134 199?/??/?? ??? レイカ宅:ボク、県警本部の古田銀三郎と申します
エルフリーデ隣のウチのマンション。
ウチとお父さんに来客が二人。
「ボク、県警本部の古田銀三郎と申します」
うわぁ、格好いいなあ。
背が高くて涼しげでキリッとしてて、それでいて優しそうで。
ちょっと巻き舌っぽい話し方がなんだかクセになりそう。
続けておばさまも名刺を差し出した。
【渡会法律事務所 弁護士 渡会千種】
「現在は主婦業に専念しておりますもので、形だけですが」
おばさまの名前は「千種」さんなのか。
一樹に二葉だからゼロから始まるのかと思ったら一気に飛んだ。
古田さんがお父さんに目を向ける。
「網取物語にモーニングは入ってますかな」
「はい。毎日電源落としていますので」
網取物語はパチンコメーカー兵和の出したパチンコ。
一度当たれば爆裂連チャンが続くギャンブルマシーンとして人気を博している。
内部モードは「天国・通常・地獄」の三つ。
普段は地獄モードにいて延々とお金を吸い込み続けるけど、電源をオンオフした場合は通常モードから始まるので当たりやすくなっている。
「それでは一旦失礼します」
席を立とうとする古田さんに、お父さんがプリペイドカードを差し出す。
「では、これを。一万円分入ってるので初当たりは引けると思います」
しかし古田さんは手を払う仕草を見せた。
「ギャンブルってのはね、自分のお金で打つから楽しいんですよ」
「は、はあ……」
「ボクは千種さんのお誘いでパチンコを打ちに来ただけ。気遣いは無用です」
実際は警察官として疑われる真似を慎みたいのが本音だろう。
賄賂を要求してきた生活安全課の刑事とは違う。
廉潔な方ではありそうだ。
おばさまが付け加える。
「はぐらかしてますけど大丈夫ですよ。ただ彼に一任することだけお約束願えますか?」
「ええ、この事態を解決していただけるのでしたら」
古田さんとおばさまが立ち上がる。
「改めて、ゆっくり遊ばせていただきます。色んな意味でね」
含みありげな台詞。
いったい何を企んでいるのか。
※※※
エルフリーデ店内。
ウチは店員の制服を着て、シマで台の掃除をしている。
店長には「いつでも御客様に楽しく遊んで貰えるよう、お店を綺麗にしたい」と言って。
もちろん本音は成り行きがみたいからだけど、店長はじめ他のみんなには古田さん達のことは話してないから。
お父さんも事務所で待機。
きっと監視カメラを通してハラハラしながら眺めていることだろう。
ガランと閑古鳥の鳴いてしまったホール。
御客様は、網取物語のシマの端に座る古田さんとおばさまの二人だけだ。
一方で店員は、店長とバイトさん。
ウチを含めると店員の方が多いなんて涙が出てくる。
バイトの店員さんに挨拶する。
「おはようございます」
「うぃ~っす、あよ~」
なんてだらしない話し方。
「あよ~」は「おはよう」なんだろうけど、全然そう聞こえない。
しかもこっちに顔すら向けない。
公安の嫌がらせでいなくなったのは御客様だけじゃない。
店員まで嫌気がさして全員辞めてしまった。
仕方なく相場の二倍で急遽バイトを募集し、なんとか一人来てもらえた。
しかしソリの入ったパンチパーマでくちゃくちゃガムを噛んでる。
名前まで「矢瑠木梨雄」。
そりゃ他では働けないだろうと思っちゃうし、こんな人しか雇えないのが悲しくなる。
おばさまはパチンコ打ったことがないらしく、古田さんが遊び方を教えている。
「入れるところが小さすぎて、お金入らないじゃない!」
「まずはプリペイドカードを買わないとダメなんですよ」
なんて微笑ましい光景だ。
店の隅っこに公安がいなければ。
全ての元凶はこの人。
商売の邪魔するだけじゃない、自分は打ちすらしない、ああ大迷惑極まりない。
本当に何とかしてくれるのかな?
――一五分ほど経過した。
〔おおあたり~〕
「古田君、揃ったよ! 当たったよ! 玉がどんどん出てくる!」
どこまでも微笑ましい。
しかしおばさまの至福を邪魔すべく、公安が立ち上がった。
手帳をパチンコ台とおばさまの間へ挟むように突き出す。
「すみません、公安です」
「画面が見えないんで止めてもらえませんか?」
しかし公安はさらに大声を張り上げる。
「『こ・う・あ・ん』です」
それもわざわざ強調するように。
岩みたいな顔してるから、めちゃめちゃ迫力ある。
公務員が権力振り回すなんて最悪極まりない。
古田さんが立ち上がり、おばさまと公安の間へ割り込んだ。
「しつこいです。嫌がってるじゃありませんか」
公安がドスを利かせた声を出す。
「公務執行妨害で逮捕しますよ」
古田さんがぺたんと尻餅をついてしまった。
「ひ、ひい……」
公安がしゃがみ込む。
「ついでだ、あなたにも聞かせてもらいましょうか。実はですね、こちらのパチンコ屋が北朝鮮のスパイ活動に協力しているという話がありましてね」
「ス、スパイ!?」
声がひっくり返ってる。
「北朝鮮って、こっそり日本人を捕まえては国で教育してスパイに育て上げてるんですよ。その日本人の何人かが、この店で消えたという噂を聞きましてね。何か心当たりありませんか?」
古田さんがぶんぶん首を振る。
「いいえ、ぜんぜん、まったく、なにも」
「そうですか。では別のことを聞きましょう。実はですね、数年前からパチンコ屋が野党の国会議員達に政治献金をしているのが問題になっていてですね。やっぱり北朝鮮が裏で糸を引いているという噂なのですが、何か心当たりありませんか?」
やっぱりぶんぶん首を振る。
「『噂』ばっかりじゃないですか」
イラっとしたか、公安のこめかみに青筋が浮かぶ。
「隠し立てすると容赦しませんよ」
「ボクは北朝鮮より、公安さんの顔と声の方がよっぽど怖いです」
「なんだと!」
「ひ、ひいいいいいい! こ、殺される!」
おばさまはおばさまでパニックし始めた。
「古田君、玉が出ないよ! あれ、大当たり終わっちゃった……たった、これだけ?」
見たら下皿が満タン。
抜かないと玉が出なくなり、大当たりがパンクしてしまう。
「貴様、よくも千種さんの記念すべき初めての大当たりを――」
古田さんが立ち上がりかける。
しかし頭が、覗き込むように見下ろしていた公安の顎にぶつかった。
「ご、ご、ごめんなさい!」
すぐさま土下座。
しかし公安は薄ら笑いを浮かべ、無慈悲に言い放った。
「公務執行妨害だな」
「そ、そんなバカな!」
ウチもそう思う。
警察キャリアに弁護士の組合せ。
いくらでも反論できそうなものなのに、どうしてヘコヘコ情けなくしてるのか。
公安が穏やかに口を開いた。
「でも大丈夫ですよ」
「えっ?」
「あなた達は今ここにいなかった。いない人に私の公務は妨害しようがない――」
敬語に戻った公安がにっこり笑う。
「――言ってる意味わかりますよね?」
「ぜんぜん?」
「もうちょっとわかりやすく言いましょうか。あなた達は『店の外』にいるんですよ。その光景が、私の目にはしっかり焼き付いています」
「つまり……ここから出て行けと?」
「さあ?」
なんて嫌らしい。
公安って、こんな陰険な奴なのか。
「冗談じゃない! ボクはいい、だけど千種さんは今から大連チャンするんだ! それなのに打つの止めてたまるか!」
「じゃあ前科を背負ってもらいましょうか」
――店にぞろっと集団が入ってきた。
「動くな、警察だ!」
何事!? 店長が駆け寄る。
「何の御用件でしょうか」
「エルフリーデのパチスロ台に不正ハーネスが取り付けられているとの情報が入った。調べさせてもらう」
不正ハーネスは本来の仕様ではありえない連チャンを発生させるアイテム。
もちろん違法だし、バレれば営業停止……なのだけど、実はパチンコ店の多くが取り付けている。
しかしエルフリーデは少数派の側。
危ない橋を渡らなくても儲かっている、ううん儲かっていたから。
いったいどうしたというのだ。
店長が店内へ手を広げるようにしながら胸を張る。
「かしこまりました。存分にお調べください」
「随分と自信満々じゃないか」
「当店に疚しいことなど、何一つありませんので」
刑事が公安とすれ違う。
「よう、ヤスさん」
この二人は知り合いなのか。
なんて最悪な組合せだ。
公安が顎をさすりながら古田さんを指さす。
「ケイちゃん、ちょうどよかった。こいつ公務執行妨害と暴行罪でしょっぴいてくれないかな。顎に頭突き食らってさ、痛くてしかたない」
「自分でぶつかってきたんじゃないですか!」
古田さんの叫びむなしく、刑事がニヤニヤしながら言い放つ。
「OK、取調室で小一時間も説教すれば自分の立場をわかってくれるだろうよ。これまでの客のようにな」
打ってるのを妨害するだけじゃない。
警察に引っ張るまでしてたのか。
まさか、法務省公安と警察がグルだなんて……ウチらの被害届を突っぱねるわけだ。
「しかし随分と気合い入ってるな。警官大勢引き連れて」
「昨日さ、『不正してるパチンコ屋を全力で取り締まれ』って号令が県警本部から掛かったんだよ。本部長のキャリア様が栄転するから手柄とらせようってんだろうけど、下っ端ノンキャリは辛いわ」
「まったくだな」
「ま、ここで手柄獲れば昇進と本店栄転待ってるって噂だし頑張るわ」
刑事が店長に全てのパチスロ機の鍵を開けさせ、一つずつ調べていく。
「刑事さん、どうですか? 何もないでしょう?」
「ふん、まだわかるものか――って! なんだ、これは!」
刑事が驚いたように大声を上げた。
何があったんだ?
駆け寄って台の中を覗き込む――って!
パチスロ機の中には紙が一枚貼られていた。
【バカどもが 雁首揃えて 青ざめる】
刑事が店長を怒鳴りつけた。
「貴様、これはなんだ!」
「知りません、私は全然知りません」
背後から、巻き舌な声が聞こえてきた。
「知らなくて当然ですよ。書いたのボクですもの」
「えっ!?」
思わず声を上げてしまった。
だけどウチだけじゃない、刑事も店長も。
後ろを振り向くと、古田さんがビニール袋を突き出していた。
「くっくっく、お探しの物はこれでしょう」
不正ハーネス!
え、だけど、どうして? そして、いつの間に!?
混乱して何が何だかわからない!
古田さんがおでこに指を当てながら、上目使いで刑事と店長を見やる。
「え~、あなた達。あなた達が犯人です」
店長も犯人って!?
ますます訳わからなくなった!
刑事が怒鳴る。
「ヤスさんにあわせて俺に対する公務執行妨害でも署まで来てもらおうか!」
「言われなくとも伺いますよ。あなたを取り調べる必要がありますから」
「はあ? お前、頭おかしい?」
「おかしいのはあなたの職業倫理観です。店員さん……もとい矢瑠木警部補、こちらへ」
「警部補!?」
またしても叫んでしまった。
だって、あの、ヤンキーかフリーターにしか見えないアルバイトさんが!?
「はっ、古田警視正!」
「警視正!?」
今度は刑事と店長が叫んだ。
もう目がこれ以上開かないくらい全開で丸くなってる。
「彼は監察官室、つまり警察官の不正を内部で取り締まる部署の所属です。これで全ておわかりいただけるんじゃないですか?」
「な、なんのことだ?」
だけど声は上ずり、明らかに狼狽えてる。
「敬島警部、階級が上の者に対する口の利き方があるでしょう。あなたの苗字についてる『敬』の字は飾りですか?」
「やかましい! その若さで警視正ってことはキャリア様だよなあ? 頭でっかち野郎が現場に口出しするな!」
なんて逆ギレ。
しかし古田さんは無視、店長に目を向ける。
「あなたが昨夜この台に不正ハーネスを取り付けたことは、潜入させていた矢瑠木警部補が一部始終を目撃しています。言い逃れはできませんよ」
店長が固まった。
見る見る顔から血の気が引いていく。
そして地面に手をついた。
「ゆ、許して下さい! ほんの出来心だったんです!」
古田さんがニヤリと店長を見やる。
「許してあげましょう」
「えっ!」
「全てを話していただければ、ですけどね。社長からは『一任する』という約束を取り付けてます。クビは免れないでしょうが、それだけで済むようにしてあげますよ」
「だったら全部話します! おっしゃる通り、このハーネスは敬島刑事に頼まれて、昨晩私が取り付けたものです」
「てめ――」
刑事が叫ぼうとするも矢瑠木警部補が口を塞いだ。
「彼から頼まれたという証拠はありますか?」
「少々お待ち下さい」
店長が奥に引っ込み、戻ってきた。
分厚い封筒を古田さんに渡す。
「一〇〇万円入っています。謝礼として敬島刑事から受け取ったものです」
「○△○△! ○△○△!」
刑事が何か言おうとしてるけど、何を言ってるかわからない。
「ありがとうございます。矢瑠木警部補、放してあげなさい」
手の放たれた瞬間、敬島刑事が絶叫した。
「知らない、俺は知らない! 俺が渡した証拠なんてあるのか!」
きっと手袋でもはめて指紋を残さないようにしたのだろう。
「あなた、刑事のくせに自らの職場をなめてるんですか――」
古田さんがスーツの内ポケットから写真を取りだした。
「――金銭の収受現場です。こんな疑い掛けられる時点で監視がついてるに決まってるでしょう。ついでにパチンコ店を厳しく取り締まるよう指示を出したのもボクです。まさか、こうも易々と引っ掛かってくれるとは」
「ふざけるな! だったらお前が嵌めたんじゃないか!」
「なんで嵌められたか、心当たりがあるでしょう。でも安心してください」
「はあ?」
「あなただって退職金は欲しいはず。このままなら懲戒免職確実ですが、全て話すなら依願退職で済ませるよう監察官に取りはからいますよ」
引き続いてのムチとアメ。
先程の店長を見ていたせいもあるだろう、刑事は観念したらしい。
ガクリと膝をつき、公安を指さす。
「安田公安調査官からエルフリーデを潰すのに協力するよう頼まれました。この一〇〇万円はいざというときの工作資金として彼から受け取っていたものです」
ヤスさん、ケイちゃんと呼び合っていたのはどこへやら……。
「あなたが受け取っていたお金はそれだけじゃありませんよね?」
「はい。彼らがエルフリーデへ入り浸るようになってから、協力する謝礼として毎月一〇〇万円を受け取っていました」
古田さんが刑事から目を切り、公安の元へゆっくり歩んでいく。
「く、来るな!」
「弱い一般人いたぶるのは、さぞ気持ちよかったでしょうね。法務省公安調査庁の調査官さん。さすがは『霞ヶ関の盲腸』と言われるゴミ官庁だけあります」
「性格悪すぎる! お前、友達いないだろ!」
「大人にもなって疑うことを知らない、人間一人騙せない。そういう人は『性格がいい』のではなくて『未熟』と呼ぶんです――」
じわじわと、にじりよっていく。
「――いかにお金が自由に使える公安調査庁と言えども、一調査官が一刑事に毎月一〇〇万円なんて払えるわけがない。ましてや真っ当な業務とも思えないのに。実際のところは取調室でじっくり聞かせてもらいましょうか――」
古田さんがニヤリと笑う。
「――小一時間と言わず、何時間でも何日でもね」
おばさまも立ち上がり、胸にバッジをつけた。
「べ、弁護士!?」
「私が見ていただけでも刑事・民事どれだけの違法を重ねたのかしら。公安調査官の調査権限は任意によるもののみ。私が『止めてもらえませんか?』と言った時点で引き下がらなければアウトのはずですよね」
「うるさい! うるさい! うるさい! どいつもこいつも卑怯だ!」
しかしおばさまは委細構わず。
「公務執行妨害? 職務権限を逸脱した行為に刑法九五条一項は適用されませんよ。しかも典型的な『転び公妨』。まさか現場を目の当たりにできるなんて思わなかったわ」
「転び公妨?」
あ、いけない。
うっかり口をついて話の腰を折ってしまった。
しかしおばさまが和らげに微笑む。
「転び公妨というのは、相手に触られたりぶつかられたりしたときに大袈裟に転ぶなどして公務執行妨害で逮捕すること。本来は警察の公安がよく使う手で、そうやって反政府勢力を警察署へ連行して口を割らせるの」
「それって冤罪なのでは?」
「正しくは別件逮捕。仮に起訴されても無罪判決確実、それくらいの違法よ。そこまでしないと口を割らないから必要悪扱いはされてるけど、一般人相手はさすがに聞いたことないわね」
法務省の公安、いや公安調査庁っていったっけか。
どこまで最悪な人達なんだ。
公安が古田さんとおばさまの間を割るように駆け出した。
「矢瑠木警部補!」
「はい!」
すぐさま飛びつき、公安とともに転がる。
体育会系のウチも感動するくらいの鍛えられたきびきびした動き。
あの店でのやる気無さそうなだらりとした態度はなんだったんだ。
警察恐るべし。
――前もって手配していたパトカーに刑事と公安が連行されていく。
事務所から出てきたお父さんに、古田さんが頭を下げた。
「これでエルフリーデへの営業妨害も止むでしょう。身内が御迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。警察職員として心から恥じ、お詫びさせていただきます」
迷惑掛けたのは古田さんじゃないのに。
頭下げてるけど、毅然として格好よく見える。
「頭を上げて下さい。懸案を解決していただいただけで十分です」
「あとは機会をみて、周辺住民のエルフリーデに対する誤解を解いて回らせます。客足はすぐに戻らないでしょうが、私個人としても極力宣伝させていただきますので」
続いておばさまが声を掛けてきた。
「美子ちゃん、これでもう大丈夫。さすがにもう、手出しはできないはずよ」
「お二人とも本当にありがとうございました!」
「ふふ、また何かあったら連絡するわね」
※※※
程なくエルフリーデは再び満員になった。
なんというか、見るからに体格のゴツい人ばかりだけど。
きっと古田さんが警察の人を通わせてくれているのだろう。
そこまでしてくれなくてもと思うけど好意は素直に受け取らせてもらう。
ここまでの損害が損害だし、半分は警察のせいで間違いないわけだしね。
お母さんが声を掛けてきた。
「美子ちゃん、行ってくるわね」
「いってらっしゃーい」
お母さんはカルチャースクールに入会し、毎日通い詰め。
それも思い切りおめかしして。
公安の件が解決して心にも余裕ができたんだろうな。
本当によかった、よかった。
さて、芽生に連絡だ。
心配掛けちゃったし、ポテトのM奢る約束果たさないとな。
受話器を取る。
「もしもし、レイカです。例の件解決したよ!」
〔そう、よかったわ。でもいったいどうやって?〕
おばさまと内緒って約束してるしな。
警察動いちゃったし、全部話すと差し障りがあるかもしれない。
心を鬼にして誤魔化す。
「腕のいい弁護士さんが公安の連中追い払ってくれた」
〔そう、よかったわ〕
受話器の向こうで微笑んでくれてそうな芽生の返事に胸が痛む。
でも嘘は吐いてない……。
「というわけで、約束のポテトMサイズ奢りたいんだけどさ」
〔そのことなんだけど、もう少し経ってからでもいいかしら? いま、お芋の味を愉しむような心境じゃなくて〕
「ん?」
受験直前だから? それとも銀行が大変だから?
しかし芽生の答えはどれでもなかった。
「出雲銀行の件ね、龍舞のおじさままで巻き込まれちゃったから調査続けてたんだけど……どうも大蔵省銀行局が黒幕みたいなの」
「ええっ!?」
「もっと詳しいことわかるまでは落ち着けないってところ。どうせだし、二人が高校進学決めた後にお祝いということで奢ってもらうわ」
別れの挨拶を済ませて受話器を置く。
〔TRRRRRR〕
すぐさま再び電話、慌ただしいな。
〔二葉の母です〕
「おばさま、こんにちは。どうしたんですか?」
〔それが……例の二人なんだけど……死んだわ〕
「ええっ!」
〔自白によって法務省上層部が関わってるところまでは掴めたんだけど、役所同士の取引があったらしく圧力掛かってね。釈放した途端に自殺したの〕
「それって、まさか……」
〔証拠がない以上は何とも言えないわ。ただ『遺書があるし自殺で間違いない』と捜査が打ち切られたって古田君がぼやいてた〕
やだ、何それ、怖すぎる。
「わかりました。御連絡ありがとうございます」
法務省と大蔵省。
ありうるはずないと考えていた推測が、もはや抑えようもないくらい頭をもたげてくる。
でもまさか、そんなはずは……。
お願い! ウチの杞憂であって!
【注記】
・本作はあくまでもフィクション、しかも途方もない大嘘です。特に本話は警察庁・公安庁双方の名誉のために強調させていただきます。




