131 199?/??/?? ??? 出雲学園職員室:俺達は絶対主役になれない
放課後、数尾先生から職員室に呼び出された。
「鈴木君と佐藤君から『麗花さんにイジメられた』と報告を受けたわ」
ウチが? いつ? イジメた? あの二人を?
「まったく心当たりがありませんので御説明いただけますか?」
「二人が料理しているところを、居丈高に難癖つけて無理矢理止めさせたそうじゃない」
料理!?
「私は二人が子犬をいじめていたので止めただけです」
数尾先生がおでこに指をやり、顔をそむけながら「ふう」と溜息をつく。
「『いじめ』というのは美子さんの主観でしょう。二人は子犬を焼いて食べるために屠殺して下ごしらえしようとしていたの」
「そんなバカな!」
「傍には調理するための焚き火を起こしていたし『食ってやる』と口にしていたはずよ」
「犬を食べるなんてあるわけないじゃないですか!」
「何を言ってるのかしら。中国、韓国、その他アジア各国において、犬は一般的な食材として扱われているわ」
「ここは日本です!」
「日本だってアジアよ。『グローバル』がキーワードとなる現在、もっと広い視野を持たなければなりません。だからこそ出雲学園は外国語教育に力を入れているのですから」
外国語教育に力を入れてるのは、英語さえできれば大抵の私大は合格るからじゃん。
それ以外の外国語が入試科目で選択できれば、もっと簡単になるし。
きっと二人は予めいざというときの言い訳のために準備をしていたんだ。
どこまで姑息。
そしてどこまでクズ。
「料理のためなら犬をいじめても構わないのでしょうか」
「法律の話ですので順序立てて説明しましょう。まず動物愛護法には『愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、二年以下の懲役又は二百万円以下の罰金に処する』と書かれています。犬は愛護動物ですので、動物愛護法の適用があります」
「はい」
「しかし『みだりに』とあります。これは『確たる目的がある場合は除く』という限定を付すものです。従って食用目的で殺すのは法に必ずしも抵触するものでないと言い得ます――」
数尾先生がコホンと咳払いして一息置く。
「『と畜場法』では獣畜を指定の場所で殺さないといけないと規定しています。しかし獣畜とは牛や馬などのことであり、犬は含まれません。また野良犬ですから誰の所有物でもなく、民法にも抵触しません」
「『みだりに』食用にすることも許されないように思えますが」
そうじゃないと「食べるため」と言えば、いじめても許されることになるはずだよね。
「二人は、お弁当や昼食代を持たされてないそうよ。それで『お腹空いて、つい……』と言ってるわ。大人なら許されない言い訳ですが、精神的に未熟な子供なら、仮に警察に突きだしたところで『二度とやるなよ』で終わるのではないかしら」
あの二人が食べるお金持ってないなんてありえるわけないじゃん。
でも、それを問うたところで更なる言い訳が返ってくるのは明らか。
不毛なので、代わりに核心をつこう。
「じゃあ食用目的で犬を殺すことが許されるとします。ても、それなら速やかに苦しまないように殺すべきではないでしょうか。蹴ったりするのは残虐な行為にあたるものとして許されないと思います」
こんな感じのことを何かの本で読んだ。
「あなたの言う通りよ。二人からも『殺すのに手間取ってました。もしかしたら美子さんからは犬をイジメたように見えたのかもしれません』と聞いています。本人達が別の行為をしているつもりでも客観的に違う行為に映るのはよくあること。私からも『周囲に誤解される行為は慎みなさい』と注意したわ」
注意なんて絶対してない。
だけどもう、何を言っても無駄なのは悟った。
だったら別の事を言わせてもらおう。
「『居丈高に』とはどういうことでしょう?」
「難癖」はまだわかる。
本当は絶対にわかりたくないけど。
ここまでの話からすれば、私が何を言ったとしても難癖扱いされてしまうだろうから。
「二人は美子さんに何もしてないのに『許さないよ』と脅されたと言ってるわ」
「はあ? 二人が二葉ちゃん――渡会さんの名前を犬につけていたのを咎めただけですが」
「確かに血統書付きの犬であれば命名にも作法があります。しかし野良犬にどんな名前を付けようと二人の自由。あなたに咎める権利はありません」
わ……わけのわからないことを。
しかし数尾先生はさらに続ける。
「ましてや犬に人の名前をつけるのはよくあること。『太郎』なんてそうですよね」
「はい」
「昨年話題になった『悪魔』ならいざしらず、『二葉』は一般的な名前です。また『二葉』と名付けていたって、必ずしも渡会さんのこととは限りません。例えば『鈴木二葉』かも『佐藤二葉』かもしれない。あなたは早とちりで二人に迷惑を掛けたのですよ」
ふざけないで!
もうちょっとで怒鳴るところだったけど堪えた。
しかし表に出たウチの態度を、数尾先生は見逃さなかった。
「その握りしめた拳は何なのかしら? まさか私に対しても高圧的な態度で脅そうと? そんな調子では受験の際に書く内申書についても考え直さないといけませんね」
「脅してるのは先生じゃないですか!」
今度は怒鳴った。
職員室の先生達が一斉にこちらを振り向く。
しかし見なかったかのように、そそくさと目を背けた。
「脅す? とんでもない。『見たまま』に記すのが教師の仕事です。違うというのなら、口にすべき言葉があるでしょう」
くっ、くく……。
「反抗的な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした」
しかし数尾先生からは意外な答えが返ってきた。
「ダメね」
「えっ?」
驚くと、数尾先生はくすっと笑い、さらに意外な言葉を発した。
「美子さん。個人としての立場で言わせてもらえば、私はあなたが好きよ」
「は、はあ……ありがとうございます」
「あなたには親近感を覚えるのよね。主役になれそうだったのに、理不尽にその道から外された絶望を共有できるというか。どうしてなのか、私にもわからないのだけど」
もちろんウチにもわかりません。
これっぽっちも先生に親近感なんて覚えることありません。
しかし口からは正反対の言葉が飛び出す。
「尊敬する数尾先生からそうおっしゃっていただけて光栄です」
「ですから今回は特別に指導しましょう。こういうときは『反抗的な態度』ではなく『反抗的と映る』などとしないといけません。言質をとらせず相手方に責任をなすりつける。これが社会における正しい在り方です」
まだ中学生のウチにそんなこと教えてどうしようというのか。
やっぱり出雲学園はおかしい。
だけど、抱く感情とは全く違う言葉が口をつく。
「御指導ありがとうございます」
「まだ中学生の身でありながら、心にもない言葉をぺかっと笑いながら言える。しかも理不尽を呑み込み頭を下げられる。こんな逸材が外部に出て行くなんて本当に惜しいわ……」
それ、まったく褒めてないですよね!
客商売やってる家で育てば外面はよくなりますから!
体育会系やってれば理不尽呑み込むのも慣れますから!
とは言え、先生の言葉も否定できない。
同級生からは柔和で大人びて見えるのか、いつもリーダーに祭り上げられてしまう。
もう面倒だ。
先生が優しい内に事を収めてしまおう。
「今回の件は反省します。では失礼させていただいてよろしいでしょうか」
「いえ、もう一つ。仮にあなたの言い分の方が正しいとしましょう。学園で野良犬を見かけてとるべきだった行動は、先生に報せるか保健所に連絡するかよ。狂犬病や噛みつき事故の可能性があるのですから。そのことは覚えておきなさい」
最後に全くの正論を説かれてしまった。
「肝に銘じます」
「あくまで私は相談を受けた以上、『二人はこう言っている』と伝えただけです。美子さんと二人の間には何もない。ただ誤解により少々すれ違ってしまっただけ。こういうことでよろしいですね?」
にこりと笑うけど、もう大人の厭らしさしか感じない。
あれだけ二人を庇う気満々の態度全開にしといて。
一言で言えば「学園は責任持たない」ということだ。
でも字面だけは先生の言葉通りに違いない。
最初からそう言ってくれれば早かったものを。
「その通りです。では失礼します」
※※※
放課後、いつもの日課の学園食堂。
「あの二人も先生もひどいと思わない!?」
本来なら、チクるのはウチの側。
それなのにどうしてウチがチクられて悪者扱いされないといけない。
誰だって怒って当たり前なはずだ。
だけど大場君は目を細め、露骨に嫌そうな顔。
「俺さあ、グチ聞くために美子と会ってるんじゃないんだよね」
危ない。
もう少しでテーブル引っ繰り返しそうになった。
いつもグチを聞いてるのはウチの方じゃないか!
たまには聞いてくれたっていいじゃないか!
チア部で磨きのかかった作り笑いがとっさに浮かぶ。
「ごめん、ごめん。辛気くさくなっちゃったね」
しかし更なる追い打ちがかかる。
「それに仲いい友達のこと、そんな風に悪く言って欲しくない」
はあ?
「大場君って鈴木君や佐藤君と仲良かったの?」
「割と。なんというかさ、通じ合えるものがあるんだ」
「どんな?」
「俺達は絶対主役になれない。他人に自慢できるものはないし目立つことなんてできない。そういう諦めに似た境地っていうかさ」
「バカバカしい……野球部で全国優勝なんて、誰にでも誇れる実績じゃん」
しかし大場君が口をとがらせ、明らかにムッとする。
「だって全国大会だってさ。マスコミの取材は金之助ばかりで、俺達は一言も声を掛けられず。普通は優勝したらキャプテンの俺に取材しない? どうして金之助に聞くんだよ」
「わかるよ、だけど……そもそも金之助じゃないと、中学野球の日本一でスポーツ紙一面なんてありえないでしょ」
高校や社会人すら、甲子園は別格としてもインターハイや国体優勝で一面なんて見たことない気がする。
「だからそんなありえないことをやってのける奴を目の前にしてみろよ。どれだけ惨めになるかわからないのかよ」
「『人は人、自分は自分』でいいじゃん」
「そりゃ美子は女子から信望あるし、男子人気も高くてチヤホヤされてるから心広く持てるだろうよ」
男子人気高いという割に、告られたのは大場君が初めてなんだけど。
女子から信望といったって、悪く言えば押しつけられているだけだ。
でもこんなこと言ったら、さらに気分を逆撫でしてしまう。
にっこり笑ってと。
「そんな彼女いることは自慢じゃないの?」
(わかってないなあ……)
「ん? 何か言った?」
「なんでもない」
本当のところ聞こえはした、だけど意味がわからない。
まあいいや、この面倒な話題を終えられるなら。
「そろそろ練習の時間だね。頑張って」
学食の外まで大場君を見送る。
そういえば今日は「やろう」と言われなかったな。
グチの押し付け合いだったからかもだけど、ちょっとラッキーだったかも。
※※※
帰宅する前に「パチンコパーラー エルフリーデ」の事務所へ。
お父さんや従業員の人達に、家庭科で作ったクッキーの差入れを持っていく。
喜んでくれるかな?
「こんにちは~。お父さんは?」
事務員さんがにこやかに出迎えてくれる。
「美子さん、こんにちは。今、出雲銀行の方と商談しています」
「出雲銀行? また、どうして?」
お金なんて借りてないはずなのに。
「本日突然アポイントが入りまして。いい土地があるから支店を出さないかって」
「そうなんですか。でも父は乗らないでしょう」
世間は不況なれどパチンコ産業は繁盛している。
支店出せば出すほど儲かるから出せるなら出したいのが経営者の本音。
ただ支店を出すには様々な障害があるらしいし、巨額のお金を借りることになる。
事業を拡張せず健全経営を維持しているのは、父が石橋を叩く主義だからに他ならない。
「社長は乗り気みたいですよ。今は融資条件について説明を受けているところです」
「へえ……よっぽど美味しい話なんですね」
「ええ、恐らく」
事務員さんがくすりと笑ってみせる。
お父さんはそれくらいに堅実。
きっと失敗することもないだろう。
当然のことですが、現実にこんな言い訳は通用しません。
その認識を前提に踏まえたコメディとして本話は記しています。
動物愛護法における食用の扱いについては、環境省が基本指針により基準を定めています。
念のため付言させていただきます。




