132 199?/??/?? ??? ハンバーガーショップ:うまくいったらワックでポテトのMを奢ってもらうわ
ハンバーガーショップチェーン「ワクドナルド」。
店内中の注目を集める絶世の美少女が問いかけてくる。
「わたしに相談って何かしら? つまらない用事だったら、ただじゃおかないわよ」
と言いつつも、顔はほころんでいる。
芽生はこういう子。
小学校時代から何かと張り合ってきた……というか、一方的に突っかかられていた。
勉強に、運動に、児童会に、その他もろもろ。
そんなウチに貸しを作れそうなのが嬉しいのだ。
「ま、まあ……まずは食べてから」
芽生がチーズバーガーの包みを開く。
ウチの前には、ただのハンバーガー。
芽生はいつも、ウチのワンランク上の商品を頼む。
ウチがチーズバーガーならダブルバーガーといった風に。
なんてかわいい見栄っ張りさん。
いつもビッグワックというならあきれたか苛ついたかもだけど。
常にワンランク「だけ」上というのが、実は無駄遣いしたくない本音を物語っている。
なのでウチは、芽生の前ではいつもハンバーガーを頼むことにしている。
クリスマスセールで一〇〇円と一二〇円というのが、二人にとってこれまたありがたい。
芽生は超の付くお嬢様だけど、銀行頭取の娘としてきっちり躾けられている。
小学校が私立ではなく公立だったのも「開拓精神に根ざした企業だからこそ、市井に対する感覚と嗅覚を養わなくてはならない」という方針らしい。
その一方で良家の娘たらんとする習い事は山ほどやらされていたみたいだけど。
ウチが言うのも僭越ながら、芽生の御両親の方針は正解だったのではないか。
芽生は正直敵に回したくないと思わせるだけの柔軟さと強かさを持ち合わせている。
一見して高慢で気位高そうながら、どこか馴染める親しみやすさも。
いずれも出雲学園に目立つ純粋培養の女子達には欠けているものだ。
さて、まずは目の前のハンバーガーを平らげてしまおう。
ウチの相談を聞いた芽生が噴きだしてしまわないように。
――二人して食べ終える。
「ではレイカさん。改めて相談事とやらを聞かせてもらいましょうか」
「実はお金のことなの……言いづらいんだけど貸してもらえないかなって……芽生しか、こんな相談できる人いなくて……」
「お金って――」
言葉を続けかけるも、口を噤む。
事情がなければ相談なんて持ち掛けるわけないのだから。
代わりに、恥ずかしながらもウチの期待していた返答を寄越した。
「いいわよ。いくら?」
「さ、さん……」
「三万円ね」
芽生が長財布を取りだし、お札を出そうとする。
「三億円」
そして、そのまま固まった。
浮かべた笑みを崩さないのはさすがだ。
ただ、こめかみに青筋が浮かぶ。
「中学生に頼む借金としては大きすぎない? 本音では三万円でもどうかと思うわ」
「そうじゃなくて! たまき銀行に貸して欲しいの!」
「ああ、そういうことね。簡単に事情を説明してくれるかしら」
こめかみの青筋がすっと消えた。
この話の速さもさすがだ。
いま、ウチに――正確にはウチの一家に起こっていることをかいつまんで話す。
「わかったわ」
芽生がカバンから携帯電話を取り出した。
「お父様? 芽生です。本日これからアポイントとれませんか……いえ、わたしではなく友人のことで。小学校時代にレイカさんという優れた同級生がいたことはお父様にも幾度か話したことがありますよね――」
そんな風に話してくれてたんだ。
ウチの前では全然口にしなかったくせに。
「――ええ。彼女の家の事業で問題が発生しまして。できればお父様に力添えを願えないかと……わかりました。彼女にそう伝えます」
電話を切った芽生が向き直る。
「本日一九時からなら時間取れるそうよ。レイカさんのお父様と一緒に、資料を用意してたまき銀行T都本店までいらっしゃって」
「芽生、恩に着る!」
「あとはお父様次第だけどね。うまくいったらワックでポテトのMを奢ってもらうわ」
「喜んで奢るけど、なぜM?」
芽生がくすりと笑う。
「わたしがMにしないと、あなたはSサイズ頼めなくなるでしょう」
見抜いてたのか。
やっぱり、こやつあなどれない。
※※※
たまき銀行頭取室。
だだっ広い高級そうな調度品で飾られたいかにもな部屋だ。
頭取のほか、芽生も同席している。
「初めまして。芽生の父の田蒔引水です。娘がお世話になっております」
芽生のお父さん――引水さんは、細身ながらもどっしり映る風格。
ダークスーツに白髪をオールバックに決めた様は、まさにロマンスグレー。
素敵なおじさまだなあ。
この娘にしてこの父親ありって感じだ。
「美子の父の麗花美男です。本日は時間をお取りいただきありがとうございました」
外観まんまるなタヌキみたいな外見で「美男」とは、これいかに。
ウチはかわいいと思ってるけど。
引水さんがウチらをソファーに促す。
「挨拶はこのくらいにして、早速本題に入りましょう。麗花さんのお抱えになったトラブルについてお聞かせ願えますか」
「簡単には、この度パチンコホールの新規出店が頓挫し、三億円の借金だけが残ってしまったというものです。それだけならいいのですが、融資を受けた出雲銀行より即座の返済を迫られておりまして……このままでは現在の事業ごと手放さなければならない事態に直面してます」
「『即座の返済』とはやぶさかではありませんね。ただ、『新規出店が頓挫』と言いますと、新規営業許可を取得しての出店計画だったのですか? 出店妨害のリスクがありますから極力避けるのがパチンコ業界のセオリーのはずですが」
「おっしゃる通りです。ただ本件は出雲銀行からのオファーでして。元々は他が出店予定で購入していたものらしくて条件は揃ってました。そして現時点においても出店妨害の問題は発生しておりません」
「なるほど。そういう話でしたら出雲銀行もリスクを分担する義務が生じる以上、仮に出店妨害の憂き目に遭ったとしても『即座の返済』はありえませんね」
「そこで現在の店舗と土地を抵当に入れ、出雲銀行と土地売買契約を締結。さらに本件土地を抵当に入れ、出雲銀行の仲介により建設会社と遊戯施設の建築契約を取り交わしました。問題は、その翌日から始まったのです」
「何が起こったのでしょう?」
「ホールに『公安』を名乗る人達が毎日現れ、大当たりした客の所へ行っては雑誌や新聞の記事を見せ『北朝鮮が極秘に日本人を拉致しているのですが、この店が荷担しているという噂を聞いたので協力してほしい』とか『北朝鮮と繋がっている政治家に不正な政治献金を行っているという噂を聞いたので協力してほしい』とか片っ端から詰め寄りまして。かれこれ一ヶ月、当店の客はゼロになりました」
「はあ?」
引水さんも芽生も揃って声がひっくり返った。
芽生にも「資金繰りに困ってる」程度しか話してなかったから。
もちろんウチも知った時は目が点になった。
そして閑古鳥が鳴いてしまって当然。
客は遊んでるところにそんな話持ってこられてたまったものじゃない。
しかも大当たりという一番至福な時を邪魔されて。
もちろんウチの店に不信感だって抱く。
お父さんが続ける。
「そこに出雲銀行が乗り込んできたのです。『堅調な経営だからこそ融資したのに約束が違う。ましてや、公安が動く程の反社会的な行動に荷担していただなんて。今後の返済の保証がなくなってしまった現状はもちろんのこと、かような行動を黙認すれば我が銀行は世間に対し顔向けできない。従って抵当権を即座に実行させてもらう』と」
「滅茶苦茶な……一応確認しますが、そんな真似はしてませんよね?」
「パチンコ店の経営は九割が韓国・朝鮮系、残り一割が日本系と中国系です。業界ぐるみで政治家に対し不正献金が行われていたのは数年前に国会で採り上げられた通り事実ですが、私は日本系ですので関係ありません。大体それが理由なら、銀行はパチンコ屋に融資できないという論理になるはずです。もう一方の北朝鮮による日本人拉致なんて何が何やら」
「ごもっともですな。ただ、以上の話が本当とすれば、相談する相手は私ではなく警察でしょう」
「もちろん出雲警察署の生活安全課には相談しました。しかし『本当にやってたんじゃないの?』と相手にしてくれません。それどころか『あーあ、最近ゴルフクラブが合わなくてさあ。そうそう昨日夢見たんだよね。新しいクラブ持って高級会員制倶楽部でかわいいお姉ちゃん何人も引き連れてラウンドするってさ』と露骨に付け届けを要求される始末でして」
芽生がテーブルをドンと叩いた。
「下衆すぎる!」
ウチもそう思う。
だけど大人二人は芽生を優しげな視線で一瞬だけ見やってから話を続ける。
「ただ仮に接待したとしても動いてはくれないと思ってます。面倒なことに関わりたくないというのが態度にアリアリでしたから。仕方ないので龍舞建設に工事契約の解除を申し出たのですが『資材を発注したから受けられない。キャンセルするなら契約代金全額をいただく』と。どんなに頭を下げても耳すら貸してもらえず……八方ふさがりになってしまったわけです。私からは以上です」
引水さんがテーブルの上の受話器を取る。
「私だ。来てくれ……簡単にですが調べさせていただきます。土地の資料はこちらですね」
入ってきた秘書さんに資料を手渡す。
「この土地にどれだけの融資価値があるか調べさせてくれ。そして天照支店に連絡してパーラーエルフリーデについて情報を集めさせてくれ。客として通っている行員がいるだろうし、その者から聴ける範囲でいい」
「かしこまりました」
秘書さんが出て行き、引水さんが再び父に向き直る。
「結果が出るまで少々お時間をいただきたい……煙草よろしいですか」
「どうぞ。私も吸わせていただきます」
お父さんのライターを握る手が震える。
気が気じゃないのだろう。
誰も口を開かない。
頭取室に重苦しい空気が漂う。
――秘書さんが戻ってきた。
引水さんに資料が手渡され、受け取った資料に目を通す。
「どうやら事実のようですね。結論から申し上げましょう。新規出店を実現したいという話であれば、エルフリーデの現状から当行も出雲銀行と同じ判断をせざるをえません。正直申し上げまして当行の経営は世間で噂される通りなのが実情、守りに入らざるをえませんので」
「はい」
「しかし新規出店計画を撤回し、被害を最小限に抑えるという方向でなら協力さしあげることができます。いかがでしょうか?」
「喜んで!」
お父さんの叫びに、芽生の顔が緩んだ。
取り澄ましてみせていても内心では気が気じゃなかったのだろう。
やっぱり彼女は何だかんだといい奴だ。
引水さんがにこりと笑みを浮かべる。
「実は龍舞建設の会長は大学時代の悪友でして、今でも家族ぐるみの付き合いなんですよ」
「そうなんですか」
「工事契約については私が話をつけましょう。何とかなると思います」
受話器を取る。
「よう、龍舞。元気か? ちょっと話があってな……いや、仕事の方だ。実はな……」
引水さんが事情を説明する。
「……というわけなんだ。何とかならないか? 『担当から詳しく話を聞くから時間くれ』?、わかった。折り返し電話待ってる」
数分後、折り返し電話が鳴る。
「私だ……ふむふむ……えっ!? なんだそれ!」
頭取室に来て初めて、引水さんのクールな面持ちが崩れた。
あんぐりと口を開けている。
いったい何があったのか。
引水さんが表情を戻し、父へ目を向ける。
「龍舞建設が工事のキャンセル応じなかった件ですが……出雲銀行から圧力を掛けられているそうです」
「はああああああああああああああああ!?」
ウチも、お父さんも、そして芽生までも絶叫した。
だって、何それ!
「龍舞建設のメインバンクは出雲銀行、『もしキャンセルに応じたら融資を全て引き上げる』と。どうやら……麗花さんは出雲銀行に嵌められたようですね」
「そんな! 何のために!?」
「そこは私にも皆目見当つきません。すみませんが龍舞との話を続けさせてもらいます」
再び受話器を取る。
そして、これまでと打って変わって声を荒げた。
「龍舞、うちが代わりにメインバンクになってやる! だから、そんな脅し突っぱねろ! ……『なんでお前がそこまでする』? こんな胸糞悪い話黙っていられるか! 麗花さんだけじゃない、親友のお前まで舐められてるんだぞ! 今のたまき銀行でも龍舞建設なら融資先に申し分ない……『引水と共倒れするなんて御免』? お前なあ……えっ!? 『胸糞悪いのはお互い様』って、うんうん……わかった。恩に着る」
引水さんが受話器を置いた。
二本目の煙草を口にくわえ、火を点ける。
「話はつきました。『キャンセルに応じる。ちょうど大口の工事案件が入っているから発注した資材はそちらに回す。それでも処理できなかった場合の実損と手間賃は賠償としていただくが、大した額にはならないはず』とのことです」
「ありがとうございます!」
芽生が不安げな濡れた瞳を引水さんに向ける。
「でもお父様。出雲銀行は大丈夫なのでしょうか?」
「メインバンクも華小路銀行に鞍替えするそうだ。というのも、大口の案件というのが出雲学園大学の建設らしくてな」
「えっ、あの計画って華小路グループが一手に仕切っているのでは?」
「龍舞建設が先日飛躍的な進歩を遂げた耐震建築方法を編み出しただろう。出雲町と天照町近辺は埋め立て地で地盤が弱い。だから先方も頭を下げる形で協力を申し入れてきたそうだ。ついでにメインバンクも華小路銀行にどうかという話が持ち上がっていてな。出雲銀行への義理を考えて迷っていたそうだが『遠慮なく切らせてもらう』とさ」
「出雲銀行が何を考えていたのかわかりませんが、愚かですね。現在も堅調な上に先々はもっと有望な融資先を失ってしまって」
「まったくだ」
引水さんがお父さんに顔を向ける。
「土地についてはおっしゃる通りのようです。むしろ有利な条件で売り渡していますが、これは麗花さんを話に乗せるためでしょう。当行から出雲銀行へ借入金を返済した上で改めて買主を探します。恐らくこの御時世でもすぐにプラスアルファの額で見つかると思います。その後に本件土地とエルフリーデの抵当権を外しますが、当店への手数料や利息払いを鑑みても、麗花さんの損害はトータルでほとんど生じないはずです」
「ありがとうございます」
「ただ公安の問題は私にはどうにもできません。現状が続けば倒産は明らか。戻った資産を食いつぶす前に何らかの手を打つしかありません」
「それは閉店も考えて、ということですね……」
「なんせ、国家権力が相手ですからね……」
二人して苦笑いを浮かべる。
当座の解決が図れたのはよかった。
しかしウチら一家が政府に対して何をしたというんだ!
言いがかりにも程がある!
公安は国民の味方じゃないのか!
※※※
出口まで芽生が見送りに来てくれた。
「芽生、本当にありがとう」
「どういたしまして。ではポテトMサイズ奢っていただく日を楽しみにしてるわ」
「Lサイズを二人でわけて食べる方が節約になるんじゃないかな」
芽生がくすりと笑う。
「ふふ、その方が美味しそうね。では、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
たまき銀行を後にする。
これでひとまずは落ち着いた。
でも、お店手放さないといけないのかなあ……。




