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キモオタでギャルゲー、それって何の罰ゲーム!?  作者: 天満川鈴
Chapter 5 回想(レイカ視点)
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137 199?/??/?? ??? レイカの高校:親子丼御馳走してくれるのか

 入学して一ヶ月が経った。

 学校へ歩いていると、クラスメイトの花子が声を掛けてきた。


「おはよ」


 おはようと挨拶を返し、連れだって学校に向かう。


「麗花すごいね。入学して早速のテストもトップ。さすが入学生代表」


「ありがとう」


 本当は「そんなことないよ」と答えたいところだけどな。

 金之助や華小路みたいなバケモノを見てきた身としては。

 ただ、人によっては謙遜も自慢に映っちゃうし。


「その落ち着いた上品な態度。さすが出雲学園上がりのお嬢様」


「そんなことないよ」


 と言うべきは、きっとこういう場面。

 本当にお嬢様のつもりはないのだから。

 それどころか「愛欲の学園」に通うお嬢様達の実態知ったら腰抜かすぞ。


「もう、謙遜しちゃって。顔よし、運動神経よし、頭よし。それなのに気取らないと来てる。麗花って本当にパーフェクトだよね」


「はは……」


 そんな褒めちぎられても笑ってごまかすしかない。


 まあ、こうして挨拶してもらえる程度には、みんなとうまくやれてるつもり。

 ぼちぼち楽しく過ごせてもいる。

 犬を食べさせられたショックと大場君から連絡のない不安を紛らわす程度には。

 心の底から高校生活を楽しめるのはもう少し先になりそうだけど。

 幸先はいいかなくらいは思ってる。


 校門をくぐると、校舎の前に人だかりができていた。


「あー!」


「来たぞ!」


 男子達がめいめいにウチを指さしてくる。

 はて?


 校舎に近づいていく。

 女子達の視線に違和感を覚える。

 冷ややかな、それでいて珍獣を見るような。

 いったい何なの?


 ――ぐっ!














 足が止まった。

 息が止まった。

 思考が止まった。

 そしてウチの人生が……止まった。


 校舎の前に立ったとき、全てがわかった。

 一階の窓という窓に。

 ウチが犬を食べる写真が貼られていた。


「れ、麗花……あたし、先に行くね」


 遠ざかる花子の声、入れ替わりに男子のお囃子。


「麗花○げえな、犬食×るってよ」


「俺ならい※でも食べ■もらって構わ▲いのにさ」


「やーい、わ◎こ! わん∵!」


 好き放題言われているのはわかる。

 だけど耳から入る言葉を脳が拒否している……。


※※※


 目覚めると保健室のベッドだった。


「起きた? 待ってね、担任に連絡するから」


 保健室の先生はつっけんどん。

 そりゃそうだよな。

 保健室の窓には写真を剥がした後。

 糊でべっとり貼られていたのがわかる。


 電話を切った保健医が声を掛けてくる。


「麗花さんが倒れている間に写真は全部剥がしたわ」


「申し訳ございません」


「まったくよ。なんであんな写真を、私まで……」


 ぶつぶつと恨み言。

 ウチに向かってというより、独り言を呟くかのように。


 ――担任の西泉先生が入ってきた。


「麗花さん、具合はいかが?」


 台詞は優しいが感情が全く篭もっていない。

 怒りを押し殺しているのがわかる。


「はい、御心配おかけしました」


「早速で悪いけど話を聞かせてもらうわ。視聴覚室に来て」


「視聴覚室ですか? 職員室じゃなくて?」


「来ればわかるわ」


※※※


 視聴覚室。


「あの写真はどういうことなの?」


 どうして写真が存在するのかはわからない。

 きっとどこかにカメラを設置して隠し撮りされていたのだろうけど。

 それ以外の要点をかいつまんで説明する。


 話し終えると、西泉先生は一笑に付した。


「はっ。犬を食べさせようとする中学生なんているわけないでしょう」


「そこから信じてもらえないんですか!」


 西泉先生が溜息を吐いた。


「ふう……麗花さんが誰かの怨みを買ったのは間違いないのでしょう。そうでなければ、こんなことされるはずないのだから。でもね――」


 立ち上がり、視聴覚室の暗幕を閉める。


「――こんなものを見せられたら、私は何も信じようがないわ」


 テレビの電源が入った――って、えええええ!


〔はうぅ……二葉ひゃん……美味ひいよぉ……〕


 ま、まさかビデオまで!

 「明るい方が食欲増すだろう」とは、これを撮影するためだったんだ。

 きっと倉庫のどこかにカメラが隠されていたのだろう。


「今朝、配達された新聞と一緒に置かれていたの」


「こ、これもあいつらにやらされて!」


 「遠慮せず美味しそうに食べろよ」とか。

 もう逆らうと何されるかわからない状況だったので、言われるままに演じた。


 先生がはっと嘲った。


「心から美味しそうに犬を食べているじゃない! いっちゃった目! 涎だらだら垂らして! これが演技だというなら、あなた今すぐ女優になれるわ」


 チア部で培った演技力が、まさかこんな形で仇になるなんて。


 さらに西泉先生が続ける。


「着ている上着は出雲学園の制服よね。麗花さんの担任だった数尾先生に問い合わせたところ、電話の向こうで『まさか、信じられない……あの美子さんが……』とざめざめ泣いてたわ。実際に見てもらった方が早いので、ビデオをダビングして送りました」


 数尾先生がウチごときのために泣くわけない。

 予め責任を逃れるための演技だ。

 信じられないのは本音だろうけど……そんなのはどうでもいい。

 知らなかったということは、恐らく出雲学園では写真をばらまかれてないということ。

 この状況だと、それだけでも救いに思える。


「麗花さんには期待してたのに……。入試トップの優等生を担任できて、教師としてのやり甲斐を感じ始めてたのに……」


 西泉先生まで泣き出した。


「ごめんなさい」


 もうウチにはこれしか言えない。

 ウチだって泣きたいけど、頭がグラグラしてて涙すら出ない。


「処分は追って伝えるわ。今日はもう家に帰って」


「わかりました」


※※※


 どうしたらいいのかわからない。

 途方に暮れながら家路を歩いていると、ポケベルが鳴った。

 大場君からだ!


【0106】


 「待ってる」。

 待ち合わせ場所に指定されたのは公園。

 ダッシュだ!


 ――久々に顔を合わせた瞬間、耳に飛び込んできたのは信じられない台詞だった。


「別れよう」


 何が起こってるのかわからない。

 言葉が出ない。


 固まってしまっているウチに、大場君が容赦なく追い打ちを掛けてきた。


「新しい恋人ができたんだ」


 恋人……?


 「えっ!?」とも。

 「誰!?」とも。

 「ふざけんな!」とも。

 頭の中に次から次に台詞が浮かび、だけどぐるぐる回ってしまって。

 ようやく口から出たのは、この台詞だった。


「野球部って、ずっと『女子禁制』だったよね?」


 感情的に叫んでしまったら、まとまるものもまとまらなくなる。

 まずは無難な怒らせそうにない質問から探りを入れる。

 パニック全開中でも本能的にそうしてしまっている自分を呪わしく思う。


 だけど大場君は私の問いなど耳に入らなかったらしく、即座に言葉を継いだ。


「新しい恋人を紹介するよ」


 振ったその場で新しい恋人を紹介ぃぃぃ?

 どんな神経してるんだ――って! えっ! ええっ!!


 ええええええええええええええええええええええええええええええ!


 新しい恋人の姿を見た瞬間、ウチは地面にへたり込んでいた。

 まさに、まさに腰を抜かしていた。


「よお、美子」


「す、す、鈴木ぃぃぃぃぃ! なんであんたが! 大場君の新しい恋人!?」


 ウチは絶叫していた。

 ただただ力任せに絶叫していた。


「野球部って女子禁制だけど『男子』は禁制じゃないからな」


 大場君が高い背を屈め、鈴木の腕へ寄り添うようにすがりついた。


「そういうことだよ。美子が相手してくれないから、もう暴発ギリギリでよ。そこを鈴木が相手してくれたってわけ。おかげで新しい道に目覚めることができたよ」


「あ、あ、あんたは性欲さえ処理できれば男でも女でもいいのか!」


 立てた人差し指を振ってくる。


「ちっ、ちっ。俺は言ったはずだぞ。鈴木や佐藤のことは『通じ合えるものがある』と」


「言ったけど!」


「こないだの大敗の後、理事長から『この半年何を練習してきた! せめて普通に負けられなかったのか!』と悪し様に罵られた俺の気持ちがわかるか。全部美味しいとこだけ持っていって肩壊した金之助のせい、そして美子も金之助と同類だ!」


「ごめん。何言ってるかさっぱりわかんない」


 理事長じゃなくても誰でも同じこと言うと思う。

 金之助がいないにしろ打者四巡でワンアウトしかとれないなんて、いくらなんでもひどすぎだもの。

 ただ大場君が、むしろ可哀相な身の金之助のせいにするくらいクズだというのはわかった。


「ほら見ろ。だけど鈴木はお前と違う、心の底からLOVEなのさ。それに……美子はわかってないよ」


「何が?」


「俺が付き合っていたのは『チア部部長候補の女子』。何と言っても出雲学園ののステイタスだからな。その肩書がなくなったお前に何の価値があるんだよ」


「ひ、ひどい……でも! でも! 体育倉庫では泣いてたよね! 『心配するな!』って言いたげに頷いてたよね!」


 鈴木がお腹を抱えながら笑い始めた。


「ぎゃはははは! おもしれー! 美子ってすっげえ思い込み激しいのな」


「はあ?」


「大場、説明してやれよ」


「鈴木と佐藤は言葉通り俺の願いを聞いてくれたんだよ。『二人の前で、美子に俺の恥ずかしい姿を見てほしい』って」


「はあ?」


「かつての恋人の前で今の恋人に辱めを与えられる。それに優る快感なんてないだろうが」


 え、えっと……。


「大場君って……そんな趣味、なかったよね?」


「野球部のシゴキ受けてる内に目覚めたんだよ。苦しみや痛みを快感だと思わないとやってられなかったからな」


 あ、あ……まさかスパルタがそんな方向へ働くなんて。


「頷いてたのは?」


「鈴木や佐藤の言ったことを肯定しただけだぞ」


「泣いてたのは?」


「嬉し涙。こんな俺の恥ずかしいところを美子に見られるなんてゾクゾクしちゃって」


 鈴木と目を合わせて見つめ合う。

 そして頬を寄せ合いながらベートーヴェンの「歓喜の歌」を歌い始めた。

 どこまでバカにしてるんだ!


「ああ、そうそう――」


 大場君が何か思い出したように付け加えてきた。


「もしかしたらこいつ、『大場君のために』とか頭の中で悲劇のヒロインぶってるのかなあ。そう思ったらおかしすぎて涙出てきたわ」


「なっ!」


 ぐさりと刺さる。

 さらに鈴木が引き取った。


「倉庫で言ったはずだぞ。『お子ちゃまな美子には『LOVE』がわからない』と。『口にも出さない相手の本音を探り当てるなんて、愛がなければできない』と。つまり大場と美子の間に愛はなかったし、別れて当然なんだよ」


「めちゃくちゃ言うな!」


 しかし鈴木と大場君はウチを無視するように背中を向けた。


「俺達の用事はこれで終わりだ」


「逃げるの!」


 鈴木が背中越しに返事を寄越す。


「いや? 美子のためを思ってだぞ」


「はああ?」


「佐藤が美子の家へ遊びに行くって言ってたからさ。人を待たせるのは礼儀に欠けるだろ?」


 佐藤? ウチの家? 遊びに行く?

 固まってるウチを他所に、二人はすたすた歩き始めた。


※※※


「ただいま」


 あれ? お母さんが出てこない。

 電気は点いてるし、いつもなら出迎えてくれるんだけど。

 玄関には男性物の、お父さんのとはサイズが違う靴。


 ばたばたと、寝室からお母さんが駆け出してきた。


「美子、おかえり」


 お母さんの髪は乱れ、顔にも腕にも汗。

 そして首筋には複数の小さな痣――もしや!


「あっ、美子ちゃん!」


 寝室へ飛び込む。

 ベッドには佐藤がいた。


「よう、美子。おかえり」


 平然と何食わぬ顔。


「あ、あ、あんた達……ここで一体何を……」


 背後からお母さんが説明してくる。


「佐藤君ね、うちに来るなり倒れちゃって。ベッドで休んでもらってたの」


 ゴミ箱を手に取り、中の匂いを嗅ぐ。

 このイカ臭い匂いは間違いない。

 もはや母と呼びたくもない動物にゴミ箱を投げつける。


「汚らわしい! いったい何考えたら娘の同級生とこんなことできるんだ!」


「美子ちゃん……」


「しかもエルフリーデに公安調査庁使って嫌がらせしてきた張本人だよ!」


 佐藤が口を挟んできた。


「そこは否定したはず。俺達は『望んだ』だけ、あいつらが勝手にやったことだと」


「どっちでもいい!」


「美子ちゃん、落ち着いて!」


 佐藤が布団の中でもそもそした後、立ち上がった。


「美穂、もういいだろう」


 そして、お母さんの名前を呼び捨てにした。


「お前のオフクロは俺の奴隷にさせてもらった」


 ど……れい?


「四つん這いになれ」


「む、娘の前でそんな……」


 佐藤が低くすごむ。


「やれ」


「は、はい……佐藤様」


 佐藤……さま?


 お母さんが四つん這いになった。

 突き出したお尻を佐藤が叩く。


「この汚らわしい豚が!」


「ぶぶう! 私は汚らわしい豚です!」


 な! な! なに!


 再びパーンと炸裂音が響く。


「目の前の女はなんだ!」


「私の娘です! 汚らわしい私が産んだ汚らわしい豚です!」


 な……んだと?

 しかもよだれを垂らしながら嬉しそうに……。


「美子、ざまあねえな。実のオフクロから『豚』呼ばわりかよ」


 豚呼ばわりはどうでもいい。

 だけど、ざまあないのは間違いない。


「お母さん……恥ずかしくないの……お父さんに悪いって思わないの……」


 佐藤がお母さんに命令を下す。


「美穂立ち上がれ、そしてお前の言いたいことを全て美子に吐き出せ」


「はい、佐藤様」


 お母さんがこちらに向き直った。

 さっきまでのだらしない表情は消え失せ、鬼の形相と化していた。

 こんなお母さん見た事ない。 


「お父さんに悪い? はっ、先に裏切ったのはお父さんよ」


「どういうこと?」


 カバンを手にする。

 中から写真を取りだし、手渡してきた。


 ――こ、これは!


 お父さんが二人でラブホに入る現場。

 それだけでも許せないけど、問題は一緒にいる女性。

 いや、出雲学園の制服を着た女子。

 しかも今や私の親友とまで呼べるはずの女子。


「え、いこ……?」


「チア部で一緒だった子よね? ただの浮気ならまだしも! よりによって中学生と! 娘の同級生とだなんて! 私には美子が生まれてから指一本触れなかったくせに!」


 お母さんが何か叫んでる。

 だけど言葉が文字のまま素通りしていく。


「英子……いったいどうして……」


 佐藤が口を挟んできた。


「英子って裏で小遣い稼ぎのデートクラブ入っててよ。たまたまお前のオヤジと援助交際ってなったらしいぜ」


 援助交際はウチらの使う「売春」の隠語……なんだけど。

 最近ではマスコミ報道でも使われ出して流行語になりそうな勢いだ。

 「愛欲の学園」と呼ばれる出雲学園。

 裏でやっている子がいる噂は聞いたことはあるし、いても誰も不思議に思わない。


 だけど……。


「英子が? デートクラブ? あのプライドの高い子がそんなことするわけない!」


「本当だよ。聞いた話によると、二葉が部長に選ばれたのに耐えられなかったらしくてさ。潰そうとしたところ、美子にまで見捨てられたって話じゃん?」


「見捨てた覚えなんてないけど?」


「『二葉の味方する』って言ったんだろ。お前とタッグ組めなければ勝ち目ないからってよ。どうしていいかわからなくなって、気づいたらデートクラブ入ってたらしいぜ」


 そ、そんな……そんなつもりじゃ……。


「だけどお父さんは! あの生真面目なお父さんが! しかもそんなたまたまあるか!」


「最初は本当にたまたまだったらしいぞ。なんかパチンコ屋が嫌がらせ受けてるとかでストレス抱えて落ち込んでてよ。憂さ晴らしにデートクラブの女を呼んだそうだ」


「嫌がらせした張本人がよくもぬけぬけと!」


 佐藤がニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる。


「だから俺は知らねって。で、落ち込んだ者同士気が合ったらしくてさ。今は一回五万円の援助で会ってるそうだ」


「さ、最悪……」


 佐藤がわざとらしく、なんか思い出したような声を挙げた。


「ああ、そうそう」


「次は何が出てくるのよ」


「英子から伝言。『卒業式で私を信じ切った美子のマヌケ面は快感だったわ。負けるが勝ちを教えてくれてありがとう。今こそ私はあなたに負けて勝ったのよ』だって」


 歪んでる。

 英子の本性を見抜けなかったウチが悪いのか?

 英子を信じたウチが悪いのか?

 ああもう! 何が何だかわからない!


 お母さんが次なる追い打ちを掛けてきた。


「ま、そういうわけよ。それに私、あなたほどは汚らわしくないつもりだけどね」


 はい?

 このあからさまに見下した眼差しは何?


 お母さんがテレビの電源を入れた――って!


〔はうぅ……二葉ひゃん……美味ひいよぉ……〕


「まさか犬を食べるなんて。我が娘ながら何ておぞましい」


「こ……これは?」


「今朝方ポストに入ってたの。何が映ってるか怖いから佐藤様と一緒に見てもらってたんだけど……まさか美子にこんな趣味があったなんてね」


 佐藤が呆れたように言い放つ。


「ホント。こんな娘持っちまった美穂には同情するよ」


「佐藤! 食べさせたのはお前達じゃないか!」


 パーンと炸裂音。

 同時にウチの頬に痛みが走った。


「お、かあ……さん……」


「佐藤様になんて口利くの! 謝りなさい!」


「お母さん! ウチの言うことが信じられないの!」


「佐藤様がそんなことをするわけありません。いいえ、もししていたとしても佐藤様が絶対なんです。私は信じます」


 な、なんなの……これ?

 洗脳? その二文字がウチの頭によぎった。

 もう何が何だかわからない。


 ただ、悟ったことがある。

 それはもう、ここはウチの家じゃないということ。

 ウチは全ての居場所を、そして味方を失ってしまったということ。


「ウチが何したというの!」


 佐藤がへらっと答える。


「俺達をいじめたろ? 俺達はやられたことをやりかえした。つまりイジメ返しただけだ」


「ウチがいつあんた達をいじめた!」


「イジメをする側はイジメをしてることに気づかないと言うけど本当だな。だからはっきりわかるようにイジメのお手本を見せてやった」


「お手本?」


「イジメは徹底的に孤立させるもの。だから美子のオヤジもオフクロもお前から引きはがした。彼氏の大場にも親友の英子にもお前を裏切らせた」


「やっぱりあんた達が全部仕組んでたんじゃんか! この犯罪者!」


「聞き捨てならないな。俺とオフクロも、英子とオヤジも、鈴木と大場も。全員が恋愛してるだけ。俺達は何一つ刑法に触れるような真似をしていない。あえて言うなら美子の両親が児童福祉法違反なくらいでな」


 くっ!

 確かに表沙汰になって逮捕されるのはこいつらじゃない。

 ウチの両親の方だ。


「出雲銀行は! 公安調査庁は!」


「出雲銀行は営利を追ったれっきとした企業活動。公安調査庁だって国民の生活を守るための活動が行き過ぎただけ。仮に何かあったとしても自殺した以上は闇の中だけどな」


 この人でなしが!


「じゃあビデオは!」


「さあ? もしかしたら一樹じゃねえの? 盗撮カメラ仕掛けてたらたまたま引っ掛かって、小遣い稼ぎにばらまいたとかさ」


「いくら一樹でもそんなことするか!」


「なんでもいいさ。言いたいのは『イジメは犯罪ではない』ってことだ。そして文部省も警察沙汰になってない以上はイジメにカウントしない」


「お前らも文部省もくたばっちまえ!」


「その台詞は脅迫罪なんだが見逃してやろう。ただ、一つ忘れてもらっちゃ困る」


「何を!」


「俺達はお前に犬を食えと強要はしてない。『美子が自分で望んだ』んだ。俺達は何度も確認した。他の誰も、もちろん『大場も』誰一人として望んでなかったのによ」


「あれは――」


「もう一度言う。『美子が、自分で望んで、犬を食べたんだ』」


 う、うあ、うああああああああああああああああ!


「美子ざまあ! これぞ完壁な『イジメ』ってやつよ! 思い知ったか!」


「美子ちゃん。でも大丈夫よ。あなたの穢れは佐藤様が払ってくれるって。さあ、私と一緒にベッドに入りなさい」


「お、いいねえ。親子丼御馳走してくれるのか」


「うあああああああああああああああああああああああああああああ!」


〔バタン〕


 ああああああああああああああああああ!

 うあああああああああああああ、ああああああああああああああ!

 ああっ! ああああああああああ! ああああああああああああああああああああああ!

 ああああああああああああああああああああああああああああああああ!


〔ププー〕


「どこ見て走ってやがる!」


 ああああああああああああああああああ!

 ああああああああああああああああああ!

 ああああああああああああああああああ!


「君、何してる!」


 ああああああああああああああああああ!


「大変だ! 女の子が川に飛び込んだぞ!」


前話同様、本話の解釈は読者に委ねます。

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