます」
「肝試しには程遠い雰囲気の部屋だな。あまり公私混同じみた真似は好きじゃないんだが……ついてこい」
階段で二階へ。
少し歩いて行くと、灯りが見えた。
ナースステーションだ。
「待ってろ」
若杉先生が中へ入り、すぐに出てきた。
「話はつけてきた。行くぞ」
※※※
VIPルーム到着。
二葉が扉と鍵を閉め、勝手知ったるとばかりに電気を点けた。
すぐに頭を下げる。
「先生、ごめんなさい。あたし、やっぱり企んでました」
若杉先生がニヤリとしてみせる。
「最初からそう思ってるから構わないが、わざわざ足を運ばせた分くらいは楽しませてくれるんだろうな?」
「楽しんでいただけるかはともかく、驚きはすると思います」
「ほう、どんな間抜け面を晒してやろう」
なんとも余裕たっぷり。
しかし間違いなく驚きはすると思うぞ。
壁時計は二三時五五分を指している。
俺の推測通りなら、零時を回れば若杉先生の目にアイが映るはず。
二葉とアイがどんな風に打ち合わせたのかは聞いていない。
ただ、時間的にちょうどいいのは間違いない。
「アイちゃん、出てきて」
ストレートに行くらしい。
空間から、すうっとアイが現れた。
ベッドの上に座っている。
「こんばんは」
芽生と店長が叫ぶ。
「ええっ!? こ、こ、子供が!?」
「ひ、ひ、ひい! ゆ、ゆ、幽霊!?」
二人とも声を上ずらせながら後ずさる。
文字通りの人外を目の当たりにすれば当然の反応だ。
若杉先生が怪訝な表情をしつつ、店長に問う。
「二人とも、いったいどうした?」
「さ、さ、桜にはあの子見えないの!?
店長が腕を真っ直ぐ伸ばす。
若杉先生が、ぷるぷる震える指先の方向を見やる。
「全然? 何も?」
芽生が龍舞さんを見やる。
「アキラも見えてないの!?」
「見えてるぞ。短い着物きて、ピンク色の髪を左右両端でまとめた幼い子供だろう」
「なんで驚かないの!」
「驚いてる。言葉が出ないだけだ」
本当に外見からはわからない人だ。
肝も座っちゃいるんだろうけど。
二葉が狼狽える二人へ向け、落ち着かせるように口を開く。
「まあまあ。アイちゃんは幽霊といっても、祟るような悪霊の類じゃないから」
「小娘、その珍妙な貴族風味の格好はなんじゃ?」
「うるさい! 生意気な口利いてると、あたしがアイちゃんに祟るよ!?」
店長がぼそっと呟いた。
「そういえばアタシ、この子見覚えあるわ。ダーリンが入院してる時、ナイスバディなお嬢ちゃんや助けた男の子と一緒に食堂で食べてた子よね?」
二葉がこくこく頷く。
「そうです、そうです」
「ううん、それだけじゃない。これまで何度か見た事ある。長い入院の患者さん多いから、特に気にも留めなかったんだけど」
芽生が二葉をきっ、と睨む。
「まさか、その入院してる子と組んで、わたしや若杉先生を騙そうとしてるんじゃないでしょうね」
「そんなことして何になるのさ。大体、若杉先生には見えてないのに」
「じゃあ若杉先生もグルで、何かわたしの弱みを掴もうとか」
若杉先生が苦笑いを浮かべる。
「むしろ、私こそ疑った側なんだが……つまり、こういうことか。渡会妹と幼女幽霊は渡会兄の入院時から知り合っていた。そこで私と幼女幽霊を引き合わそうと連れてきた。写真部の部活は口実だったけど、幽霊を見るというのは嘘じゃないと」
「さすが若杉先生、察しが早いです」
「だけどあいにく、私にはその幽霊が見えないんだが? 欠片も気配を感じないぞ」
「えーと、それは……」
二葉が壁時計をチラチラ見ながら言い淀む。
俺も時計を確認、あと一分を切った。
下手に答えてしまうと、推測が外れた場合にリカバリ効かなくなるからな。
今回は体育館の時と違って穴だらけの策謀だけど仕方ない。
しかし、もし見えなかった時はどうするつもりなのか。
訝ったところで、アイが念を送ってきた。
(もし若杉先生にワシが見えなかったら、テーブルのメモとペンを使って筆談する。メモとペンは見えるはずじゃから、嫌でもワシの存在を信じざるをえまい)
なるほど。
透明人間の出てくるマンガそのものだ。
幸い俺達兄妹の他にも証人がいるし、どうにかなりそうだが。
それでも見えてくれるに越したことはない。
心臓がバクバクする。
五、四、三、二、一……ゼロ。
「えっ!?」
若杉先生のクールなすまし顔が崩れた。
目を見開いている。
「なんてことだ。私にも見える。いや、いきなり見えた」
勝った!
二葉と目を合わせる。
コクリと軽く頷いた。
若杉先生にアイが見えた。
それはフラグを潰し、金之助の若杉先生ルートを消滅させたこと。
言い換えれば若杉先生が上級生のヒロインから離脱したことを意味する。
まさに見えざる手へ一泡吹かせたのだ。
金之助と若杉先生をくっつけたくない。
そんな俺と二葉のわがままを通せただけじゃない。
俺達の行動によって未来を変えることができることも証明できた。
まさに今、クリスマスに向けての福音を得られたのだ。
こうなると、残すはアイと若杉先生の問題。
こっちはもう話してみないとわからないが……。
ベッドに腰を下ろしていたアイが宙に浮く。
「きゃあああああああああああああ! う、う、浮いたわ!」
アイが絶叫する芽生の前を横切り、ふわりと若杉先生の元へ。
「だ、だ、ダーリン! と、と、飛んでる!」
同じく絶叫した店長が抱きついてくる。
俺も「離せ!」と叫びたいが、空気を読んで口を噤む。
アイが若杉先生の前へ着地した。
「ワシが霊であること信じてもらおうと飛んでみたんじゃが、まったくびびらんの」
「信じてるよ。自分の目で直接見たものは受け容れる主義だ。医者は常に現実を直視しないと務まらないものでな」
医者とか云々の前に肝の座り方が半端ない。
他の二人はおろか、二葉も。
そしてアイの存在を知っていた俺ですら初めての時はパニックしたのに。
「大したものじゃ。さすがは丸焦げになったワシを見つけて、悲しむより先に病院へ担ぎ込んだキヨシ君の娘だけはある」
「キヨシ……くん? そうすると君、いや『あなた』──」
アイが口を挟む。
「年下の幼女扱いで構わん。この兄妹もそうしとる」
「君は父に所縁の者。私を呼んだ用件も父、いや野々山家絡みといったところか」
「察しが早くて助かる」
若杉先生がけらけらと笑う。
「はは。なんとリクエスト通りに楽しませてくれるじゃないか」
「ワシらは遊びのつもりで先生を呼んだんじゃないぞ」
「わかってるよ。慎んで、話を聞かせてもらおう」




