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139 1994/12/03 Sat 天照町埠頭:いーだ!

 芽生が立ち上がった。

 顔の全てのパーツが凍り付いたかのように固まっている。

 感情を失ってしまったかに思えるほどの無表情。

 すたすたと車へ向かって歩いて行く。


 龍舞さんも立ち上がった。

 芽生の肩を掴む。


「どこへ行く」


「あの二人、今から殺す。もう策なんていらない。今すぐ押しかけて刺し殺す」


 静かに答える。

 しかし無表情だからこそ、静かだからこそ、激しい怒りがひしひしと伝わってくる。


 芽生が龍舞さんの手を払った。


「だから止めないで」


 対する龍舞さんも無表情で静かに答える。


「止めない。アタシも付き合う」


「言うと思ったわ」


「二手に別れよう。アタシは佐藤を殺る。芽生は鈴木を殺れ」


「オッケー」


 二人してすたすた――じゃない!

 俺も立ち上がり芽生を背後から羽交い締めにする。


「何するの!」


「みんなは龍舞さんを止めろ! 仲間を殺人犯にする気か!」


 やる! この二人は絶対にやる!


 レイカも龍舞さんの腰に抱きつく。


「邪魔だ、離せ」


「みんなもアキラさんを止めて! 力強すぎてウチだけじゃ無理!」


 だけどレイカに共感してしまったのか、誰一人動こうとしない。

 当たり前だ。

 人の心持ってれば、誰だってあの二人を殺したくなる。

 俺だってそうしたい。

 しかし法治国家の日本でそんなこと許されるわけない。


「芽生と龍舞さんがあいつらの元に押しかけるだけでも、間違いなく新聞沙汰だぞ!」


 二人とも大企業令嬢。

 特に芽生はたまき銀行頭取代行の身。

 相手まで大蔵省銀行局長と法務省刑事局長の息子とくる。

 どんな風に転ぼうとスキャンダルだし銀行は間違いなく潰される。


 レイカも続けて叫ぶ。


「鈴木と佐藤なら『一方的に好きと告白されてつきまとわれてたんです』って被害者ぶりかねないよ! 二人がストーカー扱いされてもいいの!」


 やる! 鈴木と佐藤なら絶対にやる!

 そんな気持ち一片も持ってない芽生と龍舞さんに対する最高の侮辱だから。


 レイカの叫びを受けて、みんなも龍舞さんに飛びついた。

 さらに芽生にも。

 力尽くで二人を引き戻して、元の場所に座らせる。


 龍舞さんが相変わらずの仏頂面で呟く。


「わかったから離せ。タバコが吸えない」


 ざざっとレディース達が離れる。

 龍舞さんは「ちっ」と舌打ちすると、タバコを咥えた。


「聞いてた話とまるで違うんだがな」


 芽生もぼやく。


「まさか、ここまでの話だなんて」


 結局、芽生も龍舞さんも部分的にしか知らなかったっぽい。

 しかもその部分的ですら、十分に常軌を逸している。

 二人が鈴木と佐藤を潰すと憤慨するのも当たり前のレベルで。


 どこの誰が国家権力までも中学生のイジメに使うと思う。

 家業までも潰しに行くと思う。

 龍舞さんが、殴って終わりというわけにもいかないというのはこれが理由だ。

 しかも龍舞さんの父親までもが巻き込まれて被害を受けた当事者なのだから。


 暴力的な解決はあくまでも一時的な憂さ晴らしにしかすぎない。

 二人の父親の「胸糞悪い」という台詞。

 少なくとも出雲銀行に対しては潰したいほどまでに怒りを抱いているはず。

 単純で直情的な龍舞さんと言えども、娘としてその意を汲んでいるのだろう。


 レイカが二人に向けて頭を下げた。


「ごめん。とてもじゃないけど全部は本当のこと話せなくて」


 芽生も龍舞さんも黙りこくったまま。

 無理もない。

 言葉の返しようがない。


「レイカと若杉先生の判断は間違ってないよ」


 代わりに俺が答える。

 本心でそう思うから。

 中身大人の俺ですら、しかも嫌と言うほどゲスを見てきた俺ですら。

 二人の行状は聞いていて吐き気した。


 法の抜け穴をくぐって他人に危害を加える。

 警察に捕まらないと思えば手段を選ばない。

 たとえどんなモラルに外れた手段でも。

 その点では確かに「イジメのお手本」と言いうるかもしれない。

 しかし、これは何と形容すればいいんだ。


 もし国家権力を手にできたらどうするか。

 きっと誰しも一度くらいは妄想したことのある中二病。

 だけどまさか現実に手にしたヤツが、こんな方向で実行に移すなんて。


 芽生が、さもつまらなさそうに口を尖らせる。


「悔しいけど一樹君の言うとおりだと思うわ。じゃあ、どうして今回は話したの?」


「天から『機』を教えられちゃったのかなって。一樹を連れてきたから」


「どういうこと?」


「もともと二人が恨んでる対象は二葉ちゃん。そして間違いなく、ウチを助けてくれたおばさまも。だったらこの先、何があっても不思議じゃない」


「そうね……」


「一樹にとって、ウチがどんな目にあったか知るのは必ず糧になる。自分の身を守るために。二葉ちゃんを守るために。ひいてはおばさまを守るために――」


 レイカが一旦溜め、語気を強めた。


「――これはウチの問題じゃない、むしろ渡会家の問題。だから話した」


 龍舞さんが吐き捨てる。


「まさか親まで手にかけるとはな」


 芽生、レイカ、そしてレディース達全員が頷いた。

 もちろん俺も。


 元の時代でも「母親をレイプする」と脅して自殺に追い込んだイジメはある。

 しかし洗脳してしまうなんて、あまりにもありえなさすぎる。

 若杉先生の「錯乱しなければ、二人を刺し殺していた」。

 決して大袈裟じゃない。

 間違いなく俺でもそうしていた。


 レイカが尋ねてくる。


「おばさまは大丈夫? 変わった様子はない?」


「今、父さんと一緒にK県行ってるから」


 入院したとき二葉が話してくれた様子からも、まず大丈夫だろう。


「じゃあ、その点はひとまず安心だね」


 佐藤が何か仕掛ける心配がないという意味ではな。

 それ以前に、すごく疑問に感じる点があるのだが……。


 同じ事を思ったらしい芽生がぼやく。


「レイカには悪いんだけど……佐藤に転ぶ女がいるなんてありえない。いったいどんな手段使ったのかしら」


「ウチにもわからない。ただ英子が抱き込まれてるのを見ても、二人が人の心の隙間埋めるのがうまいのはわかる。サイコパスとかいうんだっけ? そういう人種なんじゃないかな」


 二人がサイコパスなのは間違いない。

 だからといって親子ほどに年の離れた女性が篭絡されるものなのか。

 正直なところ、レイカの母親が予めショタ願望を持ち合わせていたとしか思えない。


 芽生の口が開きかけるも、閉じた。

 そのまま唇をきゅっと結び続ける。

 レイカに何か問おうとしたのを呑み込んだっぽい。


 代わりにこちらへ視線を向けてきた。


「一樹君、どうするの?」


「どうするって?」


「これだけ聞いておいて、まさか『ノー』とは言わないわよね」


 ちょっと待て。


「ノーとは言わない! だけど俺に何しろと! 相手は国家権力じゃないか!」


「一樹君のお父様だって警察の権力者じゃない」


「動くわけない! 子供のために権力振るう親なんて、普通いねえ!」


 母さんも警察権力使ってやり返したとは言えるが。

 大前提として警察は職員の不正をただす目的があったから動いてくれたわけで。

 あくまでも正当な監察業務の一環にすぎない。


 芽生が冷ややかな眼差しを向けてくる。


「根性無し。なんか、がっかり」


 レイカが叫んだ。


「芽生!」


「ふん」


 ぷいっとそっぽを向く。

 代わりにレイカが問うてきた。


「一つだけ確認させて。もしいざという時が来れば、二葉ちゃんを、そしておばさまを守る。それだけのつもりはあるんだよね?」


「もちろん」


 空気を読んだ返事はしておく。

 しかし、俺には何もできない。

 三週間後には虚無の存在になりはてる身なのだから。

 せいぜい一樹が戻ってくることを信じて、遺書代わりにメモしておくくらいだ。


「ならいい。そしてその時が来ない限り、話を二葉ちゃんの耳に入れる必要もない」


「そうだな」


 元々は高校生に聞かせる話じゃない。

 だからこそレイカは二人に黙っていたし、二葉もまた高校生なわけで。

 しかも俺達兄妹はフラグ回避という大問題を抱えているのだから。


 実は逆のことも言える。

 この世界が「上級生」である以上、少なくともクリスマスイブまで、二葉の身の安全は「見えざる手」によって保証されている。

 ついでに芽生も龍舞さんも。

 そうでなければハッピーエンドが存在しなくなる。

 結ばれたヒロインが実はレイカのような虐待受けてましたなんて誰得なわけで。

 ゲーム期間中に事が起こらないのは明らか。


 つまり残り三週間、俺は何もできない一方で、何もする必要もない。

 胸は痛むが、このことは救いだ。


「もし一樹自身が(・・・・・)動くと決めたなら、その時は言って。ウチにできることは何でもする」


「ありがとう」


「じゃあ話はこれで終わり。アキラさん、『出発(でっぱつ)』の号令お願いします」


「すまん。先に始めてくれ。アタシは一樹送らないと」


「芽生に送らせればいいじゃないっすか」


 芽生と目が合う。


「ふんっ」


 さっきより激しくそっぽ向かれた。

 龍舞さんが肩をポンと叩いてくる。


「気にすんな。一樹は別に間違ってねーよ」


「正しくはないな」


「そういうイジケた口は聞きたくないが……アタシだろうと金之助だろうと『ぶっ飛ばす』がダメなら、キサマと同じ答えしか言えねえよ」


 ストレートなフォロー。

 仏頂面だけに気遣いが身に染みる。

 すまん、じゃないな……。


「ありがと」


「んじゃ、後ろ乗れ。家まで連れてく」


 ヘルメットを手渡される。

 言われたとおりに後部座席へ。


「悪い、二葉と約束があるんだ。そっち行ってくれるか?」


「了解。芽生は?」


 龍舞さんが車に目を向けると、芽生は窓からぴょこんと顔を出していた。

 両手の指を口角に引っかける。


「いーだ! 帰るわ、出して!」


 車が走り去る。

 背中越しに呟きが聞こえてきた。


「ガキか、あいつは……」


「ガキっすね、あんな芽生初めて見たっす……」


 まさしくガキだ。

 二人が呆れるのもわかる。


 ただゲームの中であんな顔もこんな態度も見たことなかった。

 レイカすら見たことないというのだから、よっぽどレアなのだろう。

 モニター越しでならきっと「芽生たん、かわゆい!」と画面にかぶりついてたろうに。

 リアルで見せられると、しかもやらせてしまったのが俺のせいと思うと。

 まさか、こんなむず痒いものだとはな。


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