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140 1994/12/03 Sat 天照町内:お嬢!

 バイクを走らせる龍舞さんが、背中越しに問いかけてきた。


「妹との約束は何時だ?」


「二二時」


「まだ時間あるな。すまないが、ちょっと寄り道していいか?」


「寄り道? 構わないけど」


 龍舞さんがバイクをコンビニに止めた。

 看板には「LOWSAN」。

 この微妙な名前の違いがつくづくゲーム世界。


 そしてオーマイゴッド以外にもコンビニあるんだなと。

 考えてみたら元の世界ではコンビニの向かいがコンビニだったり。

 出雲町にはオーマイゴッドしかコンビニないっておかしいよな。

 この時代はまだまだ少なかったのか、それとも制作者都合なのか知らないけど。


 外で待っていると、龍舞さんがコンビニ袋を下げて戻ってきた。


「後ろで預かっててくれ」


 手渡された袋の中身は大量のおにぎり。


「これは?」


「差し入れ」


 相変わらず答えになってるようななってないような。

 果たして、どこへ向かうのか。


 ――バイクが停まった。


 到着先は建築現場だった。

 初めて来るはずの場所なんだけど、なんか見覚えある風景だなあ。

 看板には【出雲大学予定地 施行:龍舞建設】とある。

 ここが例の出雲大学か。


「お嬢!」「お嬢!」「お嬢!」


 働いてた作業員達が手を休めて一斉に頭を下げる。

 レディースの集会で見た光景と全然変わらないんだが。


「アタシに構うな。仕事を続けろ」


 すたすたと工事監督のところへ歩いて行く。


「お嬢、こんばんは。どうしたんですかい?」


「通り掛かったから、ついでに様子見に来ただけだ。これはみんなで食べてくれ」


 コンビニ袋を差し出す。

 つまり父親の会社の現場へ差し入れに来ただけ。


 通りがかるも何も、目的地とまったく逆方向なのだが。

 もうどこまでもこういう人なのだろう。


「ありがとうごぜえやす。みんな腹空かせてるから喜びますぜ」


「そうか。じゃあ今度はアタシが握って持ってきてやろう」


 工事監督が頭をぶんぶん振る。


「いえいえ滅相もありません。お嬢にそんなことさせたら会長に怒られちまいます」


「Je pense qu'ils ne veulent pas manger mes plats...《アタシの料理はそんなに食べたくないってかい……》」


 フランス語でなんか呟いてるけど全く意味がわからない。

 そういえば。


「ここって二四時間工事してるの?」


 よく苦情が来ないものだと思うが。


「突貫工事なんだよ。華小路んとこが早く完成させてくれって。幸い天照町の外れで、苦情の来るような場所じゃないしな」


 うーん、時間といい、場所といい。

 なんか色々繋がり掛けてるんだけど――って!


「金之助!」


「よお、一樹。お前もバイト?」


 思い出した!

 ここは上級生におけるアルバイトスポット。

 空さんのクラブで有り金巻き上げられたり、その他軍資金に行き詰まった時に来る場所。

 龍舞さんの会社の工事現場だったのか。

 というか、ここが出雲大学建設予定地だったのか!


 ゲームやってるときは二四時間工事してるなんて苦情入らないのかなあとか。

 二葉よろしく毒ゲーマー全開の妄想してたわけだが。

 なんてこった、ちゃんと裏設定が用意されていた。

 わかったところで何一つ役立つことはないけどな!


「いや、違う。龍舞さんと一緒でさ。彼女が寄りたいって言うから」


「アキラ? 本当だ。随分と仲いいんだな」


 龍舞さんが仏頂面で返す。


「御挨拶だな。『俺がいないときに一樹がイジメられてたら助けてやってくれ』って頼んできたのは金之助だろうに」


 へ?


「俺、そんなこと言ったっけ?」


 金之助がとぼける。

 俺の前だから当然だろう。


 っていうか! そうなのかよ!

 見舞いに来たとき、芽生については不思議がっても龍舞さんについては反応示さなかったわけだ。


 ゲーセンの時は「自分で取り返そうとしないヤツを助ける義理はない」とか言っておいて。

 こいつ、本物の典型的な主人公だわ。


「どうでもいいや。どのみちアタシが助けるまでもねーよ」


「ふん?」


「一樹って意外と気合入ってるぞ。今日も奴らに絡まれたチャコを助けてたくらいだ」


「一樹がああああああああああ!?」


 見えないはずの目が点になってるのがわかる。

 そりゃあなあ。


 金之助が肩を組んできた。


「やるじゃん」


「汚れるから離せ」


 というのが一樹っぽい返しだろう。


「いつもくっついてくるのは一樹だろうが!」


 龍舞さんがぼそり呟く。


「キサマら、本当に仲がいいんだな」


 表情は変わらないけど呆れているのがよくわかる。

 「助けてやってくれ」と頼まれたくらいだし、半分は本気なのだろうが。


 まあ、とにもかくにも金之助がここにいてくれたのは助かる。

 約束の場所とここはかなり離れているはず。

 これで若杉先生と街中でばったりという事故も心配しなくていい。

 金之助の強運と見えざる手の力を考えると本気でありえるからな。


 さて、金之助はどうしてバイトしているのか。

 金が必要なのはわかってる。

 問題はその理由だ。

 どうでもいいといえばいいし、何となくは検討つく。

 だけど、一応確認しておこう。


「ふっふっふ、金之助よ。どうしてお前はこんなところでバイトしてるんだ?」


 金之助が耳打ちしてくる。


(前に珍宝堂前で知り合った空さんって覚えてるか? 高級クラブ「シルクロード」のホステスの)


「覚えてるぞ」


(声を小さくしてくれ。アキラも女、女性の前でする話じゃない)


 龍舞さんをちゃんと対等の女性として見ている。

 この辺りがさすが主人公だよなあ。


(わかった。それで?)


(実はさ、次に行ったらVIPルームに呼んでもらえることになったんだ。だけどいつもより料金掛かるってことでさ。その金を稼いでる)


(ほう。いくらほど必要なんだ?)


(あと一万円。今日のバイト終えれば達成できる)


 そうかそうか。

 空さんとのエッチは目前らしい。


 空さんの攻略手順は、ひたすらシルクロードに通うこと。

 追い出されても追い出されても繰り返す。

 すると酔っ払った空さんが金之助に愚痴り出すイベントが発生。

 「なんで毎晩毎晩オヤジの御機嫌とらないといけないの」とかなんとか。

 いかにもありそうな愚痴。

 これをクリアすると「金之助君、愚痴聞いてくれてありがとう」とVIPルーム招待のイベントが発生する。

 しかし招待といっても、普段入れない部屋へ入れるパスをもらえるだけのこと。

 確か割引券もついてたと思うが、それでも入場するためには高額の料金が掛かる。

 そのため三六時間ほどバイトに専念する必要があるものの、これがラストフラグ。

 行ったら、VIPルームで何だったかのグラフィックイベント。

 退店後は部屋に招待される。

 そして「わたし、こんな仕事してるけど保母さんになりたいんだ」と、いかにもギャップ萌えを狙った将来の夢を告白されて、以下略。

 確実に時間をロスするので、同時攻略を狙うなら空さんはゲーム序盤にするのが基本だ。


 空さんは二葉・芽生・麦ちゃん三人の攻略と欠片も関係ない。

 ついでにどのヒロインとも関係ない。

 ぶっちゃければ若杉先生と同じ。

 初心者プレイヤーでも誰か一人とはエッチできるように用意された、攻略の簡単なヒロインだ。


 もちろん俺とも、この世界において関わりもない。

 金之助が空さんとエッチする分には何のしがらみもない。

 俺は今、若杉先生の攻略を妨害しようとしている身。

 心を痛めずにすむ分、むしろ歓迎したい。


 しかし大人ヒロインってつくづく不憫な扱いだな。

 一八禁ゲーである以上、一応は全ヒロインが一八歳を越えた設定のはずなのだが。


 龍舞さんが呼ぶ。


「一樹、そろそろ行くぞ」


「おう。ぷぷぷ。金之助よ、労働に励むがよい」


「で、二人してどこ行くんだ?」


 俺の代わりに龍舞さんが答えた。


「こいつを妹のとこへ送り届けに」


「二葉のとこ? 『家』って言い方しないってことは、こんな時間に出歩いてるわけ?」


 あ、なんかまずい気が。

 しかし龍舞さんが答えを続けようとする。


「らしいぞ。なんでも天照町繁華街のレストラン『DAN‐KON』――うがむぐ」


 咄嗟に龍舞さんの口を塞ぐ。

 これ以上喋らせてはいけない、そんな気がする!


 まずい! 案の定だ!

 金之助の見えないはずの目がキラリと光った!


「『DAN‐KON』ってお定まりのデートスポットじゃないか。二葉が? 誰と?」


「ふっふっふ、我が輩とだよ」


 このままとぼけきってやる。

 しかし金之助はきっぱり否定した。


「それはねえ」


「どうしてそう言い切れるのかな? 俺達は仲良き兄妹、家族同士食事に連れだってもおかしくはなかろう」


 例えエロゲー全開な名前の店であろうとな!


「一樹の食事作法がドレスコードに引っ掛かって、店を叩き出されるからだよ。二葉が『アニキとは絶対に外食できない』って嘆いてたからな」


 あのバカ……いや、当然の悩みか。

 むしろこの場合の「バカ」は一樹本人に向けるべきだろう。

 あいつ、少なくとも中学上がってからは家族と外食なんてしたことなさそう。

 そのことに気づかなかった俺もバカだ。


「ふん、誰とでもよかろう。金之助が訝しがるような相手じゃないことだけは確かだ」


「そうだろうな。だったらシスコンの一樹が黙ってるわけない」


「大きなお世話だ。じゃあ龍舞さん――」


 金之助が首根っこを掴んできた。


「と言うわけで、俺も付き合うわ」


「はあああああ? バイトあるんだろうが」


「今日はもう終わり。それに誰と会ってるのか興味あるじゃん。もしかしたら行ったらラッキーなことに出会えそうな予感してよ」


 だあっ!

 こいつはエスパーか!

 攻略が掛かるとなんて力を発揮しやがる!

 会ってるのがヒロインの「若杉先生」ってことを本能で嗅ぎつけてやがる!


「行くも何もバイクに三ケツなんてできないだろうが」


 監督が口を挟んできた。


「そういうことなら、お嬢のサイドカーがありますぜ」


「おお、助かる!」


 助かるじゃねえ!

 なんて余計なことを!

 しかも、どうしてそんなものがここにある!


 どうすればいい?

 絶対に金之助を若杉先生と会わせるわけにはいかない。

 いくら保健室の外とはいえ、そんなのお構いなしにエッチフラグが立ちかねない。


 そうだ、VIPルームまで残り一万円って言ってたっけ。

 ここは目標額クリアさせてシルクロードへ向かわせよう。


「龍舞さん。二葉に会ったら絶対返す、金貸してくれ!」


「いくら?」


「一万円」


「高校生が頼む借金の額としては多いと思うぞ?」


 どうしてそんなヤンキールックで!

 ついでにお嬢様で!

 金銭感覚だけは芽生並にまともなんだ!


 しかし龍舞さんが頭をぼりぼり掻きながら気怠げに続けた。


「まあ、なんか面倒くさいことになってるのはわかる」


「だったら!」


「アタシが口を滑らせたのが原因っぽいのもわかる」


「だったら!」


「責任はとろう。金之助をここから動かさなければいいんだな」


 龍舞さんが金之助の前へ立ちはだかる。


「金之助」


「なんだアキラ」


 にこっと笑った、その刹那。


「ぐぼっ!」


 龍舞さんの拳がみぞおちにめりこんでいた。

 金之助が膝から崩れ落ちる。


「監督、治療費としてバイト代に一万円上乗せして渡してやってくれ」


「お嬢、わかりやした!」


「一樹、行くぞ」


 すげえ。

 華小路の発勁にも耐える金之助をワンパンで倒しやがった。

 相手の油断もあるだろうけど。

 きっとこれもヒロイン補正なんだろうな。


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