133 199?/??/?? ??? 珍宝堂前:簡単に言うと『警察の公安』と『法務省の公安』
学校が終わり、真っ直ぐ出雲町駅へ。
日課だった大場君との学園食堂での逢瀬はしばらくお休み。
大場君の方から「勉強の邪魔したくないから」と言ってきたから。
気を使ってもらえるのは嬉しい。
でも実際の理由は野球部に起きた異変の方だろう。
学園が超スパルタ監督を招聘したから。
野球部の新体制においては朝も昼も夜も空いた時間は全て練習。
おまけに「女人禁制」まで打ち出された。
やりすぎとは思うけど、なまじ全国優勝しちゃったもんな。
肩を壊した金之助の退部で、選抜校を決めるはずの秋季大会は棄権。
しかし先日、特別に春期全国大会において特別試合の開催が決まってしまった。
金之助によって中学野球フィーバーが引き起こされたから、出雲学園を外すわけにいかないのだとか。
特別試合なので三年生の出場も可。
対戦相手は一回戦で負けたチームの部員からポジションごとにクジ引きで決定。
金之助いなければ弱々なチーム事情まで配慮してくれた、実質ハンデ付での企画である。
理事長は「足柄君がいなくともマシな試合をしてみせろ」と檄を飛ばした。
いつも呆れてばかりの学園。
だけど今回ばかりは「勝って見せろ」と言わないだけ優しいと思った。
監督以外のことについても、野球部に対しては最大のバックアップ体制が敷かれた。
例えば専用グラウンドを契約し、部員達は選抜大会終わるまで定期テストが免除された。
環境が揃った以上、あとは部員達の頑張り次第と噂されている。
会えないのは寂しいけど、ウチも受験生な身だし。
何より、再び全国大会で大場君の勇姿が見られるのは嬉しい。
努力は必ず報われるはず、格好良く決めてほしいな。
出雲町駅前。
デパート珍宝堂に差し掛かると、なんか人だかりができている。
〔い~しや~きいも~、やきいも〕
石焼き芋の屋台かあ。
本日は木枯らし吹き荒れて、いよいよ冬が始まるよって感じ。
そういえば二年前にそんなタイトルの歌も流行ったっけな。
あ、なんかお腹も空いてきた。
もうぜひとも食さねば。
「おじさん、一つください」
わあ、温かい。
みんな珍宝堂の中の休憩ロビーで食べてる。
ウチも仲間入りさせてもらおう。
――珍宝堂ロビー。
ほくほくして美味しいなあ。
少しは心配事も忘れられそうだ……はあ。
いけない、早速溜息を吐いてしまった。
だけど仕方ない。
エルフリーデが潰れるかどうかの瀬戸際なのだから。
億という借金を抱えての一家無理心中という最悪の未来は、芽生のおかげで切り抜けた。
しかし、この先どうなるか。
子供のウチにできることなんて何もないけどさ。
「美子ちゃんじゃない」
知らないおばさんが話しかけてきた。
先方はウチのことを知ってるようだけど。
「申し訳ありません。覚えないのですが、どなたでしょうか?」
おばさんが慌てたように口を抑えた。
目尻が下がり、気まずそうな苦笑いを浮かべる。
「ごめんなさい。そういえばお会いするのは初めてよね。私、渡会二葉の母です」
「えっ!?」
いや、言われてみれば確かに二葉ちゃんの面影が。
正しくは二葉ちゃんと一樹を足して三で割った感じくらいかな?
ウチのお母さんより若くて綺麗なのだけど、年齢相応にふくよか。
ただその外見におっとりした口調も相まって優しげに見える。
「娘から写真見せられて『美子ちゃんってすごいんだよ』と聞かされていたもので」
深々と頭下げられた。
「は、はあ……」
失礼と思いつつ、お芋にはぐつきながら生返事でごまかす。
だって仕方ないよね。
ウチはそんなこと言われてどうすればいいのか。
現在は二葉ちゃんを無視全開中だというのに。
「それより美子ちゃん、大丈夫?」
「どうかしましたか?」
「顔色が悪いから具合悪いんじゃないかと。気になって声掛けたの」
傍から見たらそこまでなんだ。
学園では悩みを外に出さないようにしてたけど、一人になって緩んじゃったかな。
「おかまい――」
なくと言いかけて止まる。
そうだ、二葉ちゃんのお父さんは警察に勤めている。
二葉ちゃんのお母さんも弁護士の資格持っていると聞いた。
もしかしたら何かわからないだろうか。
「実は悩み事を抱えていまして。初対面で不躾なお願いではあるのですが、もし時間ありましたら相談に乗っていただけませんでしょうか?」
「私に? いいわよ。上の食堂街でお茶しましょうか」
※※※
珍宝堂食堂街、中華レストラン「麻辣」。
「マー」と来て「ラー」。
本来なら中華の代表的な味で名付けられた、至って普通の店名にすぎない。
だけど珍宝堂にあるということで、男子達の間では笑いの対象にされている。
「どうして中華料理店なんですか?」
「飲茶したい気分だったから」
確かにお茶には違いないけど。
おばさまがメニューを指し示す。
「遠慮しないで何でも好きな物頼んで。せっかくの若いお嬢さんからのお誘いだし、おばさん奮発しちゃう」
「御言葉に甘えます」
と答えつつも、選んだのは水餃子・焼餃子・小籠包のよくある三点セット。
このくらいが子供らしく甘えたように見せつつも常識の範囲に収まるところだろう。
おばさまが何やら目を細める。
「ふーん……」
「どうかしましたか?」
「ううん、何でもないわ。春巻と杏仁豆腐とマンゴープリンも追加でお願いします」
「いえ、そんなには」
「ふふっ、これは私が食べたいの。へそくり使う時は思い切りいかないとね」
「あはは……」
きっと気を使ってくれたんだろうな。
食べろと言われればいくらでも食べますけども。
チア部では胃袋もとことん鍛えられたから。
――注文が出揃った。
「美子ちゃん、相談って?」
「実は……父が経営しているパチンコ店に『公安』を名乗る人達が居座ってまして」
「公安って、また物騒な話ね。いったい何の用で?」
「むしろウチがそれを知りたいです。もう言いがかりとか嫌がらせとしか思えなくて、お客さんいなくなっちゃって、お店が潰れちゃいそうな状況なんです。二葉ちゃんのお父様って警察に勤めていらっしゃいますから、もしかしたら何かわかるのではないかと……」
「詳しく聞かせてくれるかしら」
これまでの顛末を話し追える。
「事情はわかったわ。ごめんなさい、ちょっとお手洗いに」
戻ってきたおばさまが口を開く。
「まず私でわかることから答えるわね。美子ちゃんや他の方々は『公安=警察』と思ってるみたいだけど、実は『公安』って二種類あるの」
「そうなんですか?」
「簡単に言うと『警察の公安』と『法務省の公安』。今聞いた話だけじゃ、どちらかはわからないけど」
「どう違うんでしょう?」
「一言で言うと『強いか弱いか』。警察は強い、法務省は弱い。その違いね」
「はあ……」
「ただ、どちらであれありえない話だと思うのだけど――」
〔ピピピピピ、ピピピピピ〕
ポケベルの音だ。
おばさまがバッグからポケベルを取りだして確認する。
「ちょっと待ってね、電話」
――おばさまが戻ってきた。
「お待たせ。美子ちゃんの話は本当のようね。法務省の方の公安が動いてるみたい」
「はい!?」
いきなり何を?
「主人に調べてもらってたの。込み入った話だし、事実なら大変な事態だし。子供の言うことだけを鵜呑みにするわけにはいかないから。気を悪くしたならごめんなさいね」
「い、いえ、とんでもありません」
「美子ちゃん。よろしければ、この話は主人に預けてくれないかしら」
「ええっ!?」
「元々は所轄署へ相談に行ったけど相手にしてもらえなかったという話でしょう。主人は『そんなクズ刑事がいるから警察が叩かれるんだ!』と激怒しててね」
「は、はあ……」
警察ってタカリが当たり前だと思ってたけど、そういう人もいるんだ。
「ついでに法務省の公安にも文句言いたいみたい。悪いようにしないと思うわ」
「ぜひ! 喜んで! お願いします!」
もうひたすらに頭を下げまくる!
まさかこんなにスムーズに望み通りの展開になるなんて!
本当に感謝、心から感謝、どこまでも感謝だ!
おばさまがくすりと笑う。
「じゃあ、この話は一旦お終いね。ちょうど主人と私の共通の友人が県警本部の課長しててね。彼が担当するそうで、近くお店に連絡あるはずだからお父様に伝えておいて」
「はい!」
ん? なんか神妙な顔つきになった。
「相談に乗ってあげた代わりといっては何だけど、一つ聞いてもいいかしら」
「なんなりと」
「美子ちゃんはどうして二葉を無視してるの?」
げっ!
二葉ちゃんからそこまで聞いてたんだ!?
どうしよう……。
でもここはどんなに責められようと、今までの姿勢を貫き通すしかない。
いくら借り作ったからって、弁解よろしく言い訳しちゃいけない。
それくらいなら最初からやるなって話だ。
「ごめんなさい。部長の座を奪われたのが悔しくて無視しました。ですけど……恐れながら、これはウチと二葉ちゃんの問題です」
「嘘ね」
「えっ!?」
「誤解しないで聞いてね。私は自分の好奇心で知りたいだけなの。美子ちゃんの言う通り、本来は子供同士の問題。私は知らぬ振りするつもりだったし、二人が仲直りしようとどうしようと関知しないわ」
「は、はあ……」
「だけどおばさんには美子ちゃんがそんな小さな人に見えなくてね。「美子ちゃんは、入学当時から引っ込み思案だった二葉に積極的に話しかけてくれたそうね。あの子、喜んで話していたわ。それからも事あるごとに『美子ちゃんってすごいんだよ』って」
「そうですか……」
「『部長に指名された当日も笑って、おめでとうと言ってくれた。それなのに突然、英子ちゃんと一緒にチア部を辞めてしまって、口もきいてくれなくなって、訳わからない』って。でも正直な所、違和感抱いていたのよねえ」
「どこがでしょう?」
「ライバルだった英子ちゃんと組める度量があるなら、結託して二葉を潰した方がいいじゃない。どちらが部長になるかはその後の話で」
「そこまで考えていませんでしたから」
「私に問われた時もそう。本当に悔しかったなら『悔しくて』なんて即答できない。普通は『色々ありまして』などお茶を濁すと思うの」
「うがち過ぎです」
「そうかしら? 注文する際の気の使いようにしても、あなたは中学生離れしているわ。ただ、『無視』という浅はかな行動だけが妙に子供らしく浮いてるのよね」
「ウチ、子供ですから」
とは答えるものの、怖いよ。
あの間はそういう意味だったんですか。
なんか真綿でじわじわ首を締められてる感じがする。
「本当は何か別の理由があるんじゃないの? 大丈夫、おばさんが知りたいだけ。聞いても二葉には黙っておくから」
うーん、弱ったなあ。
でも全開で借り作っちゃったしなあ……仕方ないか。
このおばさまなら、ウチらの思惑をきっと理解してくれると思う。
「二葉ちゃんには絶対に内緒ですよ。意味が無くなるので」
――話し終えた。
「納得したわ。そういう事情ならなおのこと、私は黙るしかないわね」
ほっ。
「お気遣い感謝します」
「でも驚いたわ。子供の身でそこまで考え、しかも自らを犠牲にできるなんて」
「先輩達にそれだけムカついたということです。それにおばさまの前で僭越ですが、二葉ちゃんの母親気分味わって楽しめましたから」
おばさまが吹き出すのを堪えるように口を抑えた。
「じゃあ、あの子の母親は二人いるのね」
私もつられて笑ってしまった。
「そういうことですね。でもおばさまこそ話していて隙が無いというか、油断したらバッサリやられそうというか……T大の人ってみんなそうなんですか?」
「私なんて頭悪い方よ。ただ特技があってね」
特技?
おばさまが続ける。
「何でもいいから、本を一冊貸してもらえるかしら」
何でもか。
じゃあウチがパチンコ業界を知るのに使っている業界誌を。
おばさまが1ページずつ目を通してから返してくる。
「ページを指定して」
「じゃあ五七ページ」
おばさまが目を瞑る。
「【今年発売された羽根物パチンコ『ナイスプレー』は、磁石を使ったギミックが好評で人気が急上昇し、ホールからの発注が相次いでいる】――」
ええっ!
一字一句違わず、完壁に諳んじてる!
「――こんな感じで、本などを画像のように記憶できるの。思い出すときは頭の中の本棚から取りだしてページをめくるわけ。この特技のおかげで人生かなり楽できたわ」
「それ、特技なんてものじゃありませんから!」
金之助や華小路だけじゃない、バケモノがここにもいた。
二葉ちゃんがチア部やりながらA組キープしてるだけでもすごいと思ってたのに。
なんてこった、その母親は二葉ちゃんすら遥かに凌駕していた。
おばさまが時計を見る。
「そろそろ帰宅して夕飯の支度しないと」
店員さんを呼んでお会計。
終わると小指を出してきた。
「今日会ったことも話したことも、二葉にはお互いに内緒ね。女友達同士の約束」
「女友達?」
「女の子なら秘密を共有したからにはお友達でしょう……って、中学生相手に図々しいかしら?」
ウチも小指を絡めた。
「あはは、いいえ大歓迎です」
「美子ちゃん、今日は楽しかったわ。それじゃ、また」
おばさまが去って行く。
とにもかくにも、どうやら一件落着しそうだ。
だけど、一つだけ心苦しいことがある。
入学したての頃に二葉ちゃんに話しかけてたのは、一樹目当てだったから。
どちらにしても仲良くしてたとは思うけど下心があったのは否定できない。
あの頃の一樹は線の細い、見惚れるほどの美少年だった。
それでいて不安定なものを感じ、守ってあげたい衝動に駆られた。
だから「紹介して」と二葉ちゃんに懇願したけど無視された。
今となっては助かったとしか言いようがない。
すっかり肉団子みたいになってしまった外見もそうだけど。
不安定どころか、まさか盗撮魔としてぶっ壊れてしまうなんて……。
結局ウチは告られた大場君とつきあい始めた。
でも今でもちょっと思わなくもない。
もしウチと一樹を二葉ちゃんが取り持ってくれていたらどうなっていたか。
ウチは何かにつけてはらぶえっちじゃなく、もっと中学生らしい健康的な青春をすごしていたのではないか。
一樹は盗撮魔になって学園中のパンツを撮り漁ることもなかったのではないか。
別に後悔はしてない。
だけど「if」は、ついつい考えてしまう。
みんなきっとそうなんじゃないかな?




