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13 1994/11/27 sun 出雲学園三階:まさに『イジメ』じゃないか……

 保健室へ向かう前に、ついでだからと一樹の教室を確認することに。

 三階に下りたところで、二葉がフロアへ入る。


「全体はこんな感じ」


 やはり建物全体に合わせた木目基調で教室の扉が並んでいる。

 影の方向からすると、教室のある側が南。

 北側となる廊下には窓が並ぶ。

 それ以外はとりたてて語るところのない風景。


 いや、なさすぎる。足りない物がある。


「出雲学園にロッカーはないの?」


 俺の通っていた中学高校では、廊下側の窓の下にロッカーが設置されていた。

 多くの学校はそうだと思うのだが。


「ロッカールームが用意されてる」


「高校にロッカールーム?」


「『見た目を損なうから』だって。使うあたし達にしてみれば、教室の後ろか廊下の窓側にでも並べてくれた方が便利なんだけどね」


 実用性よりも美観重視か。

 これまたギャルゲーらしい。


 ──ロッカールームへ。


 ベージュ色したロッカーがひたすら並ぶ。

 ロッカーは上下の二段構成。

 ハーフコート程度ならハンガーに掛けて入れられそうな大きさだ。


「一樹のロッカーはこの辺だと思うんだけど……あった、ここだ」


 二葉が指さしたロッカーの名札には自筆で【渡会】と書かれている。


「まさにミミズの這うような汚い字だなあ……俺も大して変わらないけど」


「だめじゃん」


「字なんて読めればいいんだよ」


「一樹と同じ事言わないでよ。しかも読めませんけど」


「まあ、筆跡については誤魔化さずに済む分ラッキーということでさ」


「字が綺麗な人ってポイント高いんだけどなあ。例えば好きな子にラブレター送るために練習してみるってどう?」


 しつこい。


「『気持は直接伝えて欲しい』と言ったのはお前じゃないか」


「ぐ……」


 言葉を詰まらせる二葉を背に、キーケースから鍵を選んでロッカーを開ける。

 ああ、悪い意味で期待を裏切らなかった。


「あたしが掃除しないと、一樹の部屋もこんな感じだよ」


 ロッカーの中はぐちゃぐちゃ。

 何がどうなってるのか具体的に考えたくもなければ知りたくもない。

 無造作に投げ入れられた教科書を取りだしたらカビやキノコが生えていそうで怖い。


 そっと扉を閉める。


「教室行こうか」


「そうね」


                 ※※※


「ここがB組」


 二葉が教室内へ入り、入口から二列目の一番前の席を指さす。


「金ちゃんの席はここ」


「違うクラスなのによく知ってるな」


「出雲学園って出席番号順で席替えしないからさ。二年なってからも『これで五年連続一番前だよ』ってぼやいてたし」


 続いて二葉は窓際の一番後ろの席へ。


「出席番号最後だから、アニキの席はここ……のはずなんだけど……」


 言葉を詰まらせた。


「どうした?」


「ひどい……」


 二葉が机を指さす。

 見ると、無数のラクガキが書かれていた。


 【キモイ】、【臭い】、【デブ】、【ブサイク】、【盗撮魔】、【学園の恥】


 ありとあらゆる悪口雑言で机が真っ黒になっている。

 バラバラな筆跡から、大勢が書き込んでいるのもわかる。


 中には一樹を模した絵も。

 一樹の欠点をさらに醜く誇張したもので、【カズキン】と矢印で示されている。

 恐らく「カズ菌」の意だろう。


「まさに『イジメ』じゃないか……」


「まさか、あたしもこういうのとは……」


 俺も二葉も言葉を詰まらせてしまった。

 ラクガキだけですむならまだいい。

 もっと陰湿なイジメが待ち構えていようことは、二人とも容易に想像できたから。


「一樹がイジメられてるのは知ってたけど、悪口言ってからかったりとか、小突いたりとか、その程度かと……」 


「小さい頃は実際にそうだったよ……」


 「上級生」では、一樹がみんなからイジメられていると述べられていた。

 もちろん主人公兼語り部である金之助の口から出たもので具体的な描写がなされていたわけではないが、それ自体は揺るぎない設定である。

 だから本棚に並んだイジメ関係の本も当然のものとして受け容れた。


 しかし、二葉は一樹の身を本音では案じている。

 さっきの金之助にしても、実際は単なるじゃれあいだった。

 だからイジメ設定もその程度のものと思いかけていた。

 そもそも二葉すら俺と同じ認識だったのだから。


 俺達が甘かった。

 これだけイジメられる要素を何拍子も備えていて、イジメられないはずがないのだ。


「でも金之助は普通に接してくれていたよな」


「こういうの大嫌いだもの。だから一樹も金ちゃんにだけは懐いてるんじゃないかな」


「ああ、そうなのかも」


 屋上での話から、一樹がイジメもそれをする人も嫌いなのは窺われた。

 もしかすると【友達の作り方】の本は金之助のためだけに買ったのかもしれない。


「金ちゃんは中等部時代から理不尽を目にすれば相手をぶん殴ってた。しかも、それが許される人だから」


「許される?」


「中等部のスーパースターを敵に回せる人は中々いないよ。特にそんな事情なら、女子はまず全員が金ちゃんの味方になる」


 金之助ってスクールカーストとは無縁そうだなあ。

 序列の頂点にいるというよりも、序列すら外れているというのが正しそう。

 だからこそ余計なしがらみを気にすることなく天真爛漫に振る舞えるのだ。

 まさに主人公特権、妬ましくある一方で好感は持てる。


「でも金之助も一樹がイジメられてるのは知ってるんだよなあ」


「いないところ狙ってるんだよ。金ちゃんだって目の前じゃなければ止めようがないもの」


 二葉は机の上に再び視線を向ける。

 見たくなくても目が離せないのだろう。


「これって女子も参加してるのかな?」


「してない。もしそうなら、あたしの耳に入ってるはず」


「きっぱりと言ってのけるが、身内の前で話すか?」


 表向き嫌っている素振りを見せていても、やはり遠慮はあるはずだ。


「みんなから『二葉何とかして』って泣きつかれてるくらいだよ。イジメどころか関わりたくないのが女子の本音」


 ああ、理解した。

 本当に嫌いなら相手にすらしないとはよく言ったものだ。

 下手に関わると何しでかすかわからないというのもあるだろうけど。


「じゃあ女子は具体的にどんなリアクションとるの?」


「逃げるか避けるか、場合に応じて罵るか。初めて会った時のあたしを思い出せばいい」


「了解、あとは身をもって知るよ」


 何にせよ、少なくとも拉致されて薬打たれるよりもひどいことはされまい。

 前もって知っていれば心づもりだってできる。


「もし何かあればA組に──」


「行けないだろ。二葉は一樹を嫌ってることになってるんだから」


「ああ、もう! 本当に何か手を打たないと……」


 頭を抱え込む。

 その気持はありがたいけど、だからと言ってどうにもなるまい。

 もう、この場は切り上げてしまおう。


「二葉、保健室行くぞ」


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