135 199?/??/?? ??? 出雲学園体育館:ゲスが!
「麗花美子さん 卒業おめでとうございます」
両手を差し出し、学園長から卒業証書を受け取る。
本日は卒業式。
ほとんどの卒業生はエスカレーターで高等部に進学する。
だから単なる春休み前の授業が短くなるイベントにすぎない。
だけどウチにとっては出雲学園で過ごす最後の日だ。
――体育館を出ると、英子が声を掛けてきた。
「卒業おめでとう!」
「英子もおめでとう!」
パンっとハイタッチ。
しかし英子が物憂げに目を逸らす。
「これで美子とも離れ離れか。せっかく高校でも張り合えると思ったのにな」
英子は出雲学園と双璧をなすブルジョワ校K大付属高校。
ウチもその予定だったし合格もしたけど取りやめ。
学費の安い公立高校へ行くことにした。
公立にしたのは、エルフリーデを巡るトラブルを考えて。
いつ何があって路頭に迷うかわからないのを思い知らされたから。
「縁があれば、きっとまたどこかで張り合うこともあるさ」
「はは、そうだね。ねえ、美子――」
顔をぷいっと逸らした。
頬がほんのり紅くなる。
「――あ、あ、ありがと」
はあ?
「改まって何?」
「私、本当はチア部の部長諦めたくなかったんだ。一時的にでも美子と手を組んで、二葉ちゃん潰して。そうすれば私にも、まだ目があるって」
「……知ってた」
英子はウチと違い、プライドが高くて負けず嫌いで好戦的だもの。
そう思わないわけがない。
「だけど美子から先に『先輩達ムカつく。二葉ちゃん助けよう!』って言われて、首を縦に振るしかなくなっちゃって」
「……そうだね」
と、表向きは言葉を濁しておく。
だけどもちろん、わざとだよ。
英子は見栄っ張り。
ウチが先に綺麗事を吐いてしまえば、英子はプライドが邪魔をして謀議を持ち出せない。
しかも「先輩達ムカつく」という建前があるから英子の面目は立つ。
こういうタイプ、ウチは芽生で慣れてるから。
英子とウチの大きな違いは、英子には野心があってウチにはないこと。
だから簡単に勝負から降りられるし、一方で大局を見ることができる。
真の敵は二葉ちゃんじゃなく先輩達。
そこを見誤ったらウチらの負けだ。
きっとウチは将軍より軍師タイプなんだろう。
実のところ、ウチは引っ張るより引っ張ってもらう方が向いてる。
性格的にもそうだし、ウチに人を引っ張るだけのカリスマはない。
芽生はもちろん、二葉ちゃんも先々はウチの手の届かない所へ行ってしまいそう。
数尾先生がウチに共感してるのは、もしかしたらこの点なのかもしれない。
だけどなぜ、今その話を?
顔を背けたまま、英子が訥々と言葉を紡ぐ。
「だけど『負けるが勝ち』って本当にあるんだなって。二葉ちゃんはすっかり見違えて、部員達は団結して。何より当ての外れた先輩達が『こんなはずじゃなかったのに』と歯ぎしりしてるの見かけた時は、なんか自分が大きくなったように感じちゃった――」
くるんと正面を向いた。
「――そう思えたの、美子のおかげだから。あ……ありがとうって言いたくなったんだ」
照れくさそうにはにかんでる。
きっと本心で言ってくれてる。
だったらウチも笑って素直に返そう。
「どういたしまして。ウチもチア部辞めた後、英子と一緒で楽しかったよ」
本当に本心。
チア部にいた頃は何かと突っかかってくるから、むしろウザかったくらいだけど。
いざ一緒に過ごしてみれば意気投合。
こういうのも芽生に通じるものがある。
チア部を辞めたこともまた、全てが悪いことばかりじゃない。
こうしていい友人と知り合えたことだしね。
「ありがと。もし縁が無ければ、無理にでも作って張り合いに来るさ」
じゃあね、と英子が去って行く。
ウチがイエヤスで英子はノブナガと部員達には例えられたものだけど。
最後まで彼女らしい台詞を残していった。
さて、我が彼氏大場君は……どこにいるんだろ。
今日は全ての部活が休みのはず、スパルタと化した野球部も例外じゃないんだけど。
仕方ない、教室に戻るか。
ウチの出雲学園生活は本日で終わり。
ロッカーの整理もしないとだし。
――ロッカールーム。
鍵を開けようとする……あれ? 刺さらない。
というか、何これ! ハンダ?
なんで鍵穴にこんなものが!?
技術室で半田ごてを借りてきて溶かすと、下から出てきたのは耐熱テープ。
あまりの用意周到ぶりに背筋がぞわっとする。
これは……。
もう嫌な予感しかしないけど、扉に手を掛ける。
中には赤い封筒が置かれていた。
隙間から差し込んだらしい。
封を切って、中身を読む。
【二〇時、体育倉庫で待ってる。 大場】
もちろん大場君のわけがない。
本当の差し出し主が誰かは考えるまでもない。
でも卒業式では大場君を見かけなかったっけ――もしや!?
誰かを呼ぶ?
ううん、「独りで来い」と遠回しに言ってるのは明らか。
こんな頭の湧いた連中、誰かを呼んだら次に何してくるかわからない。
それ以上に他人を巻き込みたくない。
独りで行く、しかない……よね。
※※※
約束の時間が近づいたので体育倉庫に向かう。
校舎はもちろんグラウンドにも誰もいない。
学園に残っているのは宿直の先生と守衛さんくらいだろう。
そういえば四月から新しい保健の先生が来るんだっけ。
今後はその先生が学園に常駐するって噂。
卒業するウチには関係ないけど、こんなところに一日中だなんて物好きな人だと思う。
――体育倉庫到着。
扉を開けると薄暗い。
でも月の灯りが小窓から差し込んできているので夜目は利く。
倉庫内の様子はいつもと変わらない……多分。
体育倉庫なんてしょっちゅう来るわけじゃないし、いちいち覚えてもいない。
ただ跳び箱が入口近くにあるのが気になる。
普通、こんなところに片付けるっけ?
背後からガラッと扉の開く音が聞こえた。
振り向くと、逆光に塗られる二人組のシルエット。
「誰かさんと違って、すっぽかさなかったようだな」
鈴木と佐藤がふてぶてしく笑う。
そうさせない手紙を寄越しておいて何を言ってるんだ!
「大場君はどこ!」
「とっくに来て、お前を待ってるよ」
えっ!?
答えた鈴木が佐藤へ目を向ける。
「そっち持ってくれ」
二人で入口傍の跳び箱を下ろし始めた。
まさか、この中に閉じ込めていたの――って!
ええええええええええええええええええええ!?
そこにいたのは間違いなく大場君。
しかし、彼は……。
しかも頭を地に付け腰を突き出した土下座のような姿勢にされていた。
後ろ手にはめられた手錠が、差し込む月明かりに照らされてキラキラ光っている。
「ううう! うううう!」
口にはガムテープ。
「なんてことを!」
「俺達は大場の頼みを聞いただけだぞ」
「頼み?」
「『俺の恥ずかしい姿を美子に見てもらいたい。鈴木にも一緒にいてほしい』って」
「バカ言わないで! 大場君がそんなこと言うわけないじゃん!」
「本当なんだから仕方ない」
へらっと笑う。
まさか同級生をこんな目にあわせて、薄笑いまで浮かべられるなんて。
「ゲスが!」




