136 199?/??/?? ??? 体育倉庫:……キュウリ?
怒りが止まらない。
この際だ、はっきり口にさせてもらおう。
「さすが、出雲銀行を使ってウチのお店に嫌がらせしただけあるね」
「なんのことだ?」
「とぼけないで! あんたが父親にチクって出雲銀行に命じたんでしょうが!」
「知らないなあ。確かに俺はオヤジに『学校で麗花美子という名前の女にイジメられた』くらいは言った。でもそれは仲いい父子なら当然の会話だろう?」
わざとらしくシラ切ってみせているが、大場君に辱めを受けさせているのは自分達の力をウチに誇示したいがため。
こんなどうしようもない最低最悪のゲスが台詞をこれで終わらせるわけがない。
「それで?」
「もしかしたらオヤジは大蔵省から天下った出雲銀行頭取の前で『出雲町駅前のパチンコ屋エルフリーデの娘に息子がイジメられていましてね。どこかに息子を守ってくれる正義の味方はいないものですかねえ……』くらいはグチったかもしれない」
「そういうのを『チクって命じた』っていうんだよ!」
佐藤が会話に割って入ってきた。
「違うな。鈴木のオヤジはあくまで『イジメのグチ』をこぼして『正義の味方がいたら』という願いを話しているだけ。『エルフリーデを潰せ』なんて間違いなく口にしていない」
「どうしてそう言い切れるのさ!」
「教唆罪になるだろうが。例え内心どう思っていようと、役人は自分に責任が降りかかるような言葉を決して口にしない。俺のオヤジだって同じさ」
「どういうこと?」
「大蔵省は関係ない。出雲銀行は『自分が自分の意思でやった』ってこと」
「役人腐ってる」
「ハッ」と嘲笑が飛んできた。
「お子ちゃまな美子には『LOVE』がわからないんだよ」
「LOVEですって!?」
まさか佐藤の口から、全く似つかわしくない単語を聞こうとは。
「法務省にしても同じさ。俺のオヤジがエルフリーデを潰してほしいと思ってたのは間違いない。しかし立場ある者として口に出せるわけがない。だから部下達がオヤジの本音を汲み取って、自分の意思をもって無断で勝手に動いただけのことさ」
「それのどこがどうLOVE?」
「口にも出さない相手の本音を探り当てるなんて、愛がなければできないだろう。恋愛はまさにその作業の繰り返しだろうが」
そうだけど!
確かにそうだけど!
その台詞をあんたが吐くか!
「じゃあ自殺は? まさか『死ね』と言われて死ぬ人はいないでしょ」
「さあ? どこかの敵国に殺されたんじゃないの? 公安調査庁だと実際にある話だし」
よくもいけしゃあしゃあと。
「じゃあ刑事は! 法務省関係ないよね!」
「パチンコ業界で暗躍してるヤクザじゃないの? もともと怨み買ってるんだし、警察辞めれば報復されたっておかしくない」
本当にそうかもしれない……じゃなくて!
こんな問答してる場合じゃない!
「大場君を放して!」
「言ったろ? 俺達は大場のリクエストでこうしているだけだって。なあ大場?」
大場君がコクコク頷いた。
だけど目には涙。
「ふざけないで!」
何されるかわからないから頷いてるだけじゃん!
「まあ、落ち着け。まずはこれでも食べろ」
はあ?
鈴木が差し出してきたものを受け取る。
「……キュウリ?」
唐突すぎて呆気にとられ、そのまま固まってしまう。
すると、鈴木が続けてきた。
「別に毒とか塗ってねえよ。何なら塩もある」
対面の二人からシャクシャク囓る音が聞こえてきた。
別にそういう心配はしてないけど。
わけわからないまま、一口囓る。
不味くもないけど、驚くほど美味しいわけでもない。
その辺のスーパーに売ってそうな、ごくごく普通のキュウリ。
「なぜキュウリ?」
「晩飯だよ。腹減ったから」
答えになってるようでなってない。
「大場、お前にも食わせてやるよ」
「何するの!」
キュウリを握った鈴木の右手は、四つん這いな大場君に迫っていた。
「食わせてやろうとしてるんじゃん、なあ大場?」
「うーうー」
「ふざけんな!」
鈴木の手からキュウリを奪い取る。
そしてシャクシャクと一気食い。
鈴木も佐藤も呆れたように口をぽっかり開いた。
「食うの早ええなあ」
「早食いはチア部時代に鍛えられたものでね。おちゃらけるのは止めて大場君を放しな」
「おー、こわこわ。仕方ないなあ、大場には別の物をやろう」
別の物――って!?
「ほーら、大場。ぶっとい大根だぞ」
「うーうー」
何て物を!
「大根なんて止めて!」
鈴木が大根をシャクっと囓った。
「美子は大根を馬鹿にするのか? 生で食べても美味しいんだぞ」
「わけわかんない!」
そして大根を再び大場君へ近づけていく。
「そーら、大場。たらふく食えよ!」
取り上げないと!
でも今度は佐藤が間に割って入っていた。
「どいて!」
「美子は彼氏の楽しい食事の一時を邪魔するのか?」
「何が楽しい!」
二人をぶちのめす?
ううん、ダメだ。
絶対間に合わない。
ウチに佐藤を一撃で倒す腕力なんてない。
佐藤を殴った瞬間に反撃を食らうだろうし、その間に鈴木が大根を無理矢理食べさせる。
ウチが殴られるのはどうでもいい。
でもどうすれば大場君を守れる?
ううん、考えてる場合じゃない! 動くしか!
――鈴木の手が止まった。
「まあ、どうしても美子がお腹空いてるってのなら仕方ない」
「どういう意味?」
「大根やるって言ってるんだよ。お前が『大場の代わりに』食べるならな」
意識が飛んでいた。
あまりの衝撃に、鈴木の台詞を脳が拒否したらしい。
こいつら、最初からそれが目的か!
「ふざけるな!」
「いや、俺達はいいんだよ。大場も食べたいって言ってるし」
大場君が涙目でコクコクと頷く。
まるで「俺のことは構うな」と言いたげに。
でも……もう……選択肢がない。
人質を取られてしまってる時点でウチの負けだ。
まさかここまで常識外れな手段に訴えてくるなんて。
「くっ……食べるよ……」
「その言い方はなんだよ。まるで俺達が無理矢理食べさせるみたいじゃないか」
頭が自然に落ちていく。
「鈴木君、お願いします。ウチに大根を食べさせてください」
「ぎゃははははは!」
耳につんざく、二人の笑い声。
「ほら、やるよ」
ウチの顔と床を遮るように、佐藤の手が伸びてきた。
「にん……じん……?」
「そっちの方が食べやすいだろ。大根は俺達で食う」
無造作に置かれたマットへ、倒れ込むように寝転がる。
もうニンジンでも大根でも何でもいい。
とっとと食べよう。
そして大場君を一刻も早く解放してあげよう。
巻き込んでしまったのはウチなのだから。
――だけど二人は更なるとんでもない行動に出た。
鈴木が一旦外に出て、戻ってきた。
まさか、それは!
「キャウン! キャウン!」
「大場には『二葉』を食べさせてやろう」
「やめて!」
「仕方ないだろう。ニンジンはお前にやったし、大根は俺達が食った。大場にも何か食べさせてやらないと」
「犬なんて!」
「数尾先生が言ってなかったか? 『犬は一般的な食材』って」
「お願い! 何でも言うこと聞くから!」
「おいおい、それじゃあまるで俺達が脅迫かなんかしてるみたいじゃないか。大場だって食べたいよな」
大場君がコクコク頷く。
ダメだ……ウチに彼を見捨てるなんてできない……。
意思に逆らって開くまいとしている唇をこじ開け、彼らの求める台詞を絞り出す。
「食べます……」
「あん?」
「ウチに……大場君の代わりに……二葉ちゃんを……食べさせてください……」
二人が盛大に嬌声を挙げた。
「やっぱ美子って二葉に『歪んだ愛情』抱いてやがったよ!」
「お前が『自分から』望んだんだ! 二葉を心ゆくまで味わえよ!」
※※※
うっ、うぅ……死にたい……。
いっそ……目の前の車道に……ダメ!
自殺なんてしたら本当に奴らの思うツボ。
あの二人に犯されなかった、それだけでマシだと思うんだ!
二人はマットの上の私の横に照明スタンドを並べ、照らし出してきた。
「明るい方が食欲増すだろう」とか。
「生野菜食べると体冷えるから上着は着といた方がいいぞ」とか。
「遠慮せず美味しそうに食べろよ」とか。
その先は――うっ、うげええええ。
道にひざまずき、嘔吐してしまった。
もう忘れるんだ。
なんとしても忘れるんだ。
さっきのは夢なんだ、幻なんだ。
ポケベルが鳴る。
番号は大場君の自宅。
二人は約束通り、すぐに解放してくれたらしい。
メッセージは、
【999】
「ありがとう」か。
うん、大場君が無事ならそれでいいさ。
試合終わったら二人でずっと一緒に過ごそうね。
※※※
数日後。
「美子ちゃん、カルチャースクール行ってくるわね」
「はーい。いってらっしゃーい」
お母さんは相変わらずのカルチャースクール通い。
だけど春休みになって毎日家にいるようになって気づいたけど、なんか人相変わってきた気がする。
どこか目がくぼんで、頬が痩けてきたような。
元気そうではあるからウチの思い過ごしなんだろうけど。
そう見えるのは、ウチが鬱々しちゃってるのもあるかもな。
だけど今日は久々に気分が晴れるであろう日。
いよいよ春期全国大会の特別試合。
テレビ中継までしてくれるから、存分に大場君の勇姿を見られる!
一回表、相手チームの攻撃。
〔一番打者の青木君、セカンドゴロ……あーっと! エラー! エラーです!〕
〔二番打者の飯田君、サードゴロ……またしてもエラー!〕
〔三番打者の植田君、スリーランホームラン!〕
〔四番打者の江本君、ライトフライ……おーっと、ライト落とした!〕
〔五番打者の折原君、ツーランホームラン!〕
……えっ……ちょっと……待って。
気づいたら打者四巡。
点差は「35-0」。
たった今、四度目の九番打者に満塁ホームランを打たれたところ。
取ったアウトはキャッチャーフライ一つだけ。
〔コールドの規定はありません。しかしさすがにこれはまずいのではないでしょうか……審判が出雲学園ベンチへ向かいます……戻ってきました〕
カメラが審判に向く。
〔ゲームセット! 出雲学園の試合放棄により、選抜チームの勝利とします!〕
あらら……。
〔泣いています。出雲学園の選手達、全員が泣いています。でも頑張りました! 最後まで挫けず頑張りました! 感動を与えてくれた君達の勇姿、私達は忘れません!〕
アナウンサーまで涙声。
もう絶対に感動ではなく、同情の、そして哀れみの涙だ。
そういえば金之助が「二七連続奪三振&完全試合」決めたインタビューで答えてたっけ。
「すごいですね? だって打たれたら負けちゃいますもの」
こういうことだったんだなあ。
キャッチャーの大場君は金之助の球を捕れるくらい、守備だけは一級品。
だけど他の部員は、まさかここまでひどかったとは。
うん、でも、まあ……みんな頑張ったよ!
※※※
高校の入学式を迎えた。
新しい環境、新しいクラス。
「麗花ちゃん、委員長やって」
「なんか頼りになりそうだし」
またか。
小学、中学と環境が変わる度に繰り広げられる光景。
断り続けるのも反感を買う材料になるので、いつもは程々で引き受ける。
だけど今回は本当に先頭に立つ気なんてなれない。
そっとしておいてほしい。
どんなに夢と思おうとも、あの屈辱的なできごとから立ち直れないでいる。
頭の中は陰鬱そのもの。
表向き平静を保ってみせるのがやっとだ。
でも……。
「わかったよ。期待に添えるかわかんないけどやってみる」
もしかしたら気を紛らせられるかもしれないしな。
大場君からは春期全国大会以降、連絡がない。
ウチからも掛ける言葉がないから連絡できない。
それに……大場君の前であんなことになった以上、やっぱり合わせる顔がないし。
ひたすら待つしかできないのだけど、何もせず待つのは、それはそれで苦痛だ。
イマイチよくわからない描写かもしれません。御容赦ください。




